87話:二つの戦い2
ネイト視点
正直、笑い話にしなければやっていられない人生だ。
商人の親は再起を目指して死に、俺は奴隷にされた。
幸せだった幼少期なんてもうよく思い出せない。
それでも他人が聞けば驚くような幸運で生き延びているから、話のタネにはできる。
何より魔法の才能があり、知識を溜めて宮廷魔導士に才能見出されて弟子に取り立てられた。
とんだ成り上がりだと思ったら、相手は魔王憑きなんて落ちがついてるんだがな。
師匠はいずれ自我を侵食されて消える。
しかもそのタイミングで光の紋章が隠しようのない目に出てくるおまけつき。
俺が使命を果たすまで死なないように手を回したというなら、もっとやりようがあっただろ、光の神よ。
「あ、あぁ、なんと怖ろしい…………!」
俺を案内したヴェーゼンの護衛らしい男は、地響きを立てて暴れる猩々に震え上がる。
間近で見るのは初めてだが、魔王が仕込んだ魔人の種で芽吹いた無花果が、化け物になることは知っていた。
理性も知性もあって、異形になっても魔王に忠誠を誓うかつての魔人は、その忠誠心から魔王も使い捨てにはできなかった。
そして負けたことで、魔王は改心し、魔人は使い捨て、最悪国々を荒らして光の神の信奉者どもを弱めればいいとなったそうだ。
そのために生み出されたのが、魔人としての力を弱めた蒔き人と無花果。
弱いからこそ、人間のふりをして紛れ込める。
弱いからこそ、魔人としての力を振るわなければ人間のままでいられる存在。
「盛大だな」
魔人が、歴史に書き記されて脅威とされた理由がよくわかる。
それと同時に、理性もなく吠え立て、知性もなく足止めされる猩々に舌打ちしたくなった。
闇の神が司るのは獣性で、それは敵を殺しつくす暴威であり、両雄が並び立つことのない絶対的強者でもある。
だからこそ、理性も知性もなく、だからこそ参謀役の撒き人と二人ひと組だ。
「あんたどうする? 俺と一緒にあそこに突っ込めって言われてるか?」
俺は半分本気で笑うが、答えは聞かずに走り出す。
何せ、こいつじゃ足手まといだ。
ただの人間じゃ相手にならないんだから。
猩々の足元から、剣閃が光る。
猩々は巨体を揺らして痛みに吠えるが、本来なら針に刺されたようなもんだろう。
だが、ユリウスは勇者で、光の神の力を剣に乗せてるんだ。
「あぁ、痛そうだな」
俺は死角を選んで近づきながら、槍を打ち込むウルリカを見る。
いずれ、その痛みはウルリカ自身に襲い掛かるはずなんだが。
ウルリカが無花果となった時、魔王に聞いたことがある。
人間サイズの勇者が無花果に勝てるのかと。
答えは勝てると断言していた。
光の神の力によって、魔人は身の内に根を張った闇の神の力を千切り取られる苦痛を味わい弱るんだという。
劣化版の魔人に与えられるのは劣化した紋章。
本物の紋章を持つ勇者たちには敵わない。
だが、人間を混乱に陥れるには十分だ。
「なんでこんなことに、なんて考えたら、あいつのせいだよな」
思い浮かぶのは、考え込むことの多いヴェーゼンの貴族子弟ローレンツ。
ユリウス曰く、学院では優秀な成績で、今回も指揮官となれる権限を王族から与えられてる。
若き天才、というには気取ったところはないが、舐められやすそうな雰囲気だった。
気性も穏やかなほうで、ウルリカに怒鳴りつけられても争わず、荒立てずに済ます。
かと思えば、単身騎乗して魔物を釣り出すなんてことを当たり前の顔してたな。
あいつ、とんでもない肝の座り方をしてる。
そのせいか、こんな帰国一択の状況でまさか猩々と戦うなんて判断を下すとは。
ヴェーゼンの使節団の帰国に合わせてこの国を脱しようと思ったのに。
「師匠が国の外に出してくれたってのに。あぁ、言い訳はどうしたもんかな」
猩々の死角、そして動き回るユリウスとウルリカの視線からも隠れつつ悩む。
援護する聖女とゾイフにも当たらない射線を探しつつどうしても愚痴が漏れた。
たぶん戻っても、いるのは師匠ではなく魔王だし、そもそも師匠とも折り合いは良くない。
そうなると、ここでのことを報告しなきゃいけないが、俺が紋章持ちだってことは言えるわけもなく。
けどこの場面で信用を得るには紋章出しておかないと、まずい。
「ったく、ヴェーゼンのほうも失敗か。新しく種やったのに上手く行ってないからこんな所に勇者と聖女がいるんだろうし」
とは言え、それに何故魔人のウルリカとゾイフがいるのかわからない。
探ろうと思ったが、どうしてか目の敵にされて会話もままならなかった。
黒騎士として厳しく当たってたからそっちはわかるが、この魔法使い姿では初めてなのに。
正直悲しい。
せめて素顔の時には笑顔で話せるようになりたかった…………。
「一応、手紙は出すとして、トロイェンのほうはどうするかな。こっちでこれだけ暴れたら、あっちの王子は怖気づくか? 魔女が上手く手綱を握れるか?」
俺は今回、ヴェーゼンで王弟を魔人にし損ねたことから、他の魔人たちの様子を見るという名目で魔王の下を離れた。
大国という名の形骸化した王権ルッセンドルフから、薬師の殿堂を謳うどぶのようなビルケンハイム。
魔女に愛された王子を生んだトロイェンへ。
海路でダーリエフェルトへ向かわなかったのは、ウルリカたちが動き始めてると思って、国情の変化を陸路で聞きつつ向かおうと思ってたんだ。
その上でこのナイトシュタインの老王の体調も確認すべく寄ったんだが、それがどうしてこんなことになるんだか。
「獣性は闇、理性は光、そして知性は狡猾さも悪知恵も光と闇どちらにも属する。理性と知性を保持した蒔き人と、理性と知性を放棄して目的だけを遂行する無花果だって言ったのに」
怒りのまま、猩々は激しく地面を乱打し、あまりの揺れに俺も地面に手を突いて止まる。
猩々にはもはや、理性はない。
蒔き人であれば活用できた知性も獣性に呑まれている。
まぁ、そもそも蒔き人が無花果を制御するには、その獣性を強める心の闇を的確に理解する必要もあるし、本人なら理解も容易ではあるが。
結局、怪物になれば制御も何もないんだから、意味はない。
「自分が王だっていうなら、少しはお上品にしなさいよね!」
怒声と共にウルリカが痛打を入れたが、それで暴れ偶然ウルリカをひっかけた。
握り潰そうと猩々が手を伸ばす姿に、もう死角から確実に致命傷を狙うなんて言ってられない。
俺は今出る最大火力で、猩々の腕を爆破した。
痛みに呻き放り出されるウルリカ。
俺はすぐに走って抱き留め、そのままユリウスたちのほうへと走った。
「命じられてとんでもない所に送り込まれたと思ったが、役得だな」
ユリウスたちと合流して、腕の中のウルリカに片目をつぶって軽く言う。
だが、助けたウルリカからは仇でも見るような目で睨み上げられた。
さらに過保護なゾイフからも殴るような勢いでウルリカを奪われる。
ちょっと恰好つけただけの俺に、唯一ユリウスだけが笑顔を向けた。
「ネイト! 助けに来てくれたの?」
「はぁ、はいはい。助けに来させられましたよ。ローレンツからのご命令でね」
できればウルリカにその期待と喜びを向けてもらいたかったな。
惚れた相手の前でくらい、恰好つけてもいいじゃないか。
落ち込む俺に、ヴェーゼンの王女は真剣な目を向ける。
「その目は、光の紋章ですね。あなたは、眼帯をしていたと聞きましたが」
「これはどうも。えぇ、そのとおり。あまり目立つところに出たもので、ここで骨身を砕きますので、市井に隠れいていたことにはお目こぼしを」
言ってる間に、猩々は俺たちを敵と認識して攻撃してきた。
俺たちはともかく猩々の足止めをしつつ、攻撃が効く箇所を探してかわるがわる攻撃する。
俺としてはユリウスの攻撃が一番効いてそうに見えるが、言わずに様子見だ。
当のユリウスはウルリカと交代するように引いて俺に聞いた。
「ローレン、何かするように言ってなかった?」
「いや、俺にお前らを助けに行けって。あー、なんか王都でクーデター起きてて、そっちはあいつらが解決するつもりらしい」
「そっか、俺たちをこっちに残した理由、やっぱりあったんだ」
ユリウスのこの発言はおかしい。
まるで先々代が政変起こす気配を感じていたからのように言う。
そこに若王が、って、なんでこの国の国王がほぼ単身で魔人の前にいるんだよ。
いや、爺さんも破天荒だし、こいつもその血筋と考えればやるんだろうなぁ。
「ヴェーゼンで魔人が出た時も、その者は隠れた紋章持ちをユリウスにつけたのだったな。本当にその者自身に紋章はないのか?」
「川の魔物退治の時、濡れて着替えるの見たけど、紋章っぽいものはは何も。あ、でもパンツは脱いでないからそこで隠れてたらわからないかな?」
ユリウスが言うと、戻って来たウルリカが眉間に皺を寄せた。
「ちょっと、尻に紋章浮かんでるとか恰好つかないこと言わないでよ」
ユリウスは言ってないと慌てるが、俺や若王は笑い、王女も堪えて震える。
馬鹿みたいな話に年相応に笑ったら、先のこと悩むのが無駄な気がした。
目の前の敵を倒して、その後にこいつらと無事にローレンツが待つ王都に戻って文句を言う。
今はそれでいいと思えて、妙に緊張がほぐれた気がした。
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