第020話 称号への抵抗
「契約があるなら、制度はそれを分類しなければなりません」
アンテリアの言葉に、礼拝堂の空気がまた硬くなった。
聖夜の足元には、まだ青黒い契約線が残っている。
ユリアから聖夜へ。
四人へ伸びる細い線。
そして、聖夜の胸にある読めない空白。
全部が消えないまま、アンテリアは儀礼官へ合図した。
儀礼官が古い役割一覧を開く。
黒い板に銀の文字が浮かんだ。
伴侶。
対の者。
王家契約補助者。
外部立会人。
契約保持者。
いくつもの分類が並ぶ。
だが、そのさらに奥にある欄だけは黒い封印で覆われていた。
文字が見えない。
読もうとすると、目が滑る。
アンテリアはそこへ触れなかった。
「正式な称号欄は、現段階では開きません」
聖夜は少しだけ息を吐く。
安心ではない。
むしろ、見えない欄があること自体が嫌だった。
「暫定分類を提案します」
アンテリアは記録板を掲げる。
「ユリア殿下の対契約者。将来の伴侶審査対象。王家契約への外部接続者」
一つずつ、言葉が床へ落ちる。
どれも聖夜の知らない言葉だ。
けれど、どれも聖夜をどこかへ運ぼうとしている。
「拒否する」
聖夜は即答した。
ユリアがこちらを見る。
アンテリアの眉がわずかに動く。
「どの分類を、ですか」
「知らない称号全部だ」
聖夜は足元の線を見た。
「契約を否定してるわけじゃない。ユリアに言った言葉をなかったことにする気もない。でも、まだ意味も知らない名前を受ける気はない」
声が少し荒くなる。
「ゲームの時は、勝手に役割を出されて、選択肢を出されて、数字で処理された。今度は国に役割を決められるのかよ」
礼拝堂が静まり返る。
アンテリアはすぐに反論しなかった。
その沈黙が、逆に冷静さを示していた。
「では、契約を破棄しますか」
聖夜の呼吸が止まる。
ユリアの指が動いた。
「称号を拒む。契約を破棄する。儀礼上は、その二つが主な選択肢です」
アンテリアの声に、悪意はなかった。
だからこそ、きつかった。
用意された二択。
役割を受けるか。
契約を捨てるか。
聖夜は言葉に詰まった。
ユリアとの契約を破棄したいわけがない。
あの言葉を嘘にしたいわけでもない。
だが、知らない称号は受けたくない。
どちらにも乗れない。
乗った瞬間、また誰かが用意した枠に入る気がした。
美羽が一歩前へ出る。
「確認します」
その声は落ち着いていた。
「契約の有効性確認と、公的役割の認定は、本当に同じ手続きですか」
アンテリアが美羽を見る。
「通常は同時に行います」
「通常は、ですね」
美羽はそこを逃さなかった。
「なら、例外手続きは存在しますか」
「極めて限定的です。分類不能の契約は、危険性を理由に儀礼停止へ移行します」
「でも、契約そのものを破棄するとは限らない」
アンテリアは沈黙した。
それは肯定に近かった。
ヴェルナが床の線を見ながら言う。
「表示された二択だけが全てではない」
聖夜はヴェルナを見る。
彼女は淡々としている。
「選択肢の作り方自体が、選ばせる側の権力」
その言葉が、聖夜の胸に落ちた。
ゲームでもそうだった。
選ばされる。
選んだ気にさせられる。
でも、選択肢を作った側の都合からは出られない。
ユリアが前へ出ようとした。
「聖夜は」
「待て」
聖夜はユリアを止めた。
ユリアが目を見開く。
「庇ってくれるのは分かる。でも、これは俺が言う」
聖夜はアンテリアへ向き直る。
声が震えないように、拳を握った。
「契約は捨てない」
礼拝堂の青黒い線が、一度だけ強く光る。
「でも、知らない称号は受けない」
アンテリアが記録板へ指を置く。
「契約維持。役割認定拒否」
「そうだ」
「分類不能です」
返答はすぐだった。
「ユリア殿下の帰還儀礼は、王家契約への影響確認を含みます。分類不能の契約を抱えたまま、帰還判定を完了することはできません」
聖夜は歯を食いしばった。
アンテリアの言っていることは嫌がらせではない。
規則だ。
制度の中では、筋が通っている。
だから、余計に逃げ道がない。
「儀礼を停止します」
アンテリアが宣言した。
歌は戻らない。
銀黒の光も広がらない。
黒月礼拝堂の鐘は鳴らなかった。
クローナが顔を上げる。
「鐘が鳴らなければ、外は」
「帰還判定未了と受け取ります」
アンテリアが答える。
「失敗と断じる者も出るでしょう」
ここなが顔をしかめた。
「それ、街に変な噂回るやつじゃん」
ラヴィニアの声が低くなる。
「帰還者を清めよ、と歌わせておいて、鐘を鳴らさない。民の耳には、不浄が残ったように聞こえますわね」
イリヤーナの影が濃くなる。
「なら、鐘を鳴らす者を」
「だめ」
聖夜とユリアの声が重なった。
イリヤーナは黙る。
聖夜は自分の拒否が何を起こしたのか、ようやく実感した。
称号を拒む。
それは自分を守るための言葉だった。
でも、その結果、ユリアの帰還儀礼が止まった。
街には、ユリアの帰還が完全には認められなかったと伝わる。
反対派は、それを使うだろう。
自分の抵抗が、ユリアの立場を傷つける。
それでも、知らない称号を受ければいいとは思えない。
どちらも痛い。
用意された二択の外に立つということは、痛みを消すことではなかった。
ユリアがアンテリアを見る。
「聖夜を外せば」
その声は静かだった。
聖夜は嫌な予感がした。
「帰還儀礼は続けられますか」
礼拝堂の空気が、もう一度冷たくなった。
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