106話:参戦1
夏の終わりが見え始めた頃、ついに小王が宣戦布告をした。
騒ぎは起きたには起きたが、それは大半政治を知らない平民の間でのこと。
学院であっても、貴族の学生たちや貴族に近い富裕層の学生は、この時が来たという反応だった。
何せ最初は小王派が、自分たちでうるさく騒いでたんだ。
その後退けなくなったらあからさまに戦準備もしてたし。
そんなことしてたら、王家だって黙ってない。
それら動きを受けて、貴族たちは家や派閥ごとに旗幟を鮮明にしなきゃいけなくなってたから、とっくに戦いになることは嫌でも予想できた。
「よりによって収穫期近い今か…………。早めに刈り取りして、自分の領地分の収穫を終わらせたか?」
昼休みのざわめきが広がる中、ドミニクは宣戦布告の時期にぼやく。
他でも会話してる学生たちはいるが、きっと内容は小王の宣戦布告についてだろう。
その中には、今ドミニクが言ったみたいな時機を問題にする声もあるかもしれない。
ここは手作業で収穫が当たり前の世界だ。
コンバインやトラクターなんてものはない。
そして戦争が起これば、その手を持つ人間たちは、兵役に取られるのもこの世界では当たり前。
「収穫期真っただ中や、冬本番にやるよりは現実的だろ?」
「それで絶対市場荒れるんだ。学院のこのうるささが、冬には悲鳴に変わるだろうな」
そういう大袈裟な言い方は、なんだか義理の兄のエドガーに似てる。
義理の兄弟じゃなくても従兄弟だから、似ていておかしくはないんだが。
学院は宣戦布告の報が一斉に回って、さっさと早退する学生もいる。
俺も時間を作って登校してたが動かなきゃいけない。
席を立つ俺にドミニクは引き留めるように言った。
「昼くらい食べて行ったらどうだ?」
「すでに準備はされてるだろうが、お忙しい方だからな」
それだけで俺が誰に会うか察して、ドミニクは溜め息を吐く。
「戦功立てられる機会を逃すわけにもいかないか。許可は?」
「家からは得てる」
「王弟殿下は?」
「これからだな」
「なんだ、お声かけ頂いてないのか?」
暗に、イェーデシュタン侯爵の時は強制だったのにと言ってるように聞こえる。
まぁ、俺もそう思うんだがな。
けど日を置かずに城へ上がり、宣戦布告前から準備してる様子は見てた。
そのための雑事を処理する名目で、俺も急かされ身だ。
「なんというか、王弟殿下ご自身が出られるのは雰囲気でわかるんだよ」
「まぁ、城に行ってればな。それに相手は小王。王家の身内問題なんだから、王族が出ないと恰好がつかない」
「もう、無言で巻き込むからなって言われてるようなのも、感じるんだ」
「あー…………」
ドミニクが呆れ交じりに声を漏らした。
俺に参戦しろなんてことは言われてないし、強制的に巻き込まれるような動きはない。
けど、だからこそ、城に行く度に近づく宣戦布告と参戦の準備を当たり前に横目に見てるだけで済むはずもないのは肌身で感じた。
時には軍事わかるなら手伝えと、地形図の整理までやらされて、参戦するのに必要な知識蓄える機会が与えられてたように思う。
「なんか、無言の決定事項を嫌でも感じるんだ。俺、頭数に入れられてるなって」
「まぁ、逃げられたダーリエフェルトはともかく、ナイトシュタインでは魔人から王都を守ったっていうのがあるしな」
「いや、通りがいい名目ある奴のほうが頭数に入れて使いやすいのはわかるけど、あれはあちらの王叔が有能だったからだろ」
「そんな他国の人間の話じゃないんだよ。というか、そういう自分のやったことをずっと報告し続けてるんだから、使えると判断されたんだろう」
ドミニクは他人ごとで言うんだが、あれに関わったのはドミニクも一緒のはずだろ。
今からでも報告書にドミニクの活躍盛ってやろうか?
いや、それをすると後からフォローなり頼む余裕がドミニクになくなる。
だったらここはさっさと手を貸してほしいことをお願いしておこう。
「ドミニク、頼みがあるんだ」
「戦場なんかには立たないからな」
「人手が足りない以外では頼まないから安心しろ」
ドミニクの顔には安心できないと書いてある。
だから俺は用件をさっさと告げた。
内容は簡単なお宅訪問だけど、ドミニクは難しい顔をして聞き返してくる。
「今なのか?」
「今だからだな」
「…………そうか」
短く了承してくれたので、ついでにもう一つお願いをした。
「あと、ロイエ傭兵隊が今どこにいるかは?」
「王弟殿下から婉曲に依頼受けて動いてたけど、それももう終わってる。小王の反乱の気配で何処かに売り込もうかって話をしてたはずだが」
王弟はロイエが紋章持ちだと知ってるし、この時期に下手な勢力に入れさせることはしないはず。
だったらまだフリーだろう。
「まだ働き先が決まってないなら、俺のほうから依頼をしたいと言っておいてくれ」
「わかった」
ドミニクの応諾で別れて、俺は一度帰って制服から、城に上がれる服装に変える。
その時に侍従にも使いを頼んだ。
「ムート、指定する店に行って依頼の品を引き取って来てくれ」
「かしこまりました」
そうして屋敷を慌ただしく出て城へ。
案内は問題なく王弟の執務室に通してくれた。
うん、この時点でおかしい。
何せ相手は軍の最高責任者で、宣戦布告を受けた忙しい身。
なのに一介の学生を用件も聞かずに素通しするなんて、先に王弟からの許しがあるんだ。
待ち構えられてるだろ、これ…………。
「来たか、アーレント」
すごく当たり前に王弟に言われて、やっぱり待ち構えられてのがわかる。
けど、それはもうわかってたんだ。
だったらここは単刀直入に言おう。
時間の無駄がないほうが、心象はいいだろう。
「本日はお願いがあり御前に参りました」
挨拶もなく言う俺は無礼だが、王弟は顎を振って先を促した。
「戦場にて、アイフェルト卿の恋人であった令嬢を目にする場に立ちたく」
「前線になるぞ」
「かまいません。魔人を目にした者は国内に少ない今、他に立てる者がありましょうか。また、人が怪物へと変化するその時に居合わせた者も極少数。私であればお役に立てるでしょう」
間髪入れずに不穏なことを王弟に言われたが、俺も少ない売りを推すにはちょうどいい。
もう少し推すかと思ったが、王弟はあっさり頷いた。
「では、望み通り前に出す。戦支度についてはレルナーに聞け」
「お聞き届けいただき感謝いたします」
とは言え、たぶん最初からその辺の配属決まってたな、この速さは。
一応やる気と忠実さは示せた。
これだけで評価してくれるほど甘くはないだろうけど。
それでも悪感情を持って俺のことを吹聴することがないことを祈るばかりだ。
一番は王弟の口から出た良い評判が、イジドラの親に届くことだが。
そんなこと考えつつ、レルナー先生がいるだろういつもの作業部屋に向かう。
ただ、途中で先生を見つけた。
「こんにちは。お尋ねしたいことがあります」
「聞きましたよ、何を逸っているんですか」
どうやら俺が前線希望を言ったことは聞かれていたらしい。
その上で先生は腕に抱えていた書類の中から一枚を俺に差し出す。
「概ねこれで決まりでしょう。若手の編成です。戦功を欲する者は相応にいる」
渡されたのは隊の編成。
しかもどうやら若手ばかりを集めた一隊を作るようだ。
先生が言うとおりそれなりの数が、小隊としてひと固まりにされ、分割されてた。
軍で階級を持ってる人たちはその階級で書かれてるし、この人たちはたぶん出世目的?
「俺は良く知らない方ばかりですね」
「まぁ、官僚のおうちとは縁がない者たちでしょう。わかりやすく言えば、若手騎士や貴族家の三男以下の子息たちです。地方から出てきている者たちもいます」
そりゃ、王都からほとんど出ないし社交もおざなりな俺じゃ知るはずもない。
そう思って紙面に目を戻すと、大隊の一番上から順に下っていく。
その中でとある小隊に、俺の名前を見つけた。
やっぱり最初から組み込む気満々だったらしい。
しかも若手寄せ集めの中にって、露払いの前線確定じゃないか。
自分で望んだからには文句は言わないが、こういうことはもっと事前に教えておいてほしかった。
「…………え? あの、先生? 俺の名前に隊長ってついてるんですけど?」
遅れて気づいたことを聞けば、先生は慌てもせずに応じる。
「えぇ、あなたはすでに国外で功績を挙げていますし、実績も作っています。若手の中では相応の地位に就けるので」
「あの、学生なんですけど?」
「そもそも実戦の経験がない者ばかりなので、実力重視になりました」
絶対それ俺の実力を測ってのことじゃない!
なんて弱音、王弟に前線希望した今、言えるはずもない。
狩猟大会のように、貴族一人が家から騎士団連れてくることで、軍の全体の兵員を増強する形だから、ここに名前が書かれてるのは、大なり小なり家の代表ということになる。
若手だというから、もしかしたらもっと気楽な参戦かも、なんてのは甘い考えだろう。
この隊に書かれた者たちは、戦功を欲する競争相手でもあった。
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