第022話 側室たちの承認
四人が契約環へ立つと、黒月核の光が静かに揺れた。
美羽。
ここな。
ラヴィニア。
イリヤーナ。
同じ輪の上に立っているのに、足元の反応はまるで違っていた。
美羽の線は細く整っている。
ここなの線は柔らかく揺れる。
ラヴィニアの線は音を含むように震え、イリヤーナの線は影の中から輪郭だけを浮かべていた。
聖夜はそれを見て、改めて思った。
同じ名前で呼べるものではない。
側室候補。
そんな一語でまとめていい関係ではない。
アンテリアが記録板を構える。
「証言条件を示します」
声は儀礼のものだった。
「聖夜殿への感情。ユリア殿下の正室性への同意。王家契約へ接続する意思。強制または利益交換ではないこと」
ここなが小さく眉を上げる。
「言い方かた」
美羽が一歩前へ出た。
「私から」
契約線が、整った格子状に光った。
「私は、聖夜を管理するために隣にいるわけじゃありません」
聖夜は少しだけ息を止めた。
美羽は続ける。
「放っておくと危なっかしいとは思っています。でも、それは支配したいからではない。聖夜が選べる状態を守るためです」
美羽の声は落ち着いていた。
会長としての整った声。
でも、その奥に妹を思い出した時の現実の美羽もいる。
「現実へ帰る道も、魔の国での責任も、両方を整理します。どちらかを消して楽にするのではなく、選べるようにする。そのために、私はここにいます」
アンテリアが記録する。
「ユリア殿下の正室性については」
「認めます」
美羽は即答した。
「ただし、私の選択権を奪わない正室として。ユリアがそうである限り、私は隣に立てます」
格子状の線が、ユリアの足元へ届き、そこで折れずに支え合う形へ変わった。
聖夜は美羽を見る。
「美羽」
「感謝の反復はいりません」
先に止められた。
聖夜は少し笑いそうになり、代わりに言った。
「選べるようにしてくれ」
美羽は頷く。
「そのつもり」
次に、ここなが前へ出た。
暖かい波のような線が広がる。
「うちは、聖夜を英雄とか王配とか、そういうので好きなわけじゃない」
アンテリアの記録板が一瞬止まる。
ここなは気にしない。
「一緒にいると息できる。うちも、ユリアも、みんなも。そういう場所を作りたいから、ここにいる」
ここなはユリアを見る。
「ユリアが正室とか言われてんの、まだ変な感じするけどさ」
ユリアの眉が少し動く。
「でも、ユリアが聖夜の隣にいることは、うちは嫌じゃない。むしろ、ユリアがいないと聖夜がまた変な方向に突っ走る」
「ここな」
聖夜が抗議しかけると、ここなは笑った。
「事実じゃん」
暖かい線は聖夜だけでなく、ユリアの周囲にも広がり、さっきまで黒い靄があった場所を包むように揺れた。
聖夜はここなへ言った。
「帰る場所を、一緒に作る」
ここなは少しだけ目を丸くして、それから笑う。
「うん。それでよし」
ラヴィニアが扇を閉じて進む。
契約線は音の輪になった。
床の儀礼歌と触れ合い、けれど飲まれない。
「わたくしは、誇りを捨てて従うつもりはありませんわ」
声は澄んでいた。
礼拝堂の天井へ、まっすぐ届く。
「聖夜様を選んだのは、わたくしの歌を最も遠くへ届かせる相手だと思ったからです。わたくしを飾りにしない。声を閉じ込めない。そう信じたから、ここにおります」
アンテリアが記録する。
ラヴィニアはユリアへ向き直った。
「そして、ユリア様。わたくしは、あなたの正式な承認を受けて合流しました。排除されなかったからではありません。あなたが、わたくしの声を交渉の席へ置くことを認めたからです」
ユリアが頷く。
「認める」
聖夜はラヴィニアに言った。
「歌を利用させない」
「当然ですわ」
ラヴィニアは軽く顎を上げた。
「利用されそうになった時は、聖夜様にも怒りますので」
「俺にもかよ」
「もちろんです」
音の輪が、ユリア、聖夜、そしてここなの線へ触れ、別の響きを作った。
最後に、イリヤーナが影から進み出た。
黒い線が床を這う。
最初は濃すぎて、形が見えなかった。
だが、イリヤーナが口を開くと、影は細い輪郭へ変わっていく。
「私は、影に立つことを選びました」
声は静かだった。
「聖夜様の敵を消したいと思ったことがあります。今も、その衝動が消えたわけではありません」
礼拝堂が、そこを逃さず読む。
黒い線が一度だけ強くなる。
聖夜は黙って聞いた。
「ですが、愛を理由に誰でも殺すことはしません」
イリヤーナは聖夜を見る。
「あなたの『殺すな』という境界を、命令としてではなく、私自身の選択として受け入れます」
影の線が、輪郭を持った。
閉じ込める闇ではなく、縁を守る影になっていく。
聖夜は言った。
「影だけに閉じこもるな」
イリヤーナの目がわずかに揺れる。
「はい」
「守るなら、見える場所にも出てこい」
「……努力します」
その返事に、ここなが小さく「それ、かなり進歩」と呟いた。
ユリアが四人を見た。
黒月核の光が彼女の足元で静かに広がる。
「この人たちは、私が許したからいるのではない」
その言葉に、アンテリアが記録板を上げる。
「私も、一緒にいると選んだ」
ユリアは一人ずつを見る。
「美羽の整理に助けられた。ここなの本音に支えられた。ラヴィニアの歌に道を作られた。イリヤーナの影に守られた」
声は王女のものでもあり、ユリア自身のものでもあった。
「正室の許可ではなく、相互承認として記録して」
アンテリアは沈黙した。
無効とは言えない。
聖夜にも、それが分かった。
条件は揃っている。
強制ではない。
利益交換だけでもない。
正室の承認と、当事者の意思がある。
儀礼官が低く告げた。
「複数契約、有効反応」
礼拝堂の床に、線が広がる。
ユリアから聖夜へ。
聖夜から四人へ。
それだけではなかった。
美羽とここなの間に、判断と感情をつなぐ細い補助線が生まれる。
ここなとユリアの間に、暖かい波が渡る。
ラヴィニアの音の輪が全員の線を一度包み、イリヤーナの影が外側を縁取る。
聖夜だけを中心にした図ではない。
ユリアだけを頂点にした図でもない。
網だった。
互いに違うまま、支え合う網。
アンテリアは、無効と言わなかった。
ただ、視線を聖夜へ移す。
聖夜の胸の空白が、強く反応していた。
五本の線を吸い込むのではない。
触れた光を、増幅して返している。
黒月核が低く鳴った。
警告の音だった。
聖夜は胸を押さえる。
熱くはない。
痛くもない。
けれど、そこにある空白だけが、礼拝堂のどの線とも違う。
ヴェルナがそれを見て、静かに言った。
「それは、魔の国の契約じゃない」
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