第九話 お疲れ様です
高龗神社は、代々女性が宮司をつとめている関係で、更衣室、控室、休憩所などが非常に充実しており女性に優しい職場である。巫女たちはそこで談笑したり休憩し、コーヒー、お茶、水などを無料で提供するマシンも完備されているが、参道にある飲食店やコンビニまで往復するのは大変だ。一応軽食の自販機もあるが、食事は持参する者がほとんどである。
各自昼食を終え、午後の休憩時間を迎えようとしていた時、平和だった社務所に事件が起こった。
「皆さん、差し入れ持ってきました」
日和、真白が青画の作ったタルトを持ってやってきたのだ。
「なっ!? 青画くんの……手作り……だと!?」
「あ、あの伝説の……?」
巫女たちが一斉にざわつく。先輩巫女たちは蕩けたようにうっとりとした表情を浮かべ、話だけ聞いていた新人巫女たちはその様子に否応なく期待が高まってしまう。
「採れたての桑の実や野イチゴをふんだんに使ったクリームチーズタルトですよ~!!」
部屋中に広がる香ばしいタルトと甘酸っぱい果実の香り。一瞬にして巫女たちが群がってくる。
「なにこれ……宝石みたいに綺麗……!!」
「っていうか、青画くんってもはやプロだよね……」
「いや、私が知る限り青画くん以上の料理人はいないと断言できる」
先輩巫女たちは完全に餌付けされ胃袋を掴まれている。
「それで? 青画くんは?」
「ああ、着替え中の人がいたらマズいので後から来ます。先にお母さ――――宮司のところに行ってますよ」
女性ばかりの職場なので、休憩室で着替えたり下着姿でうろついている巫女もいたりするのだ。事実上の男子禁制、ただし青画くんは除く。
「そんなの誰も気にしないし、むしろ青画くんなら見られたいんだけど」
「うんうん、裸を見られて責任取ってワンチャンお嫁さんの一人にしてもらえれば……」
許嫁の前で堂々と願望を語る先輩巫女たちに、日和と真白は盛大にため息をつく。
「だから後から来てもらったんですよ、まったく……ほら、早く服を着てください、だらしないですよ」
日和と真白は、切り分けたタルトを配り始めるのであった。
「あら、青画くんどうしたの?」
「タルト焼いたので差し入れです」
忙しそうにしていた春夏だったが、青画の姿を見つけるやいなや抱きつかんばかりの勢いで飛んでくる。
「まあああ!! なんて綺麗で美味しそうなんでしょう……!!」
少女のように瞳を輝かせる春夏をみて、青画は嬉しそうに微笑んだ。
「真白と日和たちと一緒に作ったんです。森神さまからいただいた果実が本当に美味しいので、自分で言うのもなんですけどよく出来てると思います」
春夏は悪戯っぽい笑みを浮かべて――――ひな鳥のように大きく口を開ける。
「じゃあ……食べさせて青画くん。あ~ん」
「え!? わ、わかりました」
小さく切り分けたタルトを春夏の口に運ぶ。
「……ん!! んふうう……美味……しい!!」
とろんと熱を帯びて潤んだ瞳、ぷっくりと濡れた唇を舐める舌の動きに青画は思わず視線を逸らす。
「んん? どうしたのかなあ……顔が赤いわよ?」
息がかかるほど耳元の近くで囁かれてはたまらない。
「た、食べるのに集中してください」
「ふふ、わかったわ、あ~ん」
なんとか無事タルトを食べさせ終えた青画だったが――――
「ふう……なんだか暑いわね……」
羽織っていた狩衣を脱いで白衣となった春夏がぐいと襟元を緩める。露わになった白い首筋と鎖骨、上から見下ろす形の青画からは胸元までばっちり見えてしまい――――
「は、春夏さん、その……見えてます」
「あら、青画くんは見て良いのよ?」
上気した顔を手でぱたぱた扇ぎながら、さらに襟元を緩めて白衣の中に直接風を送り込む。
「はあ……暑いわね、足が蒸れちゃう……青画くん、悪いんだけど……足袋脱がせてくれる?」
「え!? わ、わかりました」
横目でチラリと温度計を見る青画。二十度を超えているのを確認して頭を抱える。久し振りですっかり忘れていたが――――春夏は気温上昇に伴って露出が増え性格が開放的になるのだ。
「ねえ……早くぅ……もう……我慢……出来ない」
この状況を切り抜けるには春夏を涼しくするしかない。青画はエアコンの掃除をしなければと心に決めて、急いで春夏の足袋を脱がせにかかる。
「よいしょ……汗で上手く脱がせない……うわっ!?」
紫色の差袴が捲れて太ももの付け根付近まで露出している。さすがの青画もこれは目のやり場に困る。
「はあ……はあ……ありがとう、おかげで涼しくなったわ」
襟元がはだけ生足が露出した春夏は控えめに言って色気が強すぎる。
「じゃ、じゃあ俺はこれで――――」
「あ……ちょと青画くん――――
逃げるように社務所を後にする青画。
「あらあら……ちょっと刺激が強すぎたかしら?」
はむ。もう一切れタルトをぱくつく春夏であった。
「はああああ……なんでこの私が鼻の下を伸ばしたエロジジイ共の相手をしなければならんのだっ!!」
青画と一緒に新緑の森をデートしたかったのに、料亭で会食という拷問に等しい苦行をさせられた黒乃が叫ぶ。
「……なぜかと言われれば市長だからです。それからエロジジイは止めてください、地元の有力者の皆様に失礼ですよ」
今更慣れっこの綾が呆れたようにたしなめる。
「ここには私と綾しかいないんだから良いだろう、あいつら人のことジロジロ見おってからに……」
「それは黒乃が美人過ぎるのが悪い」
それを言うならお前だって負けないくらい美人じゃないかと黒乃は親友である秘書を恨めしそうに睨む。
「はあ……今頃青画は何をしているのだろう……困ったり寂しがっていないだろうか?」
「……はああ、気持ちはわかるけど、青画くんはもう立派な大人なんだから」
どちらかと言えば、姉の方が弟離れ出来ていないのだが、綾としてもその気持ちは痛いほどわかる――――というかむしろ同類であるので共感しかない。
「違うぞ……もう大人だから心配なんだ。だってあんなに格好良いんだぞ!? 襲われないか気が気じゃない……そうだ!! 市の予算でSP付けるのはどうだ?」
「落ち着いて黒乃、さすがにそれは職権乱用が過ぎるわ……」
いや、まて……いっそのこと私が護衛に付くのはどうだろうか? 綾はその素晴らしいアイデアに打ち震えるが、ぎりぎりのところで踏みとどまる。
「はあ……またこの無機質で色褪せた牢獄のような場所に戻って来てしまったか……」
「……市長が市庁舎をそんな風に言うのやめてもらって良いかな?」
車を降りると、職員が駆け寄ってくる。
「お疲れ様です」
「本当に疲れた……もう帰って良いかな?」
会食のダメージで心身ともにボロボロの黒乃だったが――――
「あはは……実はですね、弟さんが来ているんですがお疲れのようでしたら帰ってもらいましょう――――ひぃっ!?」
「何を言っているんだ貴様? 私はこの通り元気そのものだ!! それで――――? 青画はいまどこに?」
「あ、姉さん、綾さん、お疲れ様です」
青画の爽やかで優しい笑顔が疲れ切った二人の心にすうっと染み渡って癒してくれる。
「青画!! よく来てくれた、怪我とかしてないか? 喉乾いてるだろう? 良いお茶貰ったんだ、すぐに用意させるから」
「うん、大丈夫だよ。姉さん今日は大変だって聞いてたから心配で」
「ううっ……うわあああん」
感極まって泣き出す黒乃。
「あ、あはは……ごめんね青画くん、思ったよりも森デート行きたかったみたいで……それに今日はいつもより大変だったの」
青画の優しさに綾も泣きそうだったが、先に号泣されてはフォローに回るしかない。
「ありがとうございます綾さん、一番大変だったのは綾さんなのに……」
「せ、青画くん……貴方って人は……」
黒乃の横暴にもビクともしない鉄壁の防波堤があっけなく決壊する。
「うわあああん、青画くううううん!!」
泣きじゃくる二人をみて――――青画は市長という重責がいかに大きいものなのか理解し、そんな重責に日々耐えていることに尊敬の念を一層強めるのだった。
「はああああ……青画の手作りタルト……美味いっ、美味すぎるっ!! 綾、このタルトを市の文化遺産に認定するぞ」
「んきゃあああ、本当に美味しいいいいっ!!! いいえ、これは県の文化遺産――――いいえ、国の文化遺産に推薦すべき!!」
尋常ではないほど褒めちぎられて、なんだかくすぐったい気分になる青画。
「あ、あとこれジャムも作ったんで綾さん良かったら」
「へ……? これ……私に?」
「はい、あ、あまり保存きかないんで、早めに食べてくださいね。パンに塗っても良いし、ヨーグルトにも合いますから」
「くっ、食べたいけど勿体ない……」
「あはは、せっかく作ったんで食べてもらえると嬉しいです」
震える手でジャムを受け取り、生まれたてのひよこのように大切に優しく抱きしめる綾。
「せ……青画……あ……あああ……」
「っ!? 大丈夫姉さん? 顔真っ青だけど!?」
「……じゃ、ジャム……じゃ、ジャム……うっ……ふぐううう……」
「あ……大丈夫、家にたくさん用意してるから」
「っ!! ほ、本当だなっ!! 姉さん専用ジャムがあるんだなっ!!」
「え!? あ、うん、もちろん姉さん専用ジャム、一番いいやつだから」
帰ったら速攻で姉さん専用ジャムを用意しようと心に誓う青画であった。




