84話:猩々4
怒り狂う、そんな言葉が当てはまる先々代の乱暴な言動。
それでもまだ王叔は宥めようと声をかけた。
「興奮されてお体に障ります。ともかく一度休まれて…………」
「うるさい! この役立たずが!」
殴るように腕を振って、先々代は容赦なく王叔の胸に腕をあてる。
勢いに押されて倒れ込む王叔に、若王は駆け寄った。
「叔父上! く、致し方ない。これではおじいさまも怪我をなさる! 気を静めるまでの間、押さえよ! 私が許す!」
若王の命令に護衛で帯同していた騎士たちが部屋になだれ込んできた。
その光景は、どれだけ先々代が偉ぶっても過去の人であることを見せつけるようだ。
そして紋章持ちという周囲の期待と声望の主こそ、若王だと示すように従い動く。
「無礼者が! 玉体に軽々しく触れるな! 何をしている!? これは反逆だぞ! 王を守る忠義者はおらぬのか! 誰もかれも役立たずか!?」
無手とは言え騎士に迫られ喚く先々代。
だが、保養地の人員さえその声に応えて動くことはない。
どころか、先々代を抑える動きに、何処か安堵するような様子さえある。
先々代を庇う姿勢を見せていた王叔も、さすがに人望のなさに諦めを浮かべた。
だが一人諦め悪いのが、先々代その人だ。
「わしの代わりに祭り上げられただけの分際で! 身の程知らずにも正しき王を廃そうというのか!?」
「おじいさま、あなたは病によって政務もままならないほど体調を悪くされていた。代わりなどではなく、父も私も新たな王として立っていたのです。こうしてお元気な姿を拝すことができたのは嬉しい限りですが、その喘鳴が何よりの証拠。もはやあなたは玉座に戻れるお体ではない」
若く凛とした若王が、老いと病で再起などないことを突きつける。
いうとおり、先々代は動き叫んだだけで呼吸が荒く胸を鳴らすようにして息をした。
落ち着いていれば日常生活は問題ないが、こうして騒ぐとすぐさま体調を崩す病人なんだ。
王叔も息を乱す先々代に、心配の声を上げた。
「あのままでは倒れてしまう。早く落ち着けてさしあげてくれ!」
「えぇい! 触るな無礼者!」
だが先々代にその思いは届かず、怪我も気にせず腕を振り回して抵抗する。
屈強な騎士も、弱すぎて逆に手をこまねくことになっていた。
「ともかく、私たちは退いて安全を測ります。十分に距離を取りましょう」
俺はルイーゼを庇う形でじりじり後ろに下がる。
国境を超える時に連れてた兵の大半は王都に残しているんだ。
他国の先々代に表敬訪問で物々しくするわけにはいかないが、敵対は目に見えてた。
だから代わりに、若王が一行を飾るようなふりして兵を引き連れてる。
ここにいるのはほとんどナイトシュタインの兵力で、俺たちは自衛くらいしかできない。
「ここは私が前に出て結界を張ったほうが良いのではないでしょうか?」
「お姫さまは守られてなさいよ」
バフ能力のあるルイーゼの提案に、ウルリカが呆れながら後ろに下げる。
俺としてはお前もお姫さまな血筋だろうと言いたいが、今はやることがあった。
「ドミニク、何人か連れて、馬の準備を。場合によっては王都に報せを走らせないと」
「あぁ、念のため全員分出せるようにしておいてくれ」
エミール伯父さんも俺の提案に頷いて指示を出す。
するとドミニクと外交官の若手が他にも抜けて、外へと向かう。
何故全員って顔の俺に、エミール伯父さんは少し皮肉げに口の端を上げた。
「短気を起こしそうだし、ここであの懇親会のような試合をされたらたまらないからね」
言って、エミール伯父さんは壁際の黒騎士を見る。
立場は食客で、本来は世話してくれた相手を助けるもんだが、動かない。
黒騎士が食客として現在ついてるのは王叔。
そう命じたのは先々代で、本来の主人は伏せてるが言ってしまえば魔王で。
だったら、黒騎士が誰の味方をするかは決まってる。
そして短気を起こしたのはやっぱり先々代だった。
「えぇい! 何をしておる!? わしと盟約を結ぶために来たのであろう! 魔王の片腕が何を壁の置物になっているのだ!?」
「この…………!?」
先々代の言葉に驚いたのは全員。
だが一番驚いたのは、やはり突然暴露された黒騎士だろう。
俺もこんなところで魔王の名前が出ると思わず絶句する。
ユリウスは驚きのまま確認してきた。
「今、魔王って言った?」
「はぁ、言ったわね」
その魔王側のウルリカも少なからず驚いたが、応じる声には呆れが強い。
ゾイフも首を横に振りつつ露悪的に言った。
「やれやれ、このようなおいぼれを盟友に選ぶとは、魔王とやらも耄碌しているのやもしれませぬな」
それ完全にブーメランだし、黒騎士も何言ってんだって言うようにこっち見たぞ。
いや、まぁ、知らないふり通すってことは、ヴェーゼン側に魔王との関りばれてないっていうアピールにはなるのか。
黒騎士はそれでウルリカとゾイフが動かないと知って、舌打ちをした。
「くそ、この国に来てから貧乏くじばかりだ」
吐き捨てると、先々代の下へ。
ナイトシュタインの騎士も応戦の構えを取るが、ウルリカの馬鹿力と引きわけた鎧。
黒騎士を止められず、先々代を囲みから引きはがした。
「こんなことで、こんなところで…………」
先々代はぶつぶつ不満を漏らすが、呼吸が荒くまともに声も出てない。
黒騎士は追いすがる騎士を払いつつ、怒鳴るように先々代に問いただす。
「どうするつもりだ!?」
「どうするのかしらね?」
俺たちが止める間もなく、ウルリカは飛び出して黒騎士に打ちかかった。
そうして激しくやり合う二人に、騎士たちは近づけず、先々代は黒騎士の向こう。
これは隠れた魔王側としてはアシストなんだろう。
ウルリカが派手に暴れることで、魔人の先々代が逃げる時間を作れる。
だが、それを裏切って、先々代は怒るばかりで逃げるという安全策を取らないのは予想外だろう。
本当に怒りで我を忘れて状況も把握できなくなってる様子は、病気だった。
「ふざけるな! こんなことがあっていいものか! えぇい、何が魔人は二人だ! このような不忠、不実な者どもと何を成し得よう!?」
うわ、魔人が二人一組なことも漏らしやがった。
まだこのナイトシュタインは、ゲームだと序盤なのに。
確か、三番目に行く国のトロイェンで、魔人側からの発言で推測が立つんだ。
そして五番目のルッセンドルフで確定情報だったように思う。
ルッセンドルフから展開が早いし情報量も多くなるしで、曖昧だけど。
なんて考えてる内に、先々代が動く。
何か取り出したのは動きで察せたが、人が多くて手元に何を持ってるかはわからない。
だが俺より近いウルリカとネイトが反応し、驚愕のまま動きを止めた。
「は? 今それって、どうすんのよ」
「おい、待て。まさか!? 一人が制御に必要だと言っただろう!」
何かを察して慌てる黒騎士は、先々代止めようと手を伸ばす。
だが先々代はそれよりも早く、何かを口にした。
俺には見えなかったが、ユリウスは人の隙間から見えたようだ。
「え? 何かの果物食べたら、果物が消えた?」
「逃げるわよ!」
突然ウルリカがこっちに飛び込むようにして戻って来た。
「命惜しくばこの屋敷から去れ!」
黒騎士も周囲にひと言注意喚起をして逃亡を始める。
「あの耄碌した元国王から離れるの!」
ウルリカは、先々代に向かおうとする若王を捕まえて、俺たちを怒鳴りつけた。
その間に同じ動きをする人物が現れ、俺も止めるように言う。
「ユリウス、王叔を!」
ユリウスに捕まえてもらって、黒騎士まで逃げる事態の対処に動く。
「味方だったはずの者まで逃げるのは何か不測の事態です! すぐに外へ退避を! 陛下方の守りを優先すべきです!」
俺の言葉にナイトシュタインの騎士たちも、耄碌した先々代を見捨てる形で若王をウルリカから受け取り無理矢理逃がし始める。
そして要人を先に出して、俺は最後に一人残された先々代を振り返った。
「うぅ…………!」
果物を食べたというユリウスの発言の後、呻くばかりで動かなくなっているが、顔を覆う両手の間から、目が獣のように光るのが見える。
人間にはない紫と金という独特の色合い。
それは今までの先々代にはなかった色だが、ゲームではあった特殊演出。
「ぐあぁあああ!」
目の色が変わり、髪が逆立ち、体が隆々と膨れるそれは、巨大ボスに変身する共通エフェクトだ。
「ともかく走れ!」
気づけば俺は、全員を急かして走る。
屋敷を飛び出すと同時に、屋根を突き破った巨大な猩々が、咆哮を上げたのだった。
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