74話:西へ4
復讐を目指して腕を磨いた、学んだ、旅をした。
結局それは、思わぬ相手に阻止され、何故か復讐の先が今も続いている。
あたしはいったいなんのために、帰るはずだった故郷の西へ来たんだろう?
「ウルリカ、落ち着いていてくれ」
「あたしをなんだと思ってるのよ」
うるさいローレンツに叩き返すように言い返し、少し息を吐く。
正直、やらかした後で不信感持たれる自覚はあるけど。
ここはナイトシュタインで、もう目指していた故郷を越えた。
さらに王都を目指して西へ進む、初めての土地。
「このままお城に行くんだよね? 今日は黙ってればいいんだよね?」
「ナイトシュタイン国王が乗り気だったからな。休戦協定の話し合いの場を無理やりに作ったらしい」
勇者として注目されることが決定しているせいで緊張してるユリウスに、情報収集をしたドミニクがゆっくりした口調を作って教えてる。
その会話に切迫感はない。
たぶんユリウスの毒気のなさと、ドミニクの性格的に一歩引くからこその柔さね。
毒気もあって緊張もあるのはローレンツだった。
正直こいつ、襟首掴んで揺さぶってやりたい。
だって、あたしと同じように奪われて生き残って、今もそれを引き摺ってるのに。
なのにこうして何もないふりを続けてる。
復讐に邁進してたあたしとは違う。
どうしてそうなのか、そう生きられるのか、腹の底を引きずり出して聞いてみたい気分が湧いて来る。
「どうしてそう、ウルリカは俺ばっかり睨むんだ?」
「いちいち口うるさいのよ、あんた」
適当な言葉でかわすけど、別に嫌いなわけではない。
ゾイフの薬で腹を下したのは、荒立てられると面倒なのに、善意だったならって許した人の好さを否定するつもりもない。
その辺りはユリウスと友人やってるだけ似てるけど、そのあり方にイライラする。
ローレンツは、諦めているから。
私が望んで焦がれて苦しんだ復讐を。
それだけしかなかったあたしの目標を、こいつは一番最初に捨てたんだ。
「ユリウスは、ウルリカくらい威圧感あってもいいかもな」
「ドミニク、それは俺が嫌だ。これ以上不機嫌そうな奴増やさないでくれ」
思いつきを口にするドミニクに、ローレンツが失礼なことを言う。
それ女に言うことじゃないし、そもそも令嬢が苦手なんでしょう?
なのになんであたしは平気なわけ?
ルイーゼは王女で別枠かもしれないけど、イジドラっていうルイーゼの親戚の令嬢には、ちゃんと馬鹿みたいに緊張してぎこちない感じなのに。
「おい、やめろユリウス。ウルリカを真似して俺を睨むな」
「うん、やってみたけど何か違うなって思ったよ」
「そうか? 普段ない凛々しい表情だから、いいと思うぞ」
こいつら三人揃うと緊張感ない気がする。
敵地として認識してるあたしのほうがまだましじゃない?
それでも、ローレンツは上から覚えがいいくらいには優秀だ。
ルイーゼの随伴で臨席することになった会議に必要な大まかな情勢を、農民意識が拭えないユリウスにもわかりやすく教える。
「まず、休戦に乗り気なのが若王。だが、その周辺はいまいち乗り気じゃない。ただ、若王に逆らってまで反対はしない。これに明確に反対するのは、若王の祖父に当たる先々代の国王だ。そしてこの先々代は病で王都を離れてる。だから出てくるのは先々代の代弁をする貴族で、年配者が多い」
たぶん色々な派閥や思惑、家の方針なんかが入り乱れてるんでしょうけど、理解に邪魔なところは削って教えてるらしい。
若王と先々代の対立構造、それを取り巻く者たちのスタンスがわかれば、様子もわかるはずってところか。
「そして、これもまた王都を離れてるが、若王には先代の弟である叔父がいる。甥と祖父の対立に挟まれる形だからこそ、中立を謳っている。この人物とその周りの貴族が、どちらかに肩入れすると、多数派になって状況が動くことになる情勢だ」
「王さまと、おじいさんと、叔父さんとその他」
さらに簡素にユリウスが呟くのを聞いて、ローレンもそっちに合わせる。
「そう、祖父と叔父は不在だが、その意見を代弁する奴らはいる。で、祖父側の奴らが攻撃してくる。叔父側の奴らは穏便に収めようとするが、味方じゃない。その辺りの立ち位置注意だ」
まぁ、うん、わかりやすいじゃない。
その上で発言内容で知らない貴族たちを色わけする。
ここに滞在する上で、勇者のユリウスは目立つからでしょうからね。
無闇に味方以外を近寄らせないよう、自衛をさせるためにも教えてるんだ。
「その上で、ナイトシュタインの若王からは、継戦を望む派閥を穏便に説得したいとのことだ。そのためには紋章を持つ者が継戦を望まないという表明が求められる」
「もちろん俺は望まないよ」
わかってないユリウスにあたしも突っ込んだ。
「そこはユリウスじゃないの。神よ。紋章は神の意志。だからあんたやルルの言葉は、神の代弁になる。それを利用して主導権握ろうって話」
あけすけなあたしの言葉に、ローレンは呆れたような顔だけど止めないのは、ユリウスにもわかりやすかったから。
ただ、その分プレッシャーを感じたみたいで、気弱そうな顔になるユリウス。
実際は強いのに、本人に自覚が少ないから、農民気分で命令される側の意識。
つまり、勇者って割に敵が目の前にいなきゃ主体性ないのよね。
私は逆に公爵家から離れての逃亡生活で、誰もあたしの話も願いも聞いてはくれないことを学んだから、言う時に迷うことはない。
それはゾイフも同じで、家族と故国から離れたくないというあたしを抱えて逃げた。
泣き暮らした時期もあって、ずいぶん困らせたこともある。
そしてあたしの願いをなんでも叶えるという、子供の曖昧な約束を叶えようと今も努めているんだ。
「ともかく、今回は停戦の継続を議題に上げる。そこから話を進めて行って休戦を目指す。そのためにユリウスには、勇者らしくその言葉に神秘性を持たせなきゃいけない」
「勇者らしさって、何?」
「うーん、なんだろうなぁ」
自分で言っておいて、ユリウスに聞かれたら、悩むローレンが頼りない。
ユリウスは頼ってるけど、あたしにとってはいまいち頼りがいを感じないのよね。
比べる相手がゾイフなせいもあるかもだけど。
そんな話も議場が近づくとなくなり、あたしたちはルルのおつきのような形で進む。
外交官側にいるはずのローレンもこっちにいるのは、ユリウスの補助?
ま、あたしは他人ごとだから緊張もないけど。
ルルやユリウスとか危ないのを補助するくらいはやってやってもいい。
「王よ! 幼い頃であったゆえにお忘れかもしれませんが、この戦いは大義によるもの!」
会議が始まって、ローレンが言うとおり大声で反対する奴らが現れた。
ダーリエフェルトとの戦争の正統性を騙り、隣国から巻き上げるための理由を押し隠す。
こんなのが、あたしと同じくダーリエフェルトの王を倒そうというのは不快だ。
けれど、もっと不快にさせる奴が出てきた時には、何を言ってるのかわからなくなった。
「わたくしはダーリエフェルトを代表し、彼の邪知の王を倒さねばならぬと長く訴えてまいりました。この国も彼の毒牙に貫かれ果てるのを防ぐためです。そのことは、講和を嘯き騙し討ちにて首級を挙げるなどと言う卑劣な真似をしたことでも明白。それは被害者をよく知り、血という確かな繋がりがあるわたくしだからこそ言えることでございます」
朗々と語る声に慣れを感じる。
こんなバカな演説今まで何度してきたのか。
そう思うと頭が煮えそうなほどの怒りにめまいがした。
「待て。一度退くぞ」
あたしが動くより早く、ローレンが低く囁く。
ドミニクもすぐに周囲へと声をかけて退くための道を作った。
そしてユリウスがあたしを押さえるように退かせ、議場から連れ出す。
「あいつ、あいつ…………! おじいさまの言いつけを破って隣国にそそのかされた馬鹿よ! なのに恥知らずにも何を言った!?」
「どうしたのだ、声が高い。ウルリカに不調があるのかとルイーゼさまも心配されていたぞ」
ルルに言われただろうイジドラが様子を見に来た。
ローレンはあたしの言葉だけで察した様子がある。
その上で考えてから、その場の全員に声をかけた。
「よし、少し待て」
「待っても変わらないわ」
あたしはあいつを許さない。
あいつのせいで戦争になって、一族は粛清されて、なのにのうのうと語るな!
そんなあたしの怒りを、わかっていると言うように頷いてローレンは言った。
「やるなら、一撃で相手を打ち負かせ。だが、拳なんて野蛮なことはするな。そんなの公爵家の末裔がすることじゃない。相手よりも自分の正統性を打ち出して叩き潰せ」
あぁ、やっぱり腹が立つ。
こいつはあたしが何がしたいか、何が許せないか、殺された者たちへの思いもわかっているからそんなことが言える。
なのに復讐を最初から除外して、私が求めて縋った未来を否定した。
魔王の手すら借りて、復讐以外、同じ人間の敵にさえなったのに。
他の道があったかもしれないなんて、今さら思わせないで。
ローレンがいなければ、私に立ちはだかるだろう光の紋章持ちと親しむことだってなかったはずなのに。
あたしと同じような経験をしておいて、復讐を諦めたこいつに、つい絡んだせいで。
お菓子につられてユリウスやルルに会うことになって、戦意を削がれてしまったなんて。
あぁ、本当に悔しい…………悔しくて、羨ましい…………。
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