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61話:男爵1

 貴族子弟が通う学院に入学した春。

 ここがゲームの世界だと気づいてからこっち、俺の内心の忙しさが半端ない。


 肉体的にも忙しさはある。

 先月にはイェーデシュタン侯爵が汚職の末に逃げて、汚職の片棒担いでた隣国ダーリエフェルトの軍が進行してくるなんて事件もあった。


「うん、無事に辿り着いたな、ローレンツ」


 俺が駆け込むように図書室の自習室へ入ると、この場所を用意してくれてたドミニクが俺を見て頷く。

 すでに自習用の机には、疲れた様子でユリウスが伏せていた。


「俺はクラスが違うが、なんで同じクラスの二人は別々にここへ来たんだ?」

「あぁ、短い休み時間にも囲まれて、イェーデシュタン侯爵の件を根掘り葉掘り聞こうしてきてな」


 国境から王都に戻って、学生の俺とユリウスはもちろん、登校してる。

 だがイェーデシュタン侯爵という大物のスキャンダルな上に、ダーリエフェルトの軍に砦が落とされてるとんでもない大事件。


 貴族に限らず商人、知識層は学院に通う子女を使ってでも情報を得たい状況だ。

 それで狙われたのが、何故か同行した俺とユリウスだった。


「登校した時点で俺たちが関わったことが周知されてて困った」

「なんでだろうね? 俺、エドガーに手紙出したくらいしか同行も話してないのに」


 ぼやく俺に、ユリウスも机から顔を上げて首を捻る。

 するとドミニクが呆れたように教えてくれた。


「そんなもの、他の従軍した者たちからいくらでも漏れる。だが、確信的な部分は下っ端じゃわからない。その中で、二人の名前が王弟殿下に指示をもらったという話と一緒に広まったんだ」


 学院に広がる話は、俺とユリウスが何か特別な役割を王弟から与えられたというもの。

 それが何で、どう政治に影響するか、イェーデシュタン侯爵の失墜によってどれだけ影響が出るかは強い関心ごとだ。

 それを測るためにも、王弟の真意が窺えるだろう情報を持つ、俺とユリウスを狙ったのか。


「家の存続に関わるかもしれない奴もいて、あんまり必死だったからな。放課後に捕まると際限がないと思って、二手に別れたんだ」

「俺のほうが黙ってられないの知られちゃってるからって、派手に逃げたんだよ」


 俺の指示をユリウスが告げると、ドミニクは頷いて苦笑を返した。


「魔人を二度も撃退した勇者に、身体能力で敵う者なんていないだろうな」

「いやぁ…………」

「けっこういると思うよ?」


 俺はウルリカを思い浮かべたんだが、どうやらユリウスは複数人候補がいるらしい。

 まぁ、たぶんロイエ傭兵隊だろうな。


 なんにしても紋章持ちは別格で、その側について行ける奴らもレベル高いんだろう。


「で、結局ダーリエフェルトの王は王都に来たわけだが、どんな話し合いの結果なんだ? ユリウスがエドに送った手紙は見せてもらったから、だいたいの流れは知っているが」


 ドミニクも座って、現状を聞いてきた。

 言われて、色々部外秘まで素直に書いてしまったユリウスの手紙を、ルイーゼと一緒に添削したのを思い出して半端な笑みが浮かぶ。


「ってことは、ダーリエフェルト王の陣で魔物被害があったのは知ってるんだな?」

「それね、ウルリカとゾイフさんがやったんだよ。ダーリエフェルトの王さまも謝ってたけど、ウルリカの家族を騙し討ちしたんだって」


 俺が何処まで言おうかと思ってたら、ユリウスが包み隠さず語る。

 そのせいで、逆に一国の王が謝罪するレベルの何かがあったと知らされたドミニクのほうが肩を跳ね上げた。


 まぁ、けどここまで言ったらその先の落としどころも言わないと、逆に不安だろう。

 ウルリカが軍に同行する際の世話をしたのはドミニクで、ひいてはゲシュヴェツァー伯爵家ってことになる。

 だから、今現在ルイーゼ預かりになってるウルリカの処遇は、明示しなくちゃいけない。


「ダーリエフェルトの陛下は、国内問題としてウルリカたちの襲撃に口出し無用を王弟殿下に申し伝えられた。その上で無傷を装って、我が国に責任を追及することもしていない」

「…………首、狙いに行ったのか」


 国王本人が怪我したという言葉で、ドミニクもどれだけ深刻な事件が揉み消されてるかを察したようだ。


「ただあっちの王さまにも目的がある。西のナイトシュタインとの停戦を休戦に持ち込むための講和の仲介役として、うちの国も巻き込みたい考えだ」

「講和か。隣国がいつまでも戦争状態はよろしくないが、それを我が国が受け入れるにはひと押し足りない。だが、それも王女の私的に雇った護衛が暗殺未遂となれば」


 なかったことになっても、事実は事実。

 国としても、襲ってしまった以上はダーリエフェルト王の意向を無視はできない。

 またそれはそれとして、確保されたダーリエフェルトの大臣の扱いについても話し合いが必要だ。

 軍を向けたことや砦を落としたことに関する賠償やなんやも含めて。


 結局イェーデシュタン侯爵の領地に、いつまでも軍を展開してもいられないとなった。


「ダーリエフェルト軍は国境に下がった。イェーデシュタン侯爵領には国軍が駐留。改めて迎賓の馬車回して、王都に迎えて今だ」

「乗る旨味はなくても、軍を動かした上では話し合いの姿勢を見せるのが一番穏健か」


 両国の判断をまとめて、ドミニクは溜め息を吐く。

 ただ当事者側にいたはずのユリウスは瞬きを繰り返した。


「え、勝手に軍動かした大臣が悪いでしょ。こっちは悪い人追っただけだし」


 シンプルな善悪のわけ方だ。

 ただ、それで済まないのが国というものでもある。


 現状、国としてお互いを非難する材料もあれば、落としどころもある。

 ユリウスが言うような立場を取って、お互い悪くなかったと言えなくもないが、ことは軍事行動を前提にしてるから、責任の所在を有耶無耶にできない。

 だから王さまたちとしては、互いに損しない言い訳を口裏合わせましょうってところだ。


「まぁ、後は城での話し合いを待つだけだ。どちらが悪いと言い合っていても解決はしない。問題はどこまで譲歩するかって話だろう」


 俺が綺麗な言葉に直して言うと、ドミニクが意味ありげに目を向けてきた。


「そこで面倒なのがウルリカたちじゃないのか?」


 暗殺未遂の実行犯。

 けれどダーリエフェルトの王自身がなかったことにしようともしている。

 その上で、実はウルリカたちの身柄引き受けを申し出ていた。

 もちろん即座にウルリカ本人から断られてたけど。


 そして今はウルリカを押さえておけば、無茶はしないゾイフはそのままに、同性であり紋章持ちというアドバンテージを持つルイーゼが、ウルリカを預かっている。


「なかったことにしたのは、ダーリエフェルトの陛下のほうだ。だから王弟殿下もまだ札として切るべきかどうか考えてるってところじゃないかと思う」

「うーん、もう完全に国同士の話だな」


 ドミニクが切り上げるように言うので、俺も同意して頷く。

 こんなの一介の学生が頭悩ませることじゃないんだよな。


 けどついて行けないユリウスは、困り顔で心配を口にした。


「つまりどういう? いや、どうなるの? ウルリカたちは大丈夫?」


 知らないという、恥をかくとわかっていて聞くのが、他人の心配か。

 そんなところはゲームでの主人公と同じだな。


「ダーリエフェルト側も問題にする気がないなら、こちらも知らないふりをする。ウルリカたちがまた何かしない限りは大丈夫だ」

「あとは、ダーリエフェルトの軍の侵攻か。砦を落としてる時点で向こうの責任だが、そこは大臣に負わせる形に収まるだろうな。他国からの圧があるほうが、四男王はやりやすいだろう」


 ドミニクが言うとおり、ダーリエフェルトの王は砦を落とした賊を一緒に倒した形になってる。

 賠償をしろとこっちの国が言っても、それは大臣個人の賄える範囲しか応じない。

 その上で、そういう決定を国内で立場の弱い王が推し進めるには、被外国からの要求は後押しになる。


「強く言えないのは、こっちも侯爵なんて高位の貴族が一緒になって汚職してることだ」

「貯めた財貨の扱いに対して、お偉方は頭を悩ませることだろうな」


 落としどころを探らなきゃいけない要因を言えば、ドミニクも国内で一番揉めそうな話題を挙げる。

 ユリウスはまだわからない様子だが、そこは金と政治の話。

 俺たちも大まかな説明だけで終えた。


 そうして自習室で休んでから、それぞれ人目につかないように帰宅する。


「あぁ、ゾンケンたちとも話せてないし、着替えたら離れに顔出すか」


 帰ってからのことを考えて、俺はズィゲンシュタイン伯爵家の敷地内へ足を踏み入れた。

 すると、車留めに見逃せない、王家の紋章入りの馬車が見える。

 そして遅いと言わんばかりに、玄関で待ち構える侍従のムートの姿があった。


 あれ、デジャヴか?


「すぐにお着替えを。すでに使いの方がお待ちです」

「なんで、俺?」

「お心当たりは?」

「…………ある」


 ムートに答えたら、何をしたと言わんばかりの目を向けられる。

 けど俺を急かす勢いで上階の部屋へ連れて行くと、着替えさせる手は淀みなく素早い。

 父上に相談するだとか、まずは使者の方に用向きを問うだとか、そんな手順も踏ませてくれない。


 さっさと城に上がれる礼服に着替えさせられると、俺はいつかと同じように王家の馬車に突っ込まれて、そのまま運び去られてしまったのだった。


三日ごと更新

次回:男爵2

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― 新着の感想 ―
雑に連行されるのが板についてきてるなぁ…
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