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81話:猩々1

 ヴェーゼンとの懇親会で、苛立つウルリカを見せ物にすることで、引っ張り出された黒騎士ことネイト。


 お互い短い槍が得物で、盾はそれぞれが選んだ。

 四角く重いが、防御力に優れた大きな盾をウルリカ。

 丸く小さいが、取り回しに優れた軽い盾をネイト。

 普通逆を想像するよなぁ。


「おぉ、見てください叔父上。あれほどの盾を軽々と持ち上げていますよ」

「すごいな。女性が片腕で扱えるとは…………。これはあの黒騎士でもわからないな」


 ネイトが果敢に前に出て、先制を取る。

 それをウルリカは、重さを感じさせず全て盾で流した。

 槍を引く瞬間に合わせて、今度はウルリカが前に出る。

 けどそれをネイトは読み切り、盾の丸みを使って下に流すと、さらに体勢を崩させようとした。

 ただそんな小細工は、ウルリカの突き出す重い盾の襲撃でとん挫する。


 少しの間で白熱した戦いが繰り広げられた。

 貴族たちも声を上げて両者を称える中、ナイトシュタインの若王と王叔も手を打つ。

 なんか純粋に楽しんでないか?


「…………陛下」


 盛り上がりが高まる中、完全に観客が勝敗に集中したのを見計らって、エミール伯父さんがそっと声をかけた。


 なるほど他に気取られないように、盛り上がるのを待ってたのか。

 何より監視のネイトは、盛り上がるほどに勝負が拮抗していってるから、こっちに目を向ける余裕もなくなってる。

 というか、全身鎧で前に出るネイトを、ウルリカも重い盾で遠慮なく殴るように打ち払うって、どう見ても魔法使い相手の戦いじゃない。

 これが黒騎士とばれなかった理由であり、魔法使いなのに肉弾戦ごり押しできた理由でもあるんだろう。

 黒騎士の鎧、どれだけ性能のいい装備なんだか。


「ユリウス、残って場合によってはゾイフと一緒に止めに入ってほしい」

「わかった。ウルリカがやりすぎる前に止めるよ」

「では私も、微力ながら助勢しよう」


 間が悪いとか言ってた割に、イジドラ嬢は気を遣って言ってくれる。

 正直助かるって気持ちで笑いかけると、驚く表情を返された。


 …………あれ? もしかして俺、今まで笑ってさえいなかったのか?

 ご令嬢相手に、ヤバすぎるだろ、俺。


「俺はローレンツと一緒に行こう」

「ドミニク?」


 ちょっと自己嫌悪してると、ドミニクが密談のほうについて来るという。


「見ていても戦いの機微はわからないし、戦力にもならない。だったらローレンツに時間がない場合は、俺があらましをユリウスたちに説明したほうがいいだろう?」

「そうか、助かる」


 俺は若王が王叔を誘う間に話し合って、お互いの役割を決める。

 そしてエミール伯父さんが先導するのに続いて、懇親会の会場を後にした。


 案内されたのは、窓から微かに賑わいが聞こえる部屋。

 しかし周りは人払いがされてる上に、懇親会のほうに注目が集まり静かだ。

 それを見て、王叔はひと息吐く。

 監視されてる自覚はあるようだ。


「叔父上、お疲れでしょう。急な移動に、使節団を迎えての賑わいでは」

「いや、やはり歳も感じるよ。私はここで休んでいるから、君はあの勝敗を見に行ってくれていいよ」


 叔父として若王の性格をわかってて、促す様子に悪意は感じない。

 だがそこは、若王も乗ったりはしない。


「いえ、せっかくお会いできた叔父上を残して楽しむなどできません。それよりも共に話をしましょう。長く離れては、心まで離れてしまう。今一度繋ぎ直したいのです」

「…………離れた、つもりはないんだよ」


 王叔が気まずそうに言うと、若王は理解を示すように頷いて見せた。


 その間、俺たちは壁に同化するように静かに控える。

 衣擦れさえさせず、呼吸音も極力抑えて耐えた。

 そうすることで、二人の邪魔をせず話という名の説得をしてもらう。


「私はもう退いている。今さら王として声望を極める君に言えることはない」

「しかし叔父上にも慕い寄る者たちがいるではありませんか」


 王叔が逃げ腰で答えるのに対して、若王は陽キャを前面に鼓舞するように話しかける。

 けど、王叔はそう簡単に乗らない。


 もちろん若王はこの話し合いで王叔を味方に入れる計画を立ててる。

 やり方もいくつか想定しており、王叔の返答に合わせて対応を変えてみせた。


「…………私も不安なのです」

「ユーゲル? 君がそんなことを言うなんて」

「即位して今までの王の行いを振り返り、手本とし、日々学んでいます。もちろん父や祖父の功罪を踏まえて、自分が何もなしていないのに声望ばかり高いことに、重荷を感じることもあるのです。しかし私には使命がある。退けない、降りられない。だからこそ…………」


 深刻そうに俯く若王は、半分確実に演技だ。

 ゲームでも、素で自信家なキャラクター。

 できないことがあっても、別のことができればいいし、望む結果を求めるために他の方法でやり切れば、自分の実力を疑う必要はないという陽キャな前向きさを語ってた。

 ただ悩みがないことはない。

 だから祖父から父に受け継がれた戦争を拒否することに、身内として心血注いで求めた勝利への努力を、無駄骨にすることへ思うこともあったはずだ。


 それでも王だからこそ、国を思って過去の負債を未来に負うことを選んだ。

 魔王の動きも予想される中、人間同士で争うことが危険であると断じて。

 そう考えると、どうしてゲームではこの叔父と決裂する形になっていたのか。


「君は君の信じる道を行けばいい。おじいさまのことは、気にするな」

「えぇ、私はこれと決めれば進めます。ですが、叔父上は? おじいさまを気になさっているのは、叔父上では?」


 若王は弱ったふりを払って、気にしてるのは王叔だと指摘する。


 こういうやり取り、ゲームではなかった可能性もあるか。

 王叔は王都を離れていて、若王もこうして他国の使節団との懇親会でもなければ呼び出せずにいた可能性は十分に想像できる。

 だが先々代はすでに手を伸ばしていた。

 そして、若王が手をこまねいている内に魔人化。

 若王がダーリエフェルトとの戦いの放棄を掲げたことで、先々代が玉座を奪いに動くことは必然だったのかもしれない。


「…………おじいさまにお会いしたことは?」

「即位してからは一度も。叱責のお手紙はありますが、私からの手紙への返事はなく」


 まさかの完全無視の上に、文句だけは送ってるのか先々代。

 まぁ、若王は偽らずにナイトシュタインとの戦争を止めようと声を上げてる。

 先々代はそんな若王の動きを、配下を使って邪魔してる状態だ。

 関係が良くないことは想像できた。


「では、おじいさまの筆跡を見たことは?」

「いえ、そう言えば代筆ばかり。もしや、ペンを持てないほどに悪く?」

「持てないは持てないんだが、病状よりもあれは、感情のためかな。思うとおりにならない怒りが強すぎて、ペン先を押し潰してしまうらしい」


 持てないというより書けない。

 いや、それよりもそんな力を入れるって、感情の制御もできなくなってるってことか?


 王叔は沈痛な表情で、吐露するように続けた。


「あの方は、もはや狂い始めている」


 危うい発言だが、王叔は侮る様子ではなく、心底案じる様子で言う。


「己の老いと、兄上の死に怯え、怒りで紛らわそうとした末に、狂うしかなくなっているように、私には見える」

「狂うとは、どのように…………?」

「激しすぎる怒りを制御できずペンを潰すならまだましだ。手にした物を、どれだけ大事にしていた物だろうと、怒り任せに破壊し攻撃することもある。かと思えば、先ほどまで何を話していたかもわからず、自らが何故王都にいないのか忘れたような言動を見せるんだ」


 それ、狂うって言うか、ボケてないか?

 まぁ、それだけ落差が激しいなら、狂ったようにも見えるか。


「あの鎧の騎士も、本来は仕える者が別にいるそうだ。使いとしておじいさまを訪ねたのだが、宥める私に腹を立てて、あの者を巻き込む形で怪しい動きがないよう見張れなどと命じて、無理矢理追い出されたような形でな」

「それは、災難だったというしかない。身内として、不憫にも思う。…………しかし叔父上ほど穏やかな方の怪しい動きとは何を疑われていらっしゃるというのか? おじいさまは、叔父上が心優しく争いを好まないことまで忘れてしまっているのですか?」


 若王が心底不思議そうに聞くと、王叔はひどく悲しげに言った。


「君と私が共謀して、自分を殺しに来るのだと思っている。あの方の中では、兄上の死も自らの望みを邪魔する邪悪な何者かの企みということになっているらしい」

「病でした。それは確実です。治療のためにどれだけの医師や薬師が夜も眠らず努めたと?」

「あぁ、そうだ。そうなんだが、もう、おじいさまはそれも覚えていらっしゃらない」


 淡く笑みを浮かべてた王叔は疲れような言う。

 その様子に若王も絶句した。

 ただ争いを嫌うから中立を堅持していたと思われていた王叔。

 だが実際は、狂った祖父の疑いを晴らすため、動けなくなっていたらしい。

 その上で、今まで若王に言わなかったのは、王となったばかりの甥の負担にしないため。


 なんというか、これは、介護疲れって奴じゃないか、王叔。

 そして判断力が低下して、極まって自分から甥に殺される立場に?

 救いようがなさすぎるし、それを知ることがあれば陽キャも後悔する。

 それはあんまりなゲームの裏側だった。


三日ごと更新

次回:猩々2

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まさかのワンオペ介護状態……? 気の毒過ぎる。
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