第26幕:崩れ落ちる
暗がり、闇、塗りつぶされた色の中。
広がる黒の根源はまさに視線の先のように思えた。
確かに光である筈なのに輝きを感じられず、そこにある筈なのに自分が本当にその姿を認識しているのかが定かではない。
光っているはずなのに、同時にすべての暗闇がそこから始まっているようにも見える。
そもそも、俺はその姿を認識できてない。
目の前に確かにいる筈なのに、声の主とその真の姿がどういうものであるのかが全く分からないのだ。
そのうえで確かなこともある。
表示されたステータス画面、その文字と数値……目の前に確かに在るものこそが。
「「―――――」」
「魔神王……ラーディクス?」
冗談だろ。
流石にそれだけはないだろうっていう可能性のど真ん中をぶち抜いてくるな。
「姿が見えないんですけど。これって私だけ? 皆さんはどう見えてます!?」
「同じくだ。おそらく皆そうだろう」
「五百レベル? 体力六桁!? 冗談っていうかバカみたいな能力値とレベルじゃん。完全顕現してる大神そのものじゃん。え、僕たち今からあれと戦う事想定してるの!?」
「―――あれって斬ったらダメージはいるんですか? そもそも」
「とりあえず切ってみればわかるであろうな!」
……。
「……。よくわからんが、攻撃してよいのか?」
ロランドさんがつぶやく。
圧倒的雰囲気ゆえに確かにそこにいるのだと分かっているが、姿も見えず敵意も朧気。
そんな相手とどう戦うべきかを誰もが考えて。
とりあえず、やってみればいいかと―――。
『控えよ』
「「……!!」」
身体が動かない。
いや、動いてはいる。
自分の身体が震えている。
その怖れをかき消すように目の前に火花が弾け、それが文字として現れた。
『―――我は全ての魔族の始祖。全ての竜の始祖。我が翼と角から竜を創り、瞳と髪から魔族を創った』
『―――我は全ての根源。最初の思考』
『―――すべての思考の前には我の意思が介在している。全ての思考は我の次に灯るものである。全ての思考は我の意思に準ずるものである』
静寂の中、目の前に弾ける文字列。
文字自体は日本語どころか見たこともない言語だったが、まるで意味をなしていない言葉の列をまるで知っている日本語のように脳が勝手に意味のあるものへと変換する。
認識の数秒後に理解が来る、気持ち悪さすら覚える感覚。
奴が思考どうこう言ってるのと関係あるのか?
「分かんないのに言ってること分かる―――けど、つまり……? 何言ってるの?」
「分からん」
「分かってねーじゃん、俺も分からんけど。思考筒抜けって話じゃないん?」
「心当たりがあるな」
「人間でもできる人知ってますけど……」
『―――測らせてもらおう。その資格が、貴様ら来訪者たちに存在するのかを。我が剣―――真竜ジュデッカの刃から天の御子を守り通すことができれば、の話であるがな』
「「!」」
いや、淡々と紡がれる中に聞き捨てならない言葉があった。
まさか。
やけに出てこないとは思ってたが、流石にあれまであっちに行ってるっていうのなら防衛側に勝ち目ねーぞ。
◇
「さぁ出番だよ用心棒チヅルちゃん。今こそサーバー三位の力を―――」
「無理無理無理無理無理!」
「相手悪いよー! 何で最強格の人たちがどんどこ侵入してきてるのさー。防衛線のほうはどうなってるの!?」
逃げ回る敵を視界に収めて剣を振るう。
舞い散る黒焔、また一体の骸骨騎士が飲まれ消えて。
「前戦った時より明らかに強くなってる―――っていうかレベルが120って書いてあるけどバグ!?」
「もう一人って未知領域の悪夢さんだよねー、どうしてここまで侵入されてるのさー!」
「最高の気分だわ」
じりじりと後退していくルミエールさんたちと距離を詰める私とメアさん。
今この場にはいないけど既にティアも、ラースも要塞内部だ。
あの二人は厄災……防衛として残していた人員も十分に実力のある人たちだったのは分かるけど、ソレを加味しても止められるものじゃない。
メアさんもとんでもないことを考えたもので。
「まさか脱出転移の効果範囲がそんなに広げられるなんて、予想もしなかったよ。まんまと侵入を許しちゃった」
「作戦考えたリカルド君が悪いよー」
「みっちゃんだって自信満々だったくせに!」
「仲間割れしないの、仲良く消えるんだから。状況は絶望―――そう思わないかしら? 人界の聖女様」
「ふふん、わかる」
「「呑気!」」
「この余裕……ルミエールさま……!」
「何か秘策がありそうな顔ですね!? これ!」
御子様たちを守るようにして前に出つつもあの人は相変わらずまるで危機感のなさそうな顔してる。
けど、彼女が前に出ること自体が既に後衛職が壁にならなきゃいけないほど戦力がいないことの証明。
本当に秘策があるのか、それともただ危機感がないのか全く分からないのがルミエールさんの怖いところで。
じりじりと後退する彼女たちに切っ先を向ける中で、ルミエールさんがまたわずかに前に。
三歩下がって一歩進んだ形。
「四騎士のうち三人がいて、しかも悪夢さんの相手までだって? ちょっと戦力過多すぎるよ。誰か一人くれない? それでイーブンだ」
「一人でほざいてなさい」
「もう少し手心とか―――」
「戦いにそれを求められても困る」
そもそももうちょっとひっ迫してるような表情してから言ってほしい。
やっぱり、秘策とかはなさそうだ。
いつもの話術による時間稼ぎ。
「ほら、あれだ。やめるなら今のうちだよ?」
「話が長い」
「そろそろいいかしら。切っていい?」
「待ってよ。こっちには世界の大体の事知ってる妖精の王さまとか、魔王って呼ばれてるPLさんとかいるんだよ? 王さまたちの一声で今に万の軍勢が……」
「だーかーらー! ハードル上げないでって―――」
「―――ぐぉ……!?」
「あ、おーちゃんさん」
チヅルの言葉を遮り今に飛び込んできたのは妖精王。
けど、助けに来たってよりは吹き飛ばされてきたって感じで。
遅れて悠々と侵入してくるのは銀髪長身の女性騎士。
「妖精王。あの件以降、あなたに関してはそう重要視してはいませんでしたが。このタイミングであれば処理することは出来そうですね」
「む、むぅ……」
どうやらティアに追い詰められてたらしい。
妖精王も確かに最上位職の神霊演奏者ではあるけど直接戦闘っていうよりは補助向きな能力構成だ。
今の環境で一歩劣るのは否めないだろうし、ルミエールさんが言うような戦況をひっくり返すような力はとてもない―――、っと。
「メア」
「勿論」
二人同時に跳ぶ。
それと全く同じタイミングで着弾する武器の雨、あっち側に展開される黄金の波動。
「間に合いましたか? そうでないと困りますが。僭越ながら、仕事はさせてもらいたく」
「リアお姉ちゃんたちは下がっててね!」
「僕たちがいるんだから問題ないよ! この要塞はバベルおじさんの加護だってかかってるんだから!」
結局時間は稼がれちゃったかな。
紫紺の斧槍、そして金璧の天盾。
まぎれもない格上の強者だ。
やっぱり楽々というわけではないみたいだね。
けど、あの三人は御子の護衛がメインの筈だから前には進み出てこない―――、まずは。
「メア。先にすべきことは……」
「勿論分かってるわ、あるじ様。さぁ、ルミ。先に王手をかけたのは私たち。いつまでも何もできない守られるだけ、みたいな顔はやめてちょうだい―――ね!!」
「「!」」
今のわたしたちなら12聖とも渡り合える。
けど、優先はそっちじゃないと前に飛び出し、双子の放つ武装の雨を回避しつつ迫るはたった一人。
「えわたし?」
とりあえずおしゃべりでやかましい回復役を潰す。
システム的には関係ないメアさんのサブクエストの勝利条件も達成できるし、これで―――。
「―――それは困る」
「……なに?」
「私は賭けで負けたことがないんだ。経歴に傷がついたら困るよ」
確かに首を裂いたはずが、手ごたえがなく。
更にはメアさんの放った長剣の斬撃が旅装の袖からにゅいと出た短剣に往なされる。
私の一撃目は避けられたと仮定しても、メアさんの攻撃を止めた? ルミエールさんが?
「―――いやそうか。道化師の最終スキル……」
そうだった。
ルミエールさんって基礎能力のポイントを自由に移動できるんだっけ。
―――――――――――――――
【Name】 ルミエール
【種族】 ***
【一次職】 **(Lv.**)
【二次職】 **(Lv.**)
【基礎能力(経験値0P)】
体力:** 筋力:** 魔力:**
防御:** 魔防:** 俊敏:**
【能力適正】
白兵:* 射撃:* 器用:*
攻魔:* 支魔:* 特魔:*
―――――――――――――――
で、視覚的にはそれが見えないからどんな構成か予測もできないと。
私と同じ……ユニーク職特有の情報秘匿。
けど、確かにレベル上限の存在しないユニーク職である彼女ならどんな能力値になっててもおかしくない。
極論、素早さや攻撃力に全振りでも。
能力値の改変に情報秘匿……究極的にルミエールさん向きだね、どこまでも。
「思えば私は彼女の能力値を直接見たことがなかったな。常に秘匿に隠れていた故に」
「どんなピーキーな尖り具合もあり得るってことね。そうでなくっちゃ。さぁ、いつまで耐えきれるかしらッ!」
「やめてよ。あ、チヅルちゃんとミツルちゃん? 援護してくれない?」
「―――あ、そっか」
「おねーさんが普通に戦ってる衝撃で固まってたよー」
結局相手は魔王チヅルに黒幕ミツル、そしてルミエールさん。
双子と天盾リオンは動かない、あくまで御子の守りを優先するらしい。
「―――”焔刃貫突”」
「わぁ」
「これも捌く―――あなたは逆に何を持ちえないのか」
「ホントはね。手に抱えきれないくらいの果物を持って帰るのが夢なんだ。ところで実はね? 今ここにいる私は某怪盗さんの化けてる真っ赤な偽物―――」
「騙されないわ」
「いい加減そのおしゃべりな口を閉じさせてもらいたいな」
どう見ても本物のルミエールさんでしかない。
けど、ここまで動けるなら本当にどうして前衛職を取らなかったんだろう。
いくら能力値を多少改変できるといっても、あくまで補助的な力……たとえ御子様たちが何かしらのバフを付与してたとしてもメアさんや私と打ち合えてるって時点で意味が分からない。
ルミエールさんって何ならできないの?
「二人とも、左右に……!」
「「!」」
聞こえた声は仲間のもの。
後方からティアの槍が飛び、ものすごい衝撃波が発生する。
防ぐは天盾リオンの盾―――あちらからは双子の生成した武器が数十と飛び、空間が荒れに荒れて。
「ラース」
「お任せあれ”天蓋焦がし”」
ティアの言葉に壁を融かし現れるラース。
彼の魔法の効果範囲は途轍もなくて、全てを飲み込むんじゃないかってくらいの炎が炸裂―――しない。
かき消された? 何に……。
「「!」」
「次元斬ッ!」
寸でで回避が間に合う。
けど今のは危なかった。
今に要塞の壁と天井を抉りぬく大斬撃―――私たちの攻撃じゃびくともしないはずの外壁が豆腐みたいに。
「……お守りする」
「アレス!」
「アレス様!? 安静にしてなきゃダメですよ!」
次々現れる大戦力。
けど、相手方の援軍は戦う前からボロボロだった。
死神みたいな巨大な二つの鎌を左右の手に一振りずつ握る黒衣の女性。
鉛影の双鎌アレス……確か、ジュデッカ様との戦いで負傷したって話を聞いてる敵の最強戦力。
「殿下を、私が……。時空断ち!!」
「……ぬぬ!? 私の炎が……!」
たった一人で暴れまわる力、まさに暴力。
死神の眼前に映ったすべての攻撃が消滅し、逆にその力が私たちに向く―――ティアの槍術が弾かれ、ラースの炎は消滅。
これが事前に聞いてた空間操作の斬撃……。
「ポール! 私のことはかまいません、アレスの援護をッ!」
「リオンさまもお願いできませんか!?」
御子たちの言葉で戦いに参加してくる他の12聖。
ならそっちの相手はわたしたちかな。
「ル・リオン……そして双子の片割れ。問題ない。メア、大丈夫か」
「さっきちょっと削られたわね。現実には絶対にない力……おもしろいわ!」
ティアとラースの攻撃を完全に捌き切り、そのうえでメアさんに手傷を負わせる。
確かに今までの12聖とは別格の強さだ。
「ぐ、ぅ」
けど、今やラースやティアと同時に戦う彼女はどう見ても手負い。
動きに明らかなぎこちなさがある。
こっちにとってはむしろいいことの筈だけど、どうして前の戦いから回復してもらってないの?
「チヅルちゃん。少しだけ四騎士二人を留められるかな」
「え゛!?」
「アレスさんをどうにかしたいんだねー?」
「そそ」
聞こえるようなところで。
させるわけ。
「さーーアレスさん、それ以上は危ないよ。少し時間くれれば私が……」
「させるか―――、え!?」
ルミエールさんの力で回復されたうえで強化なんてされたらたまらない。
そう思って行動する間もなく、私が標的としていた彼女の姿が飛び込んできた何かに押し潰されるようにして吹き飛んだ。
砕け散る無数のポリゴン、ほどけて消えるガラス質―――。
「「え」」
「え?」
「―――え?」
……ルミエールさん、あえなく吹き飛んだんだけど。
いや、そんなことより。
全てを破壊する勢いでこの場に現れた大影が二対の竜の翼を収め、剣を抜いて悠々と歩を進める。
どうしてあの方がここに。
「ジュデッカ様……!?」
「元帥閣下! 何故ここに……。魔神王陛下の守護は」
「ほかならぬあの御方の命により、この下らぬ茶番を終わらせに来ただけよ―――。御子を始末する、そのために―――っと。また会ったな、最強の星よ」
「四祖魔公……! であればここに雪辱を注ぐ!」
「出来るか? 己が意思の存在しない、勇者たる資格もない、天上の神の木偶人形風情に」
………。
やっぱりジュデッカ様、今一人のPLを吹き飛ばしたこと気付いてないっぽい。
「ね、クオン。私の勝ちってことでいいのかしら? これって」
「―――えぇ……。巻き込み事故……」




