62話:男爵2
王城に連行され、案内係の後ろをついて歩く。
慣れたくはないんだが、そんなお決まりの動きをしていたところ、途中で知った顔に出会った。
知った顔が城の中にできたっていうのも複雑な思いがする。
俺はただの学生のはずなのに…………。
「おや、よく見かけますね。今回はどうして?」
「これは、アイフェルト卿」
女の趣味が残念な有能…………いや、そんな印象で判断しちゃ駄目だ。
「王弟殿下のお声がけをいただきまして」
俺が儀礼的に応じる。
実際なんの用事があって呼び出されたのか知らないから、他に答えようもないし。
すると、アイフェルト卿は疲れたように笑って見せた。
何か疲れることあったのか?
そこに俺が巻き込まれるって確信してその笑顔なのか?
聞くの怖いけど、これは事前情報あったほうが良さそうに思える。
「あの…………」
「そうだ、育ち盛りなら食前にお菓子を食べても平気ですよね。甘いものは得意ですか? 実は、私はあまり得意ではないのですが、思う方が下さるものを断れずにいるのです。よろしければ召しあがってください」
恥ずかしげに言って、アイフェルトが出したのは、リボンをかけられた包み。
開くと、手作り感のあるちょっといびつなクッキーが現れた。
同時に、すごく甘いんだろうなとわかる砂糖の匂いがふわっと広がる。
俺も甘いものは得意じゃない。
だから断ろうとしたんだが、アイフェルト卿が続けた。
「クラレンツ公がお呼びなのでしょう? 多分疲れる話でしょうから、後で食べてください」
「え、そんな…………」
肯定も否定もしにくい言いように困ると、断る前にクッキーの包を握らされてしまった。
そのままアイフェルト卿は、苦しげに短く息を吐くと、ちょっと視線が定まらない感じで去る。
「…………疲れてるのは、そちらじゃ?」
思わず呟くと、案内係も小さく頷いたのが視界の端に見える。
けど目を向けると、何もありませんよって顔で案内を再開した。
案内するだけで何してるかとか関わってない人員から見ても、疲れること、王弟はしてるのか?
なんか惚れた弱みみたいな言葉が、アイフェルトの姿に重なるなぁ。
けど好きな人からもらったもの、横流しするのもどうなんだ?
なんて考えてる内にまた扉の前に連れていかれ、入って挨拶の隙くれないのも相変わらずだった。
「遅くなったが、ダーリエフェルトの陛下の暗殺を阻止したこと、ご苦労だった。未遂に留めたことは褒められた働きだ。…………だが次は未然に防げ」
「はい…………」
いや、うん。
暗殺未遂犯のウルリカは、ダーリエフェルトの公爵の血筋かもって報告してたからね、そう言われるよな。
っていうか、そういう暴走も想定して動けって言われてるわ。
まぁ、言う割に怒ってるとか、叱責してる風じゃないのがまだましか。
「あちらはなかったことにしている以上、こちらから言うことはない。もちろん、その働きを賞する場も存在しないことになる」
「いえ、不徳の結果ですので、寛大なお言葉感謝いたします」
ウルリカと接触したのは、俺の独断で私的な交流だ。
けどそのせいで、ルイーゼと既知を得てしまった。
身元の予想ついてた上で、暴走を阻止できなかったとなると、王女の責任を問うより、俺を責めるほうが、王家としては対面はたもてる。
けどそれはしない。
何故なら暗殺未遂自体がなかったことにされてるから。
そうして白黒つけないままでいてくれるのは、一種俺への恩情でもあるんだろう。
「ふむ、エミールの言うとおりか」
「はい?」
伯父の名前に聞き返すけど、王弟は答える気はないらしく、指を振って控えてた事務官らしき人を呼ぶ。
しかもなんでか、呼ばれた事務官は俺のほうに来た。
その手にはビロードを張ったお高そうなトレー。
そしてそんなお高そうなものの上に乗ってても、見劣りしない上質なリボンで巻かれた巻紙が鎮座してる。
ご丁寧にリボンと巻紙は王家の封蝋で固定されてるし。
「…………これは?」
俺は取れと言わんばかりに差し出される巻紙に近寄らず、王弟に問う。
だってこれ、絶対面倒なもんでしょ?
今の話の流れから出されるなんて、ろくなもんなわけがない。
全力で警戒してる俺なんか気にせず、王弟は命じた。
「持ち帰ってズィゲンシュタイン伯爵に渡せ。仰々しい見た目をしているが、ただの報告だ」
絶対嘘だ!
って言えたらいいんだけど。
俺宛じゃなく、父上宛と聞いては、これ以上詮索もできない。
その上渡せって命じられたからには、手に取って持ち帰らないと駄目だ。
俺は仕方なく巻紙を手にした。
うん、リボンは絹で、紙のほうも質がいいのが触ってわかる。
これ絶対ただの報告とかじゃねえ!
けど、持ち帰らないといけないんだよなぁ。
「…………というわけで、こちらがことづけられた報告とのことです」
俺は家に帰って父上に説明する。
本当に、ただ巻紙持ち帰れって言われただけで、何一つ説明もされてない。
そんな怪しい巻紙を見た父上は、滅茶苦茶眉間に皺寄せて、受け取ってくれない。
俺もそういうことしたけど、頼むから押しつけさせてくれ。
ビビるのはわかる、俺だってビビった。
けど中身確認しないとどうしようもないし、諦めてほしい。
「何故、私に直接渡すのではなく、ローレンツを?」
「いちおう、俺が対処した件に関しての確認も含んでいたような?」
あれ、そう言えば暗殺未遂のことは言われたけど、確認でもなんでもなかったな?
国同士の問題だから、父上にも口外できない案件な感じなのはわかるんだが。
そうなると、俺が呼ばれたのはこの巻紙を運ばせるためになる。
だがなんでだ?
「え、父上?」
観念して巻紙を開けると、即座に父上は目をかっ開いた。
あまりに貴族らしくない表情。
その上、目が内容を慌てて確認するのがわかるくらい動揺してる。
そして、最後まで見た後にはがっくりと机に肘をついて項垂れてしまった。
いったい何が書いてあるのか。
俺にわかるのは、ひと目見て何について書かれたものかわかる書式だったんだろうってことくらい。
そうじゃないと開いてすぐに、すごい反応した父上の説明がつかない。
けど、そんな報告ってなんだ?
「…………だからローレンツを差し向けたわけか」
「差し向けた?」
状況的には俺が呼ばれて帰って来ただけ。
差し向けるという言葉には当てはまらないように思う。
わからない俺を眺めて、父上は長々と息を吐き出した。
そして手にしてた巻紙を俺に渡してくる。
いやだけど、さすがに気になるし、俺も覚悟を決めて巻紙を手に取ると目を通した。
「え、これ公式の…………は? 叙爵? お、俺!?」
巻紙を飾るのは王家の紋章。
つまり国王からの正式で格式のある書面だと見てわかる。
その時点で公的な内容ってことは予想がついた。
さらに続く文言は、俺を名指しで今回のイェーデシュタン侯爵捕縛に関しての働きを賞するというもの。
その上で、イェーデシュタン侯爵から没収する領地の一部を割譲。
さらにはそこを領有して男爵になれと書いてあった。
「何処が報告!?」
「爵位を賜る内示であるなら、報告と言えなくもない」
「いや、無理がありますって」
「それはクラレンツ公閣下に申し上げてこい」
「それも無理があるのわかってるでしょ」
父上がまた息を吐いて、切り替えようとしつつ、現状を話す。
「お前はクラレンツ公からこれを受け取った。そして家長である私に渡した。形式的には内示を受けたお前が受け入れ、そして私に報告してる形になる」
「そんな無茶な!」
とはいうが、確かに形式的にはそうなる。
だから報告って、王弟完全にはめに来てんじゃねぇか!
「だいたい俺は、叙爵されるようなことしてません」
「私が聞いた限りでは、イェーデシュタン侯爵を捕縛した当事者だとのことだが? 他にも何かしら第三王女殿下と動いたらしいとゾンケンから報告を受けている」
王弟に先に口止めされてたから父上にも言ってない、暗殺未遂のことか。
俺を心配する騎士団長のゾンケンは、確かにあの騒ぎで俺が何してたか気にしてた。
特に隠しもせずにウルリカを追っていったし、現場にいた者なら、魔物に襲われた騒ぎも、何かダーリエフェルト側とあったことも察せるだろう。
「私に報告はできずとも、こうした報告をさせられる心当たりは?」
「…………あり、ます」
なかったことになった暗殺未遂とその阻止。
ウルリカとゾイフという、ダーリエフェルト国王の関心ごと。
そして上級回復薬の使用と、ダーリエフェルト国王の負傷。
なかったことになってるけど、王弟は医師を派遣してダーリエフェルトの国王が傷を負ったことも確認してる。
その上でなかったことになってるけど、暗殺を阻止したとなれば、なかったことにしただけでは対処として不足になる。
一国の王の命を救った者を、なかったことになったからと軽く扱えば、それはそれで一国の王の命を軽んじるようで国の体裁が悪い。
なかったことにしたからと無視するのは、他国へも体裁が悪く、もう終わったことというためにも、俺に格別の褒賞を与えるべきだということなんだろう。
なんだろうが…………俺が男爵になるなんて、ただの学生のはずなのに!
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