66話:外交準備1
春に入学して、もう夏になる。
そしてバタバタと数日がかりで、屋敷の改装が終わった。
結果、俺の執務室という名の書斎ができてるが、実質やったのは使ってなかった部屋の整備と扉の取り付け程度。
場所は俺の寝室の隣で、かつて叔父にあたる人が使っていたという部屋。
そこは多くの本棚が壁に取り付けられてる所で、叔父の趣味だったそうだ。
叔父が家を離れてからは本棚もからで、特に誰も使ってなかった。
今はその部屋に机と作業台、話し合いのスペースを詰め込んである。
「ここ、扉だったんだな」
俺の寝室がある側の壁には、今や扉がつけられてた。
貴族屋敷って、何世代もが受け継いでいくから、改装なんて十年単位でやってたりする。
広い部屋を二つに割ったり、逆に小さな部屋を二つぶち抜いたり。
そしてだいたい何処かに、隣室と繋がる扉があるものだ。
俺の寝室と新しい書斎の間の壁に、その扉が隠されていた。
「ここと俺の部屋は、もともと夫婦の部屋だったのか?」
夫婦は同じ部屋で寝るもんっていうのが常識で、寝室を別けるっていうと同じ屋敷に住んでようが別居扱いになる。
それでもお互い身支度や書き物の場所は必要で、だからだいたい夫婦は二人で広めに部屋を使うんだ。
そして祖父母との二世帯同居も、兄弟との三世帯同居もよくある話。
何処の部屋も夫婦の部屋にできるよう内部が繋がってるもんで、夫婦が使わない時は、扉を塞いで壁にする。
必要になったらまた扉をつける。
そういう改装前提の造りをしてて平気なのは、耐震構造とか必要ないからだろう。
前世を思い出してるせいで、壁をハンマーで雑にぶち抜かれた時は肝が冷えた。
俺の疑問に、侍従のムートが知ってることを教えてくれる。
「長く仕える者から聞いたところ、旦那さまの幼少期に従兄にあたる親子がお住まいであられたと」
うん、でかい家あるある。
親戚の間借り。
王都には学院もあるから、田舎から出てきた親戚が、在学中だけ住むなんてこともあるんだ。
そしてどうやらここは、夫婦に加えて子供もいたから二部屋繋がってたらしい。
で、叔父が使ってた時にはもう塞がれて、俺が生まれて部屋にした時から壁だったから知らなかったと。
「そろそろよろしいですか?」
ムートが無情だ。
けど、俺も見ている間に運び込まれる書類や記録の書籍をいつまでも無視できない。
未確認って扱いで、いくらでもある本棚に入れずに、次々に積み上げられてるんだよなぁ。
「一応聞くけど、なんだこの量? もう執務机溢れてるんだけど?」
「城より精査せよとのことで送られた資料の数々です」
「精査?」
「イェーデシュタン侯爵領にて放置され、表の帳面とは齟齬のある、誤魔化す前の帳面です」
ムートがなんか目録らしきものを片手に、埃っぽい紙束を指す。
「こちらは王都に提出された表向きの帳面」
さらに指すのは製本されてる帳面で、複数ある。
なおも続く説明では、男爵となって領有することになる村から上がった過去の報告の記録、労働力になる人員の数の記録、行われた祭礼とそれに支払われたはずの補助金、教会や救貧院の、国から払われた助成金の記録と、それらの施設から上げられた年間の収支報告。
その他もろもろ。
「待て、いったい何年分なんだ? まだ運び込まれてるぞ?」
「それも不明なため、可能な限り調査の上、報告するようにと」
「おい。俺、捜査の人手にされてないか? こういうの役人の仕事だろう」
俺が額を押さえて唸ると、笑い声が聞こえた。
書斎の扉を見れば、見慣れた顔がいる。
「エミール伯父さん」
「やぁ、ローレンツ。大変なことになっているね。おめでとうとは言えない状況かな」
俺の状況は、男爵に内定していい領地をもらえる予定の出世。
ただそれとは別に、王弟にいいように使われるための立場をわかってて言ってる。
俺は早速応接用のソファにエミール伯父さんを誘って、ムートはお茶汲みに行った。
資料の運び入れをしていた人員は一度外へ出し、気になることを聞く。
「これ、一介の学生が触れていい書類ですか?」
「こうした書類整理は日雇いの書記にもさせるからありだね」
「職能も何もない学生ですって、俺は」
「でも、臨時の指揮官だろう? だったら、所属する軍が押さえた証拠の整理や精査には関われる」
「いや、それはあの時だけ…………あぁ! 解任されてない!?」
「せいかーい。ちゃんと確認しないとね」
エミール伯父さんは茶化すようにウィンクすると、こうして回された理由を教えてくれた。
だが俺は激しく後悔してて言葉も出ない。
だって、そこ習ったんだよ。
だから班長だったラルス先輩に自分から聞きもした。
なのに、実際自分のことになると、見落としたんだ。
この状況の逃げ道あったのかよ!?
「ちなみにこれを片づけることで、さらに貢献度を上げようって魂胆だから、男爵になってからうるさく言われたくなければ、ここで実績を作っておくのは悪くない。クラレンツ公からの一種の手助けだ」
「責め苦みたいな助けですね」
「そうだね」
俺の苦々しい言葉に、エミール伯父さんは即座に肯定する。
その上で、俺の今までの行状をあげつらった。
「けど、今まで社交を真面目にしてなかったローレンツでは、きっとすぐに叩かれるだろうね。同年代はまだ学園での成績で評価をするだろう。けど少し上からすれば、取り立てられての分不相応な抜擢にしか見えない。だってどんな為人かも知らない、まともに顔も合わせたことがない相手なんだから」
エミール伯父さんは変わらず笑顔で、きついことを言う。
ムートが戻ってお茶を出すと、とても優雅に一口飲んだ。
その間に俺が想像して嫌になってるのも笑ってる。
「だがこういう仕事を回されて、勇者のお世話もこなす。学業も維持する。そうなるとローレンツにはあまり社交で実力を見せるために遊ぶ時間もない」
「社交が遊びって…………」
「遊びだよ。父君に染まってはいけない。あれは真面目過ぎる。もっと肩の力抜いて」
無茶言う。
そんな思いが顔に出てたのか笑われた。
「社交には慣れるべきだし、息抜きの仕方も覚えたほうがいい。あと危険も。けど、今の君には余裕はないし、男爵になった後もこの状況ならより忙しくなる。だったら、少しでも舐められないための実績を作るべきだ」
急に真面目な顔して、エミール伯父さんは断言する。
この伯父、貴族らしい貴族で腹芸もできれば、駆け引きのための演技もできる。
ただ貴族だからこそ、家門維持のために無意味な身内切りはしない。
そして身内だからこそ、引き立てて利用する。
これは義理の兄弟になった父上の実体験だとかで聞いた。
「ここで削るべきは、何かな?」
「学業と、この書類の処理です」
俺が答えると理由を手振りで促される。
「学業は試験の評価で補えます。書類は先ほどおっしゃられたように書記を雇えばこと足りるのであれば、まずは整理と確認を優先。そしてその時間を他に当てればいい」
「勇者は?」
「魔人がいることが確定し、魔物もいます。そして王弟殿下が襲われた状況がある。三度目に備えて育成は急務でしょう」
エミール伯父さんは頷いて、次には呆れるように首を横に振った。
「そういう自分のことを後に回すのは、よく似た親子だ」
「それは、父上の教えの下で育っているので、当たり前かと」
「当たり前にそういう取捨選択できない人のほうが多いんだよ。というか、学生なんて遊びたい盛りだろうに」
確かに普通ならそうだろう。
けど、俺は普通じゃないことを自覚している。
この普通が続かず、国が滅亡してしまうことを知っているんだ。
その上友人が最前線で魔王と戦うことになる未来は、確定的。
遊びたいなんて気分にはなれないし、そんなことして時間を無駄にはできない。
「ま、そういうローレンツだからこの手が使えそうだと思ったんだよ」
立ち上がって、エミール伯父さんは俺の隣に立つ。
そして肩を叩いて笑って見せた。
「外交問題になってるし、行かなきゃいけないし、どうせもう、どうしようもないくらい巻き込まれてるんだから、一緒にナイトシュタイン行こうか」
「…………はぁ!?」
言われた意味が呑み込めなくて、俺はだいぶ遅れて口を開く。
けど出る声は疑問符を伝えるだけの、あまり意味のないもの。
そんな俺の混乱なんて気にせず、エミール伯父さんは話し続ける。
「いやぁ、私も外交官として行かなくちゃいけないけど、どう考えても面倒ごとだし、個人で動かせる目端の利くお使いが欲しかったんだ。あ、大丈夫。クラレンツ公はもう口説いた後だから」
「な、なん、なんでダーリエフェルトじゃなくてナイトシュタイン!?」
色々聞きたいことも突っ込みもあったけど、俺はともかく一番の疑問を叫んだ。
「もちろんダーリエフェルトに立ち寄ってからのナイトシュタインだよ」
地形からしてそれはただの順路でしかない。
というか、しれっと今、外交で二国股にかけることまで伝えられたよな!?
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