第021話 ユリア、道具にしたくない
「帰還儀礼は続けられますか」
ユリアの声は静かだった。
静かすぎて、聖夜はすぐに言葉を出せなかった。
アンテリアはユリアを見た。
「条件付きで可能です」
その返答もまた、冷静だった。
礼拝堂の鐘はまだ鳴らない。
外では、帰還判定が止まったことがもう噂になり始めているかもしれない。
黒月核の光は半分沈み、聖夜の足元には青黒い線が残っている。
アンテリアは儀礼官へ合図し、別の記録板を開かせた。
「単独帰還儀礼の条件を説明します」
聖夜はその言葉だけで嫌な予感を強めた。
「ユリア殿下が、全外部契約を一時的に非王家契約と宣言すること」
美羽の眉が動く。
「伴侶、正室、側室、その他公的役割の意味を保留すること」
ラヴィニアが扇を握る手に力を込める。
「契約そのものは消えません。ただし、王家契約との接続を一時封鎖します」
「つまり」
美羽が確認する。
「契約はある。でも王家の帰還判定には持ち込まない、という扱いですね」
「おおむね、その通りです」
アンテリアが答える。
「これにより、殿下個人の帰還と王家血統の継続だけを先に確認できます」
聖夜はユリアを見た。
ユリアはその説明を、真剣に聞いていた。
受け入れる気だ。
聖夜には分かった。
「ユリア」
「聖夜を称号に押し込まない」
ユリアが先に言った。
「美羽たちも、政治利用させない。私の帰還のために、あなたたちの役割を勝手に決めさせない」
その言葉は、優しさに聞こえる。
正しいようにも聞こえる。
でも、聖夜の胸の奥で何かが強く反発した。
「勝手に外すな」
声が荒くなった。
ユリアが目を伏せる。
「外すわけではない」
「同じだろ」
聖夜は一歩前へ出た。
「お前、一人で決めようとしてる。旧宮で、全員を離していいって言った時と同じだ」
ここなが小さく息を呑む。
ユリアは黙った。
聖夜は続ける。
「俺が王配になりたいわけじゃないのは、その通りだ。知らない称号を受けたくない。でも、それでお前が勝手に俺たちを外して、ひとりで帰還判定を通すのも違う」
「私は」
ユリアの声がわずかに揺れた。
「あなたを、道具にしたくない」
礼拝堂が静かになる。
「私の国が、聖夜の言葉を使う。ずっといろ、という言葉を、王家契約の部品にする。あなたが何も知らずに言った言葉を、私の帰還のために使う」
ユリアは聖夜を見る。
「それが怖い」
怒りが、聖夜の中で少し形を変えた。
ユリアは逃げようとしているのではない。
聖夜を捨てようとしているのでもない。
自分の帰還のために、聖夜の言葉を利用したくない。
そのために、切り離そうとしている。
でも。
「それでも、俺の分まで決めるな」
聖夜は言った。
言ってから、自分の胸に跳ね返ってくるものがあった。
自分も同じことをしている。
ユリアを守るために、ユリアの判断を止めようとしている。
怒るだけなら、自分も相手の選択を奪っている。
聖夜は奥歯を噛んだ。
「……悪い。怒るだけじゃだめだな」
ユリアが少し目を見開く。
聖夜は続けた。
「俺は外されたくない。でも、お前が俺を道具にしたくないって思うのも、分かった」
美羽がそこで一歩前へ出た。
「なら、条件を変えましょう」
アンテリアが視線を向ける。
「どのように」
「ユリア一人で切るのでも、聖夜一人で残るのでもない。契約を持つ全員が、王家契約との接続をどう扱うか証言する」
美羽は礼拝堂の三重環を指した。
「契約線は、聖夜とユリアだけではありません。私たちにも出ています。なら、王家契約へ接続するか、一時的に外すかを、当事者全員の意思として確認するべきです」
アンテリアはすぐに頷かなかった。
「側室候補に、王家儀礼の決定権はありません」
「決定権ではありません」
美羽は即座に返す。
「当事者の意思確認です。契約が本人の意思を条件に読むものなら、意思確認を省略した分類は矛盾します」
アンテリアの目が細くなる。
ここなは小声で「美羽、ほんと強い」と呟いた。
ラヴィニアは「当然の論点ですわ」と小さく頷く。
イリヤーナは何も言わないが、聖夜の斜め後ろで影を引いている。
クローナが、一歩前へ出た。
「私も、美羽殿の提案を支持します」
アンテリアがクローナを見る。
「王家側立会人としてですか」
「はい」
クローナの声は迷わなかった。
「三年前、殿下の意思を確認できないまま、全てが奪われました。今ここに、確認できる意思があるなら、それを無視すべきではありません」
ユリアがクローナを見る。
クローナは頭を下げない。
主の前で、立会人として立っていた。
アンテリアは沈黙した。
規則を崩すためではない。
規則が読むべきものを、正確に読むための提案。
それを無視するには、礼拝堂そのものの性質と矛盾する。
やがて、アンテリアは記録板へ指を走らせた。
「例外審理として記録します。契約保持者本人の意思確認。ただし、最終判断は儀礼執行者が行います」
「それでいい」
美羽が答えた。
ユリアが、美羽、ここな、ラヴィニア、イリヤーナを見る。
「命令はしない」
声は王女のものではなく、彼女自身のものだった。
「正室として許可するのでもない。私に従えとも言わない」
ユリアは一人ずつを見る。
「あなたたちが、何を選ぶか聞かせて」
美羽が記録紙を閉じる。
ここなが肩を回す。
ラヴィニアが扇を畳む。
イリヤーナが影から一歩出る。
四人は、契約環へ進んだ。
美羽がアンテリアへ告げる。
「正室の許可ではなく、わたしたち自身の言葉を聞いてください」
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