104話:爵位を望む4
城に行ったり、事後処理続けたり。
時には相談したり、帰っても報告と対策が尽きなかったり。
また領地運営に対して改めて学ぶ時間を取って、合間になんとか学院にも一単元だけ授業を受けたりしながら俺はじりじりと機会を窺っていた。
そうして学院の最後の授業だけはなんとか顔を出して帰宅した日。
疲れてはいてもすぐに休むわけにもいかないし、侍従に最近癖になってる問いかけをする。
「ムート、父上はお忙しいだろうか?」
着替えながら侍従のムートに聞くが、最近は俺の余波で忙しくしてるから落ち着いて話す時間が取れてないんだ。
「執務室にて、雑事に当たるとのことですので、急を要する案件はないかと思われます」
「時間が取れるようなら、お会いしたいと伝えてくれ」
俺が着替え終えるとムートは退出し、すぐに時間を取るという返事を持ち帰ってくれた。
俺が執務室に入ると、雑事というか家のことを相談していたらしく義母上もいる。
「ローレンツの話がお国に関わるようでしたら、私は退室をしますよ」
「いえ、いくつか相談と報告があるので、義母上にもお聞きいただきたい」
義母上の離席を止めて、俺は同席を促した。
外交官一家に生まれた人だから、ダーリエフェルトにも明るい。
領地の防衛や周辺との協調では助言をもらえるかもしれない。
俺はラルス先輩と話した、防衛と人を入れての復興についてまずは話した。
聞いた父からも、やはり持ち出しになる金銭の話が出る。
「そもそも転封になるかもしれない領地だ。それだけ資産を投じて回収に何年かけるつもりだ? ローレンツ、二年後だけではない、十年は先を見据えておかねばならないぞ」
暗に、回収できない可能性が大きいし、男爵が抱えるには負担が過ぎると言われる。
すでにその傾向は見えてるというか、言ってしまえば瑕疵物件なんだよな、あの領地。
一等地だけどフルリフォーム必須で、買うより安いけど、色々前提条件がうるさい感じの。
だったら腰掛数年維持して、後は自分に合った場所へと移ったほうが賢い。
だが、それだと俺が望むものに手が届かなくなる。
伯爵相当の領地に見合う、爵位が欲しいんだ。
「転封に、ならないよう努める所存です」
俺の言葉に父上は眉を上げて、義母上は瞬きを繰り返す。
これはこのまま言ってしまおう。
「…………領地に見合った爵位を求めるつもりがあります」
「まぁ、いったいどうしたの、ローレンツ? あなた自家を立てること自体乗り気ではなかったのに」
父上より早く義母上が聞いてきた。
「それに元イェーデシュタン侯爵領を本当に掌中に収めて伯爵相当となれば、その家格はこのズィゲンシュタイン伯爵家に勝るとも劣らないものとなりますよ?」
俺や父上じゃ言いにくいことをすっぱり仰る。
家の格としては新参だから将来の俺は家格がないも同じだけど、もらうのが元侯爵領だ。
領内に存在する街や歴史は、そこを領有していることで家格として組み込める格式になる。
それで言えば官僚家として立ったことで、領地はそこそこ、良くもなく悪くもないズィゲンシュタイン伯爵家は目立つことはないけど安定している家格。
だからいい領地、歴史ある街、同じ爵位、王室との繋がりとなれば家格が並ぶことになってしまう可能性があった。
それで誰が困るかと言えば、ズィゲンシュタイン伯爵家を継ぐことになる弟のザシャだ。
「伯爵位を得られたならば、また改めてヤディスゾーン大公にはご挨拶をするつもりです」
捕らぬ狸の皮算用なんて言うけど、先の対処を考えるのはやらなきゃいけないことだ。
俺は男爵として、父が当主をするズィゲンシュタイン伯爵の下につく予定。
けど同じ伯爵となると、父が当主の間ならまだしも弟が継いだ後は下にはおけない。
だから改めて派閥の親であるヤディスゾーン大公に、独り立ちの許しを得る必要もできるし、そのために今からでも繋ぎを取る必要もある。
俺が男爵のまま弟が伯爵を継ぐなら下でも構わないんだ。
同じ伯爵位で、俺より明確に上と言える父がいる間もまだ問題はない。
けど兄弟となれば長幼の考えから兄が上と思う人も出てくるし、家格も近くなってしまえば、一代で家を建てた俺よりも弟を無闇に下に見る者が出る可能性もあった。
こうして家を立てる世話をしてもらっておいて、弟の代で宮廷雀の餌にされるなんて後ろ足で砂をかけるも同じ。
もちろん俺も、弟にそんなことはしたくない。
「必要であれば、男爵の時点でズィゲンシュタイン伯爵家と放してくださっても」
正直そうされると俺が後ろ盾のない新興貴族ってことで、食い物にされかねない。
けど伯爵になってから手を切るより、そっちのほうがザシャに迷惑はかからないだろう。
義母上だって自分の産んだ息子だけを心配してるわけじゃない。
「そんな危ないことはさせません。心配しているのは、婚姻に関してです。家格が並ぶことで、養子を取ることにも横やりが入りかねませんよ?」
「う、まぁ、はい。そのことについても、お話が…………」
これ完全に義母上からは結婚できないと思われてる。
いや、俺もできそうにないと思ってたけどさ。
結婚は子作りと繋がってるし、子作りは家を担う者の義務でもある。
そして結婚も政略で気持ちがなくても結べるけど、子作りとなると俺の状態じゃ難しい。
だから、近い身内から養子を取るって形を想定してたんだろう。
義母とは言え叔母でもあるから、身内からそういう心配されるのは正直居心地が悪い。
父上も息子のそういう話に眉間に皴寄ってるし。
けど母は強しで、さらに突っ込んできた。
「王室から、望まぬ婚姻を押しつけられる可能性もあります。男爵であれば、ズィゲンシュタイン伯爵の名の下に、婚姻に口を出す権利を得て壁になれるのに。せめてあなたの心の傷を理解し、今一度傷つけないような方を捜し出せるまで伯爵を望むことは控えられませんか?」
本当頭が下がる。
ザシャは俺が女性苦手だから婚約者もいないなんて言ってたけど、実際はトラウマ持つ俺が今以上に傷つかないよう義母上が厳選してるんだ。
トラウマになった兄の婚約者との顔合わせも、判断力鈍ってた父上じゃなく、早すぎる婚約話を聞いて心配した、当時はまだ叔母だった義母上が乗りこんできて、件の父娘を追い出してくれてる。
だからこそ、俺は義母上にも同席を願った。
「話を、聞いていただきたい」
改まって言うと、心配で話し続けていた義母上も黙る。
父上も、一つ頷くと先を促した。
「伯爵を目指す訳を聞こう」
心配が先立ってた義母上も、根本的なところを聞き忘れていたことに気づいたようだ。
どう考えても照れ臭いし、俺はもう直球で伝えることにした。
「マハトヴァーサ公爵令嬢との婚姻を望みます」
イジドラとの結婚。
そのためには伯爵位だけじゃ足りないけど、まず大前提が爵位の差を埋めることだ。
「そのために、今後起こるだろう小王の反乱の鎮圧にも参戦するお許しをいただきたい」
好きな人ができたって報告もあるけど、俺の本題はこっちだ。
伯爵なんて未定だし、男爵だって二年後の話でまだ準備も全然できてない。
そしてイジドラのことだって、俺が自覚したってだけの話。
そのために越えなきゃいけない前提はいくらでもある。
だったら今目の前で手をつけられることは、イジドラのいない今からいくらやってもいい。
そのためには騎士団という戦力が必要で、騎士団を動かすための当主である父上の許可が必要だった。
「はぁ…………」
突然の溜め息が父上から漏らされる。
絶句してた義母上も、父上を見た。
さすがに公爵令嬢相手なんて、無謀すぎて反対されるか。
そういう可能性は考えてたから、説得する言葉は色々考えてきてる。
ただ、父上から続く言葉は、完全に予想外だった。
「一生結婚できないかと思っていた」
「いや、結婚自体は相手があればできることじゃないですか」
「まぁ! なんて枯れたことを言うの!」
政略結婚してる義母上に怒られるのは違うんじゃないか?
いや、普通に仲いいけど。
そこはお互いの人柄の噛み合いと、譲歩し合ってるところあるからこそだろうし。
そういう二人の下で育ったからこそ、恋愛できなくても政略結婚で家庭を築くことを諦めたつもりはなかったんだけどなぁ。
ご令嬢とまともに対話できる気がしなかったし、男爵で家建てるとなった時にはいっそ年上探すべきかと思ってたし。
なんて考えてたら、父上から苦言が飛んできた。
「お前が今考えているような甘さでは、決して婚姻は整わない」
「えぇ?」
何も言ってないのに父上に否定されたのはなんでだ。
確かに結婚経験あった記憶ないけど、そんなに甘い考えか?
なんて、思いのほか真剣な顔した父上を見たら、そんなこと言えなくなる。
「しかし、マハトヴァーサ公爵令嬢か…………」
難しそうに呟く父上だけど、俺は手ごたえを感じた。
何せ即座に無理だとは言われなかったんだ、ここで退くなんて気はない。
まずはここで許可を取りつける必要がある。
それが最低ラインだった。
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