第40幕:降臨、お茶くみ女神
「出でや出でや、願い叶えし光の神よ」
「全ての道はここに重なる。果てなき空征く大城塞よ、空埋め尽くし竜の翼よ。大地守護する星の守護者よ」
「魔族人族、亜人の勇士。種の名乗りこそ不要なれど。名のある者らは前へ出よ。名を挙げるならば天へ飛び立て。目的は同じ今だけは。熱き心をその手に携え、今こそ歴史を暴く時。さあ呼ぶがいい、神の名を」
「「世界照らせし簒奪者の名を……!」」
吟遊詩人……、って。
ファンタジーな世界観ではよく耳にする職業だけど、その実態というべきものを理解してる人って意外と少ないよね。
実際のところ、彼らは地球の歴史上に数多く存在した。
名前だって様々で、日本で言う琵琶法師だって広い意味では彼らと同じ。
人は情報伝達の手段として歌を好んだし、現代においてさえ「歌」っていうのは伝えたい情報を乗せた思いの結晶だ。
西洋においても、トゥルバドゥールやミンネジンガー……種別こそあるけど、例えば獅子心王の名で知られるリチャード一世とかも吟遊詩人としては最も有名な一人。
語り手の熱とリアリティ、表現力が導く追憶の旅行。
自分が当時のその場にいて、名のある人たちと肩を並べたようにさえ感じさせてくれる。
「海の勇者、暗黒騎士長、騎士王、剣聖―――」
「人の刃、只人の力は今ここに……我らの力は神にも届いた……!!」
「叩き込まれる明けの一撃―――、天使か悪魔か、聖戦の終わり」
「幾星霜の旅は終わり、答えはあなたの胸の中……」
カッ……っと。
一瞬だけステージに七色のきらめきが宿り、それらが惜しむように一つ一つと消えていく。
受け取り方次第だけど、私はこれからの世界には七色たる無限の可能性があるっていうメッセージだと受け取ったよ。
「「―――――」」
拍手が巻き起こる。
元々これを目当てに身に来た人たちの数も凄くて、客の数はPLだけで300人以上、NPCも含めるならその倍はいるかもしれない。
クレジットとともに背景に映し出される、当時の撮影班が選りすぐった写真の数々。
ヨハネスさんを筆頭とした製作協力の中にはルイちゃんや我らが証明係君の名。
さっきの光、実は私もちょっとだけ力を貸したのさ。
ともあれ都合120分にも及ぶ、吟遊ブラザーズの公演が終わる。
オルトゥスの第一次クロニクルから終局イベントまでを休憩期間を設けつつ2時間かけて追っていったわけだから、その密度というべきものは推して知るべし。
「いやぁ、教皇庁そのものが巨大要塞ってありか……?」
「騎士王様、やっぱ格好いい……」
「バディスって女だったの……!? しかも美少女……! 推せる……!?」
「感動したーー!」
「ぶらぼーー、Oh bravo」
私もこっそりヤジを飛ばしておく。
実際、見物料なしでこんなものを見せてもらって本当によかったのかなって思う。
「なぁ。あの人どっかで」
「―――まっ!? 聖女様じゃん、無職の……! サインサイン―――」
「あれ?」
「いない……。幻?」
………。
で、目的を達したら即退散、これ無職の常識ね。
最近はアウトドア無職ってバカにする人もいるみたいだし、古き良き無職の王道を護るために厳格なルールの元行動しないと。
無職っていうのは目立ってはいけない。
隠居だのすろーらいふだのっていうのは活躍しちゃいけないし、やれやれって言いながら対岸の火事を見てるくらいがちょうどいいんだ。
「―――殿下、アリステラ様。帰りましょう」
「楽しい時間というのはすぐに終わってしまうものなのですね……」
「次の公演ではさぶくえすとというものの遍歴を謳ってくれるらしいですよ! 今から楽しみですね、リア様!」
特に有名人、やんごとなき身分の方々なんかと話すのは一番避けるべき行為。
どうしてPL主催の公演を一国の国家元首さんとかが見に来てるのかは本当によく分からない。
けど、そう言えばPL主催の武術大会とかに貴族さんたちがこぞって来てたこともあったし、こういうのって世界規模で着実に浸透してるのかな、やっぱり。
ともあれ、見つかる前に退散退散。
穏やかに笑ってるアレスさんがちらっとこっち見たような気もするけど猶更退散だ。
「―――神様のいなくなった世界……か」
先の、クロニクルを追った公演を思い出す。
神様のいない世界、御子は代弁者ではなく象徴となった。
ラーディクスさんがあのまま封印されるのを選択したのって、やっぱりそこの一線を理解してたからなのかな。
彼、時折神託をくれたりはするらしいけど、もう肉体はタルタロスにはないんだって。
多分一番いい距離感だと思う。
神様が近すぎるのって、正直どちらからしても息苦しいと思うからさ。
あとは国家のパワーバランス的に?
「おっけールミエール。ここから近い喫茶店」
『loading』
『いいとも、案内しよう。ところでポーションは飲まない? ルミちゃん』
………。
え? この子誰かって?
見ての通りの戦犯女神さまだけど。
「今更だけど、君ってどの面下げて現れたんだろうね。性懲りもなく」
『呼びかけに応じただけなのにどうしてかあたりが強い』
ユウトたちが言ってたけど、こういうのをどの面フレンズっていうらしい。
視界に現れたのは手のひらサイズの女神様。
変わらず銀髪で、瞳は赤。
前も同じような仕事してたような気もするけど、あの頃とちょっと違うところがあるとすれば、如何にもあなた達を導いてあげますよって言った感じの小さな翼が生えてること。
本当に妖精っていうかキューピッドだ。
『ね、ね、ルミちゃん。明日何をしようか決めるのってすごく愉しいんだね』
「今日は何して……何やらかしてきたの?」
『マナーのなってない子たちをいきなり異世界に放り込んだり、ドキドキモンスター空間に閉じ込めたり。悲鳴が心地よいんだ』
「だから最近掲示板で邪神って言われてるんだね」
やっぱり第二の生をエンジョイしてる。
神様だった頃より余程愉しんでる。
たちが悪いこととして、彼女にはクエスト―――道を照らすっていう力のほかにも空間を跳躍するっていう例の権能があって。
世界中に現れた異界への裂け目、その先に広がる世界の難度や情報、そこから帰るための方法などを誰より理解しているナビゲーション担当において、彼女以上の適任はいなかった。
会社で言う、ちょっと難ありだけどその人しかできない仕事があるから手放せない人財って感じ。
追放しようにもちょっと便利で、いつの間にかなんか許された雰囲気になってるパターン。
アニメや漫画でもいるらしいね、そういう人ら。
『にしても良かったね、さっきの公演。巨悪を倒すっていう王道のストーリーをあそこ迄新鮮に表現できるなんて、彼らやるよ』
「その巨悪が言うんだ。やっぱり君神様やってた時よりずっと楽しんでるよね。あ、ひとりで」
「はい、ではお席にご案内を……」
「テラス、良いかな」
曰く、今の彼女は権能の殆どをはく奪されていて、今現在自分の力でできることと言えば道を示す本来の案内役としての役割と……。
「飲み物は……」
『ポーション、ポーション』
「クリームソーダもいいな。あとはフルーツミックス……」
『ところでポーションはどう? アイテム欄の先頭にしておかない? あ、一言言ってくれれば自動で出すからね』
「……………」
『あ、ごめん。無職にはポーションいらないんだったね』
見ての通りだ。
彼女の最大の機能として、ポーションをアイテム欄の一番先頭に押し上げてくれる力と、一言言えば自動的に実体化させて取り出してくれる機能。
いわゆる、「お茶くみ人形」ってやつだ。
確かに戦闘中に叡智の窓を操作せず声だけで取り出せるなら助かる場面は多いだろうけど。
「どうしてもポーションを飲ませたいらしいね、お茶くみ女神様」
「回復は大事だろう?」
「身に染みてるよ」
私とて長いこと後衛の回復職として働いていた身、勿論その大切さは理解している。
喫茶店では静かな店内ではなく敢えて風通しのいいテラス席。
注文をして、大通りの様子を眺めながら一心地。
『―――ね、ルミちゃん。私、もっと沢山見てみるべきだったんだよね』
「反省してね」
『そうだとも、反省してるんだ。次に活かすんだ。私は考える、学習する。君たちの力の源泉を取り込み、次こそは上手くやって見せる』
「反省してるよね?」
今の彼女に出来るのはPLをナビゲートすることとお茶をくむことだけ。
だけどお茶くみからの脱却を目指しているらしい。
『あ、呼ばれちゃった。ちょっと愉しんで―――お助けしてくるね』
………。
特に誰かと待ち合わせるでもなく、一人店の外の様子を眺めながらのひと時。
何か大きなイベントが終わった後、色々な人たちが感想を言いながら歩いていたり、楽しそうに駆けていく……そういうのを見るのも好きだ。
「ん、風……」
小さな風が頬をなでる。
街中を歩いていたうちの一人、170センチくらいの女性……女性? がこちらへと歩いて来る。
ちょっと見た目で分からなかったのは、その人が美醜を超越したようなよく分からない容貌だったから。
男にも女にも見えるし、大人にも子供にも見える。
近いところだとメモワールさんの変装だけど、どうにも本当に一瞬のうちに姿が切り替わり続けているようにも見えて。
姿が切り替わり続ける様子は、まるでゲームの一番最初でキャラクターをクリエイトしている場面のよう。
髪色や長さが決まって、瞳の形、配色、身長や体型……。
どんどん固まってく。
見た目知り合いじゃないし、どこかで会ったような記憶もない見知らぬ―――、いや。
「楽しんでいるか? 無職」
私の目の前に来てから姿が完全に固定化された。
そこに居たのは身長170半ばほどで、長い金色の髪……青い瞳をした女性だ。
なんかどっかで見たことある。
「―――向こうに比べてあんまりに盛りすぎじゃないかな。鏡見たことない? もしかして。限度っていうのを知らないの? あと恥」
「知るか。ゲームの中くらい夢を見させろ。そして限度というならスリーサイズ全部現実の誰かさん準拠だ。自動的に恥知らずになるぞ、お前。―――相席いいか? 親友」
「神様の上の誘いは断れないね」
ついに世界に管理者が顕現した。
これは新たな戦いの始まりに過ぎないのかもしれない。
「元々は君が一番最初に世界を案内してくれるって言ってた筈なのに、ようやく来たと思ったらクリア後の世界だなんて。最近直接会ってなかったね―――トワ」
「クライマックスだったからな。かなり私たちの予定と乖離してたが」
「ところで、どうして私がやってきたのかわかるか?」
「何で?」
「この世界で私は無敵。お前をゲームの世界に閉じ込めてあんなことやこんなことを……むふふ」
ゲームの悪役みたいなこと言い始めたよ。
あ、ジュース来た。
何かの癖なのか、メニューの中でカフェインが一番高そうなものを選んでいる様子の彼女をしり目に、フルーツミックスジュースを一口。
「あんなことやこんなことならもうお腹いっぱいさ。楽しんだんだもん」
「だろうな!」
「わっと」
びっくりした。
何を急に大声を。
「お前に言いたいことは幾つかあるぞ! 本当は終局クロニクル前哨戦としてアールとの戦いはもう一悶着ある筈で、12聖全員とコミュニケーション取りつつ最終戦に参加するかしないかの採択とかがあってだな!? 聖遺物の力を解放するイベンとかがががが、この無職ッ! お前のせいで過程全部すっ飛ばして最終戦に飛んだ時の私らの気持ちを知っていいるかががががが!」
「うんうん、わかるわかる。そうだね、その通りだよ」
何言ってるか分からないや。
私がアールさん刺したの悪いっていうなら、無敵に設定しておけばよかった話じゃないの?
「用意した道全てを万人が行くわけじゃない。分かってるだろう?」
「……ふんっ。どうせ私たちは道からのはみ出しものさ。一口よこせ」
「あげなーい。―――道を外れて、それでも歩む。人生ってそういうもの。それもまた道なんだ。歩んでさえいれば、それが道になるんだ」
「ね、トワ。楽しかったよ、本当に」
「…………。そうか」
ゲームっていうのもまた終わるもの。
いつかは忘れられて、消えていく定め。
「オルトゥスはまだまだ大人気っぽいけどさ。どんなに大きく名を馳せたオンラインゲームもそのうちなくなっちゃうんだろうって、なんか虚しいよね」
「……だな」
「私が思うに、ゲームって一つの世界なんだ」
「あっちの世界でどれだけの人でも、始めた時は只の来訪者でしかなくて。そのゲームでどれだけ名を馳せた有名人でも。それが全く別のゲームになれば……最初にログインしたときは、誰も知らない只ひとりの来訪者。名前も、顔も分からない別人になる。毎回全てを失うんだ」
積み上げたもの全てを失って、また一から立て直す。
それって悲しいことかもしれない。
それって苦しいことかもしれない。
「負けるたびに昔の栄光を思い出しちゃうし、誰かが輝いてるのを見るたびに自分だってかつてはああだったんだよって周りの人に言いたくもなるかもしれない。それって健全で、当たり前で……とっても新鮮なことだと思う」
フレンドの中にはログインしなくなっちゃった人もいるし、これからこのゲームにやってくる人だっているだろう。
いずれ、ゲームは終わる。
新しいゲームは始まる。
全てがリセットされた時。
確かに失いはするけど、また始めることが出来る。
それって本当に―――本当に本当に素晴らしいことだと思うんだ。
また一緒に歩んで、様々なことを共有して……。
「だけど、今はただ有難うって言いたいよ。それに、おめでとうってね。ちゃんと一つの物語の完結させてくれた運営にも感謝だけど。それ以上に皆に誇ってほしいんだ。一つの人生を全うしたっていう事実を」
「お前のそれ、つくづく管理者の視点だな」
「ん?」
「―――あの時、やっぱりお前は私と一緒に来るべきだったんだ。無論、今からでも遅くはないが。朔夜はとっくに来たわけだから」
「警備部門で働いてるんだよね。……お?」
差し出される手。
さてはまだ私のミックスジュースを。
「管理者からスカウトの誘いさ。ネクストステージだ、ルミ。お前には資格がある。私と一緒にゲームの運営側に回らないか?」




