71話:西へ1
ダーリエフェルトへ向かう外交使節は、夏の間に準備が整えられた。
前々から決まってたなら順当な社交の季節で、人々の往来も活発になるのに合ってる。
けど今回は急な取り決めで、ごたごたと大急ぎでの出発となった。
それでも体裁は保つために、麗々しい行列が組まれてる。
何せダーリエフェルトの国王自身が一緒に戻るんだ。
そう何ヵ月も離れていられないはずの情勢もあるからこそ、大々的に無事と成果をアピールする大行列だった。
「エミール伯父さん、聖女さまが同行なさるのは、少しでも見栄え良くする方向もあったんですか?」
俺は外交特使として任命された伯父と、普段よりも豪華な馬車に同乗させてもらってる。
偉さって言うか、改めて外交官として上位の人物なんだと実感してた。
「そうそう、王女としての年間の経費あるけど、聖女として神殿からも経費出てるからね。やっぱりダーリエフェルトの陛下と並んでの入国で見劣りはしたくないだろ」
「劣ると見られた時点で、ダーリエフェルトの悪臣たちが猛烈に反発するんですね」
見栄を張るために、教会側からも金を引っ張った。
その理由は、自らの王さえ侮る悪臣たちがダーリエフェルトで待っているから。
エミール伯父さんは笑って窘めた。
「そういう時には、我がヴェーゼンの威光を知らしめると言うんだよ」
「威光に平伏するほど素直だといいんですが」
俺たちは外国へ出る。
そうなると自国の名前で呼ばれることになるだろう。
ヴェーゼン王国外交使節、と。
それがこのゲームで最初に滅んだ亡国の名前だった。
ゲームでは地名というか、言語が違うからそこを考えても意味はない。
とは言え、こんな外交的な動きなんて、ゲームでもなかっただろう。
何せ、きっかけがダーリエフェルトの国王と、ウルリカの和解だ。
さらに言えば、ヴェーゼンの王弟が生きて安定を続けるこの国の状況がある。
完全に今、ゲームのシナリオからは外れてるんだ。
「ダーリエフェルトでは、誰に警戒すべきでしょう?」
ただ、ゲームの中で生きてた人物も確かに存在してる。
それこそ、ゲームの主人公の勇者、ヒロインの聖女、仲間の聖騎士が揃ってた。
この国は最初に滅ぶ。
だからこそ、加入する味方なんて勇者と聖女だけ。
ところがそこで俺は主要キャラの一人ウルリカに出会い、さらに味方キャラのロイエとも出会ってる。
行く先のダーリエフェルトでも、ゲーム中で味方になる人物がいるかもしれない。
逆に、ゲームに全く出てこなかった障害が生じる可能性もあった。
「ダーリエフェルトの国王陛下曰く、王太子殿下だそうだよ」
エミール伯父さんは天気の話でもするように言った。
とても国としては危うい話なのに。
つまり、国王が次代の国王を危ぶんでるって、とんでもない内情だ。
ただ、そこはゲームと同じだったから、俺も動揺はしない。
ウルリカを仲間にした後のサイドストーリーで語られるんだ。
復讐を果たす時、四男王は国を憂えることを口にした。
激高していたウルリカは、よく聞かずに致命傷を与えて復讐を完遂。
ただ、四男王は自分よりも酷薄な王太子が即位しては国が危ういことを知っていた。
だからウルリカに、国を荒らし滅ぼすような真似はやめろと叱責をしたという。
それを当時は怒りで無視したウルリカだったけど、負けた後に荒れた国を後にする際、四男王が正しく自分が子供すぎたと悔いて、また間違わないよう勇者と共に旅立つんだ。
「ま、表向きはまだダーリエフェルトの港の使用に関してだから、これね」
「西の、トロイェンとの輸出入ですか。それを盾に、交渉の場を作るところから?」
これと言って指を立ててみせたエミール伯父さんは、聞けば笑みを返す。
これは肯定か。
トロイェンは、位置的にゲームでもあった、海沿いの国だ。
船の上まである特徴的なマップで覚えてる。
こうして生まれ変わると、周辺北部の海運を握る西の強国。
何せ港に適した土地が、ヴェーゼンを含む北部にはない。
東は内陸に接しているから海もないし
北部唯一港として使えるのはダーリエフェルトの町一つ。
そことトロイェンが交易して、西から北に物が流れるんだ。
「物流に何か問題があるんですか?」
「問題というほどではないけど、トロイェンで海賊騒ぎがあってね。それで潰された商船もあり、ちょっと滞りぎみくらいだ。もちろんこれも放置はできない。だからちょうどいいし言い訳にして、本題を悟らせずに席につけようという魂胆さ」
軽く言うけど、俺にとっては重い話だ。
だってゲームだと、海賊騒ぎでトロイェンの流通は止まってた。
だからダーリエフェルトから、隣で内紛起こしてたナイトシュタインを経由して向かわなければならないストーリーになる。
もちろん、トロイェンのストーリーをクリアすると、港が使えるようになって活動範囲が広がる仕様だ。
そのゲームストーリーの片鱗が、すでに生じてるということになる。
「難しい顔だね。何が気にかかるのかな?」
「あ、その…………。これだけ、問題が起きてるなら、トロイェンでも、何か王家に、あったのではないかと」
ゲームではあった。
ただ、それは水面下で行われていた謀略だ。
さらに言うと、他国が口出しなんてできない国内問題。
それに他国を巻き込むような海賊騒ぎを起こすのが、トロイェンの魔人だった。
今考えると、ウルリカもダーリエフェルトの王室の血を継いでるし、ナイトシュタイン、トロイェンと、王家の人間が魔人になってる。
魔王、もしかしてその辺り狙ってるのか?
そう言えば、逆に王家の人間絡まないストーリーの国って限定二つだな?
味方でも絡まないとなると、限定一国のみになる。
なんか、本気で滅ぼすために魔人作ってる感じあるな。
「…………トロイェンの王は、紋章持ちに格別の思いを持つ。神殿からすればお得意さまだ」
「エミール伯父さん…………」
たぶん寄付とかそういうことだろうけど、エミール伯父さんの言葉選びは明らかに金払いの良さを笑ってる。
聖女を押し頂く形の国としても、外交使節としてもまずい発言だ。
まぁ、ここには俺しかいないからだろうけど。
そして言われて思い出した。
確かトロイェンの国王、紋章持ちに対してコンプレックスがある設定じゃなかったか?
その裏返しで、自国生まれの古い時代の聖女に傾倒してた。
実際その古い時代の聖女が海の魔物押さえる結界張ってて、それを魔人が壊してたから今代の聖女が張り直すっていうクエストがあった気がする。
「一度様子を見てみようか。あの国、我が国に聖女が生まれた時には、かつて聖女が暮らした自国にこそふさわしいとか言って奪おうとしてたんだよ」
「え、王女殿下ですよ?」
トロイェン王はこじらせて、そこまで言うのか?
一国の王女寄こせとか、国際問題どころの話じゃないだろ。
しかもうちの国、神殿の総本山あるんですけど?
それ、神殿にも喧嘩売ってないか?
「そうそう、表向きは生まれたばかりの王女と、歳の近い自分の従兄の子を結婚させて、それを名目に、トロイェンに囲い込むつもりだったね」
「あ、体裁は保って…………うん? 従兄の、子?」
「おや、知ってるかい? ローレンツは勤勉だね。トロイェンの国王は先代国王の甥だった。しかし当時王太子だった従兄が死に、まだその息子も赤子だったために、王位を奪ったんだ」
「その従兄の子は、王子じゃない、ですよね?」
「はは、そこも知ってるのか。そう、城からも国からも追い出して、ルッセンドルフにね。その後は帰国も許さないという話だ」
「笑いごとじゃないですよ」
いや、本当に。
だってその従兄の子が、トロイェンの魔人だ。
というか、ゲームだと国を追われたとかいう恨み節で語られるだけだったけど、ルッセンドルフに行ってたのか。
山脈挟んでるとは言え、うちの国の隣国だ。
あれ、もしかして復讐でトロイェンに戻る前に説得すれば、魔人にならない?
いや、けど未来視できる教皇が警告したんだし、下手なことはできないか。
けどこうして俺は国境に向けて進んでる。
これは境を越えることにならないか?
大丈夫かどうなのか、考えるほどによくわからない。
けど、ゲームの境というなら、ダーリエフェルトはこのヴェーゼンの次に勇者が訪れる国。
駄目ではない、はずだ。
「考え込むことでもないよ、ローレンツ。重要なのは、結果として国がどうなっているかだ」
真剣な声に顔上げると、エミール伯父さんは声の気配などないように笑っていた。
けど細められた目の奥には、確かに静かな理性が光っている。
「私も言葉を交わした。ダーリエフェルトの陛下は決して人として悪くはない。だが、国はどうだ?」
他国の王の批判と取れる危うい言葉を、笑いながらなんでもないように話し始めた。
「若王はまだこれと挙げられる働きは、何もなしていない。だが、国はどうだ? 簒奪とそしられるも、すでに老境に入るトロイェンの王は、国はどうだ?」
ダーリエフェルトは、端的に言って国としては駄目だ。
若王のナイトシュタインは何もしてないけど、期待が高く国がまとまっている。
トロイェンも今はまだ大きな問題になってないし、なんだったらトロイェンの老王が治める陸地に関しては、ゲームでも魔人は手が出せずにいたくらい堅固だ。
「王としての正統性なんて、結果が後づけしてくれる」
「なんてこと言うんですか…………」
俺が諫めると、エミール伯父さんは声を立てて笑い、指を口の前に立てて見せる。
その軽さに、初めての外交という場なのに少し肩の力が抜けたのだった。
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