69話:外交準備4
俺は考えた。
いや、ラルス先輩に会って、誰かに頼るほうが楽というか、余裕ができることを実感した。
考えてもわからない勇者らしさなんて、俺が考えるだけ無駄だ。
もっと他人の機微に聡い奴に手伝ってもらうべきだろう。
そうなれば頼る相手は一人。
「ドミニク、ユリウスとウルリカの作法を見てくれないか?」
「どうしたいきなり? ユリウスはともかく、ウルリカに作法が必要なのか?」
場所は学院の自習室。
いるのは俺とドミニクとユリウスだ。
そして今日はエミール伯父さんの部下による講習があるため、そんなに話してる時間はない状況を、ドミニクも知っている。
「実は、ダーリエフェルト関係で外交使節が送られることになった。そこに俺とユリウスも組み込まれる」
「勇者の名目を使うのか。ローレンツはその補助?」
「いや、俺は将来を見据えてのお勉強だ」
それだけで、ドミニクは男爵関係と理解して頷く。
そもそもイェーデシュタン侯爵領はダーリエフェルトと国境を接している。
落ち着いて考えれば、これで社交的実績を積むっていうのは、将来的に治める領地に近いダーリエフェルトと顔が繋げるという優位になるんだ。
そんな所に連れて行ってくれる伯父の気遣いと、使える地位、押し通せる権力が凄い。
こういうの貴族の強みだよな。
そんな便宜を図ってくれる血縁者のいないユリウスは、驚いたように俺を見てる。
「え、またローレンは別なの?」
「たぶんある程度近くには配置されるが、所属は別になるから、会うには手間がかかるな」
応じる俺に、ドミニクが話を進めた。
「ユリウスに作法が必要なのはわかったが、ウルリカはなんだ?」
「王女殿下も同行なさる」
「…………紋章持ち二人ともか。そして、またウルリカは護衛として、必要になるのか?」
何番目と言わずとも、ウルリカを預かるルイーゼだとわかってくれる。
その上で外交使節に紋章持ち二人が選ばれてる状況を、ドミニクは怪しんだ。
その反応してくれるだけ頼りがいを感じるので、断られる前に続けた。
「多分ウルリカは作法は少しできる。だが、それは幼少期に仕込まれただけだ。今は王女殿下の監視下で問題を起してないようだが、国外に出ると不安もある」
「特にダーリエフェルトだと、ということか」
ドミニクがウルリカ同行の裏を考える間に、ユリウスが気楽に聞く。
「ウルリカも行くの? ルルと一緒なら、俺も一緒ってことでいい?」
「王女殿下の護衛って形だからな。それに、不在の間の目付け役も生中な相手じゃ務まらない。だったら、同行させて目を光らせるおつもりだろう」
ウルリカとゾイフはゲームでもボスで、今でもその実力は折り紙付き。
だからこそ、突然のルイーゼの護衛というのも許されたし、暗殺未遂してからは、紋章持ちのルイーゼじゃなきゃ危なくて任せられない。
不信はあっても急なことで、ルイーゼの身を守る上では戦力になると認められたんだろう。
俺の言葉を聞いて、ドミニクは溜め息を吐くと片手を挙げた。
「わかった、引き受けよう。だが、ちょっと時間をくれ。ダーリエフェルトの作法について学び直す」
「あ、だったらナイトシュタインのほうもよろしく」
「…………おい」
ドミニクが頬を引きつらせて低い声を出すけど、俺はあえて無言だ。
すると素直なユリウスがさっさと教えてしまう。
「そうそう。ダーリエフェルトからナイトシュタインまで行くって言われてるよ」
「待て、言うな」
ドミニクが止めるのに、俺は頷いて問題点を挙げた。
「エドガーへの手紙もそうだが、ユリウス、言っちゃいけないことがあるんだ。作法ってのはただ挨拶して、相手の地位に合わせて黙るだけじゃない。そういうのもドミニクから教わってくれ」
「そうなんだ。うん、わかった」
ユリウスは無駄な弱音を吐かず、努力も惜しまないから、いい生徒だとは思う。
けどドミニクは引き受けたことをすでに後悔してるなぁ。
俺は気づかないふりでそのまま自習室を出て今日の予定のために城へと上がった。
「やぁ、励んでるかい? ローレンツ」
「エミール伯父さん。そろそろ様子を見に来ると思っていました」
そう言うだけで、エミール伯父さんは察して、外交官からの授業は切り上げてくれる。
お茶の席を設けてもらったから、その場で俺はドミニクについて、ユリウスとウルリカに礼儀作法を教える要員として申し送りをした。
「あぁ、それはいいね。聞く限り勇者の子は戦闘に関しては物覚えがいいものの、根が素直すぎて貴族的な腹芸はできないと言うし」
「教えられたら覚えて、自分で反復練習もするんですけど」
「対人での振る舞いと会話の機微は経験だ。生まれながらに貴族として振る舞うことを教えられた者たちとは段階が違うよ」
エミール伯父さんははっきり、農民が貴族には及ばないことを口にする。
ただその逆もしかりで、俺が今すぐ農村で即戦力になれるかと言えば、そんなことはない。
きっと農村生まれの子供よりも役に立たない自信がある。
「そのことについては、私のほうから調整をかけよう。第三王女殿下の護衛役の少女にも、ゲシュヴェツァー伯爵家と連絡を取るよう伝えておくよ」
「ありがとうございます」
察しが良すぎて、さっさと俺の話を切り上げた思惑がありそうだな。
疑って待つ俺に、エミール伯父さんは笑って見せた。
「そう見つめられると穴が開きそうだ。聞きたいことがあれば答えよう」
「この外交に、我が国はどのような狙いがあって赴くのでしょう?」
「そう難しい話ではない。ただ、共通の敵がいる状態で、争い合っていては守りも危ういという話だよ」
つまり、魔人という人間への脅威の存在。
そしてその後ろにいるだろう魔王の暗躍。
「他国で魔人が出たとは聞きません。この外交で広めるのですか?」
「我が国には勇者がいる。光の神も、我が国に最初に魔の手が伸びると示したようなものだとは思わないかな?」
ゲームを知ってる俺としては、思わない。
だってこの時点でたぶん、東の隣国、魔王の乗っ取り進行中だし。
ゲームで最初に滅ぶのはこの国だけど、ゲーム最後のマップである東の隣国は、辿り着いた時には魔王の国として作り替えられてしまっていたんだ。
本当に光の神っていう存在がいるとして、勇者も聖女もいなかった東の隣国を思うと、一番に見捨てられたようにも見える。
「国内の魔人がまだ対処できていません。それなのに紋章持ちを二人も国外に出すのは危険が大きすぎるように思います」
「そこは、すでに二回の襲撃を退けて、致命傷も二回。二回目の会敵で、確実に前回の傷の影響があると報告されているからね」
そこは俺もユリウスに聞いた。
そして王弟も狩猟大会と比較して、次の襲撃があるにしても最初よりも小規模という見解を示してる。
「何より、クラレンツ公は自分が狙われてるの確信してしまったからね」
「はい?」
それは初耳だ。
芝居がかった仕草で首を横に振るエミール伯父さんは、たぶん本気で呆れてる。
「急な軍の発出。それによって満足に手配もできていない状況。その分、クラレンツ公周辺から人を散らして整えながら、イェーデシュタン侯爵を追う…………という体裁で、自分と聖女を囮に、どちらを狙うかを見極めたんだよ」
「それで、王弟殿下は自らが狙われていると? それに撃退された魔人は弱っていて、軍事行動で隙ができると見て動くような思考も確認したとしたら…………」
「そう、あの閣下は魔人の行動を自分が操れると見込んだ。だからナイトシュタインの若王を、勇者と聖女に口説かせに行くことに決めた」
あまりな話に俺は項垂れる。
魔王という共通の脅威の存在が疑われる中で、国同士争うのではなく、強調するために話し合うのはひどく真っ当な判断だとは思う。
だが王弟なんていう身分の高い人が、自分を餌に弱った魔人の行動操ろうなんて、普通考えるか?
ただ本当に王弟が狙いなら、時機を待てば王弟に隙ができると思わせることで、それまで動かないように牽制できる。
ユリウスによってつけられた傷の回復もあるなら、その時までに備えるはずだ。
そうして魔人側に備えるという形で鎮静化させてる内に、外交を進める。
争う西の両国を休戦に持って行って、人類共通の敵である魔王に備えさせるんだ。
「一応、ゲシュヴェツァー伯爵家に頼んで、紋章持ちの傭兵は王都に駐留するようにしてもらう予定だよ」
「ロイエ傭兵隊ですか」
ゲームのシナリオ的には、そうしてくれると俺としても安心感がある。
「ちなみにローレンツ、君、魔人の疑いかけられてたからね」
「はぁ!?」
「いやぁ、だって動きが怪しすぎたし。従順すぎるし、わがまま言わないしで、何か狙いがあるんじゃないかって思われていたんだよ。もっと主張して行かないと」
「そんな、だって、断れない状況に散々追い込まれた記憶しかないんですけど?」
「うんうん、幼い頃から見てる私からすれば、必死に言われたことこなそうとしてるだけってわかるし、訳ありの女の子でも、放って置けない人の好さっていうのはわかるんだけどね」
つまりウルリカたちとの接触も怪しまれてたのか?
けどこうして言われるってことは疑いが晴れてるってことだろうが…………。
それはそれで、安パイ扱いで男爵にさせられるのも困りもんなんだよなぁ。
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