94話:逃亡者4
俺たちダーリエフェルトに待機する使節団に届けられた急報は、王弟からの命令も含まれていた。
俺に指揮官として、紋章持ちとそれに続ける実力者を指揮するようにというものだ。
本当、この臨時の指揮官って肩書をいいように使うもんだよ、まったく。
「相手が逃亡者であること以外に情報はない。まず、逃亡してくるだろう方向へ移動する。魔人討伐に功ある者は全員が俺の指揮下に入る。半刻の内に装備を整えてくれ」
できる限り走れる人を用意して、俺はまず馬の準備を命じた。
正直、情報収集に動くからと、ドミニクをエミール伯父さんに連れていかれたのは痛い。
情報を取りまとめる補佐がほしいが、いない相手を頼っても意味はない。
馬を用意すると、国境方面からの街道を見張るために作られた街に人を派遣した。
俺たちが国境まで行かなくても、情報を得られるようにするためだ。
もちろんさらに、大使館にもより詳しいことが聞けないか人をやる。
エミール伯父さんにもこの動きを知らせるためにも人を派遣してと、やることが多い。
「はぁ、クエストっぽいんだけどな」
俺はちょっと逃避的に考える。
ゲームクエストなら、逃げる敵なんてクエストが起きる場所へ行けばいいだけだ。
けど実際に追うとなると、一時間あってもまだ足りない。
準備と調べと報告と、先を予想して備えることで逃がさないように穴を塞ぐ必要がある。
周囲ではすでに人が動き回り、俺の呟きなんて喧騒に飲まれて消える。
ただそこにイジドラが声をかけてきて、俺はちょっと息を詰めた。
「すまない、指揮官どの…………どうした?」
「い、いや、なんだ?」
「ルイーゼさまは馬に乗れるがあまり騎乗能力は高くない。女二人であれば耐えうる馬を借りた。私もルイーゼさまと同行を願えないだろうか」
「あぁ、そのつもりだった。言葉が足りなかったな。頼りにしている」
魔人に功という言葉で、魔人討伐に関わった者だけと思ってしまったようだ。
個別に言うのも面倒で、あの場にいた全員手を貸してくれってつもりだったんだが。
俺の言葉にイジドラは随分可愛らしく笑って請け負ってくれた。
うん、ちょっと和んだ。
逃避なんてしてないでちゃんと考えよう。
本当、これがクエストだったらまだ良かったんだが。
そもそもヴェーゼンからの逃亡者は、ゲーム開始で滅んでる国から逃げる勇者たちなんだから、追えなんてクエスト存在しえないんだ。
つまり、ゲームの裏は考えなくていいはず…………。
「いったい何処に向かってるんだ?」
気になるのは教皇の境を越えるなという忠告。
それはゲームにはずれることを意味し、また、国境を超えるなという制止だと思った。
だが、俺は結局ゲームにない動きをしてるし、それに沿うように主人公である勇者周りがゲームとは違う結果になってる。
国境を超えることも今さらだ。
思わずため息を吐くと、イジドラが俺の呟きを誤解した。
「先ほど話していたように、港では?」
どうやら将来のこととは思わず、逃亡者に関しての行き先を予想する。
けどそっちも今は考えないといけないことだから、俺も乗った。
「だが、何故こっちへ来たと思う? 俺たちが帰国の途上であるとわかるはずだ」
考えていたとおり、逃げやすいのは魔王がいるゼーンズフターや、通りにくいからこそ隙もありそうなルッセンドルフが順当だ。
ダーリエフェルトは港があるから、ヴェーゼンとも商業路がある。
その分、街道を見張る街や砦も揃ってるからこそ、逃げ果せることは難しい。
「逃亡先としては危険が多い。それを冒してでもダーリエフェルト、もしくは港を目指す理由が何かあるはずだ」
「…………逃亡に力を貸す仲間の存在だろうか?」
イジドラに言われて、その視点が抜けていたことに気づく。
何せ、仲間と言えるはずの魔人がすでにこっちについてるんだ。
けどどう考えてもウルリカとゾイフは二人だけで、他に手を借りるなんてことしそうにもない。
だからって、ヴェーゼンにいた魔人までそんな硬派な奴である必要はない。
ダーリエフェルトじゃなくても、トロイェンに手を貸してもらえる伝手がある可能性は十分にある。
黒騎士のネイトがそっちから来てるんだから、トロイェンの魔人だって動いてるはずだ。
「ともかく、逃亡者が何者かを確認しないと。一応、港にも見張りを配置しよう」
俺は言って、さらに人を動かす手配をした。
連絡方法やこっちの動きの予定も急いで組んで、連携が取れるように指示する。
そうしたことをしている内に、半刻なんてあっという間に過ぎてしまった。
「馬は借りもので潰すわけにはいかないが、できるだけ早く動きたい。休憩はないものと覚悟してくれ」
言って、俺は先頭で馬を走らせた。
馬を全速力で走らせるなんて、早馬と同じことはできない。
何せそれをやると、馬は死ぬ。
俺たちは国境で情報を得ることが必要なだけで、目的は逃亡者の確保。
馬を乗り捨ててまで本気を出すのは、今じゃない。
とは言え、ちんたらしてもいられないから、速足程度の勢いを保つ。
俺はこれでも飲食できるんだが、他はそうでもないってことを家の騎士団から言われてた。
だから、やれとは言わないし、俺も一人だけ飲食する気もなく馬を操る。
「よし、見えてきた」
目的の街を目視して俺が振り返ると、思ったより険しい顔が揃ってる。
これは体力きついか?
ここから本格的に追うことをするつもりだったんだが。
相手が魔人かもしれないからこのメンバーを選んだし、脱落者は出したくない。
しかも俺が指揮官として行動に責任持たなきゃだから同行してる状況。
優先順位はこの場で決めることになる。
どうするのが正解だったか正直わからん。
だが俺が街を囲む壁を見上げると、何やら壁の上の見張りたちが慌ただしく動く様子が見えた。
よく見ようとすると、ユリウスが声を上げる。
「なんか、変な馬車がある…………」
「何? 何処だ?」
ユリウスが突然馬首を返して止まると、俺はもちろん他も慌てて馬を止めた。
「あれ、なんか黒い…………って、魔人が乗ってる!?」
「本当か!」
見れば俺たちから遠ざかるような道を選んで走る馬車がいる。
普通の箱馬車に見えるが、たぶんユリウスには違うものが映ってるんだろう。
魔人と断定するなら、きっと黒い霧のような何かが見えてるんだ。
「おい、あっちは狼煙上げ始めたぞ」
ネイトに言われて街を見ると、壁の上で動いていたのは狼煙の準備だったらしい。
俺はすぐにゾイフに聞いた。
「ヴェーゼンの狼煙の上げ方じゃない。ゾイフ、何を言ってるかわかるか?」
「ふむ、あれは逃亡を意味する言葉ですな。そして、方角」
言って、ゾイフが馬車が走っていく方向を指す。
つまり、街のほうからも逃亡者が逃げてると伝えていた。
狼煙で知らせることを頼んだのはうちの国の人員だろうけど、実際に作業してるのがダーリエフェルトの人員なせいで、危うくすれ違うところだった。
「じゃ、あの馬車ぶっ潰して、中の奴引きずり出せばいいのね」
なんでお前が一番やる気なんだ、ウルリカ。
魔人なんだから味方側だろうに。
けど疲れ忘れたならいい、なんて思ってたら、ルイーゼとイジドラが言う。
「ウルリカは、以前退治した際に逃げられたことを気にしているのです」
「あぁ、勝ち逃げされることを嫌うからですね…………」
そういうことなのか?
なんにしても捕まえるのは賛成だから止めはしない。
俺はまた前に出て、馬の進め方を制御する。
「すぐさま追いつくことに執着するな。見失わないことを心掛けろ。向こうの馬は今無茶な走りをさせられてる。息切れを起こして速度が鈍るのを待つんだ」
言って、俺は先頭で速度を調整しながら馬を走らせた。
その間に後ろを窺ってついて来てるかを確認…………するふりで、魔人と魔王側のはずの三人を確認する。
ウルリカは言ったとおりやる気で、すぐに追いつくよう走らせないことに不満顏だ。
ゾイフはそんなウルリカを宥めつつ、馬が疲れすぎないよう上手く操縦してる。
もしかしたら俺の次に馬に慣れてるかもしれない。
「…………ネイト、馬大丈夫か? 走らせられてはいるみたいだが」
「うん? あぁ、長く旅してると馬走らせる経験くらいあるさ」
一応魔法使い設定ってことを思い出したらしい、黒騎士。
騎士なら馬の扱いも慣れてるのは当たり前だ。
けど魔法使いだと必須技能じゃないから、心配も不自然じゃないはず。
その上で心配するふりで観察しても、ネイトに動揺はない。
ヴェーゼンの魔人がこうして国を離れて逃亡するような状況なのに。
「その旅の経験からわかることがあれば言ってくれ」
「うーん、そんなに役立つことは言える気もしないが、頼られたなら応えないとな」
恰好つけた言い草は、ウルリカへのアピールか? 聞いてないみたいだが。
というか、魔王側からすれば慌てる事態のはずなのに、なんで魔王側のはずの奴らがこんなに落ち着いてるんだ。
俺は知らず仲間から追われてる逃亡者に、砂粒くらいの同情を覚えたのだった。
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