91話:逃亡者1
俺は今、人々が多く集まる王都の広場に立っていた。
うるさいほど打ち鳴らされるのは哀悼の鐘。
目の前を、棺を担いだ人の列が通り過ぎていく。
百を超える死者の列は、長々と進んでいた。
けれど万を越える王都の人口から考えると、被害は軽微。
それでも悲しむ人はハンカチが絞れるほどの涙を流し、王都を襲った類を見ない危機に怯え震える人たちもいる。
「こんなに…………。まだ全然だめだな、俺」
近くでユリウスが、最後尾の見えない葬列に悔しそうに呟いた。
俺たちは棺の列を見送った後、王都の広場に面した教会へ向かう。
大量の棺が並べられれば、ほとんど入れない教会だけど、俺たちが入るよう促されたのは、当事者だからだ。
俺は王都を守った指揮官として、ユリウスたちは国を守った功労者として。
この人たちは、猩々が暴れたあの日に殺された人たちだった。
「死なせてしまったから駄目なのか? 助けられなければ意味がないのか? そんな考え方は傲慢だ。その犠牲の上で生き残った誰かの命を軽んじることになりかねない。それじゃあ、死んでいった者たちだって惑う。安らかに眠らせることもさせないのか」
俺は記憶を頼って口にする。
はっと息を呑む音と、ユリウスが俺を見てるだろう視線を感じた。
けど、俺はそちらを見ずに自嘲が浮かべる。
これは、俺が母と兄、乳母の死でふさぎ込んでる時に父に言われた言葉だ。
俺だけ生き残ったことの罪悪感で、ベッドから起きられないほどになった。
そうと知って、父は助けられた命を軽んじるなと叱った、いや、言い聞かせたんだ。
今思うと、あのまま俺が弱って死んでしまってたら、一つの事件で家族全員を失うことになっていたんだ。
だからこそ、俺だけでも生き残ってよかった、俺を生かすために犠牲になった三人は無駄じゃなかったと、不器用に言い聞かせた。
「死ななくていいはずだって、思うけど、生き残った人か」
ユリウスが考えるように言えば、功労者の一人として同行するネイトが肩を叩いた。
「その考え方はいいな。生き残った側として、死んだ相手を悼まないわけじゃないが、生きてることに必要以上の罪悪感なんて抱えていたくはないからな」
軽い調子に窺ってみれば、ちょうどネイトはウルリカの反応を見てる。
ネイトも両親を殺され、生き残った側だ。
そしてウルリカも生き残り、その復讐のために魔人になることを選んだ。
ゲームと同じなら、ネイトはウルリカを魔人から解放したいんだろう。
復讐だけに邁進する先には、生きることがないから。
好きだからこそ一緒に生きてほしいネイトの願いだ。
「惑って化けて出てくればいいのに…………」
けど通じるはずもなく、ウルリカはそんなことを呟いた。
ルイーゼは慰めるようにウルリカの肩を撫でて、静かに諭す。
「苦しみ惑うことを願うよりも、安寧の中、安らいでいることを願いませんか? いずれまた天の国で会うために。そのために、死者を悼むことをしましょう。無為に後悔したり、怒り嘆くことはせずに」
この世界は、前世よりも人の死が身近だ。
だからって、ウルリカのような身の上も珍しいし、俺やネイトのように賊に襲われて命を落とす者は稀だ。
ただ、ユリウスのように事故で親を亡くす子供は珍しくないし、ルイーゼのように両親揃って健在であることも特殊なんかじゃない。
ケースバイケースで、誰と誰が同じなんて言える境遇なんてないわけだ。
俺たちはそれぞれに思うところがあるまま、黙って教会に入る。
ただまだ中では棺を並べて布をかけ、花を飾る途中。
百以上あるから、葬儀が始まるにはまだかかりそうだ。
そのせいで周囲からは噂話が聞こえた。
「あれがヴェーゼンの勇者と聖女か。おいでいただいていなければどうなっていたか」
「それはもちろん、魔王の卑劣な暴虐に屈するほかなかっただろう。光の神に感謝せねば」
元からヴェーゼンは、魔人被害があったことで、魔王暗躍の危機を知らせるために来た。
人同士が争ってる場合じゃないからこそ、ナイトシュタインに戦争をやめるように。
ヴェーゼンの介入を快く思わず、魔王の脅威なんて信じてなかったナイトシュタインの人々も、今では肌身で感じて否定の声はない。
今、ナイトシュタインの空気は大いに変わっていた。
若王は巨大ボスの猩々を倒すと、ヴェーゼンとの協調をその日の内に宣言。
今までなら反対の声が即座に上がってただろう。
だがクーデター失敗に、旗頭の先々代もいない。
魔王の復活も遠い昔の無関係な話でもなくなり、誰も若王の決定に否という者はいなかった。
「恐ろしいことですわね。まさか魔王が我が国の王族方を諸共に亡き者にしようとは」
「えぇ、先々代の陛下には心から哀悼を。けれど、陛下と王叔がご無事で本当に良かった」
実際にあの保養地にいた者しか、真実は知らない。
だから、国民には知らされないことになった。
王都を襲おうとして討たれた怪物が先々代の王だったなんて、公表しても混乱を招く。
団結が必要な時に王家への信頼を傾けることにしかならないんだから、魔王打倒のために協調するヴェーゼンとしてもそのほうがいい。
そんな誰も救われない真実を誤魔化すために作られた話はこうだ。
先々代の名を騙って、ヴェーゼンの使節団を呼ぶふりで、若王と王叔を保養地に呼び寄せたのは、魔王の手下の魔人。
姦計に気づいて俺たちは保養地を脱出できたが、病で弱っていた先々代は逃げることもできず、怪物に襲われた。
「最後にひと目、先々代の陛下へご挨拶をいたしたかったが」
「仕方あるまい。あの怪物の直下におられたというのだから」
沈痛に語り合うナイトシュタインの貴族たち。
先々代の遺体は回収不可能として早々に作り話の死因と共に公表された。
その死因は、怪物に引き潰されて、他の被害者たちと判別もつかないから。
だから被害に遭った者たちは等しく最上礼を持って葬儀を執り行うことになってる。
その実、ユリウスたちが言うには、倒した猩々は黒い塵のように崩れて消えたそうだ。
戦いの中で切り飛ばした牙や爪、尾などは残ったものの、その本体は先々代の遺体さえ残さず消えてしまった。
だから、怪物のせいで遺体を回収できなかったというのは嘘じゃない。
「私は同じ人間同士であればこの危難を共に手を取り合って越えられると確信している。今は何よりこれ以上の被害を出さないこと、新たな悲劇を生まないこと、そしてこの王都の復興を第一に努めていくことを誓おう」
葬儀の終わりに、若王はそう宣言した。
俺たちが拍手で応じると、ユリウスが真似して拍手しながら困ったように聞く。
「今の、当たり前のことじゃないの?」
「為政者として当たり前と言えば当たり前だがな。一緒に対魔王を掲げて戦ってくれるって言う宣言なんだよ」
本来一国の王としては、何をおいても国の復興を優先する。
そのためには戦費なんて負担は避けたい。
国が危険にさらされた中、光の神の加護を持つ国王を、国外に出すような真似もしたくない。
つまり、国内に籠って一国だけで安全圏にいようとするなんて選択もできた。
けど若王はそんなことはしなかった。
それを、ウルリカも理解して言う。
「同じ人間同士なんて大きく出たんだから、戦争してる場合でもないって言ってんのよ」
「つまりはナイトシュタインがダーリエフェルトと休戦するって言う宣言に等しいんだ」
ネイトも補足するが、その顔はちょっと皮肉げだ。
まぁ、魔王側として動いてたしな。
何より黒騎士はすでに指名手配されてて、完全にナイトシュタインとは敵対した。
現状、魔王打倒で一致してる状況では、ネイトは光の紋章持ちとして味方のまま動かないといけない。
それは先々代にこき使われてた黒騎士からすれば、骨折り損もいいところだろう。
若王の宣言の意図を察する貴族は、ナイトシュタインにもいるようでざわめく。
けど反対はない。
何せ、もうこの空気感じゃ魔王無視して隣国滅ぼすぞなんて言っても、世論がついて来ないことは目に見えてる。
若王も対魔王という光の神の加護を奮うべき状況があるから、今までのように継戦を迫っても頷かせられないとわかってるんだ。
「さぁ、我々も忙しくなりますね」
ルイーゼは切り替えるようにそう言った。
俺たちは休戦の取り持ちのために来てる他国の使節団だ。
ダーリエフェルトの側の使節団とも足並み揃えてきてる。
だから間に挟まっての取り決めがこの先に待っていた。
たぶん若王と王叔が組んで推し進めるから、以前よりもやりやすくはなる。
俺たちからすればようやく本題って感じなんだが、いかんせんその前段階で色々ありすぎた。
そしてさらに先を思えば、溜め息を禁じ得ない。
今まで黙ってルイーゼの警護をしてたイジドラが、心配そうに声をかけてくれた。
「どうしたのだ、ローレン?」
「あぁ、いや、忙しくなるなって。ちょっと気合い入れるために深呼吸を、な」
つい恰好つけて取り繕う。
けどそんな俺の肩を、教会の外で待ってたドミニクが叩いた。
こいつ、俺がインクで爪まで汚してたの知ってるからな。
そして話し合いの連続になれば、俺がこき使われることもわかってて他人ごとの顔しやがって。
笑顔を返せば、嫌そうに手を引かれた。
だが逃がさねぇぞ。
お前にだって事務能力はあるんだから、エミール伯父さんに言って巻き込んでやる。
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