最終話:新たな出会いは誰かの光
「で―――?」
「結局その誘いどうしたの? ルミねえ」
「むふふ……」
「これ笑ってんの?」
「わかんにゃい」
「けど可愛いことは確かだよ」
………。
『環境は全て整えてやる。欲しいものはくれてやる。ルミ。お前は管理者にこそなるべきだ。その視座、精神性。そしてあったかさと柔らかさ。私の枕として就職してくれ』
『ダイブ中は動けないからってこと? それ何かしらの犯罪に抵触しない?』
『バレなきゃいい。で、答えは?』
………。
「うーむ。答えは迷宮入りかもしれない」
「勝手に迷っててくれ。ケーキ食べる」
「あ、私チーズケーキね」
「ババロア」
「バスクチーズケーキが食べたいです」
「ジュースのお替りよろしくなボス」
「自分で行け」
相も変わらずみんな甘党なんだね。
沢山のお客さんが来るからと、マスターがここ数日夜なべして作った冷凍ケーキを解凍するのも間に合うかなって勢い。
何なら半解凍のシャリシャリ感を味わいたいって人もいる。
「ねー、理恵ー、それっておいしいの? 興味ある」
「勇音も食べる? 冷凍のままも美味しい。あ、おねーさんの食べてるのも美味しそう……」
「お酒入ってるんだ、学生はダメね―――想那ちゃん、こっそり忍び寄っても駄目だよ」
「羨ましいですぅ……」
フルーツタルトにクリームたっぷりのケーキ、カヌレってのもいい。
食べ方ひとつとっても色々あるわけで。
カルーアに浸して食べるティラミスに似た食べ方だとお酒とケーキ、双方の味がひとしお引き立つって人もいるみたいだ。
「んふーー! これが大人の特権! コニャックに浸したたっぷりフルーツのあんまりに贅沢な洋酒ケーキ! 美味しすぎですわ! パクパクですわ!」
「ふふっ。麻里さん、マリア出てますよ」
「てかなんか混ざってね?」
「リアルマリア姫……、ふへへっ。おれ明日死ぬんか? 帰り事故りそう」
「乗り合いできてるわけですし巻き込まないでほしいでござるよ。スミレ殿。首傾げてどうかしたでござる?」
「いえ―――このケーキ、黒鉄商店で再現できそうな気がして」
「ヴィオラさんは真面目過ぎですよ?」
本当に大所帯だね。
聞こえてくるのは、ゲームの中でおなじみになったような声。
どれもが、誰もが―――顔や名前、外見は確かに違うはずなのに、どうしてかそれが誰なのかが分かってしまうという不思議な感覚。
「ルミさんじゃなくても初対面の筈の人が誰か分かるって、結構凄いことじゃない? 案外」
「早い話、その極点に居るのがルミねえだからな。で? 話し戻すが、トワさんと何話したんだ? 結局」
「んーー?」
他愛もない、ゲームの話くらいさ。
「あとどのくらいゲームができるかなって……、ね」
「「……………」」
どうして急に静かに。
あ、バーの雰囲気に合わせたわけね。
「もしゃもしゃ……あの、―――なんだろ。ルミさんってゲームをどこまでやりこむタイプですか?」
「というと?」
4号サイズのケーキ一ホールをペロリ。
学生として向かうところ敵なし、糖尿病何するものぞといった様子のワタル君が尋ねてくる。
「ほら、エンドコンテンツまでやり尽くすとか、表ストーリーをクリアしたら一応そこで辞めちゃうとか」
「最近はやっぱりストーリーをクリアしたら次のゲームって若者が多いですからね」
「若者代表が言うんか」
難しい質問だ。
そもそも私はね、うむ、うむ。
ポート・ポータ……港のおしゃれ鳩と名付けられた黒ビールを傾け、考える。
「あんまりゲーム自体やってこなかったからね。それこそ、オルトゥスが初めましてってくらい。でも、最近気づいたんだ。ゲームって、やっぱり人生なんだって」
「え、廃ゲーマー?」
「やった! 生涯現役宣言ッ」
「思考が完全に手遅れのそれになってます」
「だってほら、上を目指して進み続ける。最終地点に悔いがあったとしても、なかったとしても。いつかは終わりがあって、本当にたくさんの冒険があったこれまでを振り返りながら眠りにつく。その過程、一瞬一秒を楽しむこと」
現実と何一つ変わらないんだ。
だからこそ彼らもそうやって、第一部が終わった中でもランキング一位を目指して進み続けてるんだし。
レアアイテムの為、名声の為、地位の為……。
どうあれ、目的のために死力を尽くして立ち向かい続けるっていう熱さ、熱量は変わらないんだ。
そういうのを見てると楽しくなって。
なんだか私も足跡を残したい気分になるよ。
「そうだ、皆。今度のハイキング私も連れてってよ。一つ、弱者の戦い方ってものを見せてあげるから」
「え」
「「却下」」
「マリアさんとかハクロちゃんならいいけどルミねえは却下ぁ」
何故に?
「君たちよくよく私にギルド入ってほしいって……」
「無職でさえなければ喜んで連れていきたいんですけど、無職ですからね」
「デフォで死ぬことがザラな超高難度初見殺しオンパレード区域をハイキング気分で考えてるようなにわかはお呼びじゃないんでな」
「今のルミ姉は―――」
「いわゆるトロフィーです。持ってるだけで意味があります」
「そういう意味での加入してほしいっすね、ルミさんには」
「成程?」
余程手遅れなゲーム脳……!
「酷いね。そうやって私を仲間外れに」
「「働けニート」」
「現代社会人の義務を全うしてからいじけろ」
「うわーん、学生さんたちがイジメる……。竜也くん、悠月くん、出番だよ」
「ちょ!?」
「ルミねえこのっ!」
「ほほう。高校生諸君。いかな最高学年になったからとはいえ……」
「社会人への礼儀が鳴っていない学徒がいるようであるな」
「ロランド、ここは円卓古龍共同戦線はどうだ」
「良き! それもまた青春である! さあ掛かってくるがいい! 腕相撲大会の開催を宣言す!!」
「ほどほどにしてねー、王さま」
「やりすぎて手首怪我させんなよー竜也」
「たーいむ! ムーンさんとロランドさんはルールで禁止ぃ!」
「ランキングトップの団長二人はちげーだろ!」
「何でリアルでも恵まれた体格!!」
ユウトやショウタ君らが現実でもフィジカルエリートな彼らにもみくちゃにされてる間に私はまたお酒をちびちびとやる。
ふと目に入ったバーのテレビでは顔にモザイクのかかった人物へ沢山のマイクが向けられて、何やら取材みたいなのが行われてるらしい。
声も加工が入ってるみたい。
「オルトゥス開発者のインタビュー、か」
「扱い犯罪者じゃねえか」
昨今、続々と新しいゲームが開発されてるらしくて、その一大ブームを起こした企業への取材だって。
技術的今日だけじゃなく、新規で立ち上がったゲーム会社の支援とかもしてるみたい。
「オルトゥス―――起源。やっぱり次世代型ゲームのひな型としてテストの意味合いが大きかったのでしょうね。ハクホウワークスのT氏はこの技術を更に深く浸透させるつもりだ。どう見ます? メモワール君」
「白峰は企業自体が元々は医療業界からの派生、人々を助ける光……その性質は変わっていないということでしょう。しかしひな形のゲーム性が高すぎてほかのゲームのハードルが上がり続けてるんですが? ははは」
カウンター席の一番見えやすい位置に陣取ってる記者さんたちが見上げながらワイワイしてる。
スーー、っと流れてきたカクテルの先を見ると、怪盗さんがウィンク。
あちらのお客様からだ。
ありがたく受け取って―――。
「あーー」
「ルミエールさんに、餌付けは~……禁止、でしゅ! 没収!」
「麻里さん、そろそろお水を。店主さん、お水を―――」
間に座り込んだ御嬢様に飲まれちゃった。
「いてて……、とりあえず今襲撃してきた二人のどっちかを*****できれば俺たちのギルドランクも一気に上がるからな」
「とりあえず***、して****するところからだね」
「現実でも自主規制って入るんだ」
「てかルミねえでしょ」
あ、バレた。
昨今の学生さんたちは色々と言葉を知ってるみたいで、学校でもたまに使ってる子たちがいるから時々使う機会があるんだ、ピー音発生装置。
「ジョークグッズかよ。どこで売ってんだよ」
「作ってもらったんだ、丁度テレビ映ってる人に」
「天才の無駄遣い……」
色々なところに目を向けて楽しんでる中、おずおずと隣に座った陰に視線が向く。
やや毛先が毛羽立った、けれど可愛らしい黒髪の女の子と、ふんわりした雰囲気の眠たげな女の子だ。
「あ、おねーさん……ど、ども」
「やぁ千鶴ちゃん。飲んでる?」
「マスターさんのカクテル、おいしい……。ここいいお店……。けど高そう」
「今日は特別。一人頭3000円だよ」
「良心的すぎるよーー」
「あ、***するなら鶴ちゃんコンビでもいいよね?」
「まぁ三位だしな」
「ポイントうまうまです」
「こわ!? 飲んでる隣で自分の殺害計画建てられてるんだけど!?」
「あははーー。下手な計画なら返り討ちだからねー。あ、次のカクテルはぁ……」
大学生だからね、色々な種類のお酒に挑戦してるらしい。
注文した二人―――美鶴ちゃんに注文してもらった千鶴ちゃんはおずおずと飲み始めて。
私も、バーテンダーさんの華麗なシェイカーさばきに目を見張る。
「ルミ・エールよ」
「どうも」
秘匿領域の空と同じ色。
コニャックをベースとしたカクテルは一センチあたり9000円。
「ね、おねーさん。あの人―――もしかしなくてもメアさんだよねー?」
「よく分かるね。流石は美鶴ちゃん」
「みっちゃん、どういう遊びなの……?」
ロランドさんと一緒に飲んでるリカルドさんもそうだけど、ミツルちゃんもとっても観察眼に優れてる。
サクヤはさっきまでスミカちゃんと楽しそうに話してたけど、今はバーテンダーとしてカウンターのお客さんを相手しつつしっぽり飲んでるみたい。
自分で漁れるからって、ここぞとばかりに高いのを……。
「けど隣のあの子見おぼえないなー。おねーさんの知り合い?」
「んーー? カウンターの奥のちみっちゃいの? オルトゥスの開発者だよ。ほら、今テレビに映ってるの」
「「へーー……」」
「か、神ぃ!!」
「貴方が神ですか!?」
「―――おい、無職。この若者たちに何教えた」
事実しか言ってないよ?
「ってことはVR技術を50年は躍進させた大大大大天才の黒川トワさん!! モノホンッ!! モザイクなし!」
「貴方が神ぃ!」
「静かに飲ませろ」
やっかいふぁんってやつだね?
けど、危惧してたことだ。
オフ会なのは良いけど、やっぱりこう色々大々的にやってるとリアル関係の面倒ごとっておきそうだよね。
「ね、大丈夫なの? 合同オフ会の企画主さん」
「私を信用してないってことかしら」
「滅相もない」
ハクホウワークスの警備課って凄いらしいんだ。
この情報化社会、街中の監視カメラへのアクセス権限も高レベルで持ってるし、国家ともずぶずぶな関係。
おまけに霊長類最強の我らがサクヤさんがいる。
なんて恐ろしいんだろう。
……。
さて。
「どこに?」
「ちょっと吸ってくる」
「―――チョコ菓子をタバコみたいに言うな」
皆に断って店の外に。
「あ、ルミ先生」
「るみ?」
「やあ」
と、お外の席ではスミカちゃんと寧々ちゃんがいた。
二人で話してたみたい。
「何話してたの?」
「いろいろあったなーって、振り返りですね」
「クオンと出会ったの、ルミと一緒の時だった」
秘匿領域探訪の時だね。
あの時からさいきょうのふたり、って感じだったの覚えてるよ。
「それで二人で話してたからなんですけど、なんていうか―――。ルミさんって変わらないですよね」
「大人だからね。そういう過渡期はとっくに終わってるんだ」
「どらい」
「この人のはしおれてるっていうんだよ? 寧々ちゃん。変わらないっていうのはゲームと現実でっていうのもあってですね?」
「二人は結構性格変わる側だからね。けど、誰しも相手や状況が違えば変わるもの。真には、根っこの部分を補強する属性が増えるってことだと思うんだ、ゲームの強みは」
「悪い方向に成長もしますよね?」
怒りやすくなったりとかね。
「けど、精神的に成熟してく場合もある。寧々ちゃん―――ハクロちゃんみたいにね?」
「ん……! 一人でジュース注文できた……!」
「「素晴らしい」」
「だから、変わらないって意味では……私はね? スミカちゃん達みたいに、沢山の人がオルトゥスの世界を通して成長して、この先で生きていく目的の断片を得られればっていうのを助けたいんだ」
「「……………」」
「トワ……今日来てるオルトゥスの開発者もね。彼女がオルトゥスを作ったのはそういう目的があったらしいんだ。このひろーーい世界のどこかにいるかもしれない、自身の理解者とめぐり合わせてあげる為に」
私も、トワも、サクヤも。
私たちは出会えた側だった。
けれど―――もしかしたら、自分のいる世界では出会えなかったかもしれない人たちもいる。
それはクオンちゃんだったり、ハクロちゃんだったり……。
そういう人達を出会わせるための世界があそこなんだ。
昔流行ってたっていうマッチングアプリっていうのに似てるね。
「二人は将来の夢は?」
「ふふ……。勿論メアさんと一緒に人界を制圧して私たち魔族側の千年王国を建設することです!」
ここにもゲーム脳の弊害が。
「っていうのは一割冗談で。……そうですね。学校の先生とか……、世界を旅行するのも良いかもしれないですね」
「英語勉強しなきゃね」
「あはは。そこは皆で一緒に行くから私一人くらいなら喋れなくてもいいかなーーって」
「「こら」」
おや、いつの間に。
「人頼りはよくないな。また勉強会だ」
「ご褒美つきならやります」
「けど実際世界旅行に行くってなったらその時はルミねえ拉致って連れてくからセーフだよね?」
「アウトだよー! 人権的にアウト!」
「無職に人権ってあるのかな……」
……。
出会ってた子たちが、別の世界を通して更に深く繋がれるって場合もあるよね。
「んう? あ、そうそう。寧々ちゃんは? 将来の夢ある?」
「ん……。漁師? 釣り人?」
「「ミスマッチ……!」」
剣聖やってる子が。
しかもこんな可愛い子が。
けどそういえばハクロちゃんの二次職って釣師だったっけ。
「考え直した方がいい!」
「寧々ちゃんも拉致して連れて行きましょう、旅行」
「それ採用!」
「ふふ……可能性は無限大。私は何を否定するつもりはないよ。君たちには無限の可能性があるんだ。無職にもね」
「「働け」」
「む。世界が私に優しくないね」
「当然なんだよなァ……」
「何でゲームの中ですら無職がいいのか、こーれが分からなくて」
「ふふ……。私はそれでいいんだよ。だって、私は信じてるんじゃなくて分かってるから。今よりちょっとだけ世界が優しくなれる方法を」
無職には優しくないけど。
その方法はもう実践されてて、世界中に在って、そして簡単だから。
かつての私は躍起になって世界を優しくしようとしたけど、そんな無理にやらなくてもよかったんだってわかったから。
「一気に変えなくていい。ほんのちょっぴりでいいのさ」
出会って、そして楽しんで。
一緒に進む。
「誰かと出会って、そして遊ぶ。きっと世界は今よりほんのちょっぴり、よくなると思うよ? 今目の前にある通りにね。出会いに乾杯さ」
「はいはい」
「それでは皆さんコップを拝借……。私たちの素敵な出会いに」
「「乾杯!!」」
◇
◇
◇
「知ってる? ゲーム世界における、はじまりの森の都市伝説……」
「森なのに都市伝説なのか?」
「変だよねーー、やっぱり」
「―――そこは突っ込まなくていいの」
軽装に大斧を装備した少年。
ローブ姿に枯れ枝のような杖を付いた少女。
祭服に小さなこん棒を持った少女。
たとえるのならば戦士、魔法使い、僧侶。
一つの理想的なチームだろう。
これまで必死に調べてきた事前知識を得意げに語る魔法使いの少女が戦士の少年を飛び越え、先導するように歩く。
「まぁ、始まりの森とは言うけど、一つのゲームってわけじゃないんだって。いわゆる、一番最初の町の最寄りにある、一番レベルの低い地域で起きる現象の総称……はじまりの森の都市伝説」
少女の持つ枯れ枝のような杖の先に光が灯る。
それは、木々に囲まれた夜の森の中ではひと際大きなものとして照らされているようで。
「曰く、偏在するお助けNPC……。まるで型に嵌めたみたいに同じ容姿、同じ言動……。ゲーム自体がどれもハクホウワークスのものだから、やっぱりコンセプトが同じNPCなのか、運営側の人間が専用アカウントでログインしてるのかのどちらかって話があるらしいの」
「けど何でその人探すんです?」
「初めてログインした初心者たちの前に姿を現すことが多いって話だから! カメラ機能もあるし、話とかできればバズるかも! あとは……」
「倒したらレアアイテム」ドロップするかも、と。
少女は真っ白な歯をむき出す。
次世代型VRMMOの金字塔、オルトゥスから枝分かれと派生した数々の異世界。
双方のゲームを行き来することができる「扉システム」によってこの世界に導かれてきた数多のPL。
中でも、三人はこのゲームが初めてのログインとなり。
全て、あらゆる出会いがここから始まるのだ。
「―――せいや! ウサギ狩り!」
「……本当にあっさり倒せるんですね?」
「事前知識は万点だもの! 楽勝ね!」
はじまりの森の中で出会う小動物のような敵を倒し、僅かな手傷を負えば治す。
初のゲームはあまりに順調な中で。
一定、予想外の事が起こりうるもの。
「グオオォォッ!!」
「でけえ―――って、レベル30!? ここら辺の敵じゃない!」
「来訪種! 別世界からやってきた、超低確率エンカウントの場違いな強敵―――!!」
初めての世界で立たされる窮地。
ゲームという認識の世界で、胸が跳ねるような、小動物のような彼らの日常の延長にはない、二メートルを優に超えるかという熊型の敵。
「で、でも―――た、倒したらレアアイテム……」
「倒せたらな! 逃げるぞ!!」
「煙幕持ってます! あとは補助の隠密スキルで姿を―――、あ、あれ? 手が……」
「馬鹿!」
不測の事態において人間が取れる行動は少ない。
経験。
その一点こそ、人間が大きく躍進してきた所以のひとつたる根源的な力。
経験の不足こそ死に直結する最も大きな要素。
初心者は怠り、忘れ、やられて―――そのうえで成長していくもの。
三人にとってはこれが最初の苦い経験で。
「ね―――君たちは人間が一番幸福を感じる瞬間っていうのを知ってるかな?」
「「!」」
今に皆が初ロストという通過儀礼、祝福を受けるかと思われた時。
視界に映る、月明かりに照らされた一人の女性。
PLなのか、NPCなのか。
突如として現れたその影が彼らの前に躍り出て、突撃してくる獣の影と接近する。
「目的の達成したとき? 成長の実感が得られたとき? 美味しいものを食べた、素晴らしい音楽を聴いた―――、それも、これも……全部正解だ。間違いはないと思う」
「じゃあ、だけど。私の持論としてはね―――」
「危ない!」
躍り出た存在はまるで糸で吊り下げられたような不規則な、それでいて人間の枠を外れた動きを見せる。
大熊のナイフのように鋭い爪をひらり、ひらりと躱し、熊の背を滑り台のように全身で撫で。
「あ、そうだ。お助けキャラなんだっけ? まず、脚の動かし方から行こうか? 説明いる? それとも目で覚えるタイプ? 今の子って説明より見せたほうが速いんだっけ?」
「「―――――」」
躱して、接近。
躱し、距離を取って、また詰めて……。
見せる、或いは魅せるように金色の影は舞う。
「どんな世界でも、どんな分野でも。一番のてっぺんに行った人だって最初はあった。恥ずかしがることはないよ。逃げたのも、とってもいい判断だった」
「あ……!」
「ひか……り?」
「ちなみに、私もあれは倒せないから―――。こういう逃げ方もあるって説明ね」
「ォ! ……、ォォォォォォオ!!」
不意に横から現れたこぶし大の、ぼんやりとした光の塊。
ふよふよと森の奥に飛んでいくソレをを追いかけるようにして去っていく大熊。
草のにおい、地面の揺れ……現実の緊迫感。
疲れもしていないのに荒い息を吐きへたり込む三人の前に、その存在がしゃがみ込む。
「さ、ピクニックじゃないんだ。座ってる暇はないよ? きりーつ」
「「!」」
「ふふ……良い反応だね。さ……はじまりだ。森を抜けるまで案内するよ。だから展望を聞かせてほしいな―――この先、君たちはどんな出会いを体験してみたい?」
「……あ、の。その前にお礼言っていいです?」
「有難うございます」
「こんな出会いに憧れてて……」
「良いね。早速タスクの一つが完了じゃないか。なら、次は……」
女性は優しく手を伸ばす。
この瞬間には既に三人の頭の中には当初の目的は存在してはいなかった。
手を取り。
そして、歩み出す。
今だ知らない、希望と未知にあふれた異世界へと。
………。
「さぁ、新しい冒険だ。一緒にログインしてみよう」
こんにちは、作者です。
最終話、と。
初投稿から5年近く。
この文言が入る日が来ましたか……。
ひとまずは、感謝を。
拙作「ルーキスinオルトゥス(副題略)」にここまでお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。
以下、ちょっとだけ裏話を。
本作はもともとメインで投稿していた小説のサブ、余った時間(余ってない)の穴うめとして始めた、一種の短編物語でした。
そう、短編です。
一話完結っていう定義ではないですが、ともかくそこまで長期連載の予定ではなく……。
一説には「VRファンタジー書きたい!」やら「ステータス画面って格好いい!」という声があって計画が始動したという声も。
まぁ……実際やってみるとこーれが難しい!
普通に異世界ファンタジーやってるより遥かに難しかったんですね、これが。
ハッキリ、登場人物の魅力を十全に語るには作者の力不足甚だしい、と。
当初予定してた着地点とか、伏線とかは続けてるうちに難しいと考え直して大きく路線変更したりもしました。
反省猛省大反省。
……とは言いつつ、今になって思うと意外なほど悔いはない。
ブレないからなんですかね? 主人公が。
結局作中で主人公の無職は成長していませんよね。
普通、物語と言えば主人公の成長を通して進んでいくものですが、「隠居生活」のタイトルにもありますように彼女って本編開始時点でレベルカンストしてるようなものなんです。
一つの、完成された状態での主人公。
ブレない、めげない、立ち止まらない……帝王三原則の持ち主。
彼女自身は特に精神的に強くなっていくわけでもなければ、作中通して希望ばらまいたり羽根ばらまいたりリンゴばらまいたり……とにかく、サルの威嚇行動かっていくらい色々投げてただけ。
良く言えば自覚なかったりあったりしながら影響を与えて暗躍? して周囲を盛り上げ続けるトリックスター的な立ち位置でした。
存在してるだけで効果及ぼすアイテム的な?
世界観とかキャラの背景もゲームだしこまけぇことはいいんだよぉ! みたいなテンションでごり押したり……。
とにかく、あんなちゃらんぽら……ブレない性格な主人公だったからこそ、完全に納得した終わりではなくとも何処かさっぱりとした気分なんです。
作者、ある種大満足です。
そしてもちろん、ここまで付き合ってくださった方々にも大感謝。
本当に、サブで気楽ぅーにやるつもりだった話が170万字にも及ぶ大長編になってしまい、皆様の視力後退に一役買う結果となってしまいましたが、小さな暇つぶしの一つにでもしていただけたのであれば幸いです。
では、名残惜しいですがさっぱり路線のまま終わらせましょう。
願わくば、またどこかで。
皆様の目覚めが、優しい夜明けで始まるように(作中引用)




