86話:二つの戦い1
ユリウスたちが足止めに残り、国王として若王は一度王都に戻った。
そして事態を周知して、改めてユリウスたちを助けるために兵を率いる。
この形式を取らないと、国の混乱にしかならないとイザベラからの助言だ。
そうは言っても、隠れることのない巨大ボスが突如現れた。
ナイトシュタインの王都は現在混乱のさなか。
若王の命令は下されたが、慌てふためく声は途切れなかった。
「お、お待ちください陛下!」
「止めるな! 勇者と聖女が果敢にも立ち向かっているのだ! 光の神より賜った紋章を持つ者たちが戦う中、私だけ何故壁の中にいられようか!」
雄々しく言い放つ若王は、引き留める家臣を振り切る。
ただこの場合、身分からして家臣のほうが正しい。
若王は未婚の王で世継ぎもいないんだから、戦士の可能性がある場へ行くもんじゃない。
ただ紋章持ちが出るのも、俺としては正しい。
だってそれが攻略に必要な戦力だから。
ただ相手が未知数の猩々なのが、大きすぎる不安要素だ。
「叔父上! 王都はお頼みします!」
「し、しかし。それなら私が…………」
止める中には、王叔もいる。
立場としては継承権第一位で、若王が出るなら王叔は残るのが必然だ。
それで継承に問題は、あるけど、ない。
王叔が言うとおり、前線に出るなら王叔が順当だが、相手が魔人だと紋章持ちじゃないと意味がない。
それがわかってるのか、若王は引かなかった。
「あの猩々が本当にそうであるなら、王である私が行かねばならないのです」
「ユーゲル…………」
若王の覚悟に、王叔は言葉を詰まらせる。
何せ猩々は先々代で、それに引導を渡しに行くんだ。
勇者や聖女とは言え、他国の者に任せるわけにはいかない。
何より父親としてその尊厳を守ろうと、ボケたことも隠してた王叔に、止めを刺すなんてできそうにもなかった。
ただ王がやるなら、それは代替わりの名目になる。
実際先々代は、若王を国王として認めないような発言があった。
若王が打ち倒すことで、正統性を示す行いだったと、後から言い訳にもできる。
そんな理由をつけたところで、結局はゲームと同じ身内殺しになってしまうんだが。
俺にできることなんて気休めを言うくらいだ。
「ナイトシュタイン国王陛下、どうか、我が国の勇者と聖女をお守りください。我々も方々が戻られるまで、この地をお守りします」
ゲームと同じになるからこそ、俺はあえて言った。
不遜不敬な俺の言葉に、若王は瞬きを返し、そして笑顔で応じる。
「あぁ、任せろ。ヴェーゼンの指揮官、そなたも叔父上をお支えし、我らが戻るまで奮戦せよ」
ただ敵を倒すだけじゃない。
仲間を守る、助けるために戦う。
そういう名目もあるんだと言った俺を、若王は咎めなかった。
こっちの意図はわかった様子だったが、それと同時に王叔の下につけとも言われた。
その上で、この王都を守れと言われたら、ロイヤルなご命令だ。
本当、陽キャのコミュ力怖い。
爽やかにとんでもない命令押しつけて行きやがった。
「…………殿下」
何故かナイトシュタイン王都防衛を命じられた俺は、王叔に呼びかける。
王叔も困った様子で俺を見た。
根が穏やかなためか、俺の不遜な言葉を咎めるどころか、謝罪を口にする。
「ヴェーゼンの諸君には、巻き込んでしまって申し訳ない。だが、ことは魔王と魔人という国を越えた人にとっての共通の敵だ。そんな脅威と戦う者たちを後ろから襲わせないためにも、今は我が国の問題解決に助力をお願いする」
「もったいないお言葉です。微力ながら尽くさせていただきます」
そうとしか答えられない。
何せ状況が悪い。
どうも先々代、まともな時は頭が回ってたらしく、王叔とヴェーゼン使節団を呼べば、若王が来ることはわかってたらしい。
で、このタイミングで政変起こそうとしてやがった。
いいタイミング過ぎるし、何より少数派の若王はこれで押さえつけられる可能性が高かったんだ。
それが王都からでも見える猩々の出現と、王都に向かってきているという報せと共に、若王の予定外に早すぎる帰還。
すでに政変起こすために立った奴らが王城に立てこもりしてて、一部機能マヒになってるから、そこを俺たちが対処する。
そうしないと軍の動きも鈍るし、巨大ボス相手に全力バックアップなしなんて冗談じゃない。
「ただこちらは寡兵であることはご存じのとおりですので」
「いや、この状況で勇者と聖女を出していただけただけでも過分だというのに、さらには留まって防衛に手を貸してくれる。それだけで十分、君の誠実さは伝わるとも」
あんまり力になれないぞって念押ししたら、苦笑される。
言われてみれば、そりゃそうだ。
普通、巨大ボスなんて現れれば、勇者と聖女使って安全に国に逃げることを優先する。
それを俺は後に回して、さらにこの王都での政変鎮圧にも手を貸すというんだ。
普通の他国の指揮官なら、そんな損得無視した判断しない。
「誠実さではないかと。友を見捨てて救える世界があるとは思えないだけで」
「…………そうか、そうだな」
やべ、なんか思ったより感じ入ってるけど、これただの事実なんだよ。
勇者っていう主人公以外に解決できないってことを、それっぽく誤魔化しただけなんだ。
「私も腹をくくろう。これも、父の不始末。ユーゲルにだけ背負わせるわけにはいかない」
「そこまで思いつめる必要はないのでは。その、悪いのは魔王でしょう。病で弱り、ご子息である先代の陛下が亡くなったことで弱ったところに、手の者を送り込むなどと言う策を弄したのですから」
思わずいい印象なんてない先々代を庇ったのは、この人も魔人で本来の巨大ボスだから。
そうなったのは家族関係で思いつめたせいだったはずで、こっちまで巨大ボスになられたらたまったもんじゃない。
けど俺の言葉に少し笑って、王叔は王都にも微かに聞こえる猩々の咆哮に耳を傾けた。
「そうだな。あれが魔王の企図したことであるなら、なおさら許せはしない」
そういう王叔の目には、今までにない戦意が宿る。
これ、いい方向に行ってると思っていいのか?
思わぬやる気に悩んで視線を逸らしたら、イジドラが後ろでいい笑顔してる。
俺がそれとなく焚きつけたみたいになってるの、なんか恥ずかしいぞ。
ただ一息入れる暇はなく、ドミニクが駆け込んで俺を呼んだ。
「ローレンツ、来てくれ」
「どうしたんだ?」
俺はその場を経験豊富らしい騎士に任せて、王叔から離れる。
そっちは使節団について来てた人で、指揮権は俺にあるから下についただけ。
もうその騎士に隊を任せて独自判断許すことにしていた。
つまり俺は許可を出すだけのはりぼて。
だから本当に謙遜でもなく微力なんだ。
そんなことを思いつつ離れる俺に、イジドラはついて来てくれる。
正直専門職の大人に囲まれる中で、ただの官僚家の人間より、王家と姻戚のある公爵令嬢がいるほうが話は通りやすい。
「ネイトが来た」
ドミニクに囁かれ、俺は目を瞠り、急いで足を動かす。
すると確かにネイト姿で、黒騎士として逃げたはずの相手が片手を挙げて笑った。
「よ、悪いな。なんか指揮官なんだって? どういう状況なんだ?」
俺は黒騎士なんて知らない顔でとぼけるネイトの肩をがっしり掴む。
のうのうと現れて、逃がすわけがないだろ。
「徴集」
「は?」
「あ、いや、国が違うから強制依頼か?」
「ちょ、ちょっと待て」
「まぁ、名目はなんでもいい。ともかく馬と案内用意するから、すぐにユリウスたちの手伝いに行ってくれ」
「おい、聞けって!」
俺はネイトの発言はほぼ丸無視で決める。
何せ、こいつ黒騎士だし。
あと紋章持ちだし。
来たならゲームの筋どおり、勇者と一緒に戦え。
「突如現れた猩々のような巨大な魔物が今、この王都に向かってる」
「それは見ればわかる。だったら、逃げる準備してるんじゃないのか?」
「いや、勇者と聖女、そしてナイトシュタインの陛下、三人の紋章持ちがその進行を阻むべく撃って出ている」
「おいおい、あの大きさと正面からやり合うっていうのか」
「その援護のため、紋章持ちと打ち合える実力を持つ者をつけてある」
俺が言うと、ネイトは口を閉じる。
見れば、俺を睨むように見ていた。
「それはつまり、ウルリカもあの化け物の正面に立たせてるんだな?」
「そうだ。少しでも無事に戻ってきてくれる可能性を高めるためにも、俺たちはここで今起きてる政変を阻止する。それでようやくユリウスたちも退くことができる」
逆を言えば、王都が安全にならないと撤退さえない。
「ネイトの魔法の実力は知ってる。ウルリカとあれだけやり合えたんだ。お前なら助けになれる」
俺の無責任にも聞こえる言葉に、もうネイトは反論しない。
案内と馬を用意すると、素直に従って動き始めた。
ただ最後に見た時には、眼帯を外して、苛立ちを表すように地面に叩きつける。
本当、貧乏くじばかりで申し訳ないが、諦めてくれ。
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