75話:西へ5
流れるようにナイトシュタインへ入れた。
国境越えは、ダーリエフェルト国王との打ち合わせもあってすんなりいった。
だが、ナイトシュタインの若王本人が、押しかけて出迎えるなんて行動で、こちらの調子は崩されてる。
それでも休戦には乗り気で、魔人の存在に対しても、紋章持ちとして対処を約束した話の早さは、ゲームでも仲間になる真っ当な人物ってことだろう。
とは言え、反対派で継戦を推すほうも別に狂ってるわけじゃない。
現状なら採算が取れないのが問題だ。
すでに犠牲を出した後で、なんの見返りも報いもなんて、国民も納得しない。
そんな国としての実利の話でもある。
「私のドレスで間に合わせることになるが…………」
「なんでもいいわ。借りるわよ」
イジドラが今、衝立の向こうでウルリカを着せ替えさせてた。
その間に俺は、会議に戻ってエミール伯父さんとルイーゼの許可をもらってる。
ドミニクも準備中のウルリカに、焦りを抑えて言い聞かせていた。
「ウルリカ、まずは王への拝謁だ。それで許されてから名乗りと発言。その順番を間違えるな。その後は…………口調にさえ気をつけて、相手を一人に定めるなら、言いたいことを言っていい。相手は亡命者でダーリエフェルトでの身分はすでに抹消されてるだろうからな」
ユリウスは勇者として、議場に残ってる。
ただ控えの間は慌ただしく、ルイーゼのおつきたちも準備と片づけにバタつく。
ありものであつらえるしかできないが、できる限りの準備を行ってくれた。
そしてそこに、会議を抜けてエミール伯父さんがやって来る。
「さて、姫君。準備はよろしいかな?」
「…………えぇ、よろしくてよ」
答えたウルリカは、普段とは別人のように着飾り、仕草も驚くほど嫋やかになった。
エミール伯父さんのエスコートで会議の場に戻れば、誰かと目を向ける者はいる。
けどそれが予定外の人物とは誰も思わないくらい、貴族連中の中に溶け込んだ。
ウルリカは今、傭兵紛いの女戦士じゃない。
貴族が集まる中にいても違和感のない淑女だ。
俺はエスコートするエミール伯父さんの一歩後ろに付き従いつつ、成り行きを見守る。
機密を話し合うのではなく、王の前での意見交換という軽い形式の会議だからこそできる乱入だ。
そして急なことにも応じてくれる、陽キャなナイトシュタインの若王がいるからこそ。
「わびしい話ばかりで気も沈んでいたが。これはなんと麗しい花が、心慰めてくれることか。気に入った、発言を許そう」
ウルリカの姿に、若王は場違いな声をかけるが、会議とは言え若い王の気まぐれを誰も咎めない。
ただ、一人異様な反応をした者がいた。
ダーリエフェルト侵攻を大義と言っていた、ウルリカの親戚だ。
「カトレア!? な、何故、生きて…………!?」
幽霊でも見たような反応だが、相手はウルリカだ。
カトレアなんて名前じゃないから、完全に人違いだった。
けどウルリカは歪みそうになる口元に力を込めて、笑みを浮かべて見せる。
「懐かしい名前ですこと。けれど死者の名前を口にするほど耄碌なさっているのでしたら、国の大事を語るなどという場に相応しくありませんわね。いえ、捨てた国の代表などと恥ずかしげもなく放言できるのですから、元からどこかおかしいのでしょう」
あからさまな嘲笑。
それと同時に、相手がおかしな発言をしてるという攻撃で、迷いなく切り込んだ。
ただ若王への挨拶と名乗り完全に忘れてるな。
ありがたいのは、そんな些事を気にせず、若王がウルリカの作った切り口を見逃さないことだ。
「死者と間違えるとは、相当に意識が乱れているようだ。これはいけない。すぐに休んだほうがいいだろう」
「そのような。少々興奮されているのでしょう。それだけダーリエフェルトを憂いてのこと」
先々代派閥の継戦を主張する貴族がフォローするが、ウルリカは食いつく。
「憂いて? 怯えての間違いでは? ねぇ、一門の当主の遺骸がさらされたその日に、国の境を越えた三男坊?」
どうやらウルリカが知った相手な上に、その行状に腹を立ててるらしい。
というか、きっかけの公爵の謀殺のその日に亡命してるってことは、抵抗もしてない。
ダーリエフェルト国王の非道を糾弾する割に、表立って非難もしていなければ、大義名分である公爵の死に対して悼むことさえしてないことになる。
そんな奴が憂国の情を騙って故国を攻めろというなら、ウルリカも切れるな。
四男王との会話を思えば、謀殺された公爵はできるだけ被害は小さく終わらせようとしてたみたいだし。
他国の侵略戦争を誘発するなんて、完全に遺志を曲げる行いだ。
「あなたの兄は私たちと共に、当主の遺骸の引き取りのため、ダーリエフェルト国王への使者として発つほどの勇気と忠誠、誠実さを見せたというのに。あの時の屋敷のあなたを語る兄たちの言葉を聞かせて差し上げましょうか?」
「あ、う…………そんな、そんなはずはない。カトレアは死んで…………誰も生きていないはず…………」
ウルリカの糾弾に心当たりがあるらしく、朗々と語ってた亡命者はひどく狼狽え始めた。
実際今日まで、族滅されたからこそ大手を振っての演説だろう。
本人も全滅してると思ってたからこそ、強気でいられた。
そこに誰かの面影があるウルリカと言う生き残りの登場と、糾弾。
見るからに顔色を悪くしてまともに喋れなくなってる様子は、若王が言うとおり休んだほうが良さそうなほど。
だが、それでは都合が悪いのが、この戦争を続けたい側だ。
「いったい何者か! 誰かもわからぬ小娘の戯言など聞く必要はない! そう、そうだ。そんな若い令嬢が当時のことを知った風に語るなど、口から出まかせよ」
「おや、彼女は我が国の使節として共に入国していますよ。ダーリエフェルトでは、彼の国の陛下に許され、故地にて墓参りもしてきたというのに」
エミール伯父さんが独り言のように言うんだが、どうやってるのか、そう大きくもない声量でも確かに周囲へ聞かせてる。
そしてうちの国が、ウルリカの身元を引き受けてると取られるような発言。
そこまで言われたウルリカの親戚は、最年少の令嬢の存在を思い出したようだ。
「まさか、ウルリカ…………? 生きていたのか」
「まぁ、昔のように我が一門の宝、母カトレアによく似た希代の淑女と、おじいさまの覚えめでたい私にすり寄るように猫なで声で言ってくださってもよろしいのよ」
取り繕って貼りつけた笑顔だが、ウルリカの目には嫌悪が浮かんでる。
余程幼い頃から鬱陶しい親戚だったらしい。
その上で、ウルリカもそんな奴をいつまでもお上品に相手をせずバッサリと言った。
「さぁ、憂国を語るのならば、故国ダーリエフェルトに帰ったこの私に聞かせなさい。それとも、私のようにまずはおじいさまの墓前に額ずくことをするのが先かしら?」
ウルリカはたぶん、この三男坊だとかいう亡命者よりも公爵に近い血筋であり、どうやら当主に気に入られてもいたようだ。
つまり、すでにない家でも、ことの発端である公爵家内の序列としてはウルリカが上。
さらにウルリカはダーリエフェルト国王と何かあったことを匂わせてる。
本当は暗殺未遂なんて血なまぐさい話なんだが、裏を読む貴族たちはそこに、密約でもあったのではないかと身構えて口を閉じた。
何せ休戦を模索する若王が許してウルリカはこの場にいる。
さらに連れてきたのは休戦を勧めるヴェーゼンだ。
「身内同士積もる話もあるものだろう」
若王が場違いながら、頷いて見せる。
それに先々代の派閥からは文句が飛ぶが、ウルリカも退かない。
「そのような話では…………!」
「まぁ、ではどのような? ねぇ、国に残り、そして族滅のさなか生き延びた私に聞かせてくださいな。どうやってこのナイトシュタインで過ごし、何をし、どのように我が家門の者として振る舞ったのかを」
ウルリカはなんとか口調を取り作ってるが、そろそろ怒りが抑えられないのか、淑女にあるまじき殺気が漏れ始めてる。
しかもその殺気立った目は、真っ直ぐに亡命者へ。
どう見ても、言い訳は聞いてやるが許されると思うなと、目だけで苛烈に責め立てている。
「生き延びた私たち以外、当事者のいない話。これは我が家の問題。王の御前を騒がせるなどと言う非礼をこれ以上行えません。どうか、わたくしどもの退出の許可を賜りたく」
俺が声をかける前に、エミール伯父さんがそっとウルリカに合図をして、ウルリカも退出の許可を若王に求める。
突然変わった流れは、もちろん打ち合わせたことだ。
国の問題になってることを、個人間、別の国の話だと括って口出しを拒む。
ダーリエフェルト国王が、ウルリカの暗殺未遂を誤魔化した時にやった手口だ。
もちろん急だが、協力を要請してた若王は乗って来る。
「うむ、そうだろうとも。私も長らく叔父に会っていないが、やはり会えば腰を落ち着けて静かに話もしたい。叔父上も血をわけた者同士、同じ思いだろう。…………故に許す。互いに語らうため、共に行くが良い」
何もわかっていないような明るさだが、若王はたぶんこれ、叔父派閥のほうに圧かけることしたな。
中立の叔父には自分が話しつけるから、今ここで余計なことは言うなって。
中立側からしても、突然のウルリカの乱入で、どう関与していいかわからない状況だから、従うようで文句は出ない。
ゲームでも若王は、王として振る舞っていたように思う。
だがこうして現実になると、思ったより気苦労ありそうな状況と振る舞いに見えた。
「参りますわよ。国を捨ててなお逃げるのであれば…………もはや容赦はしない」
ウルリカは亡命者を促し、そしてボソッと恐ろしいことを囁く。
籠る殺気に嘘はなく、今度は俺がウルリカの凶行に目を光らせないといけないようだった。
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