96話:魔人の条件1
港町で逃亡者を確保し損ね、俺たちは情報を取りまとめると急いでダーリエフェルトの王都に戻って来た。
ことの報告という、後始末の手配のためだが、王都の門にはすでにエミール伯父さんが待っていたんだ。
俺は疲れてるユリウスたちは休むよう言ったけど、エミール伯父さんが止めて、新たな命令を下す。
「新たなクラレンツ公からの命令が届いている。報告の後に伝えるから、一度旅装を整えて待機するように」
どうやら新しい命令は、また紋章持ち関係のようだ。
魔人を捕まえるためには有用だとすでに示してる。
それなら遊ばせておくのも、もったいないって話だろう。
だからすぐに旅立てる準備で待機を言いつけられた。
けど今回は失敗。
完全にこっちの経験不足だった。
「うん、手際が良すぎたし、何処かからこちらの動きが漏れてたんだろうね。まぁ、何処からなんて本国からだろうけど」
俺の報告を聞いて、エミール伯父さんは冗談めかして言う。
「本国、つまりアイフェルト卿は王宮にギリギリまでいて情報を探っていたと?」
アイフェルトは王弟の下を行き来する文官で、それなりに能力もあるように聞いた。
その上で、急報を走らせたダーリエフェルト側に逃亡して、逃げ果せている。
俺たち紋章持ちが手配されているのをわかってて、魔物の馬を用意もしていた。
隣国とは言え船の時間を掴むのも、王宮という情報が集まる場なら可能かもしれない。
「そう、城の動きを探っていたのは確からしい。ただ、魔人かどうかはまだ嫌疑の段階だ。だから、紋章持ち、並びに紋章持ちに比肩する能力を持つ者たちには、魔人の疑いがあるアイフェルト卿を追ってもらうことになる」
「追ってって、まさかトロイェンへ向かわせるんですか?」
船の行き先を調べると、アイフェルト卿が飛び乗ったのはトロイェン行き。
追跡の可能性はわかってたから、すでに次のトロイェン行きの船は調べてエミール伯父さんに伝えてあるけど。
ユリウスたちに旅装を整えさせたのは、今日中に船に乗せるためか。
「できる限り身軽になるだろう。そして名目は、王女殿下の護衛だ」
「では今度も俺が?」
「あぁ、いや。さすがに二ヵ国で連続軍事行動はね」
やれと言ったのはエミール伯父さんや王弟だからこそ、これ以上はという判断か。
さすがに命じたとはいえ、独断専行の言い逃れが厳しいのかもしれない。
「で、大使館経由で届いた内容がまた不可解でね」
ちょっと疲れたように呟いたエミール伯父さんは、肩を竦めて見せる。
「どうも国内にはもう一人、魔人を自称する存在がいるそうだ」
「もう一人、つまり、魔人は二人いた?」
エミール伯父さんもナイトシュタインの先々代が口走った言葉は聞いてる。
どちらかが偽物、なんて可能性よりも、二人とも本物の魔人と考えてもいい。
「だったら、国内の魔人を確実に対処したほうがいいのでは?」
「持ってる情報として、アイフェルト卿が国外に出て敵に回るほうが厄介だ」
「あぁ、そうですね。クラレンツ公の側にいましたからね」
王弟は軍事のトップで、それだけ国防に関わる情報が集まる。
そこに出入りで来ていたアイフェルトが国を離れて逃亡者になるのは、魔人でなくても情報漏洩の観点では看過できない事態だった。
「それでは、もう一人の自称魔人は? 危険はないのですか?」
紋章持ち全員をアイフェルトの追跡に回されるとなると、もう一人の魔人はどうする。
「うーん、そっちも無視はできないけど妙な感じらしい」
エミール伯父さんは言葉を選ぶ。
他国への連絡はそう長々としたものではないし、急ぎは狼煙で単語だけなんてこともある。
早馬も育てた良質な馬を殺すこと前提に出すから、本当に急ぎの必要事項だけ。
狼煙や早馬の後には、文章としての正式な書面が送られるはずだけど、現状は届いていないらしい。
となると、狼煙か砦同士での伝言を、エミール伯父さんなりに組み立てたんだろう。
「小王勢力が反旗を翻した」
「…………は?」
予想外すぎて俺は声を漏らすしかできないけど、エミール伯父さんも苦笑いを浮かべる。
「小王の血縁のご令嬢が、魔人を自称している」
「え、それはまさか、アイフェルト卿がおつき合いしている?」
「おや、知っていたのかい。そう、その恋人が魔人を自称していてね。そして小王勢力は反旗を翻して軍備を整えてるそうだ」
色々突っ込みたいが、これがゲームにあった流れかどうかなんてわからない。
だが、ゲームの流れは未来に存在してて、魔王は復活していて、各地に魔人を送ってる現状があるから無関係じゃない。
そして国を混乱させ弱めることも目的の内。
それを解決できる可能性が高いのはゲームに出てきた紋章持ちたちで、魔人もゲームに出てきた範囲なら倒せると思ってた。
だが、範囲外のことがナイトシュタインで起きた。
ゲームにいなかった巨大ボスは倒せたけど、どれだけ俺の知る未来への対策は通用するかわからない。
だが現状、ゲームの前提はすでに始まってるから無視もできない。
が、これはどう考えるべきだ?
「…………小王と、自称魔人は、国内の軍で対応可能との判断でしょうか?」
「そう、そうだろうね。ナイトシュタインにいる間に、大まかなことは本国に書き送った。巨大な怪物に変じることも承知の上での判断だろう」
「じゃあ、味方の中で巨大化はしないと思っている、とか?」
それしたら、足元の味方が潰れるしな。
だから黒騎士のネイトも先々代が猩々になった時に逃げてるから、たぶん敵味方の別なんて巨大ボスにはない。
いや、もう一人の魔人が操作する役だろうけど、魔人の疑いがある人たちが二手に別れてるから、もし小王親族の令嬢が怪物になっても、まず潰れるのは小王側だ。
「あと、こうなったら小王は自力で王位を獲りに来る。そうじゃないと他の貴族がついて来ないしね」
「あぁ、そうですよね。魔人は魔王の配下ですし。そんな力に頼るなんて正統性が」
「ただねぇ」
エミール伯父さんは俺の言葉を遮るように溜め息を吐いた。
「なんか言葉つきから、自称魔人は自称でしかないと思ってそうなんだよ」
その上でじっと俺を見るのは、どうも魔人だと一度疑われたらしいからだろう。
王弟が自称だと確信してるなら、そこには何かしらの条件があると知ってるとか?
けど魔人の条件はエミール伯父さんもわからないようで、話しを続けた。
「それに狩猟大会でスタンピードの時も、小王は逃げた。あれは魔物に襲われたくないからだ。そうなると、魔人は魔物を呼び出して、走る方向は指示できる。けど細々と誰を殺すな、なんてことは命令できないのかもしれない」
「それと、二度目の襲撃の際に、街道に魔物を待機させていたことから、そうした命令も可能ではないかと」
そう考えると、小王側が自称魔人を前に出さない理由もわかる。
巨大化すれば潰され、魔物を召喚させれば、大気はさせられても動き出せば自分たちも襲われる。
まぁ、そもそも二回すでに失敗してる魔人だ。
同じ手を使うようなこともしないだろうというのが王弟の予想なのかもしれない。
「ですが、国内での戦いとなると、俺はお役には立てません。それなら、今の指揮権を保持したまま、ユリウスたち、いえ、王女殿下の護衛に加わったほうがいいのでは?」
捕り物だ、他国で動くなら理由づけはあったほうがいい。
やりすぎて呼び戻されるにしても、もう一国増えたくらいじゃ大差ない。
何せ、ナイトシュタインとダーリエフェルトはヴェーゼンを挟んでの協定を進めてる国々。
現状、俺の独断専行を咎めることはしないと言える。
「それするとね」
エミール伯父さんがとても悟ったような笑みを浮かべて言った。
「ルッセンドルフの様子見から、ビルケンハイムに薬の融通交渉に向かわされて、ついでに経験積めって、南から東回りで帰らされるから」
「は? それ周辺国全制覇じゃ…………」
「そうそう、私似たようなことやるクラレンツ公につき合わされたことあるんだよ。ははは」
「そんな無茶な」
「無茶を押し通されたよねぇ」
呆れる俺に、エミール伯父さんは遠い目をする。
けっこう人を振り回す人なんだけど、エミール伯父さん自身、もっと上に振り回されたからこそ、これくらいなら許容とか思ってたのか?
あと、手回しの良さもそういう経験で覚えたのかもしれない。
「王弟殿下、もう三十後半ですよね?」
「うん、学院卒業した後の話だよ。いやぁ、若さって怖いよね。今は歳食って他人動かすほうに行ってるけど、それくらいやれって普通に言っちゃうから」
「…………帰ります」
「だよね。それがいい。帰るの遅くなるだけ、お叱りを受ける部署も人も、報告書から始末書まで増えていくだけだ」
すごく実感のこもった未来予想図。
それ、エミール伯父さんやらされたんだろうな。
つまり俺は、ここでユリウスたちとはいったんお別れになる。
けどユリウスたちが向かう先はトロイェンで、そこはゲームで勇者が三番目に訪れる国。
ヴェーゼンを出て、ダーリエフェルト、ナイトシュタインと行ってトロイェンか。
ゲームとは違っているのに、ユリウスたちはゲームどおりに国を渡ることになる。
いったい今、ゲームの仕様はどれだけ生きてるのか、それとも強制力があるのか。
俺は募る不安にそっと息を吐き出して誤魔化した。
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