67話:外交準備2
何故か外交に連れていかれることになった俺だが、それで一番張り切ったのは義母上だった。
「つ、疲れた…………」
「お兄さま、お疲れのところ申し訳ありませんが、よろしいですか?」
「お兄さま、寝るの? お菓子選んだよ?」
俺の部屋にやって来たのは弟妹のザシャとゼルマ。
俺はと言えば、行儀悪いがソファに寝ころんで出迎えた。
「あぁ、悪いな。ムート、頼む。美味かったか?」
「うん! チェリーパイがね、匂いもいいの。あと赤くてきれいでね」
せっせと喋るゼルマの話は聞く、起きる元気ないけど。
じゃないと、ご機嫌伺いで向かう先で、相手女性と話すことがないしな。
これはウルリカに渡す菓子だったはずが、何故かウルリカを預かるルイーゼも口にするものになってしまったもの。
下手に説明もプレゼンもできないで持っていくなんて、周囲の目が怖くてできない。
そんな俺は現在、王城でのレルナー先生の授業はなし。
代わりに外交に関わるためのエミール伯父さんの部下による授業が待ってる。
そして家に帰っても雇った書記からの報告の確認や、今も生活してる領民からの訴状が代官経由でやって来てたし、その代官も以前のままの人員だから、査定のため仕事ぶりを注視する必要があった。
まだ学生で男爵でもなければ領主でもない俺は決済もできないが、把握して対処を学ぶのも勉強だと、父上につけられた領地経営の家庭教師にやらされている。
それらをこなして今は、義母上に着せ替え人形にされた後だ。
「お疲れなら今日はこの辺りでお暇しよう、ゼルマ」
「悪い、ザシャ」
「いえ、母上も随分張り切っていたので。僕も手伝えることがあればいいんですが」
「お前は自分のやることに集中しろ。あと、楽しいことは今の内にやっておけ」
俺は無表情ながら優しい弟の頭を撫でて、妹にはお礼を言って返す。
そしてムートに預けられた選ばれた菓子を確認し、一度伸びをした。
「さて、明日はまた城だ」
あえて声に出して自分を叱咤する。
そして翌日、俺は学院に行く前に城へと上がった。
着てるのは正装扱いにできる制服。
ただ普段よりも大きな装飾品だとか、ひらひらしたシャツを着こんでる。
何故なら今日は勉強じゃなく、ご機嫌伺いだからだ。
「お荷物をお預かりいたします」
上品そうな使用人に言われて、俺は手土産の市井の菓子を渡し、内容物も申告。
あと邪魔な学習用品の入った学生鞄も一度預けた。
そうして王族の住まう城の区画に足を踏み入れると、俺と同じ制服姿がある。
「ローレンツどの」
「イジドラ嬢」
いたのはなんだかんだ顔を合わせるイジドラで、俺の案内のためだという。
「今日は足労をかける。ルイーゼさまは今、魔人の暗躍もあり、先日勝手に市井を回った咎もあり、許された区画から出られないのだ」
「いえ、王女殿下のお呼びとあらば」
「学院にこっそり忍び込みたいと言われていて…………」
「それは、呼んでいただけて良かった」
ルイーゼ、ゲームだと愁いを帯びた美少女なんだけど、それが憂いなくすと、こんななのか。
悪いとは言わないし、身内全員死んでしまうよりずっといい。
とは言え、うろ覚えのゲームから外れていくようで不安はある。
あとゲームにはいなかったけど、イジドラはお目付け役なのか?
「イジドラ嬢も、この後は学院に?」
「あぁ、城のほうで馬車を用意する。私も共に登校をするために同乗させてもらう」
「それはもちろん、私のほうがお許しをいただく立場でしょう」
「何を言う。将来の男爵にして、クラレンツ公の覚えめでたい新進気鋭の学生ではないか」
どうやら知ってるらしいとわかって少し肩の力が抜ける。
オフレコ状態だから、家族以外はユリウスとドミニクにしか言ってないんだよな。
その上でイジドラ嬢は裏なんてない様子で祝意を言葉にしてくれる。
それだけの働きをしたことを褒めてもくれた。
だが、実態はほぼ振り回されたような状況だから、俺は謙遜のような答えしか言えない。
「ルイーゼさま、ズィゲンシュタイン伯爵家ローレンツどのをお連れいたしました」
もっと上手い返しがあったんじゃないかと思いながら案内されたのは、庭園の東屋。
周囲の見晴らしはいいし、その分、近くで聞き耳を立てる不届き者もいない場所。
この時点で、王城のような俺の叙爵なんかの裏も知る人でも聞かせられない話とわかる。
つまりは、ウルリカやゾイフについてか。
その上で、イジドラ嬢は女騎士よろしくルイーゼの隣に立ち、護衛姿勢だ。
「お察しのとおり、ウルリカたちについて、改めて、知っていることを教えてほしいのです」
「本人たちの許可は?」
「いただいておりませんが、調べればわかる範囲であり、友好を深めれば本人たちからも聞けると思っています」
それだけの時間をかけられない状況があるようだ。
その上で、イジドラ嬢に聞かせて問題ない範囲。
つまり、ダーリエフェルト国王への暗殺未遂なんかは言っちゃいけない感じか。
そもそも俺に王族からの下問を断る権限なんてない。
だからウルリカたちの立ち振る舞いから、高位貴族と当たりをつけたこと、少しずつ話して得た情報から、過去の事件を調べて公爵の謀殺に行き当たった、なんて誤魔化して伝えた。
「ウルリカが主人であり、ゾイフは確実に従うと思っても?」
「そこは断言できかねます。例えばあの時、ウルリカが折れなければ、ウルリカに命の危険があったとしても本懐を遂げるため、ゾイフは行動に移したでしょう」
ぼかして言うのは、暗殺未遂のこと。
俺とユリウスが押さえていたが、ウルリカに言われれば、ゾイフはあの場で自分もウルリカの命も擲って復讐を遂げていただろう。
俺の言葉にルイーゼは理解を示して頷く。
そしてこうして俺を呼び出した理由を話した。
「国王陛下とダーリエフェルトの国王陛下の協議の結果、我が国の外交使節をダーリエフェルトに送ることとなりました」
「…………交渉については?」
休戦目的ってことは言っていいかわからず聞くと、ルイーゼははっきり口にする。
「休戦交渉の場を設ける仲介として、ダーリエフェルトへ向かう外交使節は、ナイトシュタインへも足を延ばす予定です」
俺は溜め息が出そうになるのを堪える。
それを見てルイーゼは小さく笑みを浮かべた。
「すでに、お身内の外交官から話はあったと思っても?」
「はい、同行を求められました」
俺の言葉に無反応を意識してたイジドラが息を呑む。
外交官の身内だからって、ただの学生が同行するなんておかしい。
それだけ何かあると言ってるようなものだ。
ただイジドラは、何故かルイーゼを見る。
その視線に、ルイーゼも応じるように頷いた。
どうやら俺が知らない何かがあるらしい。
「アーレント、その使節には、私も同行いたします」
「王女殿下が?」
「いいえ、聖女としてです」
ルイーゼは王女にして聖女であり、紋章に関する地位を別に持つ。
「…………ナイトシュタインの若王との交渉のためでしょうか?」
ナイトシュタインの若王と呼ばれるのは、俺たちよりも二つ上の弱冠十七歳の王だ。
そして紋章持ちとして未来を嘱望される王でもある。
紋章持ちという権威は、ただの世襲王よりも強い。
だからこそ、父王が病に倒れると、一も二もなくまだ十代の若王が周囲に押されて即位した。
そうすることで国は繫栄するという、この世界の通説。
実際、紋章持ちは神の啓示と特殊能力があるから、全くの迷信ってわけでもない。
「紋章を持つ国王が誕生したことにより、ナイトシュタインはダーリエフェルトを敗戦に追い込むべきとの機運が高まっています」
「はい、しかし若王は父王の喪を理由に軍事行動を自粛している状況であるとか」
この若王、光の紋章持ちでゲームでもプレイアブルキャラクターだった。
持ってる紋章は僧侶、もしくは僧兵と呼ばれるもので、ゲームだとモンクの紋章だ。
つまりは近接格闘しつつの回復スキル持ちの戦闘職。
あんまり王って感じの紋章じゃない。
ゲームのストーリーではナイトシュタインに行くと主要キャラクターとして出てきて、ストーリー中もずっと仲間の立ち位置にあった。
ナイトシュタインのストーリークリア後には、プレイアブルとして仲間入りする。
その後は終盤で自国の軍を連れ、魔王戦に援軍としてストーリーに現れてたはずだ。
味方になって生きて援軍に来た王さま、若王だけだったんだよな。
そしてこの終盤での援軍、ロイエ傭兵隊もいるし、他のキャラクターも出る。
ただ俺としては、ストーリーの主要人物だけど一回しか出ない若王より、三回も出てくるロイエのほうが印象に残ってた。
「そのような状況下で、我が国も関わります。そうなると紋章持ちとしての優位を使わない手はなく、他にも優位に立てるのであれば、協力を要請することもするでしょう」
「…………もしや、ユリウスも同行なさる気ですか?」
気づいて聞けば、ルイーゼはにっこりとほほ笑んだ。
無邪気そうだが無言の要求を感じる。
これは、王弟に世話を言いつけられてるなら、俺のほうからユリウスに同行を承諾させろとのお達しだった。
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