76話:黒騎士1
故郷のヴェーゼンからダーリエフェルトへは、走り抜けるようにして、何もなく。
けどさらに西のナイトシュタインで、ウルリカが爆発寸前に陥った。
とっさに場を整えて、元凶の一人を矢面にしてガス抜き。
お蔭でウルリカも、ダーリエフェルト国王の暗殺未遂した時のような騒動は回避できてる。
件の親戚は、議場から連れ出してウルリカがある程度罵声を浴びせた後は、隙を見て逃亡。
今は支援者から与えられた屋敷に引きこもってるとかで、ウルリカを恐れて出てこないんだそうだ。
「実に痛快である! 不遇の過去を持つ小公女が、鮮やかに遺族の清廉さを宣言した!」
着飾ったウルリカを小公女と呼ぶのは、あの会議からのナイトシュタインでの風潮。
そして、盛大に褒めて笑うのは若王だ。
「は、過分なお言葉、痛み入ります」
ウルリカは真面目そうに応じる。
ただそれ、たぶん隣に立つイジドラの真似だろ?
ドレス借りて出たあの後で、今は騎士服借りて、ルイーゼの後ろに立って女騎士のふりしてる。
直情的そうでいて、搦め手も使えるのは、ゲームでも同じだった。
裏表のない勇者や、純情な聖女は時に敵にも味方にも騙される旅路。
けど元敵だった聖騎士は相手を疑ってかかり、実は魔王の手先な魔法使いは騙された後のフォローを用意しているというキャラクターでのパーティーだった。
「勇者であるユリウスと鎬を削る勇ましい姿も素晴らしかった。小公女がこれまで積み上げた苦難と克服の成果だろう」
手放しで褒める若王も、ゲームのキャラクター性に共通点がある。
明朗快活で、王らしい傲慢さも、真っ直ぐな若さで押し通す陽キャ。
その辺りは変わらずにいたのは良かったんだが、まさかゲームと同じで、勇者との出会いで、戦闘イベントが起きるとは思わなかった。
強請られてユリウスとウルリカのデモンストレーションをしたんだ。
ただそこに若王が乱入して、ユリウスと手合わせという流れ。
ナイトシュタインの貴族たちも慌てふためいてたから、絶対予定外だろう。
それも結局、ユリウスが勝ったことを大いに称賛して、なんかいい話風に終わらせてた。
うん、強引なところは変わらないな、やっぱり。
「素晴らしい人材がヴェーゼンには集っているようだ。だからこそ頼りたい」
若王はてらいもなく言った。
体裁を気にする王なら言わないけど、若王はそれまでの朗らかさを横に置いて真剣に話し出す。
「我が国は現状三つに別れてしまっている。そのような状況は私の不徳といたすところではある。その中でも休戦を目指す私が一番勢いのない勢力だ」
はっきり言う分析は客観視もできてる証拠だろう。
主流なのが、先々代の継戦派だ。
これは民衆にも押されており、若王という紋章持ちがいるからこそ、正義は我にありと勢いづいてる。
そこに乗り切らない人は、中立の若王の叔父の派閥に寄ってるそうだ。
若王を指示しても、休戦には賛同しない人たちもいるとか。
だから若王と一緒に休戦を打ち出そうという主張は一番声が小さい。
「お話いたしましたように、いま世界では魔人が暗躍しております。魔王の復活も視野に入れるべき危急の時。そのような中、人同士争うなど、魔王の思う壺でしょう」
ルイーゼは真面目に賛同するが、世界とは大きく出た。
現状ヴェーゼンだけのはずだが、もしかしたら聖女の能力で何か知ってるのか?
ゲームではまさにそのとおりだし、魔王は各国に魔人を派遣してるんだが。
狙いは国の内部で争いを起こさせ、国々を傾けて、連携など不可能にすることだから、全くルイーゼの言うとおりだった。
とは言え、現状から休戦を押し通すには乱暴な手段くらいしかない。
一番短時間で休戦を行うなら、紋章持ち三人で声を 揃えて先々代を糾弾すること。
そして神の名を掲げて電撃的に先々代を攻撃。
その身柄を押さえて、政治的な力を削ぐんだ。
その手段の中には、最悪命を取る選択肢も含まれる。
それで、若王の意見を押し通せる下地にできるから。
「そう、争いなど不要。話し合いでこそ、人間の持つ知性と理性という美徳を大いに発揮される場となるだろう」
若王は高らかに美徳と言ったが、含意としては、国内の派閥対立もあくまで話し合いでの解決を前提にすること、紋章持ちの武力は使わないことという表明だ。
ルイーゼとしてもその発言は望んだもの。
そもそもこの国は、ゲーム中に内戦のせいで傾く。
若王としても、すでに今の時点で内戦をしたらまずい情勢なのはわかってるんだろう。
「素晴らしいお志でございます。それこそ光の神の望む未来でしょう」
ルイーゼからのお墨付きを聞いて、若王も確認を取る。
「それは聖女としてのお言葉と捉えてよろしいか?」
「…………いいえ。徒に神に答えを求めたところで、人は迷うものです。神の言葉に耳を傾けるのは、できることをやりつくしてから。神は自ら助けるものを助けるのですから」
大前提自助努力と突き放す。
それでだめなら神頼みしかないって聞こえるけど、実際神からの予言を授かる聖女だ。
何か条件でもあるのかもしれない。
今は条件が揃ってないってことなのか、ルイーゼはあくまで王女として休戦を推す姿勢のようだ。
なんにしても、外交官側から派遣された俺は口を出せない状況。
だってこれ、王族の会談だ。
そういうのは外交官の中でも王室専門ってのがいるそうで、そっちの管轄。
さらには官って言う仕事の身分だけじゃ王族とは口がきけない。
ただのお使いの俺じゃこの場にいることさえ不相応だった。
だから俺は、一生懸命真面目な顔を作って黙るユリウスを見守るだけ。
「叔父上を口説く」
若王は端的に今後の指標を打ち立てた。
ユリウスにも説明したが、中立派を取ったほうが主導権を握れる最大多数になる。
それでもなお曲げないなら、内紛だ。
実際ゲームでは、先々代に叔父がついてそうなってたから、若王も意志を曲げなかったんだろう。
「そのために、すでに招待の手紙を送っている」
若王は、何ごとも強引で速い。
ゲーム的なテンポの問題もある。
けど現実だと根回しする前にもう動いてる形になるようだ。
また周りが慌てるやつだと思うけど、相手は一応血縁者だし咎められはしないだろう。
ただ引きこもって中立って言ってる叔父を引っ張り出すには、俺たちヴェーゼンの外交使節はいい口実だと思う。
王族として病気でもないなら、王女の来訪には挨拶くらいするもんだ。
「応諾の返事は頂いているから、五日後にこちらへ到着なさる」
間が空くのは距離よりも、予定を開けるためか。
俺たち外交使節も急な来訪で、ナイトシュタイン側も若王の強引さで招き入れられたところがあるんだ。
「叔父君は、何故王都から離れていらっしゃるのでしょう?」
ルイーゼが共通認識を築くために、事前情報を求める。
その辺りは調べてきたけど、当事者からの認識も大事だ。
「消極的な方なのだ。争いごとはもちろん、誰かと競うことも忌避される方だ。それはたぶん、私の父である先代の影響もある」
離れてる理由は、家族問題だと、若王は正直に答えた。
どうも叔父は能力がないわけではないが、消極的で大人しい性格。
だから出しゃばらずにいたが、そこに兄である先代国王が敵愾心を抱いた。
「父にとっては争わない姿勢が、相手にもされていないという劣等感を煽ったらしい。それによって強い対応をされていたのは、私も見ていた。だから叔父は父を避けて王都を離れたのだが、能力はあるため従う者たちもおり、さらに父は自らが王としての名を高めようと、先々代の偉業を継ぐと言って…………」
どうやらダーリエフェルトとの戦争を継続した先代の国王は、劣等感から継戦していたらしい。
そして父親である先々代の志を継ぐことで、父親に認められ、弟に勝ろうとしたそうだ。
結果として、攻めきれずに自らは病没してしまっている。
そんな状況で、生き残った叔父からすれば居心地悪いどころの話ではないだろう。
「叔父上は、優しいお方だ。だからこそ、私と祖父の対立に挟まれる現状に心傷めていらっしゃる。何度かお手紙をしているが、どちらかについて、肉親でいがみ合う状況を激化させたくはないと、お心の内を語ってくださった」
若王は、叔父との関係は悪くない。
そう聞いてからようやく俺は、ゲームでの設定を思い出す。
その叔父は魔人で、無花果と呼ばれる巨大ボス化するキャラクターだ。
諾々と先々代に従うような意志薄弱そうな描写だったが、心情はそれか。
戦闘後のストーリーで、無益な戦いに走る先々代を止められず、魔王にまで魅入られた咎を共に負うと言っていた。
そして紋章持ちの若王に倒され、父と人間の敵になったことへの国としての禊にすると。
さらには、まだ若い甥に魔人を倒したという確かな武勇と名声を与えようとした。
そんな自己犠牲的な人物だ。
「私は叔父上と共に、おじいさまを止めたい。これ以上、争いに心乱されるような、苦しむ姿は見たくないのだ」
若王は心情を吐露する。
それもゲームで似たようなセリフがあった。
魔王の手を取るほど思い詰めていたとは、なんて自分の不明を後悔するんだ。
そして叔父の悲壮な覚悟も知らなかった、助けられなかったと。
若王は、そんな身内殺しの後悔を抱えることになるキャラクターだった。
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