97話:魔人の条件2
俺たちは逃亡者の追跡に関して、ダーリエフェルトでの後始末を受け負い、まずはユリウスたちを送り出した。
「イジドラ、すまないが頼む」
「なんの、ルイーゼさまの警護であるなら言われずとも。そちらも、国許で何やら惨禍の気配があると聞く。どうか、無茶はしないように」
「あぁ、お互いに無事に会おう」
また戻ったダーリエフェルトの港で、俺はイジドラと言葉を交わす。
ルイーゼの警護の一人として、イジドラもトロイェンに向かうんだ。
追跡で顔を見たこともあり、元からアイフェルトの顔を知ってる人員、さらに魔人戦に間接的に関わったとして選ばれた。
移動の足やルイーゼの世話や他国での立ち回りを考えると、イザベラは適任だ。
必要最低限の人数の中にいてほしい人材ではある。
だからこそ、俺は申し訳なさもあって声をかけたんだが。
「…………七点」
「おまけで六点」
「は、八点?」
「期待が大きすぎたようです、二点」
おい、なんか勝手な点数が聞こえるぞ。
だが俺は気づかない振りして、見送りに来てたドミニクのほうへ行った。
なんで俺は、ユリウスたち紋章持ちに採点されたんだ?
「ウルリカが思ったより点数を高めにしたのは、公爵令嬢って言う立場的になれなれしくしすぎない感じが良かったのか?」
「おい」
避けたのに話題にしてくるドミニクを止めようとするけど、こっち側の人員から情報をギリギリまで集めてたゾイフが寄って来る。
「ネイトなどは何がおまけでありましょうか。不埒者ですねぇ。ただ勇者どのもあまりにも甘い点数と言わざるを得ない」
なんの点数だって突っ込みたいけど、絶対藪蛇だから言えない。
けどそれ、十点満点でいいよな?
百点満点とかならだいぶへこむんだが?
そんなにイジドラ相手にかける言葉として点数悪いのか?
そう考えてしまうと、一番イジドラと付き合いが長いはずのルイーゼの最低点が気になる…………。
「…………王女殿下の、低評価の、理由は、なんだと思う?」
つい聞いてしまうと、ゾイフはちょっと馬鹿にするように笑ってウルリカの下へ帰り、答えはくれない。
ただドミニクは考えてから、推測を教えてくれた。
「あの元騎士の反応から、たぶん夢見たい感じのお姫さまの心情が大いに影響してるんじゃないか?」
「夢?」
「まぁ、相手が相手だし、そもそもお前たちは別につき合うことにもなってないんだろ?」
「ぐぅ」
確かになんか雰囲気だけというか、今までよりも確実にこの旅で距離は縮まった。
ただ、それだけだ。
つき合うだとか告白だとか、そんなこと言ってられない状況だったんだよ。
それに、俺は気持ちを自覚したが、イジドラが俺をどう思ってるかはわからない。
そもそも相手は王妃を輩出するような家の公爵令嬢で、高が官僚家の俺じゃ釣り合わない相手なんだ。
身の程知らずに踏み込んで、距離を取られても大いに傷つく。
だったら、まずはこの特異な状況で築けた親しさを継続していくことをすべきで…………。
いや、よく考えたら、いい雰囲気になったあの場に、こいついなかったよな?
「ドミニク、なんで俺とイジドラが、その…………」
「うん? そんなのウルリカたちが普通に話してたからだが」
「あいつらそんな話してるのか?」
「王女殿下がお身内の春の気配に随分嬉しそうだったぞ」
しかもルイーゼが一番興味深々となると、俺も低評価の意味がわかってくる。
言ったとおり、期待されてたらしい。
つまり、他国へ旅立つイジドラに、その、告白でもしないかと。
「いや、逃亡者追うような任務言いつけられたのに? しかも相手の家になんの根回しもできない状況で? 公爵令嬢相手にあんまりにも命知らずだろ?」
「うん、まぁ、そうなんだが。そういう理屈っぽい話じゃないんだよ。ノリと勢いで情熱を見せつけられたかったんだよ、たぶん」
言ってて、ドミニクも自分で何を言ってるんだという顔になる。
俺ももう乗船する段階の今、挽回もできないから、この話にはお互い口をつぐむことになった。
船の上からも笑って手を振ってくれたイジドラに、不快感がないのは救いだろう。
そして俺たちは見送りもそこそこに、今度は帰国の準備だ。
ナイトシュタインとの協定のために人員を残す予定だったが、トロイェンにユリウスたちが向かう。
その後援のためにも人を多く残し、帰国したらさらに追加でトロイェンに人員を送る。
そのための連絡役や調整役などを選出した結果、俺たちヴェーゼンの使節団は半分だけが帰国することになった。
「無事で何よりだ。…………が、召喚状が届いている」
日がある内に帰国して、大使館で色々手続きをした夜。
ようやく実家のズィゲンシュタイン伯爵家に戻ったら、父上からそんな無情な報せがあった。
「さすがに夜間開門は無理だ。今日は軽食を食べて早々に寝なさい。明日は早朝開門一番に城へ上がるように」
「はい…………」
一応父上からの労いの言葉を受けて執務室を出る。
というか、この時間まで俺が帰って来るの待ってたんだな。
そう思ったら、義母上も廊下に出てきて、俺の肩を撫でる。
「あぁ、疲れているところにごめんなさい、ローレンツ。ひと目無事な姿が見たかったの」
「ただいま戻りました。明日は早朝から城へ参ります」
「まぁ、またザシャとゼルマが…………いえ、もう部屋へ戻りなさい。軽食の用意はしてあります。疲れを少しでもとりなさいな」
どうやら弟妹にも心配をかけたらしい。
その上で、俺を気遣って義母上も、すぐに休むよう言ってくれた。
そうして久しぶりに戻った自室で、待機してた俺の侍従は溜め息を吐く。
「大変なご活躍とのこと、お慶び申し上げます」
「いや、ムート。なんでそんなに機嫌悪いんだ、眠いのか?」
ムートは不機嫌そうなのに、黙々と俺の服を着替えさせて軽食も用意する。
そうして俺が食事に手を付けると、不在の間のことを話し出した。
「騎士団長方が、帰りがあまりに遅いと、ダーリエフェルトへ向かおうと騒いでおりましたので」
「ぶ、そ、そうか。ゾンケンたちにも、時間が取れた時に顔を見せるさ」
思わぬ報告に吹き出しそうになりながら、短い間に会話を続ける。
俺はそれで、帰って来たんだと力が抜けていった。
だがまだ明日がある。
それに、ユリウスたちは帰国もせずに魔人かもしれないアイフェルトを追っていった。
指揮権を返せば俺の手から離れてしまうけど、知らないふりもできない。
こっちでやれることを考えないと。
「や、ローレンツ。一緒に行こうか」
朝起きたら、なんでかエミール伯父さんがうちで朝食を食べてた。
いや、うん、エミール伯父さんも召喚状届いてたんだろうな。
しかも俺と違って自分が裁かないと滞る仕事のある人だ。
きっちり城へ上がれる格好だけど、目の下には薄く隈があった。
そんなエミール伯父さんと城へ登り、向かうは王弟の執務室。
一緒に入ると早朝なのにすでに仕事してる王弟がいた。
確か奥さんとは死別してるけど、子供いたよな?
教育係任せの仕事人間なのか?
うちの父上も仕事熱心だけど、朝食は家族そろって食べてたぞ?
「アーレント」
「…………っ、は!」
不敬なことを考えてたせいで、声が裏返りそうになった。
なんとか堪えると、手を振られる。
見れば、手を振られた方向にはレルナー先生がいた。
どうやら俺は呼ばれたけど、王弟自身が対応する必要はないらしい。
目で促されて、そのまま先生と退室のために動くと、エミール伯父さんはなんだか嫌そうな顔してた。
王弟から直に詰められるんだろうけど、色々イレギュラーがあったんだから、責められるようなことがないといいな。
「アーレント、まずは無事の帰国おめでとう」
「ありがとう、ございます?」
お祝いされることかと思ったが、魔人が巨大ボス化したんだから、そうだよな。
ゲームでは必ずある戦闘で、そこから生き残るのもゲームの筋書きでは当たり前。
けど、そんなの知らない人からすれば、俺たちヴェーゼンの使節団は全滅も予想される大事件に巻き込まれた側なんだ。
連れていかれたのは以前にも指導された部屋。
なんかすごく久しぶりで、ずいぶん前のことのようにも感じる。
そんな俺の感傷なんか知らない様子で、先生は手振りで俺に椅子をすすめた。
「さて、まずは聞き取りと、詳細の確認をしましょう。それから命令の受領書の作成とサイン。かかった費用の概算と、それを予算としてあなたが運用できるよう整える書類にも確認とサインをしてください」
言いながら、バサバサと俺の前に書類が積み上げられていく。
事後報告な状況ながら、それに合わせて国で必要書類を用意してくれたんだろう。
書類作成の大変さが身に染みてるからこそ、ここは厚意と受け取るべきだ。
礼を言おうと思ったが、先生の目の下にも隈を見つける。
これは無駄口吐くより手を動かそうと、俺はそっと溜め息を吐き出した。
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