92話:逃亡者2
ダーリエフェルトとナイトシュタインの戦争は、停戦の放置状態から休戦に代えようという動きはあった。
ただ先々代の暴走によって、終戦まで持って行けそうな雰囲気ができてる。
「ま、また会議…………」
「言うな」
俺は隣から聞こえるドミニクの嘆きに、嫌になりそうな気分のまま声を出した。
俺より体力ないせいで、ドミニクは書類作りの手が止まってる。
「愚痴っても、目の前の紙は減らないぞ」
「お前、良くあれだけの書類抱えて移動して手が死なないな?」
ドミニクは握力も怪しいらしく、ペンを置くと手を開閉しながら揉み始めた。
俺たちは連日の会議で必要な書類を複写し続けている。
コピー機なんてもんはないから、全て手書きで複製するしかない。
しかもただの複製じゃなく、会議に出していい公式書類ってことを証明してもらうために、書き上げた後は全てを持って、事務局長や議長なんかに確認してもらって認可印を書類にもらわなきゃいけないんだ。
「王叔のお蔭で話し合いは順調。帰国も早いほうがいいし、ここで手を抜いてもいいことはないだろ」
「だからって、ここで手を壊すほど働いても、後々支障が出るんだよ」
ドミニクは疲れてる割に、口のほうは動くらしい。
とは言え、仕事がなくならないどころか、締め切りがあることでまたペンを取った。
王叔が若王についてからは、物事の進展が早くなってる。
若王が推し進めようとしても、ついて来る者がいなかったのが問題だった。
そこに王叔がきちんと自分の派閥をまとめて後押しをしたんだ。
お蔭で先々代派閥だった奴らができる抵抗は黙るだけ。
それならいくらでも押し込めるってことで、ぐいぐい休戦から終戦まで見通せるほどになった。
その裏で、俺たちのような奴らが腱鞘炎と戦うことになってるんだけどな。
「大枠が決まれば俺たちは帰国できるんだ。頑張ろう」
「たぶん帰ってからも色々後処理あるんだろうけどな」
ドミニクが不吉なことをいう。
そしてその後処理って、指揮官の俺に降りかかることになるのはわかってんだよ。
俺は想像して止まりそうになる手を動かし、目の前の複写を片づけることにした。
魔人の暗躍止まりだったヴェーゼンだが、こっちでは猩々となって堂々と魔人が脅威の象徴となってる。
わかりやすい形で出てくれたお蔭で、ヴェーゼンのほうでも動きやすくなるはずだ。
そのためにも、俺たち現場にいた人間が帰って報告することは必須。
ナイトシュタインも話をまとめるまではともかく、必要以上に引き留めることはできない。
「皆、また会おう! そなたたちとならば、魔王であっても立ち向かえる」
若王にそう言われて見送りを受け、俺たちは帰国の途に就くことが決まった。
身分のあるルイーゼが聖女として代表となり、その後ろには勇者のユリウス、今回見つかった紋章持ちの魔法使いネイト、そして一緒に猩々と戦ったウルリカとゾイフも若王から言葉をかけられた。
よく考えると今回魔人と戦ったの、半分魔王側だな?
俺は書類仕事から解放されて益体のないことを考える。
そして国境まで見送るという若王を、王叔が止める一幕もあったが、問題なくダーリエフェルトへと戻ることができた。
「大変なご活躍は聞こえております。どうぞ、我らが王へと吉報をお知らせください」
ダーリエフェルトの国境近い領主の館で宿を借りた俺たちに、領主はそう言った。
つまり、真っ直ぐ帰らず王都まで顔を出せと。
まぁ、使節団一緒だし、解散はダーリエフェルトの国王に報告してからなのは順当か。
だが国境領主、すごく疲れた顔してた。
今まで侵略戦争に備えて気を張っていたのが、解放されたそれこそ吉報のはず。
とは言え、戦ってた隣国が王都壊滅の危機があり、魔人に魔王の復活と厄ネタばかりだ。
実務者だからこそ手放しで喜べないんだろう。
「この国って、何処も辛気臭いのね」
そう言ったのはこの国で生まれたはずのウルリカ。
幼い頃に国を脱出したせいで記憶は薄いのかもしれない。
ただ大人だったゾイフは思うところがあるらしく肯定はせずに黙っている。
そこにネイトが明るい声で軽く応じた。
「地域差もあるし、ここは特にそうなんだろう。俺は周辺国大半回ったが、トロイェンなんか、商売当てようとして失敗した奴らのたまり場なんて、ここの非じゃないからな」
「まぁ、何故そのような場所へ? お知り合いでも苦境に陥ったのですか?」
ルイーゼが心配そうに聞くのを、ネイトはなんとか誤魔化そうと目を泳がせる。
王女には言えないような理由、もしくは、黒騎士として何かしらの思惑を持っての行動なんだろう。
俺はそっちを放置して、ユリウスにこの先のことを忠告した。
「たぶん心ばかりのもてなしと言って、晩餐会なんかに呼ばれる。その際にナイトシュタインでのことを聞かれるだろう。ユリウスは、ヴェーゼンとナイトシュタインが協力したから勝てたってことを答えてくれ。回答に困ったら王女殿下へ」
「え、領主さまなんて人に招かれるの? しかも俺、話しかけられるの?」
農民ならあり得ないが、ユリウスは今、確かに光の神の加護を持つ勇者として怪物を倒した存在で、放って置かれるわけがない。
なんだったらここの領主だけじゃなく、この国の国王も呼ぶだろうな。
いまいち実感がないらしいユリウスは、目の前のことに真剣になるからだろう。
よそ見をしない真っ直ぐさはゲームでも勇者に備わってた。
戦いを経て成長もあるが、変わらない純朴な柔らかさが台詞に表われてたように思う。
それはきっと今のユリウスも変わらないんだろう。
「よくぞ、よくぞ、う…………」
ダーリエフェルトの王城では、四男王が感極まって言葉が出ない。
長年頭を悩ませていた戦争だ。
人間としては戦争終わって良かったって、素直に喜んでいいと思う。
だが、王としては正直取り繕えないのは弱さとしてつけ込まれる要因でしかない。
他国の王ながら心配になる。
国を出る前にエミール伯父さんに言われた、人はいいけど王としてはいただけないって言う評価がすごくしっくりくるな。
それで言えば、感情に正直だったけど若王は取り繕うことはできてた。
自分に従う者を不安にさせない余裕があったように思う。
今回成り行きで指揮官やったけど、人を従わせる振る舞いってものがあるんだろうな。
「心ばかりの歓待を用意した。厳しい戦いだったと聞く、どうかいつまでも疲れを取るため滞在してくれてかまわない」
なんとか取り繕って言ったんだが、内容に随分と贔屓が見える。
もちろん表面上は他国の王の心遣いとして、俺らも受け入れる返事をした。
けど俺たちも国に帰って、ナイトシュタインでのことを報告し、対処を整える必要があるんだ。
こうして国が近くなったからこそ、不安もある。
何せ魔王が復活してるの、ヴェーゼンの東の国なんだよ。
よく考えたらすでに国内に魔人いるし、その内巨大ボスも出ておかしくない。
ゲームでは開始早々滅ぶから魔人に対する情報もないし。
だったら、ゲーム開始前にすでに魔人二人組と争って、なすすべもなく滅んだって考えても筋は通る。
まぁ、絶対とんでもない騒ぎになるだろうに、ゲーム主人公の勇者が全くの無知だったのは不思議だから、なかった可能性もある。
ただ、聖女は魔人が二人ひと組で、蒔き人や無花果という役割分担も可能性として知ってたから、何処かでその情報を得られる事件があったんだろう。
「ふぅむ?」
「エミール伯父さん?」
それぞれの宿泊場所へと割り振られて王城を後にしようとする中、聞き覚えのある声が唸るのに足を止めた。
俺に気づいたエミール伯父さんは、小さなメモ紙を片手に困った様子で肩を竦めて見せる。
「何か問題があったんですか?」
「あったんだろうねぇ、いやぁ、閣下には自重って言葉をそろそろ覚えてほしいなぁ」
閣下で、自重しない人で、俺も知ってる相手なんて、王弟一人しかいないんだが?
「な、何したんですか、あの方?」
「いやぁ、何故か大使館からダーリエフェルトに数日滞在するように指示が来て、詳しいことを問い合わせていたんだけど」
ダーリエフェルトに入ってから、外交官のエミール伯父さんはやり取りしてた。
その中で謎の指示を受け、その真意を大使館に調べるよう要請したらしい。
結果、わかったことが王弟の指示だということと、国内での動き。
「はぁ、国内の魔人は一人、もしくは上手く連携の取れない二人組と仮定して、洗い出し始めてしまったらしいよ」
「は、洗い出し? どうやって?」
「ほら、ローレンツ疑われてるって言ったでしょ。どうも王家のほうは魔人に関して何か情報を持ってたらしくてね。どういうわけか、そこにローレンツが引っかかったみたいなんだ。そこから疑わしい者を厳選して行ったみたい」
思わぬことに目を瞠る中、エミール伯父さんは本気で溜め息を吐く。
「拙速が過ぎる。こっちの報告を待って、紋章持ちが戻ってからでも良かったはずだ」
「あ、ヴェーゼンで、巨大な怪物が、暴れる可能性は?」
「ないとは言えない。だからこそ、対抗するための力を持つ彼らが国内にいない状況で動いた可能性もある」
もし全てを引き潰すような暴力的な力があっても、手の届かない場所に勇者と聖女がいれば、最悪は免れると。
一つの備えと捉えられるかもしれないが、それは確かに拙速だ。
その上、滞在しろということは、今現在国で何か起きてるってことに他ならない。
さらに不安しかないが、命じたのは王弟で、俺たちにその命令を無視する権限はなく、ダーリエフェルトで帰国を許可する知らせが届くのを待つことになったのだった。
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