88話:二つの戦い3
ナイトシュタインの王都で起きたクーデターは、蜂起したもののほぼ未遂。
何せ王都の外に見上げるほどの猩々が現れ、王都へ向かって進んできてるんだ。
扇動した者たち以外は、猩々の姿に正気を取り戻して若王の命令に従って動いた。
けど先々代の色が濃い扇動者たちは、それも若王が道を誤ったせいだと宣い、王城の門を封鎖して立てこもってしまった。
まぁ、王都の壁の中にさらに壁を築いて防御を強めてるのが城だ。
外に太刀打ちできそうにない脅威があり、自ら出て言っても罪人として縄を打たれる状況では、クーデターを成功させる以外にない。
その可能性があるとすれば、若王が猩々を倒して弱るか、相打ちの混乱に乗じて覆すしかなかった。
「とは言え、もう先々代はいないのに…………。まぁ、知る由もないか」
俺は今、王都を駆けまわって、逃げる扇動者とその仲間と戦ってる。
立てこもらせたままで時間を稼がせるわけもないし、王叔が若王側に回ったことで趨勢は決し、内応があって城の門が開くまではスムーズだった。
だが、少しずつ迫る猩々の地面を強打する揺れが予想外の隙を生んだ。
それで王都も揺れ、少しずつ緩んでた瓦もいたるところで落ち、王城に押し入った時に俺たちの頭上を襲うなんてことに。
そんな混乱と身を守るための緊張は、訓練された兵士でもしょうがないもので、俺たちは足を止めた。
その隙に、扇動者たちは城外へと逃げてしまったんだ。
もちろん猩々から守るために王都の門はすべて閉鎖の上、内側から土嚢や石材を積んで塞いでる。
ちょっとやそっとの人数じゃ、王都の外へは出られない状況。
とは言え王都内部は恐怖によりパニックで、混乱する人々に紛れようとする奴らを一人一人捕まえるのは骨だった。
「この! よそ者が!」
追い駆けた扇動者とその仲間が、俺たちヴェーゼンの手勢に追い詰められて叫ぶ。
地の利がないこちらを引き回して疲弊させておいて、相手は元気に罵って来た。
俺たちは遊撃として目についた奴らを捕まえてる。
ただ兵の大部分は経験豊富な騎士に託しての少数。
いちばんの規模は王叔で、大々的にクーデターがあったけれど、失敗も喧伝してた。
そこから漏れた奴らを狩ってる、お手伝い的な遊撃だ。
「よそ者だろうが、この状況で国を守ろうという王に剣を向ける奴らの愚かさがわからないわけないだろ」
俺は誰に言うでもなく相手の必死の罵倒に返しつつ、馬上へと突き出された剣を避ける。
構えから細剣の技術を身につけてるみたいだ。
だが、何処で手に入れたのか持ってるのは振り下ろしが基本の長剣。
得物の特性を活かせない攻撃なんて当たらない。
俺は馬上で使う槍を返し、石突で胸を突いて転ばせた。
だが足掻いて、相手は剣で馬の足を傷つける。
「うぉ!?」
馬が痛みにバランスを崩し、足を蹴り上げていなないた。
俺はとっさに腰を浮かせて馬の動きに合わせる。
だが、このまま暴れ出せば振り落とされかねない。
そうき期間を持ったが、馬は後ろ足に立つことはせず、背に乗せた俺を気にして足を折るように座り込む。
「ローレンツどの!」
気づいてイジドラが馬を寄せて、周囲の守りについてくれた。
「大丈夫だ。あんたも寝てろ」
俺はイジドラに応えて、素早く下馬。
そして馬を切った相手の横面を、石突で殴り飛ばして気絶させる。
イジドラや他に率いる者に対処を任せて馬を見た。
痛みに立つことを嫌がってるな。
これで人を乗せろとは言えないし、血の量からして深い傷ではなさそうだ。
「暴れずに堪えて偉いぞ。お蔭で振り落とされずに済んだ、賢い子だ」
俺は馬をねぎらって、槍を手にして周囲に目を走らせた。
まだ扇動者は残ってるし、馬の心配だけをしてるわけにはいかない。
その周囲も、クーデターが失敗した今、ここで逃げ切らなければ生きる道はないため、必死の抵抗を見せていた。
俺以外にも馬を攻撃されて振り落とされる味方がいる。
追い詰めるにはいいが、馬は路地だと動きが制限されて逆に反撃覚悟の相手だと不利かもしれない。
仲間の馬に踏まれないよう、俺は落馬した者たちを後方に誘導して怪我の具合を確かめさせた。
だがその穴に敵が殺到する。
「往生際の悪い!」
「邪魔だ! 退け!」
まだ若いと見て、高圧的に怒鳴って来た。
だがこれでも指揮権持ちで、俺が狙われたとなれば、味方も本気になるしかない。
ただ敵味方の距離が近すぎて、騎馬の優位は半減どころか味方の邪魔だな。
「ローレンツどの! 右だ!」
俺が状況を見ようと動きを止めると、イジドラも馬を降りて駆けてきた。
左の目につく敵に槍を振ったところで、右を別の敵に狙われたようだ。
そこをイジドラが剣を割り込ませてカバーしてくれた。
が、そんなイジドラの後ろを狙う敵が現れる。
俺は引き戻してた槍をすぐさま突き出して、イジドラの腰の横から敵を突いた。
そしてそのまま、お互いに背を預ける形で四方に警戒を向ける。
「馬上槍だと取り回しが悪いな」
「かといって、腰の剣では間合いが短すぎる。準備不足が否めない」
俺の愚痴に、イジドラはその短めの剣で戦いつつ応じる。
俺は馬の上から狙うための長い槍、イジドラは敵の息の根を止める専用の短い剣。
お互いに長短のある武器を握る状況。
その上で、俺たちは学生で、この中では経験不足だ。
俺たちは目を見交わして頷き合った。
「せめて、足手まといにならないようにしよう。半人前二人ならちょうどいいだろう」
「微力だが、指揮官どのはお守りする」
俺の軽口に、イジドラは真面目にかえした。
そのノリの悪さもらしくて笑ってしまう。
普段と変わらないことは、この緊張状態では落ち着きに繋がる。
俺たちはお互いをカバーしつつ、死に物狂いで囲みを抜けようとする相手を討つ。
そうして、敵を鎮静化させてようやくひと息をつけた。
俺も息が上がってるが、女性のイジドラはさらに体力も消耗したはずだ。
「疲れたなら、負傷者と馬を連れて城へ戻ってくれ。十分働いてくれた」
「お気遣いは無用。私は己の言葉を裏切る気はないのだ。お供する」
あまりに凛々しい言葉に呆然とする。
それに気づいてイジドラは何故か慌てるが、言葉が出ないようで狼狽え無闇に手を振っていた。
だから俺は思ったことを言ってしまう。
「イジドラ嬢ほど頼もしい方はいらっしゃらないな」
「え…………え?」
さらにイジドラは顔を赤くして目を泳がせ始めた。
何か俺は間違っただろうか?
いや、間違ってるな。
公爵令嬢に何言ってんだ俺?
朴念仁すぎる自分の言葉に慌て始めると、そこに軍馬ではない細身の馬に乗ったドミニクが現れた。
「何をしてるんだ、二人して? 取り逃がしたのか?」
「ドミニク、いや、なんでもない。伝令か?」
ドミニクは戦闘に向いてないが、目端は利く。
そのせいで、エミール伯父さんに言われて伝令で慣れない馬を駆ることになってた。
ドミニクは自分の頬を叩き始めたイジドラを横目に見つつ、伝令として告げる。
「王都の中央にある公園に、残りを追い詰めて囲むと王叔がお命じになっている」
「そこ、だいぶ広い公園じゃなかったか?」
「あぁ、池なんかもあるから、ヴェーゼンの隊は公園の舗装路沿いに動くだけでいいそうだ。そうして道を潰せば、後は王叔たちが追い立てると」
応諾して、俺はその場の者たちに指示を出した。
捕まえた者を拘束して、一時離れる者たちは傷を負った者から選定する。
俺たちも動き出そうとすると、ドミニクも戻るため馬首を返した。
ただ走り出す前に、怒った顔を作って見せる。
「ローレンツ、国に帰ったらこの働きの褒美をもらうからな」
「あぁ、俺にできることならな」
巻き込んでしまった友人の軽口に答えつつ、その背を見送った。
ふと視線を感じて見れば、イジドラが俺を見てる。
今の軽口に何か問題あったか?
そう言えば学生で巻き込んだってところは同じ立場か。
「イジドラ嬢も、俺にできる範囲でご要望があれば。可能な限り応えましょう」
公爵令嬢が俺なんかに何を望むこともないだろうけど。
そう思ったのに、イジドラは笑顔さえ浮かべて食いついた。
「それでは、指揮官としての口調、いや、友人に向けるような言葉でいてくれないだろうか?」
完全に埒外の褒美に、俺が驚いてると、イジドラはさらに続ける。
「そ、それと、イジドラと呼んでほしい。私も、共に戦う者なのだ。守られる令嬢として扱われるのは、その、寂しい…………」
思わぬ要望に重ねて、令嬢扱いへの不満が漏れる。
不敬すぎて本来ならブラフか、何か失点を作る罠を勘繰るんだが。
相手は侯爵相手にも正面からぶつかっていったイジドラだ。
というか、阿る態度に怒ってるのかと思えば寂しいって…………。
なんだそのいじらしい感じ。
…………いや、なんだいじらしいって!?
俺は自分の中に浮かんだ感想に驚く。
同時に頬に熱が集まる感覚に、内心大いに狼狽えてしまったのだった。
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