103話:爵位を望む3
俺は男爵になることが決定してる。
けど伯爵相当の領地のまま、伯爵になれるかは未定だ。
だから伯爵になれるよう、小王の反乱で手柄を立てることを考えた。
そのためには今はまだズィゲンシュタイン伯爵家の子息として、所属の騎士団を率いることを前提に手柄を模索する。
と言っても、まず男爵としての仕事を疎かにして、領地取り上げられても困るからな。
領地の運営に問題がないように、報告書に目を通して対策を練ることもする。
「ラルス先輩の報告書、読みやすいですね」
「うんうん、いくらでも誉め言葉は受けつけるとも。けれど、言葉よりも実体のあるご褒美のほうが嬉しいものだ」
狩猟大会で班長をしてた学院のラルス先輩。
卒業と同時に家から独立するため、お金がいくらあってもいいということで、バイト的に協力をお願いした。
俺の男爵位については、領地の街道警備の相談も兼ねて話してる。
すでにラルス先輩は、狩猟大会参加者ってことで一通りの身辺調査や素行調査は終わってるから伝えてもいいと、王弟から許可をもらった相手だ。
うん、そんなことされてたのは本人には言ってないけどな。
あと、実体のある褒美ってつまり金だろ?
後輩がそんなに金持ちに見えるなら、相当目が悪い。
今すでに父親に借金に近い形で男爵になる準備してるんだこっちは。
「反乱鎮圧で功績上げて褒美もらえたら考えますね」
「お、それはけっこう公算が高いな」
「いや、そんなことないですから」
そう言ったら溜め息を吐かれた。
けどこの人も学院では優秀な勉学と武芸の成績を修めてるんだ。
一定以上のレベルがないと狩猟大会には参加できないから。
そう思ったんだが、俺が功績をあげられる可能性が高いのは自分と比べてのことらしい。
「正直あの時の判断は、私では下せなかった」
あの時というのは狩猟大会で、俺が王弟の許可取ったみたいな欺瞞を振りかざし、学生を動かしてただろう。
だがあれは、他の誰よりもゲーム知識で魔人の存在を想定できたから。
ラルス先輩と比べて俺が優れていたわけじゃない。
「俺が勢いづいてやっただけですよ」
「その勢いに乗れるのも、一つ才能なんだろうな。私はあの場で誰かを救うという判断はできない」
言いながら、ラルス先輩は領地の過去の収益を表にして整理してくれてる。
イェーデシュタン侯爵の領地を分割する形になるから、改めて自分に割り振られる領地の概算出さないといけなくて、けっこう手間だったんだ。
そしてどうやらあの時というのは、連れ去られそうになった死体の回収についてだったようだ。
ただそれも、ゲームの前提があったからこそ。
「勇者なんて紋章持ちの戦力、私なら自分の側から離さないさ。それをアーレントは、二度も魔人に向けて真っ直ぐ走らせた。それだけでも他と視座が違う」
「そんな大仰な、二度目は置いて行っただけですよ」
なんで眉を上げて疑わしげに見られるんだ。
「あの勇者の様子からして、自分で判断して即座に動くということはない。だったら、先に指示を与えていた。違うか?」
「…………はい」
「まぁ、実際に戦う勇者を見てもいないというし、実感はないのかもしれないが、指揮官としての判断力は確かにあるのだろうな」
ラルス先輩は鼻で笑うような顔をしたけど、その言葉は自分の納得を語るもの。
同じ狩猟大会で、どう動いたかという差で、今、俺は同年代の中から突出するような形になっている。
それを羨まないことはないだろう。
けど、同時に自分の力量を理解して納得もしてるんだ。
ラルス先輩のその冷静さこそ、俺からしたら羨ましくもある。
何せほとんどの場合、その場の勢いと混乱に思考は半分呑まれてた記憶しかないんだ。
「さて、アーレント。任されたからには仕事はこなすがな。問題が多すぎやしないか」
ラルス先輩はまとめた表を差し出しながらぼやく。
「数の上では黒字。だが、実態を報告してきた騎士や代官の記述からして、今のままだと破綻するだろう。実際数字としても、税収の割に人口は少ないし、作付面積から試算すると、農民たちの食料分がほぼなくなる」
「それだけ苛烈な重税を課していた、ということですね」
わかっていたことだが、数字として出されるととんでもない。
成人一人に対して残された食料が子供の一食分しかないんだ。
俺が眉間に皺を寄せてると、さらにラルス先輩が代官からの報告書の一部を差し出した。
「どうやって食を賄っていたのかと思ったら、代官が見つけた。イェーデシュタン侯爵の領民に対しての借用書だ」
「借用書…………うわ、これはひどい。自分で搾り上げておいて、食うに困った者に借用書で人身売買さえ許容する契約をさせてるじゃないですか。しかもそれで与えるのが芋か豆をひと袋だけなんて、あくどすぎませんか?」
思い出すのは、イェーデシュタン侯爵領での避難誘導。
老人や子供はいたし、働き手だろう夫婦もいたが、子供から育った青年の男女は少なかったように思う。
「これで本当に違法な人身売買がされていたら、それをそのまま引き継ぐのはリスクでしかない。他の領地を任される者たちと足並みを揃えて、国に調査を依頼するべきだ」
「そうですね。イェーデシュタン侯爵領全体のこととなれば、今は王室の預かりですし」
侯爵が持ってた領地だから広いし、今は学生でしかない俺じゃ手が回らない。
他の領地を分割されるだろう貴族も、こんな負の遺産知りませんでしたなんて言えない。
だったら、全員で口を揃えて国に助けを求めるべきだ。
今なら全てイェーデシュタン侯爵の悪事として、責任を正しく負わせられる。
裁かれた後だと、こっちの管理不行き届きにされかねない。
手回しのために領地の分割がわかってる貴族たちの名簿に手を伸ばすと、ラルス先輩は溜め息を吐く。
「なんというか、上手いニンジンだな。イェーデシュタン侯爵の尻拭いなんて身内でさえ逃げ出してる。けど、こうしてその領地をくれてやるっていう名目で二年後を目指してあくせく後始末させ、国が拾いきれなかった悪事も調べて報告。言い人手だ」
嫌な言い方だけど、今の俺の状況はそのとおりだ。
見返りを用意されてるからこそ、こうしてイェーデシュタン侯爵の悪事を洗い出すこともしてる。
あと売買ルートとなると、商人が噛んでるだろうし、ドミニクに怪しい動きがないかを聞いてみよう。
一族で商会やってるから、俺より伝手がある。
危うい噂ならキャッチして避けてるはずだ。
「それでだな、未来の男爵どの」
「やめてくださいよ。それで、次は何が?」
苦笑するラルス先輩は、今度は書類は出さずに懸念を口にした。
「端的に言えば、疲弊した領民に復興は重荷だ。外から元気な人間いれるほうがいい」
「何処から連れてくるんですか? そもそも新しく暮らしの基盤を作る金だって必要だ」
「そこは未来のご領主さまに、な」
「俺はこれ以上、絞られても何も出ませんよ」
貴族といえど学生で、動かせる金には限度があるし、収入もない。
すでに狩猟大会から金は使い続けてるから、親に借金してもいる。
「それはそうだろうが、この自警団の設立も随分負担になるはずだ。回復もしない内に負担を強いるのはよろしくない」
「税の免除や国からの援助もあります。負担を強いているわけではありません」
ラルス先輩は口の端だけを持ち上げて、身の上話を始めた。
「兄が代官の下で働くせいか、上と下に挟まれる立場でな」
ここで言うなら生きた実体験を何か教えてくれるんだろう。
「今まで使っていた川が流れを変えて、支流に水が来なくなった。支流を使っていた農民たちはこれでは生活できないと必死になって訴えたんだ。それを受けて、代官も領主にかけ合って予算をやりくりして、その年の内に水路を新設する計画を立てた。冬になる前に建材を集めて予定地を選別して、春に工事を見据えて準備してたんだ」
事務方の苦労がしのばれるが、話しはそれで終わらなかった。
「冬になる前から、水がない水がないと文句は絶えず、領民の不満も募るばかり。そして春になっていざとなった時、揃えて冬場野外に保管していたはずの木材が全てなくなっていた。調べたところ、周辺住民が冬の間に薪にして燃やし尽くしていたんだ」
「え、そんなの水路の建築妨害するだけでしょう」
「もちろんまた一から揃える必要がある。その分時間がかかるが、春にはと言っていたのが嘘だったと領民が怒り、また嘘を吐くのだと怒って、水路建築をする者たちに当たってさらに妨害。それで妨害を理由に捕えればさらに身内や同じ村の者たちがいきり立つ」
「えぇ?」
「木材に使った金額も少なくない。それに今度は領主のほうが叱責をしてきた。もはやムダ金だから水路は作らないと。それもそれですでに支出した予算は返らない。揃えた建材がだぶつく。結局水がないままなら税収も減る。また領主から怠慢だと叱責される」
「り、理不尽な」
俺の言葉にラルス先輩は乾いた笑いを返す。
「上はまだ道理を通せば聞く耳と理解する頭がある。だが、下は自分たちが悪いなんて欠片も思わない。その行いが次の季節にどう影響するかなんて考えも及ばない。だから時にひたすら搾取され続けることに甘んじもするが、一度火がつけば野火の如く止めようがないそうだ。結局、騒擾を起こした領民の主導者の首を切って鎮静化させ、水路を作った」
力尽くで領民を鎮静化させてる内に、水路を作って終わらせた。
つまり将来を見据える能力もなければ、客観性もない領民に最初から理解を求める徒労を語ってる。
税の免除や国から防衛に関する援助をもらっても、領民は自分たちにかかる負担にしか目が行かないっていう、俺への忠告だろう。
領民にも見える対処が必要で、野火が起こる前に民草を潤わせて燃えさせない手がいる。
人の上に立つ難しさを感じながら、俺は忠告に頷きを返すしかなかった。
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