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第043話 側室たち、柱になる

 正室が選んだから、側室は従う。


 門は、そんな簡単な答えを許さなかった。


 四人の足元に立った光は、それぞれ色も形も違っていた。


 美羽の前には、白い直線の柱。


 ここなの前には、珊瑚色の柔らかい柱。


 ラヴィニアの前には、音の波みたいに揺れる紅い柱。


 イリヤーナの前には、黒い影で縁取られた細い柱。


 門の声が響く。


「秩序」


 美羽の柱が光る。


「共感」


 ここなの柱が息をするみたいに揺れる。


「共鳴」


 ラヴィニアの柱が、声にならない音を返す。


「境界」


 イリヤーナの柱が、床へ黒い線を引いた。


 契約継続理由。


 ただ好きだから。


 一緒にいたいから。


 それだけでは駄目だと、門は言っているわけじゃない。


 でも、それだけではこの場所を通れない。


 王家の契約へ、国土契約へ、黒月王配候補の審査へ関わるなら、それぞれが何を選ぶのか問われる。


 最初に動いたのは、美羽だった。


 彼女は白い柱の前へ立つ。


 背筋は伸びている。


 けれど、指先だけが少し震えていた。


「私は、聖夜さんに命令されると安心します」


 その一言に、俺は息を止めた。


 美羽はこっちを見ない。


 自分で言うと決めた顔だった。


「従う形をもらえると、迷わずに済む。役割を与えられると、自分の価値を確認しやすい。そういう弱さが、私にはあります」


 白い柱が、彼女の言葉を記録する。


「でも、制度判断は自分で行います。契約変更時に全員の意思と撤回権を記録する役を選びます」


 美羽は俺を見た。


「聖夜さんの命令が、全員の意思確認を飛ばすなら、私は従いません」


 胸に刺さった。


 でも、それでいい。


 それを言ってくれる美羽だから、信じられる。


 白い柱に、文字が浮かぶ。


 秩序の柱。


 次に、ここなが前へ出た。


 珊瑚色の柱の前で、彼女は少し困ったように笑う。


「あたし、みんなの本音が全部わかるわけじゃないよ」


 いつもの軽さに見えて、声は真面目だった。


「わかった気になることはある。感情がこっちに来るから。でも、読めても決められない。決めちゃいけない」


 ここなは胸元を押さえる。


「怖いとか、嫌だとか、残りたいとか、離れたいとか。言葉になる前のものを拾うことはできる。でも、それを答えにするのは本人じゃなきゃ駄目」


 珊瑚色の柱が、淡く広がった。


「だからあたしは、感情が言葉になるまで隣で待つ役を選ぶ。誰かの本音を、勝手にみんなの答えにしない」


 ここなは俺へ目を向けた。


「聖夜くんの寂しいも、あたしが勝手に綺麗な愛にしないからね」


「……おう」


 返事が少し詰まった。


 ここなは小さくうなずく。


 共感の柱。


 ラヴィニアが、紅い柱の前へ立った。


 彼女が立つと、柱の中の音が整う。


 歌う前の静けさ。


 でも、彼女は歌わなかった。


「私は、歌で人を従わせません」


 ラヴィニアははっきり言った。


「拍手を得ることと、同意を得ることは違います。歌が届いたからといって、その人の選択まで私のものにはならない」


 紅い柱が、低く響く。


「王家と民衆の声が、互いを聞けるよう整える役を選びます。民の怒りを王へ届かない場所で消さない。王の言葉を、都合よく美しい歌へ変えない」


 ラヴィニアは少しだけ微笑んだ。


「私は拍手のために残るのではありません。私の誇りで残ります」


 共鳴の柱。


 最後に、イリヤーナが動いた。


 黒い柱の前へ立つ。


 影が、彼女の足元で静かに丸くなる。


「私は、聖夜さんだけが理由です」


 まっすぐすぎる声だった。


 俺は何か言いかけた。


 けれど、イリヤーナが先に続ける。


「その自分を否定しません。嘘を言っても、門は通さないでしょう」


 黒い柱が、微かに揺れる。


「ですが、聖夜さんの望みを先回りして敵を消しません。聖夜さんが嫌いそうなものを、聖夜さんに見せないために奪いません」


 彼女はユリアを見た。


 それから、美羽たちを見た。


「守る対象と、越えない線を自分で選びます。影は、境界を消すためではなく、守るために使います」


 境界の柱。


 四本の柱が揃った。


 門の声が響く。


「側室登録」


 その瞬間、ユリアが手を上げた。


「停止」


 四本の柱が止まる。


 ユリアの声は鋭かった。


「本人たちの呼称選択が先だ。私が正室として並ぶと決めたからといって、四人が自動で側室として登録されるわけではない」


 門は沈黙した。


 ユリアは四人を見た。


「現時点の契約をどう呼ぶか、どう継続するかは、あなたたち自身が答えて」


 美羽がうなずく。


「私は、現時点の側室契約を継続します。ただし所有関係ではありません。正室を含む相互承認契約として」


 ここなが続ける。


「あたしも継続。変えたい時に変えられる権利つきで」


 ラヴィニアが胸に手を当てる。


「私も継続します。将来の撤回・変更権を保持したまま」


 イリヤーナが短く言う。


「継続します。離脱権も、境界として保持します」


 四本の柱が、同時に光った。


 その瞬間、俺の胸の奥でエンプティ・リンクが強く脈打った。


 空白の力が、四本の柱へ向かって伸びる。


 繋ぎたい。


 離したくない。


 誰も失いたくない。


 その感情が、思ったよりずっと強かった。


 綺麗な言葉じゃなかった。


 飢えに近い。


 俺の中の空白が、四人の選択を抱え込もうとする。


「危険判定」


 門の声が落ちた。


「全契約保持欲求、過剰」


 床の円が黒くなる。


「離脱拒否へ転じる可能性」


 俺は息を呑んだ。


 否定したかった。


 違う、と言いたかった。


 でも、言えなかった。


「……誰にも、離れてほしくない」


 声に出すと、情けないくらい本音だった。


「綺麗な無償の愛だけじゃない。選ばれ続けたい。いなくならないでほしい。俺の前から消えないでほしい」


 美羽の白い柱が、静かに光った。


「契約は退路を消すためではありません」


 ここなが続く。


「いてほしいって言うことと、行かせないことは違うよ」


 ラヴィニアの紅い柱が鳴る。


「選ばれたいなら、自分も選ばれるに値する言葉を返し続けることです。拍手と同じです。一度得たから終わりではありません」


 イリヤーナが俺を見る。


「離れないと決めるのは、自分です」


 四人の言葉が、俺の空白へ落ちていく。


 痛い。


 でも、必要な痛さだった。


 俺は、四本の柱を見た。


「離脱権を含めて、契約を継続する」


 言葉にすると、エンプティ・リンクが震えた。


「失う可能性を消すんじゃない。今ここにいるって選んでくれてることを、受け取る」


 空白の力が、少しずつ落ち着いていく。


 四本の柱を締めつけていた黒い線がほどける。


 美羽の秩序。


 ここなの共感。


 ラヴィニアの共鳴。


 イリヤーナの境界。


 それぞれが俺へつながる。


 でも、俺に飲み込まれない。


 門の声が返った。


「契約の柱、受理」


 四本の柱が円の内側へ沈む。


 同時に、反照層の奥に新しい扉が開いた。


 黒でも白でもない。


 記録板のような、灰色の扉。


 ヴェルナが一歩近づく。


 その瞬間、彼女だけが足を止めた。


「あれ」


 軽い声だった。


 でも、表情は軽くなかった。


 灰色の扉ではなく、壁の方へ引かれている。


 記録室の壁が、ヴェルナの影を吸い寄せていた。


「ヴェルナ」


 俺が手を伸ばす。


 彼女は笑おうとした。


 失敗した。


 門の声が、低く響く。


「観測端末。外部神性の残片。記録核へ返還せよ」


 ヴェルナの輪郭が、少しだけほどけた。


 俺たちをつないだ空白と、

 俺たちを見ていたヴェルナは、同じ場所から来たのかもしれなかった。



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