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95話:逃亡者5

 馬車を追いつつ、疲れるのを待ちながら、行先はどうやら予想したとおり港だとわかった。


 それなりに距離があり、馬車は速度を出している。

 その上で近づく港町の陰に、俺は眉を顰めた。


「おかしい。何故馬が潰れないんだ?」

「…………何か魔法でも使ってるのかもな」


 ネイトが言うってことは、魔人にそんなことができる心当たりがあるってことか?

 いや、今は黒騎士じゃなくて紋章持ちの魔法使いか。

 だったらここは素直に聞こう。


「そういう馬を長持ちさせる魔法があるのか、ネイト?」

「いや、魔法というか…………例えば、見た目を誤魔化す魔法はあるだろ? あれを馬にかけてたらどうだ?」


 ネイトが何を言いたいか、俺はすぐにはわからなかったが、ユリウスが気づいた。


「あ! 黒いのが出てるの、馬車じゃない! 馬のほうだ! あれ、ただの馬に見えるだけの魔物だよ!」


 まだ慣れない馬を操り、そして走り去るため馬車越しにしか見えない馬を今になってユリウスははっきり死人したらしい。

 つまりユリウスは、魔人や魔物に共通する黒い霧を見間違えていたらしい。

 馬車から黒いものが見えるなら、中に乗ってるのが魔人と疑えるが、その先を行く馬に見える魔物が発生源ならまた状況は変わる。


 そんな今さらな情報に、ウルリカは舌打ちした。


「何、つまりあの馬、姿を誤魔化しただけの魔物なの? そりゃ疲れ知らずよね」


 俺も正直舌打ちしたい気分だ。

 後ろから追ったところで時間の無駄だったんだから。

 しかもネイト、今言うって、実はもっと前に気づいてたんじゃないか?

 あと、ウルリカが怒ってるのに無反応なゾイフ。

 お前もわかってて気づくまで言わなかったな?


 くそ、これは俺の慢心だ。

 こっち側にいるから戦うとなれば手を貸すけど、積極的に俺たち側が得するようなことはしない方針かよ。

 いや、これ、もしかしてウルリカが手を貸すから、ウルリカ守るついでに戦ってただけとか言いそうか?

 言いそうだなぁ…………。

 聞けば答える、聞かなきゃ知らんふり。

 そういうスタンスなら、こっちから積極的に情報引き出す言葉かけをしなきゃいけなかったんだ。

 やっぱりドミニク連れてくればよかった。


「ローレン! 港の人員配置と、手配はどうなっているかとの下問だ」


 イジドラが、ルイーゼの言葉を代弁して聞く。

 聖女として旅慣れてるとは言え、馬上で大声を上げることは難しいらしい。

 何よりひたすら馬に揺られる状況は辛いようで、ぐっと耐えているのがルイーゼには精いっぱいのようだ。


「見張りの人員を配置し、船の予定を洗っている。ここはダーリエフェルト、そして港は物流の要。封鎖などはできない。このままでは港へと馬車は到達する」

「それなら、その前にあの馬車潰せばいいんでしょ。…………やりなさい、ネイト!」


 ウルリカが片手で手綱を握ると、真っ直ぐ馬車に指を差した。

 ネイトはすぐに自分を指差して驚くが、ウルリカは無情に顎を振って催促する。


 たぶん割と常識的なネイトは、流通網である街道で攻撃魔法を使う非常識をわかってる。

 平時にそんなことしたら、兵士に捕まるレベルの蛮行だ。

 だがウルリカも、今は俺という他国の指揮官の下にいる上に、逃亡者を追うという言い訳、もとい、任務中。

 少々の乱暴も許容されるとでも思ってるようで退かない。


「…………はぁ、車輪を狙う!」


 ネイトは俺が止めないと見て、宣言すると、魔法を放つために集中した。

 俺はすぐにネイトの乗る馬を先導する位置に、馬を動かす。

 馬は野生下では群れで生活するから、一緒に走る馬がいるとそれに従って動いてくれる習性があった。


 ネイトは片手で手綱を握るだけでは不安定なのか、軽く巻きつけるようにする。

 そして空いてる手で周りの風を集めるように動かすと、次には風の魔法を叩きつけた。


「あ、惜しい。車輪にかすっただけだ」


 ユリウスが言うように、ネイトの魔法は車輪をかすめた程度。

 これはわざと、魔人を逃がす手助けをしてると疑うべきか?


「いや、馬操りながらでも、当たったこと褒めてほしいね」

「ふむ、馬は魔物で体力も力もあるものの、馬車は普通の馬車だったようで」


 困ったように言うネイトの後に、ゾイフも無駄ではないと添えた。

 見れば、車輪に衝撃を受けた馬車は、バランスを崩して大きく揺れてる。

 どうやら無茶な速度に傷み始めていたところに攻撃を受け、車軸が歪んだらしい。


「だが、馬のほうが早い」


 イジドラが言うとおり、馬車は崩壊を予期すると、魔物の脚力のまま速度を上げていく。

 俺たちの馬も疲れて無理に速度を上げさせることはできない中、距離が開き始めた。


 目視できる距離ながら引き離され、港のある街の関所に魔物の馬が突っ込んでいく。

 怒号が飛び交う騒ぎの中、加勢に向かおうとするのをルイーゼが止めた。


「中に、港にいる姿が見えました!」


 たぶん預言だろう。

 結果だけが見えるその力で、どうやら逃亡者が港の中へ上手く入り込むのが見えたらしい。


 俺は指揮官って地位を盾に、王女だとか遠慮せず聞いた。


「場所の予測は?」

「船が見えました。港です」


 港町は、港から街道沿いに広がった形で、この関所は一番港から遠いはず。


「関所には馬で突っ込む。魔物とそれに対処する者たちを上手く避けろ! その後は降りて走るぞ! 準備を!」


 俺たちは突っ込んで大破した馬車と、暴れる魔物で混乱する関所に突っ込んだ。

 なんとか馬の機動力で駆け抜けて、港町に入り込む。

 そこから俺は馬を捨てると、事前に確認してた地図を思い描いて先導した。


 途中、先に派遣してた人員が俺たちを見つけて駆け寄って来る。


「本日出航予定の船舶は十六! 内、これから順次出航予定の船舶は四!」

「その四つに人を回して見張れ! 俺たちは早く出航する船から確認して回る!」


 人員をまた走らせて、俺は教えられた四つの出航予定の船へと向かった。


 その間、ルイーゼの手を引き急がせるイジドラが聞く。


「せめて逃亡者の姿がわかれば。ルイーゼさま?」

「すみません、暗い色のローブを頭からかぶっていたため、顔までは」


 そこまで都合がいい能力だったら、二回も王族が魔人に襲われてないよな。

 問いの答えをもらえはするが、なぜそうなるのか、どうすれば阻止できるのかなんて具体的なことは教えてもらえないんだとか。


 たとえばルイーゼがヴェーゼン滅亡の未来を見たとしても、阻止できない。

 それは壊された王城を見る自分という、滅亡の象徴的な場面しか知れないからだ。

 誰が滅ぼしたのか、何故滅ぼされたのか、そんなことはわからない。


「ま、ともかくローブ被ってる奴いたら剥いで回ればいいんでしょ?」

「あぁ、逃亡者としか伝えられていないなら、俺でも知ってる顔のはずだ」


 乱暴だが、ウルリカが言うとおりにするしかないだろう。

 王弟からの命令に具体性はなかった。

 それだけ急いでいたか、手が取られていたか。

 その上で、伝えなくても見つけられるような相手だから省略したということになる。


 つまり、魔人の疑いがある逃亡者は、俺の知り合い。

 あまり考えないようにしていて今さら嫌な気分になってると、ルイーゼが叫んだ。


「あぁ! あの船です! 見たものと同じ船があります!」


 預言で魔人が向かっただろう場所に運良く辿り着いたらしい。

 いや、良くないな。

 船は今しも出航のため、桟橋を離れている途中だ!


 俺は近寄って来た派遣した人員にローブがいたか聞くが、答えは否。

 だが、聖女の力で見えたなら、必ずいるはずだ。

 あ、そう言えばルイーゼは逃亡者が船に乗っていたとは言ってない。

 近くにいるだけで、乗るのは別の船かと思ったら、背後から驚愕の声が沸いた。

 そして俺たちの頭上を影が駆け抜けていく。


「誰か飛んだ!?」


 ユリウスに言われて上を向くと、暗い色のローブの人物が何処かから飛んで、海に出る船の縁に抱き着くように飛び乗っていた。

 逃亡者が俺たちの後ろから来てたとか、完全に予想外だ。

 そして軽快に進む船は、瞬く間に陸を離れて海へと進んでいく。


 もう飛ぼうが新たな船を出そうが追いつけないと安堵したのか、逃亡者は無造作に船に乗り上げた。

 そしてこっちを振り返ると、風にあおられローブがずれる。

 そこに見えたのは、俺の知る顔。


「アイフェルト卿!?」


 ヴェーゼンで普通に文官をやっていた相手の顔に、俺は目を瞠る。

 声が聞こえたのか、すぐにアイフェルトはローブを被って顔を隠したが、見間違いではない。


 俺は慌ててユリウスに確認した。


「おい、ユリウス。あの人が魔人か!?」

「え、いや、わからない。今の状態だと何も見えないんだ。たぶん戦ってないとわからないよ。それに、あの人が魔人で合ってるの?」


 言われて考えれば、命じられたのは逃亡者の確保。

 魔人と明言されたわけじゃない。

 そうなると、何か魔人とは別口に逃亡者になってる可能性もある。


 ここで考えても意味はないし、取り逃がしたことも覆しようがない。

 俺はここでできる情報収集を命じて、遠ざかる船を見送るしかなかった。


三日ごと更新

次回:魔人の条件1

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