第016話 欠けた記録の奥
ヴェルナは、LIVEと表示された識別子だけを別の記録片へ移した。
黒い文字列の中で、その表示だけが薄く明滅している。
GAMEではない。
参加者番号でもない。
聖夜は机の上を見つめたまま、眉を寄せた。
「LIVEって、配信のことか」
自分で言って、喉の奥が少し引っかかった。
ゲーム大会。
配信画面。
コメント。
そういうものを連想する。
けれど、それ以上にはならなかった。
誰かの顔も、声も、名前も浮かばない。
ただ、現実側の言葉が魔の国の記録室に置かれていることだけが気持ち悪かった。
ヴェルナが淡々と答える。
「GAMEは閉じた回線」
黒い記録片の一つに、輪のような線が浮かぶ。
「選択肢、役割、LVR、反応。参加者の中で処理される」
次に、LIVEの識別子が細い線を伸ばした。
それは輪にならない。
外へ向かって、途切れながら続いている。
「LIVEは開いた回線。誰かが、自分の意思で外へ記録を送り続ける」
美羽が息を止めた。
「ゲーム大会の配信とは違う?」
「似ている。けれど、こちらの方が古い」
「古い?」
「GAME回線より先にある。今も断続的に動いている」
部屋の温度が一つ下がった気がした。
アンテリアが記録板を構える。
クローナはユリアの後ろに立ち、いつでも彼女を庇える位置を取っている。
ユリアの氷紋が、薄く光った。
「反応してる」
美羽が言う。
ヴェルナがLIVE回線を開く。
映像というには欠けていた。
白い地形。
雲海。
空の高い場所。
七つの輪を持つ杖の影。
流れる文字列。
それだけだった。
人物の顔はない。
声もない。
誰がそこにいるのかを示す名前もない。
ただ、何かが外へ記録を送り続けている。
それだけが分かる。
聖夜は無意識に一歩前へ出た。
「聖夜」
美羽が止める。
「分かってる」
分かっているつもりだった。
危険だ。
触れれば何が起こるか分からない。
それでも、胸の奥に妙な感覚があった。
懐かしい、という言葉に近い。
けれど、何が懐かしいのか分からない。
場所でもない。
人でもない。
声でもない。
名前でもない。
手を伸ばせば届きそうで、届いてはいけないもの。
その感覚だけがあった。
ユリアの氷紋が強く光る。
ヴェルナが言う。
「LIVE回線と失踪記録の欠落箇所が、同じ観測層に触れている」
「同じ時刻ってこと?」
美羽が聞く。
「違う」
ヴェルナは首を横に振った。
「同じ外側を通っている。時刻ではなく、経路」
聖夜はその説明を完全には理解できなかった。
けれど、白い地形と黒月の記録が、別々の場所にありながら同じ外側へ触れている。
その気配だけは伝わった。
LIVE回線が、聖夜の胸の奥へ触れた。
いや、触れたように感じただけかもしれない。
デスゲームの中でユリアと結ばれた魂契約が、かすかに震える。
白い光と、黒月の影が一瞬だけ重なった。
次の瞬間、回線は弾かれるように切れた。
何も届かない。
誰にも呼びかけられない。
こちらから何かを送れたのかも分からない。
聖夜の手は、宙に止まったままだった。
「……何だったんだ」
「切断」
ヴェルナが言う。
「これ以上は危険」
美羽がすぐに頷いた。
「今のは追わない。記録だけ残す」
聖夜は拳を握り、手を下ろした。
追いたい。
理由も分からないまま、そう思った。
けれど、それを追えばユリアもヴェルナも危険に巻き込む。
今は違う。
ヴェルナはLIVE回線から離れ、欠けた参加者記録の奥を開いた。
黒い文字列が、今度は比較的はっきり浮かぶ。
Y.VALSTEIN
SUCCESSION AUTHORITY
SOUL CONTRACT COMPATIBLE
CORE SUBJECT
美羽がそれを一つずつ写した。
「ユリア・ヴァルシュタイン。継承権限。魂契約適合。中核対象」
ユリアの顔が硬くなる。
美羽は続けた。
「つまり、ユリアは王家の継承権を持っていた。魂契約の素質が高かった。LVRと相性がよかった。それを理由に、中核参加者として指定された」
「無作為じゃなかった」
聖夜が呟く。
美羽は首を横に振らなかった。
「少なくとも、この記録はそう読める」
ユリアは自分の手を見る。
「血も、契約も」
声は小さかった。
「私のものなのに」
聖夜は返事ができなかった。
彼女の血統も、力も、契約も、誰かに理由として使われた。
奪うための条件にされた。
それは、ユリアが自分で選んだことを消すものではない。
けれど、奪われた事実をさらに深くする。
アンテリアが静かに言った。
「だからこそ、外部者を王家契約へ入れるべきではありません」
部屋の空気が張り詰める。
聖夜はアンテリアを見る。
彼女の顔に勝ち誇りはなかった。
ただ、確信に近い硬さがある。
「外部介入によって殿下は奪われた。王家血統、魂契約、継承権限が狙われた。ならば、王家契約を外部者へ開くことは、同じ危険を招く行為です」
「俺がユリアを奪ったわけじゃない」
聖夜は言った。
声が荒くなるのを抑えきれなかった。
アンテリアは表情を変えない。
「あなた個人の誠実さを否定しているのではありません」
「なら」
「分類の問題です」
その言葉が、一番きつかった。
聖夜は人間だ。
外部者だ。
ユリアを奪った仕組みと同じ外側から来た者。
アンテリアはそう分類している。
そして、その分類だけなら、聖夜はすぐには論破できなかった。
「制度は、個人の善意だけで穴を開けるものではありません」
アンテリアの言葉は正しい形をしていた。
だから、腹が立つ。
美羽も、ラヴィニアも、イリヤーナもいないこの記録室で、聖夜は言い返す言葉を探した。
けれど今ここで勝つ言葉は出てこない。
ユリアが一歩前に出た。
「私の血を、私から取り上げないで」
アンテリアがユリアを見る。
「殿下」
「奪われたことを理由に、私の選択まで閉じないで」
その声は震えていた。
けれど、逃げてはいなかった。
アンテリアはすぐには答えない。
ヴェルナが記録片を見下ろし、最後に短く言った。
「選定は無作為ではない」
黒い文字列が消えても、その言葉だけが部屋に残った。
ユリアは、ゲームに迷い込んだんじゃない。
王家の血ごと、選ばれていた。
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