72話:西へ2
ダーリエフェルトへの入国は、緊張感に包まれていた。
隣国に軍が侵入したというのは、それだけで開戦理由になる重大事件。
しかも隣国で大臣が捕縛され、さらには国王が親征を行ってる。
当事国であるダーリエフェルトの政治を担う者たちはほぼ蚊帳の外状態だった。
「ユリウス、きょろきょろするな。前だけを見ろ。ぼんやり視界の外に意識を向けるんだ。どうしてもそっちを見たいなら、俺に話しかけるふりで顔を動かせ」
「…………うん」
国境を越えて、俺たちはダーリエフェルトの軍と率いる使者たちに出迎えられてる。
その中で、ユリウスは勇者として堂々としていなければいけない。
俺は外交使節の使いとして、これからの動きを補佐するという名目で近くにいた。
ただ、実際外交官のエミール伯父さんに命じられたのは、因縁のあるウルリカとゾイフの動きを観察して報告すること。
また、その二人に反応する人間が、ダーリエフェルト側にいないかの確認だ。
「ローレンツはもう少し表情を緩めろ。何かあると言ってるようなものだ」
ユリウスに教えたのに、ドミニクから突っ込まれた。
そういう本人は、ほのかに笑みを浮かべたような表情で余裕を感じる。
内心すごく不服なの知ってるけどな。
なのに、俺より上手く隠して、さらに周りにも気を配って俺に目配せをした。
ドミニクに促されて見れば、馬に乗るウルリカの側に、公爵令嬢のイジドラがいる。
「あの二人、親しくなったのか?」
「え、いや…………知らない」
ドミニクに聞かれて答えられることのない俺の語尾は弱い。
ウルリカの言動を思うと不釣り合いだが、実際は王家に連なる公爵の令孫という生まれ。
そしてイジドラも王妃を輩出した公爵家の令嬢。
生まれの身分で言えば、釣り合いは取れてる二人だ。
それに王女であり聖女のルイーゼという共通の人物を間に挟んでの交流。
ウルリカの性格さえ考えなければ、別におかしな取り合わせでもなかった。
そんな俺たちの疑問に答えたのはユリウスだ。
「俺がウルリカと、ルイーゼの前で剣技披露したんだ。その時にあの人いたよ。ウルリカの腕を褒めてた」
裏のない言葉から察するに、本気でイジドラも褒めたんだろう。
そうなると、けっこう素直なウルリカのことだ。
お堅いけど騎士道に反しない真っ直ぐなイジドラを邪険にするとは思えない。
「…………なんでウルリカは、俺に対して当たりが強いんだ?」
「俺にも柔らかくはないなぁ」
「そう? ウルリカ、優しいところあるし嫌われてはいないと思うけど」
俺とドミニクは思わずユリウスを見る。
ウルリカの優しさを感じるなんて、やっぱりコミュ強は違うのか?
そんな話しつつ、ウルリカの動向を探りつつ、俺たちは緊張感の中、ダーリエフェルトの王都へ向かうことになった。
そこは自国の王が率いる形での外交使節、入城を止められるわけがない。
「で、ここからすぐにナイトシュタインへ移動する」
「え、早すぎない?」
「何しに来たのよ」
俺は王城近くの高位貴族の屋敷を借りた一室で、ユリウスとウルリカに説明する。
ドミニクとゾイフは情報収集で外へ、ルイーゼは王女っていう身分だから、おつきの俺たちと違ってちゃんと王城に宿泊してた。
だからこの後の動きを、俺が二人に説明する役を受け負ってる。
「すでにうちの国で話し合いは済んでる。国王同士が決めてるから、やることは文官同士の文章を作る会議で、俺たちがやることはないんだ」
ウルリカはちょっと考えて、俺を睨むように見た。
「つまり、あたしをここから出すつもりはない訳ね」
「いや、墓参りは行ってくれ」
「はぁ? 何に利用するつもりよ」
睨まれたけど、俺もエミール伯父さんに言われたから、利用しようっていう言葉を否定できない。
たぶん、こっちに残す外交官たちが、大公の令孫が国王の許しで帰って、墓参りしたっていう、美談風にするんだろうな。
そもそもこのダーリエフェルトとナイトシュタインの戦争の発端が、ウルリカの祖父が殺されたことに発してるから。
当事者のウルリカはその辺り敏感に気づいた様子だけど、ユリウスは別のことを言う。
「そうか、家族のお墓あるんだよね。あ、お参りの作法ってあるのかな?」
「…………一緒に来るつもりなの?」
「え、うん。駄目だった?」
「ふん…………好きにすれば」
ちょっと照れたようにウルリカが言えば、ユリウスは笑顔で一緒に行くと返す。
うん、裏もなく、身内の冥福祈るために同行するつもりなんだろうな。
その辺り、本当ユリウスは素で相手と自然に距離詰める。
たぶん俺が言っても、見張りかとか皮肉言われるだけだろうし、見習えねぇ。
もちろん墓参りにはついて行くけど。
「ところで、ローレンはこの国に知り合いでもいたの?」
ウルリカが、いつの間にかユリウスに倣ってそう呼ぶようになってる。
それはいいけど、知り合いってなんだ?
「あ、俺も思ったよ。けどあれ、誰か思い出せないみたいな顔だった気がする」
ユリウスに言われて、思い当たることがあった俺は固まる。
確かに誰かわからず、とある兵士を目で追っていたんだ。
俺のほうが監視してたはずが、ウルリカのほうから見られていたらしい。
ユリウスもそうだが、俺は結局ゲームの主要キャラを越えることはできないんだろうな。
うーん、これはエミール伯父さんにも突っ込まれそうだけど、そうして俺を見てる間はよそ見してないだろうし、大丈夫、だよな?
「いや、知り合いに似てた気がしたんだが、本当にそうかわからなくてな。恰好が違うと、印象が違うし、他人の空似かもしれない」
そこは本当にそう思っていた。
何せ、ゲームのプレイアブルキャラクターかもしれないと見てたんだから。
けどゲームの時とは恰好が違うし、たぶんゲーム中だと盗賊やってたキャラクターだ。
ウルリカの反乱で荒れたこの国で、国にも反乱にも乗らず、義賊をしてたという設定。
初期のキャラクターだから、癖は少なく、防御力が低いものの、敵より先手を取れる。
だからこそ、中盤にはもっと使えるキャラクターに交代するような人物で、名前も思い出せなければ、イラストからの髪色や顔つきでの判断も難しい。
「ユリウスも、俺が見てた相手、見たのか?」
「え、うん? 見たけど、俺は知らない人だな」
それはそうなんだが、ユリウスはどうも光の紋章が見えるんだよな。
ルイーゼはそんなことないらしく、俺に紋章があるかないかを聞いたくらいだ。
その上でこれなら、紋章は見えてないし、俺の思い違いかもしれない。
っていうか、あのキャラのサイドストーリー見た覚えないんだが、義賊になる前は国の兵士してたのか?
まずいな、ダーリエフェルトはウルリカっていう敵とその周辺をゲームの中で覚えてるけど、次のナイトシュタインはそれすらも曖昧すぎる。
「何悩んでるのよ。気になるなら声をかけて確認すればよかったでしょう」
「そこまでじゃないし、俺たちは今外交使節にいる。勝手なことはできないだろう」
「お堅いわね」
「そういうのも失敗しないためには大事なんだよ」
ウルリカに責められるのを、ユリウスが止めるべきか見てる。
ここは俺が得意なことをしよう。
つまるところ、ウルリカが言うお堅い話だ。
「ナイトシュタインの近年の動きは習ったはずだな? だったら、墓参りのついでにそっちの喪に関しての話をするぞ」
「なんでここまできてお勉強?」
「あ、そうか。若王って呼ばれてる王さま、父親が亡くなったから戦争やめたんだっけ」
「やめてないわ。止めてるだけよ」
文句を言うウルリカだが、ユリウスよりも停戦の意味を捉えてる。
「若王は本当に服喪してた場合。それだけ父王を思うことになり、父親の業績を継ぐって言う動きが予想される。その場合、俺たちヴェーゼンの使節は歓迎されない」
「横から口挟んでくる他国なんて、邪魔でしかないものね」
「こっちに来る時にだいぶピリピリしてたけど、もっと歓迎されないことあるの?」
ウルリカが笑うと、ユリウスは首を竦めて聞く。
俺もそこは測りかねるが、外交ルート的な情報を伯父に教えられて書いたメモを確かめようと懐に手を入れると、クッキーの包みが落ちた。
城で会ったアイフェルト卿にまた押しつけられたもので、今度は甘くないクッキーだ。
以前甘いクッキーをもらい、次の時には苦手だからと断り、アイフェルト卿も相手のご令嬢にはっきり言って、甘くない菓子を求めてはどうかと助言した結果がこれだ。
「うわ、何それ。不味そう」
「うん、美味しそうには見えないね」
「おいおい、ユリウスまで? 確かにこれは甘くないからウルリカの好みじゃないだろうが」
散々な言われようだが、前に食べたクッキーも不味くなかったし、形も手作りの割に綺麗だし、何よりアイフェルト卿が上達してるんだと惚気てきた逸品。
俺は酷評されるクッキーを懐に戻し、目当てのメモを取り出す。
「話し戻すぞ。歓迎はわからないが、ナイトシュタインに戦争の動きはないんだ」
そんな前情報で翌日発った俺たちは、若王本人の出迎えを受けることになったのだった。
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