100話:魔人の条件5
魔人はゲームでは、挫折や鬱屈を抱えた人間が、闇の神の力を得てなるものだ。
ウルリカやゾイフなら、家族や主人を殺された恨みや国を追われた悔しさ、ナイトシュタインの先々代なら、玉座を追われた屈辱や嫉妬あたりだろう。
そういう負の感情を抱えた者が魔王と通じて蒔き人という魔人になる。
そして蒔き人に選ばれた、同じように闇を抱えた人間が巨大ボス化する無花果と呼ばれる魔人になるんだ。
ただこれはゲーム知識で、この世界で一般的ではない。
かつて現れた魔人は人間離れした奇妙な容貌や力を語られ、人間からかけ離れた存在として伝わる。
だから、俺自身が疑われた時に、自分は人間だと驚かなきゃいけなかった。
けど、俺はそれを疎かにしたうえに、しっかり王弟に把握されていたんだ。
「…………人間である、可能性は、考えましたので」
知らなかった、偶然だなんて見え透いた言い訳は通じない。
ナイトシュタインの先々代が魔人化したことを見た後なら、言い訳は立つけど、俺がエミール伯父さんから魔人の嫌疑を聞いたのは、まだこの国にいる間のこと。
その時系列を把握していないなんて希望的観測で、誤魔化せるとは思えない。
俺が言葉を選びながら言えば、王弟は顎を振って先を促す。
「そもそも魔王も、紋章持ちの人間ですから」
「ふむ」
俺の言葉に王弟も考える様子であごに指をかけた。
魔王もまた魔人と同じく化け物のように語られる悪の親玉。
けどよくよく書物を読めば、闇の神から紋章を受けた存在だと語られる文章もある。
つまり、光の神と同じく、人間に与えられる紋章持ちで、だったら人間と思っていい。
「狩猟大会に現れた魔人には、顔に紋章があったと聞きいています。ならば、相手は紋章を持った人間ではないかと考えました」
事実魔人は人間なんだから、推測できる何かがあるはずだ。
そう考えて、俺は狩猟大会でユリウスから聞いたことを持ち出す。
ただ俺は前世って言う前提があったせいで、そもそも狩猟大会で捜されていたのは、魔人じゃなく魔人を会場まで手引きした仲間ってところが抜けてたのは否めない。
ウルリカたちもいたから、魔人が人間って言う前提で話してても、賛同者がいる。
そうなると、集団心理なのか誰も疑問覚えないみたいだったし。
王弟はじっと俺を見て、一つ頷いた。
「ふむ、神殿の偽装工作に惑わされなかった故か」
俺は上げそうになる声を耐える。
なんだよ、偽装工作って!
神殿なんて権威のそんな裏側知りたくもないんだけど…………。
あれか、魔王や魔人が人間じゃないように大袈裟に描写されるのは、光の神をまつる神殿側の偽装工作で、闇の神を信奉することがないように脅しかけるためのプロパガンダだったのか。
「かつて魔王と勇者の戦いがあった後、闇の神殿は全て潰された」
なんか歴史書にも書いてないような物騒なこと語り出す王弟。
これ、俺が聞いていいのか?
「魔王が現れるまでは、光も闇もどちらも神であり、等しく善悪を備えた二柱だった。今では病や飢えは闇の神がもたらすと言われるが、古くは光の神が司る悪にも病や飢えがあった。闇の神が水害や地震を司るように、光の神は旱魃や雷雨を司っている」
「今は、全ての善いものは光の神が与えると言われていますね。闇の神を奉じた魔王に勝ったためでしょうか?」
歴史は勝者が作るなんて言うし、負けた側を下げて、勝った側を上げるなんて、珍しいことでもないだろう。
俺の疑問に、王弟はもう一度頷く。
「光の神の神殿の言説を頭から信じ切っていないからこそ、魔王が闇の神の紋章持ちであるという記述だけで、魔王も人間であると読み取っただけはあるか」
そこはたぶん、前世の色々緩かった日本の宗教観も影響してると思う。
前世の宗教観があるから、この世界の光の神に対して信心深くもなれないだけだ。
「一応、神殿のほうの建前としては、魔王のような世界を争いに巻き込む存在が現れないように抑止するため、秩序と規律を司る光の神の威光を示す、というそうだ。…………アーレント、今思ったことをそのまま嘘偽りなく言ってみろ」
「え、いえ…………あの、大したことでは」
「言ってみろ」
圧をかけられた。
なんでばれたのかわからないけど俺は口を割るしかない。
「光の神にも悪しき面があるのであれば、司る秩序と規律は、支配と強制になるのかと」
「ほぉ、わかっているではないか。今の神殿はとかく支配したがる。ルイーゼが聖女であるとわかった時には、赤子の内から引き渡せとうるさかった」
それ、俺はなんて返せばいいんだよ。
って言うか、他国からも幼い内に結婚話とかあったらしいし、けっこう大変なんだな、王女で聖女って。
というか、なんだ、この話?
忙しい今する必要を感じない。
そう思っていると、王弟は笑って続けた。
「一度候補に挙がった者も、魔人が二人いるという報告により、今一度調べ直しとなっている」
「あ」
言われてみればそうなるに決まってる。
けど王弟はさらに畳みかけてきた。
「そして一番怪しいとなったのが、アーレントと、私だ」
「は? あ、失礼いたしました」
驚きすぎて不躾な声を上げてしまったけど、王弟は手を振って許す。
「神殿には、魔王がその紋章の力で、他人を魔人にすることができると残されていた。そして魔人となれる者の条件も残されている」
「魔人の、条件」
ゲームでいうなら既知の知識だ。
けど俺はそれで一回ミスしてる。
ここは慎重に、初めて聞きましたって反応をして見せた。
「端的に言えば、闇の神との親和性。具体的には、親しい者との別れだ」
「え? …………あ、そんなもの、誰にでも起こりうる悲劇ではないですか」
ゲームとの違いに驚いたのを咄嗟に言いつくろう。
自分で言ってても思うけど、それで魔人になるなら勇者であるユリウスだって、不幸な事故で両親を失くしてるから、魔人の条件に合うじゃないか。
「そうだな、私もこれはあくまで一側面であって、必ずしも必要ではないと考えた。そもそも死別ですらない別れなど、誰にでもあることだ。ただ、そこに執着という前提が含まれるのだろう」
つまり、親しい者と別れたことで何かしら心に残った者?
闇の神との親和性ってところも考えれば、マイナス方面での心の動きになった奴、か。
そう考えると、俺は母や兄、乳母との死別でトラウマになってる。
ただそのトラウマの対象は犯人の騎士で、別れそのものというより要因への恐怖。
王弟は若くして妻と死別して、今も後妻を拒否してる状況。
トラウマなんてもんじゃないだろうけど、確かに執着というものがありそうだった。
「では、アイフェルト卿は、何故魔人に?」
「あれは、私の学友だったが特別しくじったわけでもなく、突出した才がないことで外された。そのことを瑕疵として家から下位の家に養子に出されて、国さえ追われるように離れざるを得なかった」
そう言われれば、実害を考えて王弟を狙った魔人の行動に、別の意味がありそうに思える。
二回目の襲撃はこっちの突発的な動きに合わせて行われ、慎重を期すならあそこで動くのは悪手。
それでも動いた上に、危険度の高い紋章持ちの王女よりも、王弟を倒したいという何がしかの執着があったように考えられた。
ただこの場合、別れはあっても親しいとは言えない。
けど確かに執着があるし、そこには闇の神との親和性も見いだせる。
俺は考えて、さらに自分が頭数に入れられたことの意味を探ってみた。
「アイフェルト卿は、仕事上多くの方と関わります。そして閣下は過去関わりがあった。ですが、私に親しむ要素などないのですが」
「アーレントが再度疑いに挙がった理由か? 仕事以外で接触している相手が、恋人とアーレントだけだった。そして、食品を受け取っている姿が目撃されていることからだ」
「え、あれ…………」
「食べたか?」
「…………はい」
「その後変化は?」
「特には。あの、アイフェルト卿からの菓子に、何か仕込まれていたと?」
考えれば、該当しそうなのは魔人の種。
だが、それはゲーム上でそういうアイテムらしい描写しかないもので、どんな形で、どうやってし込まれるかは知らなかった。
まさか直接食わせるもんなのか?
「腹を下さなかったか?」
「はい?」
予想外のことを聞かれて言葉に詰まると、王弟は口角を下げた。
「私はかつてあれの寄こしたものを食って腹を下した。ただ、同じく食べた者たちの中で私だけだったため、体調不良と思われていた。まぁ、そのことであれは警戒対象とされたがな。そんな危険を冒してまで食べさせる必要があったとすれば、アーレントに近づき、食物を与えたことに意味がないとは思えない」
「あ、あの、最後に食べた時には、翌日に、妙な薬を飲まされて、腹は、下しました」
って言うか、よく考えたらユリウスまで他人が作ったもの不味そうって言ってなかったか?
あれもしかして勇者的に何か見えてたのかよ!?
今さらながら震え上がる俺に、王弟は何故だか、余計に疑うような目を向けてくる。
けどこれに関しては本当に何も知らないから、疑われてもわからないし、俺は黙るほかなかった。
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