64話:男爵4
突然男爵に内定した俺は、拒否もできない状態にされていた。
そうなるとやらなきゃいけないことは、男爵位を受け入れるための準備だ。
俺の心情どうこうって話じゃない。
もはやズィゲンシュタイン伯爵家から新たな男爵が生まれるっていう、家の問題。
さらには爵位を与えるっていう王家の問題で、新たな貴族が生まれるっていう国の問題だった。
「あら…………まぁ…………」
そして呼ばれて説明を受けた義母上は、普段の快活さを忘れたように漏らす。
目は三度、じっくり王弟から持たされた巻紙を見直していた。
「これは、どうなるのでしょう? 新たな男爵として、ローレンツはクラレンツ公の下につく形に?」
「いや、屋敷の転居などは指定されていない。であれば、この家でもいい。つまり、我が家が親として新興貴族となるローレンツの世話をせよという内示も含めて、私に渡すよう命じられたのだろう」
王弟から父に渡せというのは、そういうことも含んだ指示だったようだ。
そしてそれを読み取れる、父上の貴族としての推察力に素直に感心する。
うん、俺できねぇよ、やらなきゃいけないんだろうけどさ、経験値が全然たりねぇ。
「そうなると、まずはヤディスゾーン大公閣下にこのことをお伝えしなければいけませんわね。お招きしたほうがよろしいのかしら? お会いできる茶会は、ひと月後になりますけれど」
義母上も、父上の言葉を受けて段取りを考える。
うちで社交を引き受けてると言ってもいいくらいの人だから、父上も呼んだんだろう。
そしてヤディスゾーン大公にまで話持っていって報告して、義理立てしなきゃいけない案件か。
いや、言われてみればそうだな。
親として頼みにしてるヤディスゾーン大公の下についてて、さらに自分に子分位置になる男爵が誕生する。
そうなると世話も含めての報告と紹介は、縁故が命な貴族社会だと必須だ。
あと、そもそも今回のイェーデシュタン侯爵捕縛に関して、うちから騎士団出したのはヤディスゾーン大公のお声がけがあったから。
そこにはたぶん、王弟からの手回しがある。
ってことは、やっぱりこうなったのヤディスゾーン大公のせい、いや、お蔭だから、お礼を言うのは当たり前か。
「ただクラレンツ公のやり方を見る限り、ローレンツはご自身の手元において使うおつもりだろう」
「まぁ、どうとでも言い訳ができる学生の間だけではなく?」
「使い勝手が良かったから、今後も使える位置まで引き上げると見ていい」
「そうなると、振り回されるローレンツを補佐する者には、機転が利く者が必要ですわね」
あの、もっと言い方考えてほしい。
親がそれでいいのか?
いや、対外的にも実際にも、とんでもない名誉なこと命じられてはいるんだが。
その上身に余るほどの高待遇。
だから嫌なんだが、それでも素直に喜べない感じをそんな前面に出さないでほしい。
「あのカインフリーデ子爵を振り回す方だからな」
「あの兄を振り回していた頃よりも落ち着いて、こういう手を使うようになられたのね」
「あの、すごく不穏なんですが。エミール伯父さん、王弟殿下と何があったんですか?」
両親の言葉に、普段から笑顔の裏で腹黒さをチラ見セする伯父を思う。
あの人を振り回したってなんだ? 何があったんだ?
けど父上も義母上も困ったように笑うだけ。
本当に何したんだよ…………。
というか、そういう人だって知ってるなら、狩猟大会の時にちょっと何か助言欲しかった。
「今は自分のことを心配しなさい」
「えぇ、もう少し余裕が出てから聞きなさいな」
ちょっと気を遣う風に言うのやめてほしい。
気になるけど聞かないほうがいい気がするから。
父上は仕切り直すように言った。
「ともかく、お前は卒業と同時に男爵として勤められる準備を今から始めなければならない。自らの家を建てることの責任を、よくよく自覚しなさい」
そう言えば、いきなり学院卒業後に、領地つきの男爵になるんだ。
前世で言えば、突然社長になるようなものだし、土地、建物、従業員つきとくる。
けど俺はその業務内容を一切把握してない状態だった。
さすがに実家の領地なら知ってる。
けど縁もゆかりもなかった、イェーデシュタン侯爵の領地の一部を与えられるんだ。
さらに言えば、絶対前任者の真似して運営したら駄目なやつ。
だって、イェーデシュタン侯爵は汚職で捕まってるし、領地の人たちの困窮具合はこの目で見た。
「…………領地の運営に必要な人員を、二年の間お貸しいただけないでしょうか?」
俺の言葉に、父上は及第点というように頷く。
別の家になるなら、人材の融通は他人からに近いものになる。
そうなると、息子気分で言うのはたぶん違う。
だから期限を切って、はっきりと借りると言った。
こっちでもどうせ人材は探して育成しなくちゃいけない。
けど、卒業までの三年の間に融通つけられる自信はない。
だからそこは素直に頼った。
「代官を勤められる者、執政官、騎士二名を手配しよう」
「それで良いのでしたら、ローレンツの住まいはここのままですか?」
父上が提示する最低限の人員に、義母上が確認する。
騎士は要人警護の人員だ。
その要人にあたるのは徴税などで恨みを買いやすい執政官、従わせるために武威を見せる必要がある代官のための人員になる。
そこに男爵として、領地を裁量する俺に必要な人員はいない。
領地には直接行かない前提の話だからこその最低限の人数だった。
というか、今俺専用になってる侍従のムートも、雇ってるのは父上だ。
俺がズィゲンシュタイン伯爵家を離れるなら、まず世話をしてくれる侍従や侍女から探して揃えないといけない。
これは思ったより時間と金がかかるぞ。
「財務官は我が家の者を貸す形で使うとして…………」
義母上がさらに必要な人員を上げた上で、今度は物に言及した。
「典礼衣装、祭礼衣装、儀式剣、夜会服、茶会服に各種装飾品と、靴、ハンカチ、クラバット、香水」
なんか呪文みたいに唱え始める。
「家を別けるのではなく新たに作ることになる。紋章も作らなければいけないし、紋章官と紋章院に話しを通し、予定を調整しなければいけない」
父上まで、執務机に向かってずらずらと何かを書きつけ始めた。
義母上は父上の話を聞いて、さらに続ける。
「紋章が決まれば、印を作って、旗を作って、服や持ち物にも刺繍しなければいけませんわ」
「針子の手配と、布、糸、馬具にも必要だな。いっそ馬具は作り直すか。職人を押さえて騎士の分も作らせよう。それと、何かの時のために馬車に飾る布も用意しておかなければ」
「卒業までと見越しているのは現状の仮定ですわね? 何かがあって早まることは?」
「あり得る。が、学院卒業を待つ余裕もないとなれば、男爵位自体がまた別の話になっている可能性がある」
「では、工房一つ押さえて急がせるのも無駄になる可能性もありますのね」
なんかえらく壮大な話になってるな。
これもしかして、領地に合わせて男爵位から爵位上がること想定してるか?
親としての期待にしては荷が重すぎる。
けど後ろにユリウスが待ってるとなると、そうも言ってられない。
俺が仲いいのは王弟も知ってる。
そしてユリウスが貴族に並ぶなんてまず嫌がるのは、素直な性格からわかることだ。
そうなると、俺より上にいきなり爵位用意されても全力で辞退するのも目に見えてる。
だったら俺を何かしら使って理由を作り、陞爵させてからユリウスを引き上げることで、友人の出世の邪魔をするかもしれないって無言の圧をかけそうな気がする。
なんで俺の身の振り方が、そのままユリウスに適用されるんだよ。
けどこれ、考えすぎだとも思えないんだよなぁ。
「まずは形を整えるためにも、ローレンツに執務室を用意して人員と資料をそこに集めることからすべきか」
「えぇ、学ばせるためにも、書斎を用意するのはよろしいわね」
父上と義母上がどんどん話を進めている。
どうやら俺は、今使ってる寝室以外に部屋が増えるらしい。
嬉しくねぇ。
というか待てよ?
学院行って勉強、城に呼ばれて勉強、で、家でまで勉強?
「あの、俺が使える時間は、残りそうですかね?」
「覚えることは多岐にわたる。学院も後に回す可能性も考えておけ」
「今まで疎かにしてきた社交も必要ですから時間はいくらあっても足りないわ」
「そ、そうじゃなくて、その、王弟殿下より勇者の育成を言われてもいるんですが?」
さすがに王弟と言えば止まってくれた。
心配はわかるが、俺も時間全部潰されるとユリウスのレベル上げとか、勉強見るとかできなくなるんだ。
「先日、魔物討伐の旅に出したのだったな。今後は何をする予定だ?」
「先日の件で新たに戦った魔物の考察と対策をしようと思うのですが、まだそこまでの時間が取れておらず。ユリウスが実戦で行った対処を聞くことで、至らなかった点、伸ばすべき点を確かめ、今度は少数でパーティーを組む形での魔物討伐をさせてみようかと考えています」
またパワーレベリング形式になるけど、ウルリカとゾイフがいるなら使わない手はない。
けど、俺のほうがそれを計画する時間を削られても困る。
一応俺の訴えは受け入れられて、学院に行く時間は作ってもらえるようになったのだった。
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