105話:爵位を望む5
弟には女性が苦手で婚約できないと思われてた。
父親にトラウマで結婚できないと思われてた。
で、義母には養子縁組前提で婚約を考えられてた。
なんかすごく情けない気がしてくるし、ずいぶん心配かけてたようだ。
いや、でも本当、令嬢が側にいるだけでその場ににいたくない気持ちになるんだよな。
それで息詰めてると呼吸がおかしくなるし、そうなるともう喋ることはおろか足を動かすこともできない。
って、そんな状態の俺知ってる父上からしたら、結婚無理だと思われてもしかたないか。
「なんというか、ご心痛をおかけしまして」
「いや…………」
父上はばつが悪そうに目を逸らす。
もしかして自分がトラウマのきっかけ作ったって気にしてたのかな。
そういうこと言わないし、今まで知らなかったぞ?
それくらいあからさまに令嬢が駄目だったと考えると、イジドラは令嬢相手だなんて緊張する暇もないような状況でばっかり会ってたのも良かったのかもしれない。
令嬢と意識するような場面で顔を合わせた時も、王弟からの命令があってイジドラを必要以上に意識する余裕がなかった。
それはそれで、年頃の女性に失礼な対応だったとも思うんだが。
なんて考えてると、義母上が拳を握って言った。
「ローレンツは何も悪くありません。それよりも! 姉上のお墓に報告に行かなくては!」
「え、いや、それは気が早すぎますって」
俺が止めると父上も頷く。
「そうだ、お相手の家のこともある。逸るな」
俺もそれに頷いて止めようとするんだけど、義母上は強かった。
「何をおっしゃっているの! 今から整えなければいけないことはいくらでも。お相手もすでに妙齢のご令嬢なのですから、遅きに失しているような状況で逸らずどうします」
俺は父上と目を見交わすけど、どっちも義母上の言葉を否定できない。
本来なら長子になってる俺は、伯爵家を継ぐために家同士の今後を考えて婚約者がいておかしくない年頃。
大抵の家格が釣り合う、良い評判の令嬢はそれこそ婚約者持ちだ。
「マハトヴァーサ公爵令嬢は女騎士を目指しておられることで、婚約者がいないことは周知です。とは言え、学生時代はそうでも、卒業して騎士となり、宮中に務めるとなればその麗しさに言い寄る紳士は学生時分の比ではないはずですよ」
滔々と語る義母上に、俺と父上は口で勝てたことはない。
けど気になって父上に聞いてみた。
「女騎士って、モテるんですか?」
「一般的には婚期が遅いと言われる職だ。学院卒業してすぐ見習い、二十を超えて騎士になり、十年は仕えない内に婚姻を整えて離職する。ただ中には三十を超えて成婚する者もいるくらいだ」
前世の日本では普通だけど、こっちは学院卒業の十代で結婚する者も珍しくない。
そう考えると十年も婚期が違えば遅いと言わざるを得ないだろう。
それでも結婚できるくらいにはモテる、と。
ただ朗報は、学生の間は騎士になることに注力して婚約しない者がほとんどだということ。
懸念だったのは、俺が爵位を得るまでの間に、イジドラが婚約することだった。
イジドラが戻ってきたらもちろん話すつもりでいるけど、俺の状況は今半端だから、待っていてほしいとも簡単には言えないのはわかってる。
けど少しでも可能性がほしい。
だから反乱にも自分から参戦しようと考えたんだ。
「中には結婚をして騎士を続ける女性もいます。一般などと括って、マハトヴァーサ公爵令嬢の意志を無視することはいけませんよ」
俺たちの会話を聞いた義母上に、そう釘を刺された。
たぶんこれは、前世の女性アスリートと同じ問題だろう。
女性が妊娠出産すると、現役復帰には心身の負担が大きいらしく、復帰した選手の苦労話の特集をやっていたのを前世で見た気がする。
そこまではさすがに考えてなかったから、俺は真剣に前世流し見たアスリートの苦労を思い出そうと眉間に皺を寄せた。
それを見て義母上は鷹揚に頷いて見せる。
「いいですか、ローレンツ。お相手がマハトヴァーサ公爵令嬢であることに、こちらの利点は大きくあります。その上で、もちろんご本人の同意と互いを尊重し家族となる心構えも必要です」
義母上が滔々と語り出すと、父上はもう口を挟まず任せる様子だ。
「その上で、あちらのお家にも利を示さねばなりません。新たな家庭を築く上で、お互いが生まれ育ち縁故を築いてきた基礎となる実家との関係は無視できない要因です。我が家は特別公爵家との付き合いはありません。あちらもローレンツが何者であるかなどわからない状況。だからこそ、今から売り込む必要があります」
「う、売り込む」
なんだか飛んでもない方向に力強く言われて、俺は正直慄いてしまった。
横目に父上を見ると、難しい顔をしてる。
え、不安になるんだが?
それで義母上を見ると、なんだかわかると言うように頷いてた。
なんというか、ベタベタするわけじゃないけど、こういう通じ合ってる様子は仲いいなと思う。
「敵対的な派閥ではありませんが、相手は格上。こちらから近寄ることは憚られます。また、とりなしをお願いするにも、現状我が家にそれをお願いできるだけの伝手がありません」
義母上が、政治とか社交的に難しい状況を語った。
ズィゲンシュタイン伯爵家はヤディスゾーン大公の派閥にいる。
マハトヴァーサ公爵家は、王妃を輩出してる国王派閥の重鎮だ。
ヤディスゾーン大公とは別派閥だが、大公とは協調もできる派閥同士なのはいい。
ただ、密な連携はなく、あるとすればヤディスゾーン大公個人の王家との繋がりくらい。
そこに中堅程度のうちがとりなしお願いしても、やり方によっては悪印象を抱かれることになる。
「つまり、お願いできるだけの、何がしかが必要だと」
改めて相談して良かったと思うが、難問すぎる。
反乱鎮圧に功を挙げて、伯爵に進んでなんて、序の口なんだ。
あくまでそれはイジドラと結婚したいと本人に言うまでの障壁を乗り越える足がかり。
マハトヴァーサ公爵家に許されるかは別問題だ。
さらにはズィゲンシュタイン伯爵家の子息という今の俺が、マハトヴァーサ公爵家と繋ぎを取る足掛かりにもできない。
できそうなのはヤディスゾーン大公だけど、そこへ穏便にお願いする手も現状はない。
「まずはこちらで探る。まだローレンツは軽々にそのことを口にはするな」
「それはもちろん。…………ですが、よろしいんですか?」
思わずそんな言葉が漏れた。
どう考えても厄介な相手を好きになった自覚はあるんだ。
いや、厄介じゃなくて俺にとっての高嶺の花だな。
だから手を伸ばしたくらいじゃ届かない。
そこに父上たちも巻き込みに行ってる。
諦めろと言われるくらいは覚悟してたけど、そういうことはひと言も言われない。
「…………独力でも、婚姻の成立を目指すつもりがあるからこそ、より高い爵位を望むのだろう? それなら、いい」
何やら言いにくそうに父上は答える。
それを義母上が呆れたように見てた。
「まぁ、素直にローレンツの恋が実ってほしいから手を貸すと仰ればよろしいのに」
言われて、父上はそっぽを向く。
なんか俺もそんな風に言われると照れるんだけど。
別に親として、愛されてないとか思ったことはない。
けどそこまで甘やかすようなこともしない人だ。
だからなんか、改めて俺のために動いてくれると言われると、照れ臭い。
そんな俺と父上の様子に眉を挙げて義母上は叱るように言った。
「言わずとも通じ合う関係は確かにあります。ですが、人間同士の関りなのですから、言葉にして伝える努力を怠ってはなりませんよ。たとえ親子であっても疎かにしていいものではありません。ましてやローレンツ。あなたは全くの他人に思いを伝えなければいけないのです。その気持ちを行動に表すのであれば、嫌がられない限りやりすぎることはありませんよ」
びしっと指を差され、俺はただその教えに頷くしかない。
義母上はちょっと考えて、口元を押さえると呟くように言った。
「まぁ、マハトヴァーサ公爵令嬢の噂からして、朴訥とした方のようではありますから。あまりロマンスを求めるようなこともないでしょう。女性としては少々魅力に欠けるかもしれないけれど、わかりやすい可愛げのなさもローレンツとなら落ち着きとして相性が良いかも…………」
「可愛いらしいところはあります」
つい反論したら、義母上にんまりと笑って口元を手で隠して笑う。
「あらあらあら? そう…………、可愛らしいところを知る機会があったのね」
なんて言いながら口を隠してない手では拳握ってるのが見えるぞ。
ガッツポーズなんてないはずなのに、そういう動きって何処にでもあるのかよ。
父上も気づいて、義母上の拳を片手で押さえて窘めた。
「やめなさい」
諫められて黙る義母上だけど、その目がうるさいくらいに笑ってる。
呆れつつ、父上は話を戻して俺に再度言った。
「お前の考えはわかった。まだ時期尚早としか言えないが、それでも小王が反乱を起こすのは時間の問題。そこに名乗りを挙げられるよう図ろう」
イジドラとのことはまだ頷けないけど、そのために行動する許可は下りたのだった。
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