109話:参戦4
エドガーに言いたいことを言った後は、小王の反乱鎮圧のための準備に専念した。
連れて行く騎士の選定や、馬や武器の調達などなど。
やることは多い。
そうして瞬く間に開戦のときが来た。
俺は招集されて、騎士団と共に王都を発ち、小王の領地の境へと真っ直ぐ進軍する。
「ふぅむ、すでに改修を終えた後ですな」
俺の一歩後ろで、ズィゲンシュタイン伯爵家の騎士団長ゾンケンが唸った。
「諾々と守りを固めさせたとは思えないが、国の目を誤魔化す手はあるか?」
小王は反乱を布告する前から準備してたのは、学生の俺にも聞こえてる。
それに砦や防衛の増強は国の許可が必要な工事だ。
つまり、領境の砦の改修なんて、見つかった時点で国が罰を下せる言い訳を与えるようなもので、小王はばれずにこの砦の改修をし果せた手管があることになる。
「ばれずに? とんと思いつきませんな。メイベルト、お主はどうだ?」
「目の前に改修された砦があるんですから、ローレンさまが言うとおりどうにか誤魔化してたんでしょうね。たとえば裏から改修初めて、宣戦布告後に大急ぎで表も改修したとか?」
メイベルトの案には限度があるし、あまり現実的には思えない。
ただ砦の裏に視線を投げてから、目を転じることで近くには橋があることに気づいた。
その傷みのなさに、新造されたものだとわかる。
「あぁ、橋の改修と偽って、資材置き場や人員の収容を理由に改修を誤魔化したのか」
橋はインフラで、領内の橋の数で国からの税金が増減するため、不必要な橋は建てない。
だから、橋の建設には許可はいらないし、そこを突いて目くらましにしたんだろう。
工事のための資材や人材を置くために、砦を倉庫や宿泊場所として手を入れるとか言い訳にして。
事前に見た地図を思いだせば、他の砦にも近くに川がある。
防衛や給水の事情から珍しい地形じゃないからこそ、この砦以外の砦も改修されてる可能性は高かった。
「思ったより準備万端か」
俺が呟くと、ゾンケンより後ろで声が上がる。
「さすがズィゲンシュタイン伯爵家の。冴えわたる慧眼です」
「えぇ、お若いのに落ち着いておられるなんて、頼もしい」
「いえ…………」
聞こえてきたおべっかに、つい不器用な愛想笑いで応じた。
ゾンケンの後ろにいたのは、二十歳前後の男女。
くるくるパーマな男性が、男爵家のモーラー。
女性の割に筋肉が目立つのが、男爵家のリービヒクローンだ。
俺のちょっとした言葉に過剰反応な二人は、今回の部下。
年上の割に俺を立ててくれると言えば聞こえはいいが、言ってしまえば若く実績のある俺に今の内から阿っているに過ぎない。
それはそれで建設的な意見なんか聞けなさそうで困るんだよな。
「ち、その程度で馬鹿みたいに持ち上げるな。驕って無謀に走ればつき合わされるのはこっちだぞ」
舌打ちしてそう言うのは、これぞ三白眼って目をした伯爵家のリベルト。
俺がいなかったらたぶん小隊長になってた相手で、こっちはこっちで最初から明確な反骨精神を示してた。
ただそんな両極端な三人を無視するように、淡々と今後の動きについて聞く声があがる。
「隊長、作戦は?」
いっそ俺にも興味なさげなのは、富裕層のバイザイト。
男でも珍しくはないとは言え、その腰まで届く長髪を初めて見た時は驚いた。
このあたり、俺はまだ前世の価値観が残ってるらしい。
なんか切る気になれなくて自分も髪伸ばしてるんだけどな。
傍から見ると俺もあんな感じ?
いや、髪の手入れの気合の入れ方違いそうだし、俺のほうがもっとだらしない印象になりそうだ。
比較的冷静で距離があるからこそ話しやすくもあり、俺は促されるままに今後の想定について語った。
「ここ以外にも三つの領境の砦を同時に攻略する。宣戦布告前より、周辺では国軍が睨みを利かせていたため、砦の兵装、食料などの物量は把握済みであり、供給も可能な限り抑えられている」
宣戦布告秒読みで、大人しく宣戦布告を待つ義理はない。
攻撃目標となる砦周辺には、以前から圧をかけるための兵が並べられ、小王の領地に物資を運ぶ商人なんかは止められていたとか。
つまり小王領の内部からの補給しかできない状況で、大回りして物資を手に入れたとしてもこの砦には現状届いていない。
改修し守りを固めても、中の兵を養える物資がなければ長くはもたないだろう。
「この砦は三方向から攻める。こちらは一ヵ所の兵数が限られるが、あちらも周辺へ救援を求めることはできない。堅牢に見えても、敵はすでに逃げ場がない袋の鼠だ。焦る必要はないし、これはまだ始まりだ。退くことがあってはならないが、余裕をなくす場面でもないことを覚えておいてくれ」
つまるところは命令どおりに動きつつの様子見だ。
そんな俺の飾った言葉の本意を聞き取って、リベルトが舌打ちをする。
「弱腰が上にいるだけで、士気は下がるのに退くことがあってはならないだと?」
「あぁ、命令だ。許可がない限り退くな」
俺は内心リベルトの強すぎる眼光に震えながら、虚勢を張って応じた。
視線だけで人殺せそうなくらい怖い目つきしてる。
前世実際に会ったことはないが、ヤクザの人ってこんな感じかもしれないってご面相だ。
ただ実戦経験があるせいか、俺の言ってることに瑕疵はないから舌打ちするだけで、それ以上は反抗してこなかった。
すると俺の機嫌を窺うようにモーラーが聞く。
「それで、我々の配置はどのようにお考えでしょう?」
「正面は本隊だ。橋のほうには領内との連絡を絶つ隊が向かう。他に、正面脇から圧迫する隊がある。我々は圧迫のために動く」
できるだけ隊長らしく振る舞ってるんだが、正直年上ばかりに囲まれてる中だと堅苦しい。
しかも紅一点で俺より筋肉立派かもしれないリービヒクローンは、俺と距離を詰めてくるから、圧迫されてるような息苦しさを覚える。
「ぜひ私に前をお任せください。今日まで磨いてきた武をお目にかけます」
上目に見てくる様子は、女性としては可愛いもんなんだろうが、嫌でも思いだす喚く令嬢の影に、俺は一瞬にして鳥肌が立った。
同時に息がつまり顔が引き攣りそうにもなる。
イザベラのことを好きだと自覚したからと言って、症状が軽くなったわけじゃないけど、女騎士として鍛えてる人も駄目なのか?
それとも令嬢の気配があると駄目なのか?
いっそイジドラだから良かったのか、自分でもわからん。
それでもなんとか口を動かそうとしたんだけど、その前にバイザイトが言った。
「手柄に関わることであれば、抜け駆けを見過ごすわけにはいかない」
冷静なようでいて、こういう自益に関しての押しの強さはわかりやすくも輪を乱す。
先んじたのに横やりを入れられたリービヒクローンが、騎士を目指すという経歴に遜色のない眼光でバイザイトを睨み上げた。
そっちの表情のほうが、信頼できそうとか言ったら、女性に失礼すぎるか?
なんにしても、この二人のどちらかを出すと軋轢になる・
だからって命令聞かなさそうなリベルトも駄目だ。
そうなると消去法にしかならない。
「…………モーラーが前に出てくれ。その補助をリベルト。リービヒクローンとバイザイトは左右を固めること」
もちろん後ろは指揮官の俺だが、この配置に問題はある。
モーラーに実戦経験はないから、補助のリベルトに尻を叩かれることになるだろうが、その分リベルトの独断専行も抑えられるとは思った。
ただ、モーラーが及び腰になるようなことがあれば、俺たちの隊は他と足並みが揃わず出遅れる。
そうなると敵から見ればつけ入る隙だ。
妙にやる気のリービヒクローンとバイザイトが、モーラーを引っ張ってくれることを祈るしかない。
そんな状況で始まった砦攻略。
俺たちの隊以外も、若手は不慣れが目立つようだ。
各所での足並みの揃わなさにゾンケンが苦笑いを浮かべる。
「やれやれ、功を逸る割に落ち着きのない。本隊を温存せず正面から攻める策に出たのは、若手に失敗を経験させる意図があるやもしれませんな」
「そこまで駄目か?」
失敗前提で、本隊が確実に砦を落とすことに注力して、他の失態の影響を少なくしようと勝ちに行ってるらしい。
俺が聞くと、うちの領でも実戦経験があるメイベルトが応じた。
「ほら、右手の隊が突出しました。あれは今回一番被害を出した上で、いいところなし…………あ、他の隊がつられ始めちゃいましたね」
見る間に右手の隊が突出して、砦の上から狙う敵の的になってる。
ただ味方側は、そんな勢いに引っ張られて前に出る小隊がちらほら。
攻勢が整ってもいないのにそんなことをしたら、新たな的になるのは俺にもわかる。
「送り、陣形維持」
俺はラッパを持つ騎士に命令の伝達を命じた。
俺の隊まで引っ張られて前に出たら命取りだから、ここでしっかり足並みを揃えておく。
何よりこれはまだ初戦なんだ。
ここで息切れを起こすような攻勢に出るだけ、この後の戦いでは命取りになる。
それはイェーデシュタン侯爵捕縛や、ナイトシュタインでの経験から学んだこと。
人を使っての戦いは、全力で当たればいいというものじゃない。
今より先の戦いと踏ん張り時を見極めなければ、勝ち負けなんて考えてもいられないんだ。
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