早くお家に帰りたい
実際に『ダンジョン』と書かれている訳ではない。ただ、ダンジョンが作られると、門の様なものも同時に形成され、そこに必ずこの紋様があるのだ。その為、少なくともダンジョンを意味する言葉であろうと言われている。
紋様はダンジョン産のものや、周辺で売っている土産物に使われる事が多く、ウルアもダンジョン観光の土産で貰ったヘアバンドに描かれていたので知っていたのだ。
ちなみにヘアバンドは、黒と茶色で配色されたリボンの中央に、沼のような澱んだ緑色の特大の鳥の羽根が一本突き刺さったもので、その羽根に【ダンジョン】とどぎついピンクでデカデカと書かれている逸品だ。
彼女の2歳年下で、今年17歳になる妹のマールと共同の部屋にインテリアとして飾ってあるが、とても不評だ。しかしウルアの憧れの人、リットから貰ったものなので、捨てることなど出来ず、然りとて身に付ける度胸も無いので、現在も壁で異彩を放っている。
余計な事まで思い出して複雑な気分になったが、これが土産話に聞いたダンジョンの卵かもしれない。
「これ本物かな。光ってたけど」
果たして売れるのだろうか。
くるくると卵を回しながら思案していると、別の文字がある事に気付いた。
「そういえばさっき、なんか見えたな」
読んでみようとするが、薄いし、そもそも彼女の知っている言葉ではないようだ。
「んー。とりあえず持って帰って、誰かに相談しよう」
山菜は道すがら見かけたものしか採っていないが仕方がない。卵を籠に入れて、来た道をまたズンズン歩いて戻って行くのだった。
ウルアの住む家は一応町にある。裏手が山で、大分周辺の建物が少ないというだけで、決して村人ではない。ただ場所が近場の村よりも寂れているだけだ。それなりの距離を歩けは隣人だっているのだ。
彼女の家が町外れに建っているのには理由があるが、短時間で裏山を踏破出来るだけの脚力があるので現状に不満は無い。リットに会う機会が少ない事以外は。
家が近付いてくると、樹の下に背の高い男らしき人影が見えた。
「げっ」
心当たりがある。会いたくもないのに毎日会っているが、今朝は姿が見えなかった。
ここで逃げてもどうせ家まで押しかけてくるのが分かっているので、嫌々ながらもそのまま進んだ。
樹に寄りかかっていた男がこちらに気付き、片手を上げた。
「よっ! ウルハ、おはよ」
「おはよう、ザップ」
一応笑顔を保つ。
「今日も山菜採りか? 俺が持つよ、かして」
手を差し出してくるが、彼女の籠は腰に括り付けてあるし、特に重いものでもない。
「近いし、いいよ」
「ん? そうか? なら送っていくよ」
もう一度近いからと断るべきか—— 一瞬迷った隙に腕を取られて歩きだしてしまう。面倒になって大人しくついて行く。どうせ直ぐに着くのだ。
ウルハは気遣いが微妙にズレている隣人のこの男が苦手だった。
顔は良い。年齢も二十歳と若く、赤銅色の髪に日に焼けた肌が男らしいと、町の女の子に人気がある。幼馴染でもあるので、気のいい奴だとも知っている。しかし彼女の好みではなかった。
「……それで最近母さんがさ……」
ザップの母親の持病である『突然美味しいものが食べたくなる病』の話を聞きながらあっという間に家に到着。
「送ってくれてありがと。それじゃ」
卵の話を家族としたいウルハは礼を言って別れようとするが、ザップに引き止められた。
「あ、待った! あのさ、明日なんだけど、ええっと、その……実はさ、」
さっさと言えやあ! 内心で毒づきながらも続きを待つ。先程の持病の話には副作用があり、聞いている方もお腹が空くのだ。
おばさんが作ったというミルク粥を魔改造した『ボラゲッタ豚のヤンヤン和えミルク風味〜コリバン草を添えて〜』の味も気になるが、今の彼女の最大の関心事は『謎の卵は珍味であるか』だ。
答えが早く知りたくて、イライラが余計に募る。
「俺、仕事が休みで——」
「ザップさん!!」
明るい声が割り込んで来た。ウルハの妹マールが、頭の両側に高く結んだ髪を揺らして家の中から飛び出し、ザップの腕にすがる。
「いらっしゃい。うちに来てくれたの? 朝食は食べた? 良かったら一緒にどうぞ!」
「あ、ああ……いや、朝早くから迷惑になるから帰るよ。誘ってくれてありがとう」
やんわりと腕をほどきながらも優しく笑いかけている。
その気遣いが自分にも欲しい……憮然とした思いで、別れの挨拶をしている二人を見守った。
「見事な追っ払いぶりだったね」
ザップの姿が見えなくなったのを確認して、妹に惜しみない賞賛を送る。
「何よ。それ嫌味?」
マールの眉間にシワが寄っている。
「なんで? 本気だけど?」
見る見る内に顔が険しくなっていく。
「お姉ちゃん、ちょっとザップさんと仲が良いからって、偉そうにしないでよ。カンジ悪〜い」
「別に仲良くないし。偉そうじゃなくて、実際あんたより偉いし。感じ悪いのあんただし」
これだからザップにも相手にされないんだよね、全くお子様は〜と大袈裟に呆れて見せるウルハは誰が見ても感じが悪かった。
「ひ、ひどっ、」
妹がザップに好意を持っているのを分かっていてからかっただけだが、少々やり過ぎた。慌てて修正を試みる。
「う、嘘だよ。ザップはマール可愛いっていつも言ってるよ」これこそ嘘だが、興味は引けたようで涙で潤んだ目で姉に視線を向けた。
「あ、ほら、今度何かに誘ってみようよ! 一緒に出掛けるの!」
「どこに?」
「えっと、串焼きを食べに?」
「それはお姉ちゃんが食べたいだけだよね」
「ああっ!! 思い出した!」
突然の大声にマールがビクッと肩を震わす。
「それどころじゃないんだよ! 卵!! 卵があるんだよ」
興奮しだしたウルハに揺さぶられ、首をガクガクいわせながらマールが尋ねる。
「も貰って、きた、のおぉお?」
「違うんだよぉぉぉ! 食えるかどうかの瀬戸際なんだよう」
これで意味が通じる訳がない。
「父さん、母さんはいる?! とにかく中に入るよ!!」
訳も分からず、されるがままのマールを引きずり、ウルハはようやく家へと入ったのだった。
三人称ってどうやって書くんでしたっけね。




