108話:参戦3
ドミニクとロイエと別れて、俺は一人ゲシュヴェツァー伯爵家の中へ入った。
顔見知りの使用人の案内で、使用人たちの働くスペースを出れば、その後は見知った屋敷の内部。
目指す場所ももう案内は必要なかった。
「お戻りの際には玄関よりお願いします」
「無理を言って悪かった」
年かさの使用人からはお小言をもらってしまう。
けど、無理を言ってドミニクに協力してもらったのは俺だ。
本来その家の貴族でも、使用人の領域には入らない。
入ってはいけないんだから当たり前。
無理を通してくれたことや、こうして小言程度で許されること自体異例と言っていい。
まぁ、子供の頃に遊びで入り込んで勝手知ったるなんてこともあるが。
ともかく、住人さえ足を踏み入れない所に、表から客として迎え入れるべき貴族の子息を屋敷に入れるなんて言語道断。
けど、俺はそれをドミニクに便宜を計ってもらって、入り込むことに成功した。
たぶんあの使用人も、俺がこうして裏から来たことの意図を知っていて小言に留めてくれたんだろう。
「表からならばれるが、裏からなら…………」
俺は小さく呟いて、目的の扉に近寄れば、中からは人が動く気配がある。
カツカツ硬質な音がするのは杖か何かだろう。
正面からの訪問なら、門扉が開く音や動きで来客はばれる。
この世界、家屋敷の防音なんて発想ないし。
客を迎え入れるのに動かない使用人なんていない。
そうなると複数人の動く気配や、同じ屋敷の中にいれば感じられる。
それこそ、隔絶するように作られてる、使用人の領域以外では。
そして今、このゲシュヴェツァー伯爵家に俺がいることを、室内の人物は知らないでいることがよくわかる。
「…………エドガー」
俺はノックしながら部屋の主に声をかけた。
瞬間、不自由な体のせいか、ずいぶん大きな音が立つ。
転んだんじゃないだろうな?
いや、音の軽さから、何か家具にぶつかったのか?
まぁ、ただ大袈裟な反応だ。
突然誰か来たから驚いたなんてもんじゃない。
声で俺が来たことをわかったんだろう。
「いるのはわかってるし、この部屋ここ以外出入り口ないのも知ってるぞ」
うちの屋敷と同じで増改築をして、寝室にする際に扉のあった壁は塗りこめてるのは、何回もこの部屋に入ってる俺は知ってた。
もちろん内鍵のことも知ってるから、無理矢理押し入ることもできない。
それはエドガーも思いだしたようで、思いのほか普通に返事が返って来た。
「おいおい、なんだその押し込み強盗みたいな台詞? 伯爵家の名が泣くぞ。ちゃんとアポイントメント取って出直してくれ」
「アポ取り自体してくれないくせによく言う」
「あー、あー、玄関からも入れないような不審者の言葉は聞こえませーん」
俺がいきなり現れことで、その経路を察したんだろう。
馬鹿みたいな拒絶だけど、それがあえてふざけて言ってる虚勢なのもわかる。
それでも、弱々しい声でもなく、不安に沈んだ声でもなく、一緒に過ごした頃のエドガーの顔が浮かぶ変わらない元気な声に、俺は一つ息を吐いた。
「俺だって用事があるから来てるんだが?」
「だったらそこでご用件をどうぞ」
部屋に入れない、顔は合わせない。
そんな明確な意思が軽い口調の中に聞き取れた。
もちろん俺だって長い付き合いだ。
エドガーが俺を避けてるのはわかってたし、こうして押しかけてもエドガーが拒否してくるのは想像できた。
だから、俺だって交渉のネタぐらいは持ってきてる。
「…………ロイエたちと初めて魔物倒した時、魚の魔物を持ち帰って、皮を加工してもらっていたの覚えてるか」
「あぁ、あ、もしかしてできたのか」
「あぁ、持ってきてる」
俺は侍従のムートに頼んで店から引き取ってもらった品を持ってた。
これは俺と、エドガー、そしてユリウスに揃いで作ったアクセサリー。
ゲームでそういう分類の名前がついてたけど、言ってしまえばお守りだ。
初期のマップのこの国で手に入れられる素材だから、大した効果は発揮しない。
それでも水系の攻撃に対する少しの耐性アップはつく。
こっちだと、そんなの本当にお守り程度の気休め扱いで、そういうところはゲームと同じでしょっぱいのかと笑ってしまった。
ユリウスの分は、ロイエにお使いとして持って行ってもらうことになってる。
ロイエはすぐ、なんの皮で作られた、どういう由来かもわかってた。
それも含めて俺のことを義理堅いと言ったんだろう。
「じゃ、それは家の奴に預けて帰れ」
「ずいぶん舌の回りが悪くなったな」
もう帰れって直接言ってるのをあげつらえば、さすがに余裕のなさが透けたのが恥ずかしいのか黙る。
というか、声がだんだん近くなってるのは、興味の表れと思っていいか?
相変わらず好奇心には素直でありがたいことだ。
「物を渡す以外にも報告がある。…………小王が反乱した。俺も軍に連なる」
「は? 本気か?」
驚きと共に、また声が近づいた。
ついでに今度は隠さない杖の音も聞こえる。
興味関心を持続させるためにも、俺は隠さず伝えた。
「一応、他国で軍事行動をして感謝されるっていう実績があるらしい」
「あるらしいって、そんな名目だけだとドムに聞いてるぞ」
「あぁ、そうなんだが他国がらみだと名目が大事なんだそうだ。その上で、前線配置。若手貴族を率いる小隊長だ」
「そこまでもう決まってるのか? 知った顔は? ローレン、相手方の家の立場とかもちゃんと調べろよ?」
エドガーが食いつき、言い聞かせるように言う。
というか、完全に心配になってるな、これ。
その上でもう配属も決まってるって話で、止められないと見た。
だから、今できる一番の助言をくれてる。
うん、そんなところも変わってなくて正直ほっとした。
ただ友人をしていた時にはあった、軽く心配すら茶化すような余裕はない。
けど、だからこそ本気で俺の無事を案じる思いが透ける。
それだけ思ってくれてるなら、この後の話もきっといい食いつきを見せてくれるはずだ。
「心配するな。俺が王弟殿下に直接前線を希望した結果だ」
「何してんの!? 心配しかないだろ!」
扉が揺れる、もうそこまできてるらしい。
俺はわかりやすさに苦笑いしながら、退く気配を見せる。
「だから当分会えもしないし、今日はせめて直接話すために来た。気分が優れないというならこれで帰る」
「そうかよ…………」
あえて引いて見せても、エドガーは動揺を隠して引き留めたりはしない。
扉まで近づいて来てるのに強がるから、最後の一押しだ。
俺はあえて服を擦るように音を立てて、少しだけ浮つく心を落ち着ける間を作る。
そして、ちょっと白々しいかもしれないが、思いだしたように言ってみせた。
「あ、そうだ。言い忘れてた。…………俺、好きな子ができた」
言うと同時に、一歩後ろに足音を立てて下がる。
途端に目の前の扉の内鍵が盛大な音を立てて、乱暴なほどの勢いで開いた。
「ちょっと待てー!」
狙い通りだからこそ、笑って顔を合わせようと思ってたんだ。
けど、俺は眉間に皺が寄るのを止められない。
「ひどい顔だな。部屋に籠ってるなら、せめてちゃんと寝ろ」
「はは…………、初めて会った時のげっそりしたローレンよりましだろ」
エドガーは真っ黒な隈を目の下に刻んだ顔で力なく笑う。
その上で、無理矢理トラウマ克服しようと、無理してた頃の自分を引き合いに出されると言い返せない。
同時に、同じ状態なのもわかった。
眠れないんだ。
考えたくなくても夜の静寂に心が騒いで、頭が勝手に辛い記憶を何度でも繰り返す。
俺はそれが騎士の襲撃や、泣きわめく令嬢の声。
エドガーは右半身が潰れるほどの怪我を負った時の恐怖や激痛なんだろう。
「はぁ、正直立ってるの足辛いから座ろ」
言って、諦めた様子のエドガーは、扉を閉めもせず背を向ける。
そうして左手で杖を掴んで、一本しかない左足でぎこちなく移動する背中を、俺は追った。
右足は膝もその下も何もないのが、ズボンの揺れでわかる。
右手は委縮したように中途半端に曲がったまま、指も強張ったようになっていた。
それだけの大怪我をおったんだ。
それでも、生きてる、生きて元気に喋るふりをしてくれてる。
「エドガー」
「うん?」
俺は魚の魔物の皮で作ったお守りを、杖を放した左手に握らせた。
「相手が知りたかったらドミニクに聞け。俺は、反乱鎮圧後はユリウスたちを追ってトロイェンに行く。そこで縁があれば、ビルケンハイムにも足を延ばすつもりだ」
「おい、待て。早まるな」
「だから、お前は俺とユリウスが回復薬を手に入れた時のために、今から金を用意するか借用書の準備をしておけ」
「おい! そんな押し売り聞いたことないぞって、あ、待て! ローレン!」
渡したお守り放り出すこともできず、すぐには杖も握れずエドガーは追い駆けることもできず声を上げた。
押し売りとはまさにそのとおりなので、俺も否定せず部屋を出る。
何せ、回復薬を手に入れたところでエドガーは受け入れないんだから、勝手に売りつけて対等なやり取りにするしかない。
そんな一方的な打算を思い描きながら、一人さっさと部屋を出ると、いつから様子を窺ってたのかドミニクがいる。
元気に騒ぐエドガーの声に、何処か安心したような顔をしていた。
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