102話:爵位を望む2
時間ができたこともあって、俺は興味津々になってしまったザシャから逃げて、屋敷の離れにいくため庭を歩く。
すでに窓から俺を見つけたズィゲンシュタイン伯爵家の騎士たちが、手を振ってた。
みんな鎧着て馬に乗るからがたいがいい。
そんな奴らの後ろから、老いが見え始めてるはずなのに、ひと回りほどでかく見える騎士団長のゾンケンがどしどしやって来た。
「坊ちゃん!」
「おい、今さらその呼び方はやめてくれ」
勢いで昔の呼び方をするゾンケンは、気にせず俺の肩を掴んで目を潤ませる。
「長く国外に出られて、しかも新たな魔人に、巨大な怪物と大変な目に遭われたそうではないですか。そして城への呼び出しから疲弊していくさまをみては…………!」
「あぁ、悪い。ムートからも心配かけたと聞いたんだが、時間が取れなくてな」
「なんの! ご健勝であるならば良いのです。しかしお疲れでしょう。さ、中へ」
丁寧に案内するようでいて、滅茶苦茶強い力で引っ張られて連れていかれる。
そのまま離れの応接用のソファに問答無用で座らされた。
他の騎士たちもぞろぞろ俺の顔を見に応接室に押しかけ、外よりも暑苦しいことになる。
「メイベルトを呼んでこい」
いない若手の騎士をゾンケンが呼ぶように命じた。
その間も俺は子供の頃から知ってる騎士たちに、怪我はないかとか、飯は食べてるかと子供扱いで質問攻めにされる。
それだけ心配かけたんだろうが、メイベルトが来るとゾンケンが他の騎士たちを追い出しにかかった。
「ローレンさまには休んでいただくためにも、必要事項の申し送りを済まさねばならん。関係ない者は戻れ」
「あ、ローレンさま。わざわざ来てくださったんですか」
ゾンケンに追い払われる騎士たちと入違って、メイベルトが応接室に入って来た。
その間も、騎士たちは元気そうで良かったと口々に言って部屋を出ていく。
そうして室内には、俺とゾンケン、メイベルトが残った。
「それでは、手短に。実は、我々でローレンさまの領地となる場所の視察をしまして」
「そうか、すまない。報告書関係はまだ半分も目を通せていないんだ」
正直、こうして実際に行った者の話を聞けるのはありがたい。
一応ズィゲンシュタイン伯爵家の騎士団だから、勝手に他人の領地に行くことには問題がある。
だから、ゾンケンとメイベルトが休みに私用でってことで視察してくれたらしい。
「わざわざ悪いな」
「いえ、俺はローレンさまについて行く気なんで、実際にこの目で見ておきたかったんです」
「え?」
メイベルトの思わぬ言葉に俺が驚くと、ゾンケンが厳めしい顔になった。
「この老骨はもはや引退し、ローレンさまの下で後進の育成をと言ったのですが」
「いやいやいや」
なんかゾンケンがついて来るって言いだしたぞ?
それ、完全にズィゲンシュタイン伯爵家の騎士団長引き抜く形じゃないか。
父としては経験豊富なゾンケンには残ってほしいだろうし、後進はこっちで育ててくれ。
俺だって独立して手元不如意になるとは言え、実家から人材抜いて弱らせるようなことをするつもりはない。
そんな俺の懸念がわかってるのか、メイベルトが苦笑しながら頷いた。
「そういうことなんで、騎士団の若手で争いまして」
「争い? どうしてそうなる? 無駄な怪我してないだろうな?」
笑って流されたけどつまり、騎士団から一人だけ俺が新しく建てる家について来ることは決定事項のようだ。
そんなの主人の父に無断でするはずもないし、こうして俺に言ってるってことは、若手騎士一人なら引き抜くのは容認されるらしい。
つまりメイベルトが領地視察に行ったのは、勝ち抜いた上で将来を見越しての行動。
だから報告は、領地の大きさや地形、防衛に関してのものだった。
「やはり、ダーリエフェルトとの国境が近いという点が危ういですね。そして流通網があるため、街道の警戒も必要です。しかし、防衛施設として使えそうなのは関所のみ。街道に関しての防衛はほぼなく、金を取るためだけに手をかけてるのが丸見えですよ」
メイベルトがげんなりした様子でそう報告した。
どうやら治安はよろしくないらしいが、同時に民も搾り取られて疲弊してるから、反抗する元気もないという地獄のような状況だったらしい。
「今は代官が、二年税の猶予を布告するため動いています。ただその分、民が元気になれば反抗もあるでしょう。そうなると内側に対しての守りの薄さが致命的になります」
「それと共に領外からの侵攻に対しても、見直しが急務であると代官からの伝言ですな」
ゾンケンも厳しい顔になるが、それはそうだろう。
何せ国の守りに予算割かずに落とされてる前例ができてしまった。
つまり、今の下イェーデシュタン侯爵領は攻めやすい場所として周知されてしまってる。
「一応、外敵対策を謳って領民に自警団結成は言いつけてあるそうです」
すでに襲われた後、外敵への警戒は領民たちにもある。
俺が卒業して就任するまでは、それで守りをもたせられないかということらしい。
だが、内患外憂を抱える可能性があるなら、今の内に対処すべきじゃないか?
「報告ご苦労。問題点に関しては父と、いや、いっそ国軍の側に持って行ってみるか」
ダーリエフェルトとの往来は当分続く。
そのための街道の守りを国の援助に頼れないか聞いてみよう。
俺はやるべきことを頭の中でまとめて目途を立てると、ゾンケンとメイベルトに向き直る。
ゾンケンには幼い頃から、何度も助けられた。
メイベルトも見習いの時からのつき合いだし、幼い頃塞いでた俺に騎士らしくない少年姿で近づける、数少ない騎士団員でもあったから、けっこう慣れた相手だ。
「それで、俺が今日来たのは、将来を見据えての相談があったからなんだ」
「む、あまり小難しいことは捌けませんので、必要な者を呼びましょうか?」
「いや、まずは二人に聞いてほしい」
ゾンケンを止めて言えば、顔を見合わせて何があるのかと身構える。
俺も深呼吸して一度心落ち着け、意を決して口にした。
「すぅ、はぁ…………好きな子が、できた」
どんな反応をされるか不安で、視線が下がる。
俺のトラウマを知ってるからこそ、この告白は相当驚くはずだとは思っていた。
けど、いつまで経っても身じろぎひとつ聞こえない。
不審に思って顔を上げると、メイベルトは目も口も開いて呆気に取られてる。
そこは予想の範囲なんだけど、その隣でゾンケンが音もなく涙を流してた。
俺と目が合うと、突然立ち上がって吠える、いや大声を放つ。
「うわ!? どうした!」
「何があった!? 無事か!」
室外から、ゾンケンの咆哮に驚いて騎士たちが激しくノックしてきた。
「な、なんでもない! 大丈夫だから! ゾンケンも落ち着け!」
「お、お、おぉ、落ち着いていられますかー! うぉおおん!」
太い腕で顔を擦りつつ、雄叫びのような泣き声を上げるゾンケン。
メイベルトもゾンケンの咆哮で正気づき、落ち着けようと声をかける。
「団長、まずは話聞きましょう。相手が何処のご令嬢かもわからないんですし」
「そうだ! いったいどちらの方をお見初めに!?」
涙を流したままゾンケンが迫って来た。
メイベルトは余裕ができたのか、笑って引け腰の俺を見てる。
「…………マハトヴァーサ公爵令嬢の、イジドラだ」
公爵令嬢って時点で、二人してがっくりするなよ。
俺だって身分違いで、今のままじゃ目がないのはわかってるんだ。
けど自覚して、目の前にいて、さらには手を伸ばせるかもしれない可能性を持ってた。
だったら、身分を理由にするのは違う。
何より、異性に好意を持てた。
そのことが俺にとっては目の前が明るく感じるほどの快挙なんだ。
「手はある。新興とはいえ王家に働きを認められて家を建てられる。そして王室との繋がり。派閥への悪影響のなさ。今は疲弊していても裕福になれるだけの土地もある」
俺が語ると、下を向いてたゾンケンとメイベルトも顔を上げる。
「何より、長く王室を煩わせていた小王の反乱が目前だ。そこで功を上げる。すでに国外での経験と実績があるなら同年代より一歩前に出られる。さらに勇者たちは今も魔人を追ってる。そこへの助力が認められれば、些かの身分違いは許容される」
「つまり、男爵に留まることなく、伯爵位に自らの力で昇られると?」
「他国にも害をなす魔人の討伐にも功があるとなれば、格上を望んでも、許される?」
ゾンケンとメイベルトも可能性を見出して頷き始めた。
魔人は魔王に与する存在で、歴史的な裏は置いておいて、世界的な脅威と認識されてる。
倒せばその働きへの褒美を国は約束しなければ、体面が悪い。
何よりこの世界、貴族の結婚は国王の承認が必要だ。
お互いの思いがあっても、家同士が嫌がって国王に働きかけられると駆け落ちしかないなんて話もあるくらいに。
前世からするとまず告白からのおつき合いなんだが、こっちだとそれじゃ不誠実だ。
「俺は、この思いを遂げたい。どうか、力を貸してくれ」
結婚を前提にした交際の申し込みのため、俺は騎士たちの助力を求めた。
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