89話:二つの戦い4
王都での戦いは、公園で最後の追い込みに移った。
すでに猩々の吠え声には怒り以外にも苦痛の声が混じり、それだけユリウスたちが頑張ってることが離れててもわかる。
正直俺たちの援軍なんて、どれだけ役に立てるかわからない。
それでも助けに行きたい気持ちはあるし、もし勝って帰っても、こっちがごたついたままなんて恰好がつかない。
そんな心配していたら、公園を囲む者たちの間に急報が走った。
「猩々の度重なる攻撃で、門が崩れた! 生き埋めになった者たち多数! さらに、猩々から勇者さま方が引く動きを見せている!」
今からって時に、そんな報告が持ち込まれ騒然とする。
しかも門の周囲には封鎖する人員がいて、けっこうな数が巻き込まれてるらしい。
するとただでさえ恐怖からの混乱で騒いでた住人が、さらに恐怖をあおられて混乱に拍車をかけてるとか。
一番の問題は、報告からして猩々の揺れの影響が一番猩々に近い門で起きたことだ。
つまり、ユリウスたちが一番に逃げ込むだろう場所になる。
あっちは勇者含む紋章持ちとは言え、ユリウスたちは数が限られるし体力の限界もある。
本来はもっとプレイアブルキャラクターが揃ってるはずの国だし、何よりレベルが適正まで上がってもいない。
ストーリー中は勇者、聖女、聖騎士、魔法使いの基本メンバーに、若王やその他ストーリーに絡む紋章持ちと共闘するという演出だった。
ただそこはゲーム。
実際の戦闘となれば、こっちで編成したパーティでの戦いで、本当に勇者たち初期メンバーで乗り切れるかなんて、断言できない。
一度考え出すと不安要素しか思い浮かばず、思考が空転する。
だが、今は振り切ってでも、俺にできることをしなければいけなかった。
「申し上げます! 殿下はすぐに門の整備に向かっていただきたい! 勇者たちが引いて来るような自体であれば、状況の変化があったやもしれません! どうか勇者たちにご助力を!」
「しかしこちらを放っていくわけにも…………」
「もはや手負いも同じ。こちらは少々の時間がかかっても対処は可能です。囲む人員さえ残っていれば我々が」
優先順位なんて考えるまでもない。
政治的にクーデターを起こした奴らだ。
つまり、そこまでの兵なんていない。
それに比べて猩々なんていくら兵がいても足りない事態だ。
さらには城門が崩れたなら、その撤去には何人いてもいい。
俺が一から説明する必要もなく、王叔は迷いを払うように頷いて見せた。
「あいわかった。すぐに兵の再編だ!」
慌ただしく兵が再編されて、周囲は混乱も見られる。
ただ無駄のない指示は、王叔の才能をよく表していた。
若王も人気があり、それに応える才能もある。
だが、王叔のこの年相応の落ち着きを支持する層が一定数いたのは頷けた。
そして俺たちヴェーゼンの兵を中心に、中央公園を囲む兵が再編される。
王叔は大半を率いて門へと急行。
だが、公園に追い込んだ扇動者たちに悟られないように、隊ごとに離れて粛々と移動していった。
「よし、それではこれより作戦を開始する」
俺は指揮官として一応の宣言をするが、実際の指揮は騎士任せだ。
何よりやることは簡単。
巾着の口を絞るようなもので、公園の外側を囲むギリギリの人数だけを残してもらった。
そこから中心に向かって包囲網を狭めるだけ。
正直層が薄くてあまり使える作戦じゃないが、相手はすでに追い回された後。
その上武器も数が揃ってないし、馬もいないのは確認済み。
時間をかけてでも着実に追い込む。
そうすれば問題ないはず、だった。
「往生際が、悪い!」
俺は指揮官だが、実際の指揮は騎士に任せて、人数少ないから包囲網の一部になる。
なんだけど、扇動者とそれに従う者たちは、この状況で反抗してきた。
しかも公園に木々が茂ってるのを利用して、ヒットアンドアウェイ。
俺は今、木陰から飛び出して来た奴の腕を槍で切り裂いたが、逃げられてしまう。
「追うな! 包囲を崩すのが目的だ! 怪我人が出た場所はすぐにできた穴を埋めろ!」
俺は騎士に言い含められた注意事項を言いながら、列に戻る。
隣のイジドラも、女ということが見てわかると、すぐに狙われていた。
が、そっちは逆に狙われること前提で身構えてるから、俺より相手を確実に動けなくして捕まえてる。
俺と目が合うとイジドラは真面目に状況を分析して聞かせた。
「ローレンツどの、焦る必要はない。敵の勢いは強くなっているが、その分腰も引けてる。確実にこちらが追い詰めている証左だ」
なんとも足りないところを補ってくれる。
俺も周囲に目を向け続けるだけの余裕もなく、戦いに対する心構えの違いを痛感した。
公園は雑木林や池があり、見通しが悪くさらに敵も潜んで退けない戦いの緊張が辛い。
戦っては進んで、襲われては自制して。
槍の使いにくさもあって、俺は手の感覚がなくなってることにしばらく気づかずにいた。
気づいたのは持ち替えようとして取り落としそうになった時。
目の前に迫る敵に、俺はとっさに倒れるように地面を転がった。
腰の剣を抜いて相手を下から切りつけて、なんとか追撃を阻むが、危機は去っていない。
「イジドラ、前!」
転がった俺を見てたイジドラに、襲い掛かる敵がいた。
咄嗟に手元にあった石を投げて、俺は警告する。
石が当たって怯んだ相手を切り捨てイジドラは短く息を吐くと、すぐに俺に手を貸して立ち上がらせた。
「面目ない」
「いや、頼りにしてる」
正直剣の扱いは俺より上だ。
男っていう筋力任せでなんとかする俺と違って、確かな技量で剣を操ってる。
その上で、戦うための勘を磨いてるようで、俺よりも早く敵を察知したり、相手の動きを読んだりしてくれるんだ。
包囲を狭めつつ、反撃を受けつつ、何とかしのぎつつ、俺たちは少しずつ前進していく。
そうして息が切れるのを誤魔化しながら戦っていると、左手から歓声が上がった。
遅れて鬨の声が聞こえ、戸惑いと疲労から呟くような声が漏れる。
「勝ったのか?」
指揮官として情けないが、俺は周りの一兵卒と同じく、伝言ゲームのように伝わって来る話に耳を傾けるしかない。
どうやら、全体の指揮を任せていた騎士の前に扇動者が飛び出し討たれたとか。
そうなるよう、そこだけ緩めて隙を作ってたらしい。
そしてまんまと飛び込んだ敵を仕留めて、ことを終わらせたそうだ。
「ふぅ…………」
俺はその場に座り込んで、重い体を少しでも休める。
周りでは一兵卒が捕まえた者たちの回収に動くことになった。
けど俺は騎士のほうから伝言を届けに来た者の勧めで、一度休んでから合流するようにと言われてお言葉に甘えることに。
「イジドラも休んでくれ。まだユリウスたちが戦ってる。そちらに行く前にこっちをある程度片づけなくちゃいけない。そのために…………」
「それなら、もちろん私も共に参ろう。ルイーゼさまが戦っているのに、私だけ壁の中にいるわけにはいかない」
言って、イジドラは素直に座って休む。
その上で、俺に助言をくれた。
「一度呼吸を整えよう。急いでいても冷静にならなければ二度手間になって取り落とすと教わった」
「そうだな、急に爵位や外交への随伴なんて話で慌てて、いくつも見落としてしまった」
主に王弟とエミール伯父さんの画策だけど。
二人で真面目に深呼吸を繰り返してると、ふと目が合って、なんとなく笑い合う。
ひと段落と、次がまだあることと、一緒に向かう連帯感というか。
まだ終わりじゃない、とは思うけど、散々助けられた中で、イジドラがいてくれることに安心感を覚える。
俺だってそれなりに戦えはするけど、ユリウスほどじゃないし、魔法だってネイトに及びもつかない。
イジドラだって、ウルリカほどじゃないからこそ、努力の陰や、俺でも手を貸せるっていう隙があって、申し訳なさよりも安心感を覚えるらしい。
「あぁ、ここか」
不意にイジドラが呟き、公園に目を向けていた。
見れば、池の向こうのあずまやに安置された白い石像があることに気づく。
俺はその配置に息を呑んだ。
これ、ゲームのクエストがある土地のオブジェクトだ。
こんな王都の真ん中だったのか。
ゲームでは若王、王都離れて陣中だったし、ここは街だったけど王都なんて言及はなかったはずだ。
もしかしたら、こういう風にクーデター起こされて、若王は王都追い出されてた可能性もあるのか。
「あれは愛の伝道師の像だ」
イジドラも俺が見てると知って教えてくれた。
ナイトシュタインに来る時に話題に上った過去の紋章持ちだ。
伝道師とか言うから、なんかザビエル的な男かと思ってたら、どう見ても白い像は女。
これは本当に単に慈愛の心を広めてたのかもしれない。
俺が勘違いに目をさまよわせた瞬間、今までにない大きな揺れが襲う。
王都全体を揺らすような激しさに、街中から悲鳴が上がった。
「倒したぞ! 勇者さま方が、化け物を退治されたぞー!」
遠くから聞こえる声に、すぐさま飛び出そうとしていた俺とイジドラは息を吐き出して座り込む。
今度こそ終わったという安堵と共に、本当に根が生えたように座り続けることになった。
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