79話:黒騎士4
「く、ふふ、ははは。それで、店の中で、あんな大きな声で、ナンパなんて言ったのか?」
俺たちは店を出て、何処かの公園みたいな場所を囲む植木の縁に腰を下ろす。
謝った上で理由を説明した俺たちに、ネイトは腹を抱えて笑った。
正直、滅茶苦茶恥ずかしい。
ドミニクも発言内容の突飛さを自覚してるから口を引き結んでる。
ただナンパなんて言い出した当人のユリウスは、笑顔で応じた。
「ナンパって何か悪い言葉だったのかな? ごめん知らなくて。知り合った傭兵から、仲良くなるための話し方って聞いてたんだ」
間違ってはないが、ただそこに異性と入るんだよ。
教えたロイエ傭兵隊たちに悪意があったかどうか微妙なラインだ。
男をナンパすると豪語した割に邪気のないユリウスに、ネイトも優しく教えた。
「間違ってはないが、男に対してすることじゃないんだよ。はぁ、笑った。いや、面白い経験だ。改めて、俺はネイト。傭兵やったり護衛やったりの根なし草だ」
「俺はユリウス。ヴェーゼンから来たんだ。今は街を見て回ってたんだけどね。仲良くはしたいからよろしく」
あんな成り行きなのに、なんか勝手に仲良くなってるのはなんでだ?
俺が色々考えてたの、完全に無駄ってことじゃないか。
愚者の考え休むに似たりって、前世の言葉が浮かんできて脱力する。
そう言えばゲームでも、魔法使いは勇者の兄貴分的な解説役だった。
それでチュートリアルを進めることもあり、終盤の裏切りでも、魔法使いは勇者に友情を確かに感じていたことが描写されてる。
勇者も裏切られて騙されていても、魔法使いの全てが嘘じゃないと信じる様子がゲームでもあり、魔法使いがさらに魔王を裏切る展開に繋がるんだ。
きっと元から相性がいいんだろう。
「それで俺の友達のローレンとドミニク」
ユリウスが自然に会話を続けて距離詰めつつ、俺たちを話に入れると言うコミュ強の力を目の当たりにさせられる。
もうこれ、勇者の特殊能力じゃないのか?
男が男ナンパするなんてとんでも発言でこうなるなんて思わないだろ。
「悪い、ナンパなんて言い出したのは、俺がその、知り合いに似てる気がして見てたからなんだ」
「誰か探し人か? 俺は会った覚えがないな」
「いや、俺が知る相手もそんな眼帯はしてなかったから人違いだろう」
さりげなさを装って、ゲームとの違いを指摘してみた。
ゲームでは片方長い前髪というビジュアルで、今もそうだ。
だがその下に眼帯まではつけてなかった。
何か違っているのか、ゲーム開始前という時期だけの問題なのか。
何より、このままでも魔王を倒すエンディングは目指せるのかが気にかかる。
「ちょっと悪目立ちするんで隠してるだけさ。痛みはないんだ」
ネイトはちょっと同情を誘うように俯きがちに言う。
普通なら、それで眼帯の下には傷があるとでも思うだろう。
だがその下が紋章と知っていると、ただの誤魔化しにしか聞こえない。
というか、ゲームの実物見るとこうなるのか。
気障な台詞で、恰好つけに酔ってる感じのあるキャラクターとして描かれてたが、気障な台詞を言うことを楽しむ様子は、ゲーム中では一種の親しみやすさの演出になっていた。
それが現実で目の前に現れると、対話を拒む目くらましで、裏を探らせない空気感の演出になるとは思わないって。
ただの恰好つけで止まって疑わせもしないように、魔王の手先をやってたってことかもしれない。
「そんな状態で旅は大変じゃないか? それともそれだけの実力があるのか? このユリウスはけっこうやるんだが」
ドミニクは目のことには深く触れずに、ネイトの身元を探るように聞く。
その上でユリウス引き合いに出すのは、警戒を軽くする盾にでもするつもりか。
「聞いてくれるか? これが実は物語でも行けるんじゃないかという波乱万丈な半生でな」
そんなドミニクの思惑を透かすように、ネイトはノリノリで語り始める。
それはゲームでも軽く触れられる生い立ちの話。
本人の口から詳しく聞くというのは、少し楽しみにもなる。
だがこれも実際されると、恰好をつけた悲劇的な、本当に物語のような大袈裟なものに感じた。
ネイトの生まれは商家、魔法の才能があり家庭教師を捜してくれる教育熱心な両親との暮らし。
「独自に魔法書を読んで地の魔法を習得。この時齢、六。神童だと親に限らず町が湧いた」
六歳が独学で魔法を習得となれば確かに神童だ。
その上で、ネイトは悲劇に見舞われる。
町が大火に襲われ商売道具をすべて失い、魔法は独学を続けることも難しくなったんだ。
家族は行商になって再起を狙い、魔法使いを護衛に雇いネイトにも風の魔法を教える。
しかしその護衛が野盗の手引き役で、親は殺されネイトは攫われ、売られてしまった。
「もちろんそんなことで世を儚むなんて、生きろと言った両親に顔向けができない。必死になて働いて、少しでもいい雇われ先を求める毎日」
ユリウスはもう、劇の主役のようなネイトの語りに夢中だ。
その反応の良さにネイトも乗って、身振り手振りを加え始める。
どうやらこういうところが相性いいようだ。
商人で殺されたって話で、ドミニクは実家が商会を持つからこそ物語としては楽しめなくなった様子。
続く、貴族に買われて虐げられつつ、虐めてくる貴族子弟から火の魔法を盗み覚えた話は冷静な目で聞いてた。
「ずいぶんと目覚ましい活躍と才能だ。だが、不遇に陥った先で必ず魔法を習得し、その場がなんらかの理由で破綻。また不遇の先で魔法を得る。よくそれだけ幸運が続くな」
「そう、これを言うと俺が策を弄して陥れたんじゃないかと疑われることもある。だが、本当だ。何せ俺が行く先々では事件が起きる。そのせいで今回もいきなり雇い先のご令嬢の嫁入りの荷物を先に運ぶはずが、そのご令嬢が下男と駆け落ちして、荷物も俺の給金も宙に浮いている状態なんだ」
決め顔でとんでもないことを言いだすネイトに、ドミニクも追及できず固まる。
人の好いユリウスは、素直に驚いて心配した。
けど俺からすれば魔王の手先って前提があって、何か企みがあるんだろうと疑ってしまう。
そこまで波乱万丈とは知らないけど、ゲームでは確か、親が死んで放浪するように点々としたから、芸達者なんだと話してた気がする。
で、最終的に力を見込まれて魔王となる魔法使いの弟子になったことが、終盤で明かされてた。
その後に光の紋章に目覚めて、慌てて隠して鎧をまとったって設定だ。
「停戦中の今じゃないと動けないからな。ナイトシュタインからは出るつもりで次の仕事を探してる」
「何処からナイトシュタインに来たんだ? 故郷に戻るなんてことは考えないのか?」
俺が探りも含めて聞くと、気づいてないのかネイトは軽く応じる。
「南のルッセンドルフから、海路でトロイェンに。で、陸路で移動ついでに依頼を受けて今さ。故郷はもう遥か遠く、この胸の中にあるだけでいい」
「あぁ、そう。大移動だな」
「そうだね、俺これが初めての国外なのに」
恰好つけられて呆れる以外にない俺と違って、ユリウスは感心したように続けた。
いっそスルーされた形のネイトは、笑って肩を竦めて見せる。
「俺は根なし草だから、逆に一つ所なんて落ち着かないのさ」
気障な割に爽やかで、裏があるとは思えないような軽快さ。
こういう風に、ゲームで勇者たちは騙されてたんだろうな。
というか、今ここから移動って、もしかしてダーリエフェルトに向かうつもりか?
そうなるとゲームでの登場場所に合致してしまう。
そして、今ナイトシュタインにいるとなると、ゲーム開始は思ったより時間がないんだろうか?
それとも一度、うちの国も越えて東の、魔王の下へ?
そう考えると、ルッセンドルフやトロイェンの帰りが、何かの策謀のようにも思える。
「…………よし、ネイト。つまりは今仕事がなくて暇だな?」
「どうした? いい仕事でも紹介してくれるのか?」
ネイトは揶揄い交じりだが、俺は真剣に頷いた。
ドミニクはすぐに察して止めようとするが、その前に言ってしまう。
「俺たちがここに滞在する間、ユリウスの仲間になって周辺の魔物や対応を教えてやってほしい」
「そ、れは随分と急な話だ。俺の腕に惚れ込むには早いんじゃないか?」
冗談めかしてネイトはかわそうとするが、俺は本気だ。
そもそもゲームで主要な勇者の仲間で、魔王打倒の重要情報を握る人物。
さらには魔王の暗躍を助ける手下でもある。
だったらユリウスにつき合わせての、交流と足止めは一石二鳥だ。
「確かに俺、まだ魔法は覚束ないし、それならウルリカも一緒に行ってもらってもいいかな? お上品すぎて嫌になるってイライラしてるんだ」
ユリウスはルイーゼの下で、小公女と呼ばれるようになったウルリカと一緒だったから、上品ぶる合間に溜まる不満も漏れ聞いてるんだろう。
見ればドミニクも頷いてた。
「体が鈍ると軽く稽古をするとなっても、噂の小公女を見ようとすぐに人が集まってな。逆に息抜きにもならないらしい」
俺はずっと外交官の手伝いで顔も合わせてなかったんだが、そんなことになってるのか。
俺たちの会話に耳をそばだてたネイトは、浮ついた声で言った。
「もしかして女性も一緒か? それは嬉しいな」
軽い様子で言うが、本気だと俺は知ってる。
ゲームではウルリカに惚れて、その旅を助けてたキャラクターだったんだから。
こいつはすでに、ウルリカに惚れてるんだ。
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