77話:黒騎士2
俺たちは、若王の叔父の王都到着を待つことになった。
もちろんその間にやるべきことはあるし、外交官は現地の外交官と意見交換が目白押し。
紹介されたナイトシュタインの有力者との顔つなぎや、内情を探るための社交も必須だ。
ただ外交官のお使いとして同行した俺はと言えば、やることはもちろん各所へのお使い。
…………という名目で盗み聞きしてくるように指示出してくるのは実の伯父だ。
盗み聞き以外の仕事で言えば、プレゼン資料作りのために、参加人数分の文章作成の手伝いは地獄だった。
プリンターもないから、ひたすら見本を書き写していく作業を暇な奴でこなしていく。
もちろんお使い程度しかできない学生の俺は駆り出された。
「うわ、爪のインク深くまで入っちまってるな」
俺は社会科見学を謳って、今は街へ出ている。
つまりは半日の休暇を謳歌しようとしてるんだ。
でも手はインクが染みて数日取れないだろうことに気づく。
着てた服の袖にもシミがついたから、帰ったら義母上にお叱りを受けるだろう。
「ローレン、大変なんだね」
「というか外交官の仕事がだな」
ユリウスとドミニクは、俺の休みに合わせて一緒に街に出ている。
初めての国外で引きこもってばかりも面白くないと、買い物を名目に三人連れ立って歩いていた。
ゲームでも存在してたナイトシュタイン王都。
内戦中だったゲームとは雰囲気が違うし、現実になると人も多い。
この中からゲームキャラクターを探すのは無理そうだな。
それに、ゲームにはあった回復薬を売る道具屋は、全く知らない看板を掲げた別の店だ。
ゲームを念頭に散策することは無意味なんだろう。
「で、ローレンツは何が欲しいんだ? 買い物をするんだろう?」
ドミニクに聞かれて、俺はちょっと迷ったが、こうして一緒に来てもらったのは実家の商会の知恵を借りるためでもある。
「…………回復薬。できるだけ効果の高いもの」
ドミニクはすぐ誰に使いたいかを察して眉をしかめた。
「すでに治った傷には効果が薄い。それでも治したいなら、相応の量が必要になると聞いてる。効果が高いほど、値段も高いことを知っていて言ってるんだろうな?」
俺が頷く間に、ユリウスも誰に使うために探すのか気づいて、息を呑んだ。
「もしかして、エドガーに? 高くても、治る可能性あるの? 足、なくなってるんだよ?」
ゲームでは当たり前に全回とか言ってたが、現実ではそんな薬そうそうお目にかかれるものじゃない。
さらに効果が高い薬なんて、いざという時のために権力者が抱え込んでる。
表に出ることがあれば、求める者が多すぎて値段が膨れ上がるほどにお高い代物。
「一番効く回復薬なら、欠損部位も回復するんだ」
だからこそ、ただの薬じゃなく、回復薬と銘打たれてる。
奇跡のような回復力で、前世では考えられない。
魔法のある異世界だからこそではあるけど、この世界でもその効果は普通じゃないし、希少だからこそ回復薬なんだ。
そして材料となる薬草の栽培ができない土地であるヴェーゼンでは、最高級の回復薬を手に入れるのは無理。
だから、離れたナイトシュタインなら、ヴェーゼンで求めるよりも価格は安定し出回る可能性もある、はずだ。
「本当に求めるなら、トロイェンまで行くべきだな」
俺の甘い見通しを折るように、ドミニクが言った。
俺は確認のためと、地理も詳しくないユリウス向けに言葉に説明するため言葉にする。
「トロイェンは港湾の国。南にも船を出す。南の国は効果の高い回復薬の材料を栽培する国でもあるから、入るとしたらそこなんだろう」
「わかっててなんで、ここで探そうとするんだ。疲れているなら休め」
ドミニクは指をインクで染めるほど酷使した俺に。呆れた顔をして見せた。
けどユリウスは、可能性に縋ろうとする俺の行動に頷いてみせる。
「国だと可能性さえないんだね? だから、少しでもトロイェンって国に近いこのナイトシュタインで探す。いいと思うよ」
わかると言うように笑って、ユリウスは力強く言った。
「うん、探そう。俺もまたエドガーと一緒にポロ大会に行きたい」
ユリウスの前向きな肯定の言葉に、俺はちょっと照れ臭くなる。
ポロ大会なら俺も行くだろうと言うように聞こえた。
そうして回復を願われて、身内のドミニクが反対するはずもなく。
「だったら、トロイェンか、ルッセンドルフと交易のある商人を探したほうがいい。まぁ、一番は回復薬を国策にしてるビルケンハイムの者が一番だが」
「ビルケンハイムは、ルッセンドルフの南の国だ。ルッセンドルフは山脈挟んで俺たちの国の西の隣国」
わかってない顔のユリウスに、俺は宙に国を示す丸を書いて説明する。
ビルケンハイムは、ゲームで四番目に訪れる国だった。
ルッセンドルフのほうが近いが、船が手に入ったことでビルケンハイムまで飛ばして、教皇へ会うため南へ向かう。
ただストーリーの進行上、イベントがあって勇者一行はルッセンドルフに行くことになるんだが。
「ビルケンハイムは薬草の農場を運営している。そして薬師が地位も高く、保護を与えて生産と新たな薬の研究開発を国がさせてるんだ」
「それって、色んな人に薬が届くようになるってこと?」
ドミニクの説明にユリウスは夢いっぱい。
けどそう簡単なことじゃないんだよな、これが。
「作って売って、専売するから、新薬ができても数は絞られる。そうすることで値段を下がらないように利益を守るんだ。薬を安く広めるためにやってるわけじゃない」
「えぇ?」
俺の夢も希望もない説明に、ユリウスが眉を下げた。
けど国の売りとしては安売りするわけがないし、国民を養う上ではそれも一つの道だ。
そもそも力入れて回復薬を作るビルケンハイムにも、お国柄がある。
あまり作物が育たないやせた土地という困窮も相まっての、大胆な国策から、回復薬の製造で外貨を得る方向に舵を切った歴史があった。
そういうところは現実の今、学んで知ったんだが、ゲームだと毒の国っていうイメージを強く押し出されてたんだよな、あそこ。
ゲームでは、その薬師こそが魔人となって、ビルケンハイムを毒の蔓延する国へと変貌させてたんだから。
ただし、魔人が国内の者を逃がさないように、国土を覆う結界を張ってた。
そのお蔭で他に毒は大きく広がらなかったが、同時にビルケンハイムは他国に助けを求めることもできず、ほぼ滅亡という末路になる。
「せちがら…………」
俺の呟きに、ユリウスは目の前の状況への感想だと思ったようだ。
「薬、ないね」
そこは想像してたから世知辛さは感じないが、ほんとうのところは言えないから応じる。
「ドミニクが言うとおり、トロイェンまで行かないと無理かもな」
「…………ロイエたち、トロイェンで船に乗ったこともあるって言ってたんだ」
そんなことを言いだすってまさか、ユリウス傭兵と一緒に行く気か?
さすがにそれはドミニクも止めた。
「おい、学業はどうするつもりだ。放り出して傭兵になるつもりか? まず聖女さまがお引止めになるぞ」
「そう、だよね。ルルが困るかぁ」
ユリウスはがっかりしてしまう。
けど、立場のあるルイーゼを思ってそれ以上は言わない。
ゲームのような状況でもない限り、ルイーゼも王女として、紋章持ちを国外には出さないだろう。
今回はヴェーゼンの勇者として来てるから、外交的な牽制も含めてのお披露目の意味もあるはずだ。
それが傭兵隊なんて国も主君もない者たちと国を出るとなれば、権力者総出で止める未来しか見えない。
勇者の出国を、ヴェーゼンが許すはずもない。
その辺りを濁してドミニクは学生身分を持ち出したようだ。
「あー、なんか悪いな。俺が思いつきで動いたせいで、無闇に期待させたんだ」
「ううん、俺も思ってたんだ。また、みんなで勉強したり、お祭りみたいな場所に行きたいって。それに、今回で回復薬を手に入れるのは難しいって知れたから、たぶん、勇者にならなきゃ知りもしなかったことばかりだ」
ユリウスは思うようにいかない現状を前向きにとらえる。
それでもやっぱり俯きがちになるから、話を変えるべくドミニクが口を開いた。
「実は、すでに王叔が王都入りしてるという情報がある。少し見に行ってみないか?」
「何処情報だよ? 俺、聞いてない。けど、上だったら知ってるかもな」
「ナイトシュタインの王さま、俺たちと年齢近いから気さくだよね。叔父さんなら似てるかな? 急には会えないだろうけど、顔見るくらいできるかな?」
俺たちは言いながら、失敗した買い物は横において移動し始める。
貴族子弟らしい格好だから、王叔が宿泊するような上品な界隈に問題なく入れた。
ただ、問題のある人物を、俺は見てしまう。
「あれ、ローレン。また誰か知り合いでもいた?」
「なんだ、何を見て…………すごい鎧だな、あれは」
思わず足を止めてユリウスに声をかけられ、ドミニクが俺の見つめる先を見つける。
そう、鎧だ、すごい鎧を身に着けた人物がいる。
黒光りするフルメイル、髪の一筋も見えないフルフェイスの兜もしてるから、知り合いかどうかなんてわからないけど、俺は知ってた。
そいつが、ゲームで黒騎士と呼ばれる、魔王の手先であることを。
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