第六十三話 年末の神社事情
世間がクリスマスに浮かれている頃、神社関係者は年末へ向けた過酷な戦闘準備へと突入する。
千人、万人単位で押し寄せる初詣客をさばくための、臨時のプレハブ小屋やお札やお守りの授与所となるテントの設営。お守り、お札、おみくじ、破魔矢などの授与品を、何万体も箱から出して種類ごとに仕分ける作業が深夜まで続くのだ。
さらには初詣期間中に数百人規模で働く臨時のバイト巫女さんを集め、お守りの渡し方や言葉遣い、着付けの猛特訓などの巫女講習会も行わなければならない。
「ふふ、巫女服って憧れだったのですわ」
「朱璃姉さま、とてもお似合いです」
「あら、絵里香もとても似合っているわよ」
テンション高めに舞い踊る朱璃と絵里香。その知的な雰囲気と気品も相まって、控えめに言っても似合い過ぎている。
「あの……なぜ私まで?」
強引に連れて来られて若干不満げなホムラだが、巫女服を着ること自体は満更でもないようである。
「なぜって……猫の手も借りたいからに決まっているでしょう? ホムラ先生は他に何が出来るっていうんです?」
「う……仰る通りです」
巫女講習会のリーダー講師役でもある綾の言葉にホムラは何も言い返せない。神社同様、天河本家も新年は来客が殺到し地獄のような忙しさになる。ホムラが居ても邪魔になるだけだから、せめて神社の手伝いくらいしなければならない。ホムラは天才だが、フィギュア全振り特化型なので生活能力含めて控えめに言ってもポンコツ。しかし、常識人でもあるし、各種イベントで鍛えられたコミュ力や巫女に関する無駄に詳しい知識もある。実は結構戦力として期待されているのだ。
一方の綾はといえば、高龗家の分家である竜ケ崎家の娘として当然高龗神社の手伝いをしつつ、市長である黒乃の秘書として挨拶回りやイベント出席など、まさに分刻みの年末年始デスマーチが確定している。それでも表情が明るいのは、今年からはどんなに疲れても青画による甘やかしと癒しがセットになっているから。
「綾姉、どうしよう……私、講師なんて出来るかな?」
「それを言うなら私もなんですけれど……まだ新人なのに」
「大丈夫よ日和、真白。まずは私が見本を見せるから、今日は流れを掴んでもらえれば。ただ、人数も多いし受講者には本当に初めての子も多いから、気付いたらサポートしてもらえると助かるわ」
「わかった」
「はい綾さん」
巫女講習会には、数百人のバイト巫女さんがやってくる。神社業務もあるので圧倒的に人手が足りない、総動員体制で乗り切らなければならない以上、新人だろうがやってもらわなければ困るのだ。
「ねえ兄貴、早く早く!!」
「お前なあ……一応名家のお嬢さまなんだから、そこはお兄さまとか言ってみろ」
「はあ? 兄貴のどこにお兄さま要素があるのよ? 兄貴に青画さま成分が一パーセントでもあるなら別だけど。頭下げて青画さまの爪の垢でも貰った方がいいんじゃないの」
「くっ……正論過ぎて何も言えねえ……」
俺は、只野悠仁、一応名家の跡取り息子で世間一般的にはイケメン、あの完璧超人天河青画の友人でもある。今日は妹が高龗神社の巫女バイトをするっていうから付き添いに来ている。口は悪いが妹は可愛い、天河市は治安が良いとはいえ、やはり一人で行動させるのは危険だからな。
市内最大の神社である高龗神社の巫女といえば、天河市の女の子にとっては一度はやってみたいと憧れる存在だ。毎年年末の巫女バイト募集には定員を大きく上回る応募が殺到することで有名で、ある意味年末の風物詩にもなっている。しかも今年は青画のせいで倍率が凄まじいことになった。我が妹は運良く抽選に通って、今日から巫女講習会に参加することになったというわけだ。
「講習会までまだ時間があるだろ? なんでそんなに急いでるんだよ」
「はあ? 何言ってんの、神聖な巫女として少しでも早く現場の空気に触れて精神を整える必要があるでしょ?」
「……本音は?」
「……青画さまが来るかもしれないってネットで噂になっているんだよ、一秒でも同じ空気吸いたいじゃない!!」
これでも妹は何度か青画とは会っているし、小さい頃は遊んでもらったこともある。そういう意味では選ばれし者と言ってもいいのにこの崇拝ぶり……いや、違うか、実際に会ったことがあるからだろうな。あいつの魅力は直に触れなければ本当の意味で理解出来たとは言えないから。
「兄貴こそなんで一緒に来たのよ? ただの付き添いなのに随分気合入ってるじゃない」
「何言っているんだ、俺はお前のことが心配で――――」
「……本音は?」
「……綾さんと春夏さんに会えるかもしれないチャンスだぞ? 逃せるかよ!!」
お嫁さんにしたい女性ナンバーワンの竜ケ崎綾さん……知的で優しくて仕事も出来る。しかも年上!! 普段はスーツ姿だけど、今回は超レアな巫女姿が見られるかもしれない。そして――――高龗神社の宮司にして年齢不詳の美魔女春夏さん!! 年上好き界隈では聖女とか女神と称賛されている伝説上の人物。露出が増える夏の春夏さんが人気だが、そっちに注目するのは素人だろう、本当の春夏さんの魅力が発揮されるのは、やはり真冬なのだから。
「……キモッ!! っていうか兄貴はもっと現実見なさいよね、綾さんも春夏さんも青画さまの婚約者なんだから。そんなんじゃいつまで経っても結婚出来ないわよ」
「う、うるさい、見て癒される分には構わないだろ!? それに――――まだ見ぬ巫女さんとの運命の出会いがあるかもしれないじゃないか!!」
高龗神社の巫女は競争率が高く、レベルが高い。県外からの参拝客が多いのもそれが理由だったりする。しかもまず退職しないので、お姉さん率が高めというのも俺にとっては嬉しい。
「巫女だったら誰でも良いの? この変態!! はっ!? まさか……巫女姿の私を見て変な気起こさないでよね――――このケダモノ!!」
「はあっ!? ふざけんな、巫女だったら誰でも良いわけないだろ、年上の巫女が良いんだよ!!」
「はあ? 結局年上だったら誰でも良いんでしょ?」
「ああ、そうだよ俺は年上の巫女さんなら誰でも良い」
「開き直るな馬鹿兄貴!!」
「ふふ、相変わらず仲が良いんですね悠仁先輩、それに久しぶり花音ちゃん」
「お久しぶりです悠仁さま、花音さま」
言い争っていると、鈴を鳴らしたような涼しげで軽やかな声が。
「うわっ、日和ちゃんと真白ちゃん!? はは……お見苦しいところを」
「わあ、久しぶりだね日和ちゃん、真白ちゃん!!」
妹の花音と日和ちゃん、真白ちゃんは同級生だ。それにしても……真白ちゃんの巫女姿は初めて見るけれど、年上好きでなければ即死する破壊力……清楚かつ可憐で守ってあげたくなる……。そして――――日和ちゃんもヤバい、太陽の様な明るさと華やかさ、会うたびに綺麗になっていて……巫女としての貫禄も相まって神々しくすら見えてくる。妹の瞳が憧れに輝いているのも無理はないよな。そして――――この二人とイチャイチャ出来る青画……世の中不公平だと思うんだ。
「花音ちゃん巫女バイトだよね!! 一緒に頑張ろうね」
「わからないことがあれば何でも聞いてくださいね、一応私たちも講師なので」
「ありがとう二人とも!! 不安だったけど頑張れそうだよ!!」
うんうん、良かったな妹よ。
「じゃあ兄貴はもう用済みだから帰って良いよ」
「ちょ、待てよ、俺はまだ綾さんにも春夏さんにも会って――――」
「あら、私を呼んだかしら?」
「あああ、あ、綾さん!?」
ああ……これだ……これだよ……年上の放つこの神聖なお姉さまオーラ……巫女服が似合い過ぎていて……尊いっ!! この場の空気を全部吸い込めるほど肺活量があれば良かったのに。
「えっと……たしか青画くんの友だちの悠仁くんだったかしら?」
「っ!? は、はいいいっ、その通りでございます!!」
ほとんど会話したことないのに顔と名前覚えてくれていたなんて……女神すぎるよ綾さん……もう死んでも悔いなしっ!!
「ふふ、相変わらず面白いわね。ところで悠仁くん……この後暇……ある?」
「はいいいっ!! 暇です!! めっちゃ暇です!! 暇すぎてどうやって時間潰そうかなって悩んでました!!」
「あら、そうなのね。実は人手が足りなくて困っていたの。荷物運び手伝ってくれると嬉しいんだけど……?」
合法的に巫女さんと触れ合えるチャンスキターーーーーー!!!
『さすが男の人は力持ちね』
『ははは、この程度軽いですよ綾さん』
『きゃあっ!?』
『おっと、大丈夫ですか綾さん』
『あ、ありがとう悠仁くん……とても頼りになるのね、素敵!!』
……こんなのお金払ってでもやりたいに決まってる。
――――って思っていた時期もありました。
「おら腰が入ってないぞ若いの」
「すいません、うおおおおおお!!」
巫女さんどころか女性が誰もいない、真冬なのに暑苦しい現場仕事だとは……。はあ……逃げたい。
「皆さま、ご苦労さまです」
突然天から光が差し込んだ。おおおおおおっ、これぞ肥溜めに鶴、地獄に仏、砂漠のオアシス!! まさかの春夏さん降臨!!
むさ苦しい男どもが一斉に大人しくなって顔を赤らめているのは不気味だが、気持ちはわかる。とんでもない美女ではあるけれど、纏っているオーラが違うのだ。神がかりのことは聞いたことしかないけれど、きっとこんな感じなんだろうって想像出来てしまう。なんというか非現実的で幻想的で……。
「控室に温かいお茶と和菓子を用意してありますので、皆さま召し上がってくださいね」
ほんの十秒程度、会話をしたわけでもない。でも――――
「へへへ、俺宮司さまと目が合った気がする」
「馬鹿野郎、お前じゃなくて俺だよ」
いや違う、春夏さんは俺のことを見ていたはず。怖いので口には出さないけれど。
まるでアイドルのコンサートに来たような高揚感。
ちなみに――――お茶と和菓子は死ぬほど美味しかった。あれは間違いなく青画のやつが作ったんだろう。
俺も――――高龗神社に転職しようかな?




