82話:猩々2
ヴェーゼンとナイトシュタインの懇親会後。
俺はドミニクが予想したとおり、時間が取られたが、予想外にドミニクもエミール伯父さんに捕まって各所への対応の使いとして一緒に走り回らされた。
だから揃ってユリウスたちに会いに行き、すぐにこっちで何があったかを知らせる。
「はぁ? 先々代ボケてんの? 今いくつよ?」
どっかり座り込んで、酷使した腕をゾイフに揉ませてるウルリカが遠慮なく言った。
王女のルイーゼや、礼節を重んじるイジドラがいないからって、こいつ。
「言葉に気をつけろ。もしくはもっと小さい声で言え」
注意してから知ってそうなドミニクを見ると、やはり知っていた。
「確か…………七十近いくらいか? 歴史書読むと五十、六十を境に人が変わったように攻撃的になったり、病や怪我で性格が変わるなんて見るから、ありえる年齢だろう」
前世がある俺からすると早すぎるけど、ここは長寿国じゃない。
人生五十年とか有名武将も前世で言ってたし。
そうなると、七十でボケもあり得るのか。
前世基準で考えてたら、ユリウスがこの世界の実例を教えてくれた。
「俺の村にも物忘れがひどくなって、怒りっぽくなって、人付き合いが難しくなった人いたよ。その人、おかしくなるきっかけが、息子さんの死だった」
それで言えば、先々代は息子で跡継ぎの先代を亡くしてる。
確か認知症が悪化する要因で、ストレスって聞いたことあったな。
息子の死に強いストレスを感じて解消できず、悪化したってことか?
ウルリカを甲斐甲斐しく揉みながら、ゾイフは真面目に聞いてきた。
「そうなると、先々代に命令権のない黒騎士が不安要素でしょう。その主君については?」
「いや、特には。王叔自身知り合いではないらしい」
「王叔は巻き込まれただけと仰っていたな」
俺とドミニクの答えに、ゾイフは一度口を閉じるが、たぶんその主君が誰かこいつは知ってる。
その間にユリウスが思ったことを口にした。
「あ、ちゃんとした騎士なんだ? あの黒い鎧の人。だからあんなに強いのかな」
「違うわよ」
ウルリカが即座に否定して、自分の手を見る。
「あんな戦い方、お上品に躾けられる騎士の戦い方じゃないわ」
「えぇ、あれはひたすら実戦で磨いたもの。だからこそ、型にはまらないウルリカの攻撃にも対応せしめたのです」
同意するゾイフは、たぶんウルリカの実家に使えてた名のある騎士だ。
それに育てられたウルリカも、騎士の心得くらいは覚えてるはず。
というか、聖騎士の紋章持ちなわけだから、騎士らしい振る舞いをするよう宿命づけられてるんだ。
ただ未だに、紋章が表われてないんだよな。
それでも力だけは確かにある。
この辺り、魔王は知ってるのか?
少なくとも、ネイトは隠し通してたはずだ。
だから勇者と対のように語られる魔王でも、ユリウスのように紋章が光って見えるなんてことはできないと思ってる。
「話を進めるぞ。言ってしまえば先々代は不治の病だ。それを放置してはおけないし、身内の問題なら手を貸すとナイトシュタインの陛下はおっしゃった」
若王が弱った王叔を慰め励まし聞き出した限りだと、世話をする使用人たちも委縮してるんだとか。
そんな人たちを庇って、王叔が矢面に立つも、離れて暮らしているため毎日とはいかない。
それでも心砕いて、若王にばれないように、必死に内部で収まるようあの手この手で疲れてしまっていたらしい。
合間に漏れる王叔の吐露は、父親だからこそ変貌が受け入れられないというものだった。
ただ若王曰く、以前から当たりは強い性格で、それは先代にも同じだったとか。
だからこそ、先代は父親に認められないという劣等感を、弟への不信感に代えた。
「だいぶ王叔は、先々代の攻撃性に参ってた。それで、一緒に解決しようと言われて、半ば縋ったように見えたな」
言ってドミニクを見ると、別のことを考えてたようで反応が遅れる。
「ん…………? あぁ、あれはそうなるようナイトシュタインの陛下が誘導したのもあるが、抱えきれなくなっていたのもあったんだろうな。このままこちらに滞在させて口説けば、落ちるように思う」
ドミニクから見ても、王叔は限界だったようだ。
休ませて、正しい判断能力を回復させれば、隠すのではなく、共に対処にあたる道を選ぶだろう。
それこそが国のため、甥のため、果てには父である先々代のためにもなると。
ついでに魔人化を阻止できれば俺としては御の字。
何せ苦戦必至の巨大ボスがいなくなるんだ。
現実の今、ビルほどの大きさがある怪物となんて戦いたくない。
先々代についてはあまり興味がないらしいウルリカは、また話を戻した。
「で、あの黒鎧はどうするのよ? 押しつけられたとはいえ、引き受けてるんだから、そうしなきゃいけない理由があいつにもあるんでしょ。相手が狂ってるのわかってて監視なんてもののために一緒に来てるんだし」
先々代に興味がないというより、どうも黒騎士に対してウルリカも怪しむようだ。
魔王側とわかってる上で、本来なら味方。
けどウルリカは今、魔王の敵である勇者と一緒にいる。
ネイトの心情的に、ウルリカとすぐさま敵対するとは思えないが、もしかしてウルリカのほうはばれたからにはとか考えてないよな?
え、余計なことしたせいで本来の関係性が完全に破綻するとか、罪悪感ひどすぎて胃が絞られるような痛みを感じるんだが?
「ちょっと、ローレン。何その疑うような目つき?」
「いや、…………監視が解かれる一番の理由は、わかるか? 監視対象が予期したとおりの動きをしたと報告に戻る時だ」
つまり、黒騎士はこのまま王叔が懐柔されれば晴れてお役御免。
望むとおりの仕事をしたのだから、何かしらの面目も立ち、これ以上つき合う必要もなくなる。
「やらなきゃいけないことは、黒騎士の足止めだ」
実際のところ、黒騎士の中身のネイトは、すでにユリウスと次の約束をしてる。
一日の稼ぎとして問題ないと魔物退治同行の依頼を受け入れ、日にちも決めてあった。
ドタキャンの可能性はあるが、今すでに黒騎士としてここに滞在してる。
だったらその動きは捕捉できる範囲で、すぐさま逃げられもしないはず。
「何? 足の一本でも折ればいいの?」
どうしこの小公女はこうも乱暴なんだ。
というか聖騎士なんだから、礼節なんかを重んじるんじゃないのか?
ゲームではじゃじゃ馬系だったが、ここまで暴力的じゃなかった気がする。
やっぱり紋章が出てないことに関係してるのか?
「明日は俺が手合わせしてもらってみようか? そしたら疲れて出ていく気がなくなるかも」
ユリウスの提案も、ようは力押しなんだが、なんでかウルリカよりも平和的に聞こえる。
「ずいぶんこっちとの手合わせ渋ってたし、また適当にお貴族さまで囲む?」
悪い笑顔だが、ウルリカお前、知り合いの自覚あるよな?
そんなに槍折られて引き分けに持ち込まれたのが不服か?
ウルリカはユリウスにすねの骨の折り方をレクチャーしようとするから止める。
「あ、大丈夫。ヒツジやヤギの骨折って出荷したことあるし」
ユリウスは笑顔でそんなことを言った。
農民強いな、おい。
「ところで」
ゾイフはウルリカのマッサージを継続しながら、また真面目に聞いてきた。
「そちら、何を気にかけていらっしゃるので?」
見る先にはドミニク。
そう言えば別のことを考えてる様子だった。
言われてドミニクは迷い、俺とユリウスに目を向ける。
「二人は、あの黒騎士を見て、誰か思い出さないか?」
「は?」
「え、知り合い?」
まさかの言葉に驚くと、ユリウスは無邪気に聞き返す。
ドミニクは迷いながら自分の考えを口にした。
「こう、首を軽く振る動作が同じだった。そう思って見てると、一歩の幅、足の着地の角度も同じで…………」
「お、俺たち三人が知る、このナイトシュタインの、人間?」
恐る恐る聞いてみると、それがヒントになってユリウスが答えを導き出してしまう。
「ナイトシュタインで三人揃って会った人なんてお城の誰かだね。それ以外だと街で会ったネイトしかいないし」
「あぁ、俺はあの黒騎士がネイトだと思う」
まさかのドミニクが、魔王にも隠し通しただろう正体を言い当てた。
ゲームではそんなことありえない。
だが、このドミニクはゲームには存在しないんだから、何をしても不思議はない。
俺は息を詰めてどう対応するべきかを必死に考えた。
その間にウルリカは、硬直する俺じゃなくユリウスに聞く。
「ネイトって誰よ?」
「街で会って、今度魔物退治する約束があるけど、魔法使いだって言ってたんだよね」
「フーン? …………あぁ、なるほど」
実際手合わせしたウルリカは何か思い当たることがあったのか、浮かぶ笑みは攻撃的だ。
しかも、あの黒騎士が実は魔法使いと言われて納得までしてしまう。
嫌な予感しかしない。
具体的に言えば、ゲームの前提が崩壊するんじゃないか、これ?
「その約束、私も行くわよ」
誘う気ではあったんだが、どうも悪い方向に転がってる気がした。
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