98話:魔人の条件3
帰国翌日、俺は早朝から城に詰めて書類と格闘することになった。
つき合ってくれるレルナー先生からは、不在の間のことも聞かせてもらえる。
「え、俺たちがダーリエフェルトから戻るのを待って動く予定だったんですか?」
「当たり前でしょう。さすがに閣下でも最初から無茶を押し通すつもりで動くことはたまにしかありません」
たまにはあるんだ…………。
しかも実績複数回あるんだな、これ?
エミール伯父さんも愚痴ってたけど、レルナー先生というか、王弟の下についてる人は経験済みなんだろう。
それで望む結果をもぎ取って来るんだから、止めるに止められない様子で先生は溜め息を吐く。
「では、なぜ予定が変わったんですか?」
それこそ、小王派の動きのせいとも思えるが、前後がおかしい。
魔人の絞り込みの後に、小王派は動いたような感じだ。
ただそれはエミール伯父さんの推測交じりで、実際のところを聞いておきたかった。
「まず、狩猟大会参加者を疑っていたことは知っていますね?」
「えぇ、あの場所は狩猟大会のために準備もしていました。なので関係者以外が出入りすれば目立ちます。魔人がいたなら最初から会場に入り込んでいたということでしょう」
王弟を始めとした高位の者たちが揃う場だ。
近づくにも確認と記録があるし、身元不明者なんて近づけない。
だからこそ狩猟大会は調べやすく、絞り込みもできた。
そしてその中で、何故か俺も候補に入ったのかは、よくわからない。
学生ならやり方次第で参加は可能だし、外から入り込むなら抜け道にも思える。
けど、俺は勇者であるユリウスの側にいたし、魔人退治も指示した形になってる。
なのに、疑われたんだ。
「俺が魔人ではないかと、疑われてたらしいと、伯父から聞いています」
「そうなのですか?」
先生は知らなかったらしい。
けど推測できることはあるようだ。
「でしたら、狩猟大会でのあなたの動きがまるで知っていたかのように映ったのでしょうね。手柄を立てて、近づくような」
「誓って、そのようなことはありません。あの時も、本当に知っていたなら、もっと、犠牲は少なくて済んだはずです」
「逆ですね。知っててやっている魔人であるなら、あなたは学生たちを使って各所の連絡を攪乱すべきだった。それをせず守りを固めるのにひと役買っているのですから、疑うにはあまりにも不自然です。何か別の要因があるのでしょう」
先生としては俺の行動から、疑うだけ無駄というのが結論らしい。
けど確かなことはわからない。
「次の魔人襲撃の際には、疑いは晴れていたようですが。イェーデシュタン侯爵の件はあの場で捕まえることを想定しての罠だった。しかし、もう一つはさらなる絞り込みのためだったのではないかと」
たぶん俺のように狩猟大会だけで疑ってた中から、いくらか外れる者がいた。
そして残った容疑者から、急な動きでも情報を得て動ける立場、範囲の者をさらに絞り込んだんだろう。
そう思うと、確かにアイフェルトは該当しそうな立ち位置だ。
「ただ絞り込んだものの、確定ほどに尻尾を見せずいました。二度の失敗から準備と潜伏は想定内。なのでダーリエフェルトとナイトシュタインのほうを重視していました」
「それなのに漏れた?」
「突き止められた、というほうが合っているでしょうね」
アイフェルトは王弟の周囲に出入していた。
だからこそ、あからさまに遠ざけると疑われていることを告げるも同じ。
だから表面上は今までどおりの仕事の範囲で距離を取らせたという。
「もちろん機密情報には関わらせないようにもしていました。遠ざける言い訳はいくらでもありましたし。閣下が直近でいくらでも作ってますし」
そこで俺を見るってことは、俺の指揮官としての問題の処理とか対応にそれなりに人手使われたのか?
それとも、先生も関わったイェーデシュタン侯爵の事後処理か?
全く別件なら、王弟は何してんだ?
ただ何かしら仕事を振って、あからさまに遠ざけるようなことはしていなかった。
他の人員も忙しさを理由に動かし、アイフェルトだけということもなくカモフラージュしたとも。
「しかし、気づいた。あの者の警戒心を侮っていたのやもしれません」
先生が手元の書類を確認して、何かしらを書き足すと俺に回しサインを求める。
「その時にはアイフェルト卿が魔人だと確定していたのですか?」
「そうですね、王家のほうは確定的に見ていたようです」
「王家? …………では、魔人の条件を知っているのはやはり王家の?」
「何処からそれを?」
「実は、俺も疑われていたのは魔人の条件を知っていたからではないかと、伯父のカインフリーデ子爵より」
篩い落とした中から俺を疑うには、何か別の決め手があったんだろうと。
それは先生も思ったらしく、頷いた。
「確かに、魔人であると疑う別の要件があったならそういうこともあるでしょう。まぁ、今は疑いが晴れているからこそ、こうして城にも上げられているのですし」
「そうですね、それでアイフェルト卿は?」
「数日気づいても知らぬふりをして逃亡の準備をしていたようです。ですが、こちらもアイフェルト卿を監視していたので、逃亡の気配を察することができました」
レルナー先生は、先に微罪で身柄を確保する手続きを速やかに行われたという。
どうやらそれは、俺たちがダーリエフェルトに戻る前のこと。
「しかしそれもまた露見しました。アイフェルト卿が善意の協力者を作っていたために。できるだけアイフェルト卿に味方しそうな者も散らしていたのですが、案外人望があった。そして、一番騒いだのが、アイフェルト卿の恋人でした」
「小王派の令嬢だという?」
「えぇ、知ってのとおり、小王派は現王室に敵対的であり、また瑕疵があるとなれば嬉々として糾弾します。ですから、アイフェルト卿への微罪での拘留は横暴だと騒いだ」
一定の派閥がある奴らが声高に騒ぎ、アイフェルト捕縛の動きを止めた。
さらにはそもそも魔人を見たのが現在国にいない者たちということで、証言不可能ということから魔人すら王弟の嘘だと言い出したとか。
「はぁ? 狩猟大会でのスタンピードはどう説明するんですか」
「それもまた、王弟の落ち度で魔物の間引きや管理を怠ったと。いくらでも反証はできましたが、時間がありません。なので一時的に騒がせるままにしていたところ、増長しました」
「え、まさかその流れで反乱?」
あまりのことに聞くと、さすがにそれはないと言われた。
「ただ、確かにあそこで増長したからこそ、今兵をあげると宣言している流れになります」
先生が呆れ半分、厄介さに対する苛立ち半分の溜め息を吐いた。
「それでも小王派が騒ぐ支柱にされたアイフェルト卿は、そうして庇われている間は逃げられない。なので、魔人であることの証明は現状難しいので、まず当時のアリバイを一つ一つ崩す方向でこちらも動きました」
すでにやっていたことを粛々と続ける。
小王派がか弱い被害者としてアイフェルトを囲っているからこそ、逃亡させるのは小王派側からも、騒ぐ理由を手放すようなもの。
アイフェルトを逃がすことはしないはずだった。
だが、実際にはアイフェルトは、ダーリエフェルトからトロイェンに逃亡してる。
「何があったんですか?」
「小王派内部での権力の変動がありました。アイフェルト卿の恋人の家が発言権を増し、実権を握るに至り、王室打倒を騒ぎ始めたのです」
それ以前に増長していたからこそ、王室の資質を疑う言説を自身たちで言い回り、流されて、それが事実であり、強固な覆しがたい状況だと信じた。
まるで自分たちを洗脳するように。
「祭りに浮かれ騒ぐ者と同じ空騒ぎです。しかし、今回はそれが最悪の方向に転んだ」
「それでもアイフェルト卿に逃げられるなんて…………」
「えぇ、小王派でも予定外だったでしょう。そして、こちらもナイトシュタインより巨大な怪物が暴れたという急報が入りました」
俺たちがナイトシュタインで戦った後、葬儀なんかの後処理してる時に送った情報は遅れてヴェーゼンに届いた。
そうなると、もう数日でダーリエフェルトの王城に入っての待機命令が返されてる状況を考えるに、最初から不測の事態でアイフェルト卿が逃げ出すことを想定しての保険だったのか。
「実際どうやって逃げられたんですか? 魔人が二人いる可能性は聞いていますか?」
「えぇ、届いています。なので潜伏した魔人がいる可能性も考慮し、アイフェルト卿の身柄の拘束を強行しました。しかし」
「逃げられた?」
「えぇ、遺憾ながら。小王派の令嬢が、魔人を自称したことで警戒がそちらにも向いてしまい、その隙に」
どうやらアイフェルトの恋人が、逃がすために協力し、魔人を自称したらしい。
二人いると聞いたからこそ無視もできず隙になってしまったと。
そして、そんな者が血縁から出た小王も、退くに退けず反乱を起こすに至った。
「ただ騒いで気持ちよく糾弾したいだけだったんですよ。それだけのために、王室を脅すための武力行使をちらつかせる馬鹿なことをした。そして逆に、魔人が族内にいることで、諸共に倒される可能性を作ってしまった」
「だから、小王は反乱を強行しようとしてる?」
「出仕をやめ、兵を集め、食料を買いまわる動きをしていますが、まだ確かな布告はありません。ですが、もうそのつもりでしょう。族内で権力が強まった一族が身内を切り捨てないために騒ぎ立てているようです」
魔人を自称した恋人を殺させないために、小王派閥は反乱に転がるように傾いてる。
なんとも勢い任せだけど、冷静なら争って怪我するようなことはしないものだし、冷静でいられない状況がなくちゃ転がりもしなかったんだ。
そんな止められない流れが作られてしまった経緯はなんとなくわかる。
その上で今確かに、この国では兵を交わす争いが起ころうとしてる不穏さが身に染みた。
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