101話:爵位を望む1
王弟に呼ばれた日は、すぐに城から返された。
まぁ、色々聞かされて頭パンクしそうだし、手につかない自信はある。
だからって休む気になれないのは、寝室の隣の書斎で他が真面目に作業してるから。
その音聞いてると、なんか自分だけ休むっていうのも気が引ける。
けど王弟の話をグルグル考えてしまって、集中できるとも思えない。
俺は思いついて屋敷の図書室に足を向けた。
「本が必要なら持って来させてたし、久しぶりに入ったな」
図書室とは言うが、こういう貴族屋敷にある本の中に娯楽小説なんてもんはない。
家の来歴を仰々しく飾った分厚くて重い本が棚を飾るような場所だ。
他にも当主の日記という名の、当時の時事や何処かの家と因縁を作ってしまった報告なんかが書かれた本が並ぶ。
あとは図鑑や宗教関係のありがたい本が教養のためあったり、嫁入りと同時に引き継いだ他家の歴史書なんかもある。
前世の日本にあったバリエーション豊かな図書とは雲泥の差だ。
「確か前、この辺りに…………お、あった」
俺が手にしたのは、ちょっとした参考書のような大きさの本。
仰々しい外観の本が多い中では、比較的質素だ。
そして大半が絵で、子供心に手に取った覚えがあったもの。
その内容は、百年くらい前までに確認されてる紋章を描いた図録。
なんと呼ばれる紋章なのか、どんな使命を付された紋章か、そんなことが書いてある宗教本だった。
「魔王の紋章は…………さすがにないか」
俺は備えつけの椅子に座ってページをめくり、魔王の紋章を探してみるが見つからず。
同時に、王弟から聞かされた魔王の紋章についての歴史から抹消された事実を思い出す。
「闇の神の、王の紋章」
魔王と呼ばれた者が持っていたのは、王の紋章。
神によって、王になることを使命とされた存在だから、臣下を任命するように、魔人を生み出し闇の神の力を授けられるんだそうだ。
歴史的な事実としては、そんな紋章持ちが生まれたことで、周辺国が勝手に恐怖を覚えた。
王の紋章の下に征服されるくらいなら、王を殺そうと連合を組んで侵略戦争を開始。
しかし魔王も王の紋章を持つだけの実力者で、多勢に無勢なのに戦争は長引き、時には連合側で負ける国も出て泥沼化したという。
そして勇者の紋章持ちが、魔王と罵られた王を倒した。
「…………それって、暗殺者って言わねぇか?」
俺は王弟から聞いた時に言えなかった言葉を漏らす。
だって魔王っていうのは、結局権威を独り占めした光の神殿が作り出した名称で、本来は英邁になることを約束された王だった。
そんな相手を紋章の力で殺した者が、本当に勇者なのか?
勇者という名称もまた、光の神殿が権威を強めるために作りだしてしまったものかもしれない。
そんな考えと共に、ユリウスの顔がちらつく。
ゲームでは主人公で、現実の今は、友人で、純朴で素直な性格も知ってる。
それが暗殺者にされるかもしれないなんて、そんなのは受け入れがたい。
「あった、勇者の紋章」
俺はページをめくって見つけた紋章を見る。
ユリウスにある紋章をまじまじと見たわけじゃないけど、ゲームでは必殺技の度に見てたから覚えてる。
同じものだ。
「自らより、強大な相手に打ち勝つ、力…………」
勇者の紋章の説明として書かれていたのは、いわゆるジャイアントキリングを成し遂げるというもの。
そのために必要な仲間や幸運に恵まれるともある。
これは光の神殿が勢力を増した後に作られた本だから、欺瞞もあるかもしれない。
けど暗殺者なら打ち勝つなんて書き方しそうにないし、実際勇者と魔王の戦いはお互いに正面からのものと伝わる。
「たぶん、大丈夫だよな? 自分より格上に挑むからこそ、勇者なんだ」
あのユリウスが暗殺なんてするよりも、ジャイアントキリングに挑むほうが合ってる。
本人も望まないような使命はないと思いたい。
俺がひと息つくと、そこにノックの音が響いた。
応じれば、弟のザシャが顔をのぞかせる。
「お時間よろしいですか? お兄さまは、読書でしょうか?」
とことこ寄って来るから、俺は手招きして隣に座るように示す。
持ってるのはちょうど絵の多い本だし、興味を持つかと差し出して見せた。
歳の割に落ち着いてるザシャだけど、七つも歳が離れた弟だから、俺にとってはまだまだ幼い。
「ちょっと紋章について見ていてな。この本を読んだことは?」
「少しだけ。全ての紋章に目を通したことはありませんでした」
ザシャはあまり表情が変わらないながら、今は少し目を瞠る。
本当にこの本の存在は知ってたけど、忘れてたって感じだ。
「そう言えば、何かの本に、魔王は闇の紋章を持つとありました。巷では、闇の紋章を持つ魔人が現れているとか。魔王もまた現れているのでしょうか?」
まだ親の付き添いで、貴族の集まりにたまに行く程度の社交しかしてないなザシャにも、魔人の噂は届いてるらしい。
そして俺と同じ環境で育ってるから、魔王が紋章持ちだという話もどこかで見たと。
「魔王は、魔人で世間を騒がせて、何がしたいんでしょう? 神から与えられた紋章の使命が争いを起こすことなんて、あり得るんでしょうか?」
「うーん、使命とは別に争うことが使命を果たす手段ってことはあるだろうけど」
これが王の紋章だと知ってれば、魔王がそう呼ばれるほどに争った理由は、国を守る王の務めを果たしたに過ぎない。
そして魔王が再来したとすれば、目的は国の再興であり、既存の国々への侵略だ。
ザシャは気ままにページをめくりつつ聞くのに、俺は答え続けた。
「それに、やり方がまずければ使命を果たせずに終わることもあるはずだ」
「やり方が、まずい…………」
呟いたザシャは、ふと手を止めて、本に書かれた一つの紋章に目を止める。
俺も一緒になって覗き込むと、そこには初めて存在を知る紋章が描かれていた。
「転生者の、紋章?」
「…………これは、なんの使命があってもたらされるか、わかりませんね」
ザシャに言われて説明書きを見ると、この紋章を持つ者は、その紋章を持つ間の記憶を保持するんだとか。
「うん? ってことは、紋章を持ってる間は、生まれる前のことを、知らない?」
「そうみたいです。紋章を持った状態で死んで、次に生まれた時に、紋章を持っていた時の記憶を保持しているんだと」
ザシャが指差す説明文にもそう書いてある。
「なんだ? つまり、覚えているのは紋章を持たない生まれ変わりの時だけ?」
「はい。そうなると、どうして紋章を持っているのかわからなくなります。覚えていても、生まれ変わった時には、もう、紋章もなく、神から与えられた使命もないのに」
本当に謎の紋章だ。
来世で今世を覚えてたとして、その時にはもう成すべき使命はない紋章なし。
だからって、紋章持ちの状態でも、来世で覚えてるという以外に能力はないようだ。
いや、百年前の記述だし、何か認知されてない能力があったりするのか?
「うーん、使命、使命か。だったら、前世の経験を次の生で活かす、とか?」
「全くの別人に生まれ変わるのに? 別の身分になっていたら?」
ザシャが思いのほか鋭く問題点を挙げてくる。
「何か覚えておかなきゃいけない大事なことを、次の時代に伝える、とか?」
弟の疑問に答えようと絞り出すけど、覚えててもできないことはできないと知ってる。
というか、前世で日本人だったことを覚えてて、ゲームの知識を持ってる俺自身が、転生者だ。
けど、紋章なんてないし、知識を生かし切れてるかというとそうでもない。
だいたいこの本のとおりなら、俺は前世の日本で紋章持ちってことになる。
けど日本にこっちの神さまなんていないし、俺に紋章があった記憶もない。
「…………次に、伝える」
俺のあやふやな答えでも、真面目なザシャは考え込んでしまった。
そんなに転生者の紋章気になるのか?
いや、俺も見た時にはびっくりしたけど。
内容があんまりにも、なんであるのかわからない紋章だ。
それに転生者を自認する俺とは違いがありすぎるから、こっちの世界での転生者と、俺が思ってる転生者は違うんだろう。
あくまでこの世界で生まれ変わってる紋章持ちが、この世界の転生者なんだ。
それを考えると、俺って本当にイレギュラーな存在なんだろうな。
「…………僕、お兄さまを支えられるように、勉強頑張ります」
何故かザシャが決意表明してきた。
けどそれ、俺が家を継ぐ前提だよな?
これって、今まで俺が明確に後継者から外されもしないせいで、ザシャは自分が継ぐなんてこと考えてもいないようだ。
「あー、あのな、ザシャ。実は俺…………別に家を建てるよう王家に言われてるんだ」
「え!? 女性が怖くて婚約者も作れなかったお兄さまが?」
「好きな人くらいいるわ!」
弟にそんな風に思われてたことを知って思わずそう言い返す。
本気で驚いて何度もザシャに聞き直されるって…………。
俺のトラウマどれだけわかってるのか知らないけど、弟にそんな心配されるって、ちょっと自分が情けなくなった。
三日ごと更新
次回:爵位を望む2




