73話:西へ3
ナイトシュタイン国境で、国王直々の出迎えがあった際には、騎馬が待機していたので警戒もあった。
ただその騎馬の列から飛び出すというにふさわしい勢いで現れた存在に、軽快どころではない驚きを叩きつけられることになる。
「私が来た! 伝説の勇者はいずこか!?」
開口一番、ナイトシュタインの若王本人がそんな趣味丸出しの声を上げたんだ。
すごいテンション高いし、笑顔もワクワクいっぱい。
ゲームでは陽キャのイメージながら、それでも内紛で心傷める真面目さもあったのに。
若くとも王として、勇猛に味方を鼓舞するなんて場面もあったと思う。
ところが今は、目を輝かせて伝説の勇者の再来を見たいっていう感情を隠しもしない。
もう、推しに会えたファン状態だな、これ。
「…………呼びますか?」
「やめようか。こっちの話が先だし、何かに使えるかもしれないし。止めてきてね」
エミール伯父さんは軽いけど、命令だよな、これ。
この辺は身内で慣れてるから、言われなくても呼ばれたら来ちゃいそうなユリウスを止めに行くのは問題ない。
けどこれで動かないと外交官の間では、察し悪いってマイナス評価になるんだろうな、怖。
「さて、こちらはナイトシュタインの陛下をお迎えしよう。勇者くんもそれなりにね」
エミール伯父さんのこれも、呼ばれたらすぐナイトシュタイン国王の前に出られるように準備しておけ、か。
俺は外交官の命令を受けたという態で、王女であるルイーゼの元へ。
どうやら若王のはしゃいだ声は聞こえていたようで、イジドラが様子を見に来たのに出くわした。
間が悪いという割に、こういう時にはいいほうだと思う。
「ナイトシュタインの陛下がお出でです。すぐに準備をなさってください」
あんまり言わなくても、イジドラは応じてくれてすごく楽だ。
公爵令嬢なんだが、同じ学生扱いしてくれるから外交官の中にいるより緊張もしない気がする。
「私が伝えよう。ローレンツどのは今後の動きを確認してほしい」
「わかりました。私のお目通りの許可をお願いします」
ルイーゼ王女だし、俺は別所属だし、たぶんユリウスはルイーゼの側だな。
だからお願いして、時間もないから飾った挨拶もなく一端別れた。
「なんか…………」
最低限でも怒らない、不機嫌にならないイジドラに、いつの間にか入っていた肩の力を抜く。
後からあの時とは思うが、それで次に会って何か言われるわけでもない。
そして必要とあれば、格下の俺にも協力的な、すごく、できた人だ。
そんなことを考えて、一度戻った俺は、若王が面会をここで急遽行うなんて言い出したのを確認する。
そのことでうちの国の外交官はもちろん、ナイトシュタイン側の偉い人も揃って若王の説得をしてたとか。
結果、先の町に行ってから会談の運びになったことを聞き込み戻ると、イジドラの手回しのお蔭でスムーズにルイーゼと会うことができた。
「まずは宥めるために、この場に陣を敷き一刻の逗留を行います。その後、隣の領主の館へお移りいただくとのこと。そちらが街道沿いで、外交使節を収容できる規模だそうです」
この国境の領主の館は砦を元にしてるから、兵は入れられても外交使節のような格を迎えられないそうだ。
これが戦時ならそんなこと気にしないが、今は停戦中で若王自身が兵を退かせてるから、体裁を保つために隣の領へと移動する。
「まぁ、ユーゲル陛下は勇者の物語がお好きなのかしら?」
聞いたことがないとルイーゼは、国王への謁見の準備をしながら呟く。
外交上、相手のことは調べて学んでるはずだが、そんな話はなかったんだろう。
俺も、ゲームにはない興奮状態に不思議に思ってちょっと聞き込んできた。
すると、俺より早くナイトシュタイン側に接触して動いてた外交官周りの人から話を聞けてる。
「どうも、同じ紋章持ち、さらには同性で歳も近いことから、シンパシーがあるとか」
そう語ってるのを、ナイトシュタインの外交担当者が漏らしていたそうだ。
途端にルイーゼは困ったような顔で同意する。
「わかります。私も異性でも同年で、同じ紋章持ちが故国に現れたと聞いて、どんな方だろうと大変興味をそそられましたもの」
言われたユリウスは、勇者になってまだ二年目。
あまり同じ紋章持ちという、実感はないようだ。
「俺は紋章持ってるなんて、すごいなーってくらいしか」
他人ごとのほうが強いらしい。
そう言えば、紋章あってもルイーゼの神託のような力は使わないと効果がない。
ゲームだと、必殺技で紋章の力使ってるような演出だったんだが。
勇者の場合は、仲間にバフかけたりバフもらったりのパッシブ効果だから、現実でも力を使ってる実感は薄いのかもしれない。
ゲームだと絆を深めたという形で、好感度の上昇でバフ量が増える仕様だったな。
そのためにパーティーに入れるだけ、絆が上がってバフが強くなるんだ。
そのバフ狙いで主戦力の固定パーティーで俺はやってた分、使わないキャラクターなんてものも出てたんだよな。
「この国は過去に現れた紋章持ちを聖人化していたことも、一因かと思われます」
イジドラがルイーゼに、若王の趣味嗜好について推測する。
「以前ナイトシュタインへ親類を訪ねた折に、王都の美しい庭園を見ました。そこに、美しく磨かれ、丁寧に管理された過去の紋章持ちの彫像が祀られていたのです」
「聞いたことがありますね、イジドラ。けれど、その方はなんと言ったかしら?」
ルイーゼの問いに、イジドラは笑顔で答えた。
「愛の伝道師です」
「「ぐ…………」」
「え、愛? それ、なんの紋章なんですか?」
俺は吹き出しそうになるのを、必死に抑える。
空気に徹してたドミニクも堪えたようだ。
けどユリウスは笑うこともせず、真面目に紋章について聞いた。
イジドラも不快を見せず、俺と同じように学生として扱うらしい。
本当、公爵令嬢っていう傅かれる身分なのに、人で対応を変えないっていうのはすごいな。
「伝道師の紋章と伝わっている。愛を冠するのは、当人がそう名乗っていたからだそうだ。きっと慈愛深い方だったのだろう」
すごくポジティブな捉え方だな。
俺なんて、愛を熱心に教え広めるなんてイメージで、とんでもない浮気性な奴なのかと。
そうか、慈愛、慈しみ愛することを教えると言えば、争いごとを嫌って手を取り合うようなきれいなイメージになるな。
…………駄目だ、公爵令嬢は俺程度とは人間性が違う。
そしてたぶん、ここで俺と似たような薄汚れた感性の人間は、ドミニクだけだ。
ユリウスもルイーゼもなんの疑問もなく、イジドラの話聞いてるし。
うん、いたたまれないし、現状やることもあるからいったん退散しよう。
「それでは私は、今一度ナイトシュタイン国王陛下のご様子を窺ってまいります」
「ユリウスが呼び出された時のために、自分は衣装の点検と着替えの手配を」
俺に続いてドミニクも逃げ出した。
一緒にルイーゼの前を持して、思わず顔を見合わせる。
「愛の伝道師?」
「愛ってなんだ?」
俺が呟くとドミニクも真面目くさって言う。
こいつもやっぱり慈愛なんて高尚なことは思い浮かばなかったんだろうな。
そうして俺たちが歩き出そうとすると、突然横合いからひやりとした手が俺の肩を掴んだ。
「おや、食らいましたな」
「ひっ…………、ゾイフ。な、なんのことだ?」
喉が引き攣り声が裏返る俺の横で、ドミニクも驚きすぎて固まっていた。
ただゾイフは、俺たちの反応なんて歯牙にもかけず独り言のように続ける。
「ふむ。危ういですが、いかがしましょう、ウルリカ」
「駄目なもの食べたなら、前に私に飲ませた薬でもあげればいいんじゃない?」
「おぉ、なんと慈悲深い。えぇ、あなたが望むなら」
勝手に話が進み、どうも俺のことを話してるらしいのに蚊帳の外。
ドミニクも、ウルリカとゾイフの会話を拾って俺に聞く。
「何を拾い食いしたんだ、ローレンツ?」
「いや、してねぇよ。拾い食いには全く心当たりがない」
言ってる間に、ゾイフは何処かに去っていくし、ウルリカも俺たちが出てきたルイーゼの元へと行ってしまった。
よくわからず、その日は若王の突撃や移動などもあり、今後の動きの打ち合わせなどが続いてへとへとで、そんな会話があったことも忘れる。
だが、夜になってから強制的に思い出すことになった。
「さぁ、ウルリカの慈悲で与えられる薬です。一滴も零さず飲み干しなさい」
「いやいやいや! 絶対苦い! 渋い! 酸っぱい!? 匂いからしてなんだこれ!?」
押しつけられるジョッキには、なみなみとドロッとした液体が入っている。
悪臭ギリギリの臭いに拒否すれば、ウルリカが俺を羽交い絞めにした。
「薬拒否するなんて子供みたいなこと言ってんじゃないわよ。ほら、口開けなさい」
ウルリカに応じて、ゾイフが俺の鼻をつまみ口を開けさせると、窒息なんてお構いなしに、そのまま薬を口に流し込んだ。
予想どおり雑草をすり潰したような液体は、吐くことも許されずに飲み干してしまう。
そうして否応なく飲まされた薬だったが、俺は翌日、腹を下した。
三日ごと更新
次回:西へ4




