第六十四話 良いお年を
ついに始まった巫女講習会、集まった数百人の巫女見習いたちは早くも興奮冷めやらぬ様子で、真冬だというのに更衣室は熱気に包まれていた。
「レベルが高いとは聞いていたけど……想像をはるかに超えてたよね?」
「うん……トップモデルとか女優でもあそこまで綺麗な人たちって居ないと思う……」
宮司の春夏、娘の日和、真白、綾、そして朱璃と絵里香、ホムラといずれ劣らぬ美女揃い。さらに今回は日本最強と言われる光明まで手伝いで参加している。その彼女たちが青画の加護によって極限まで磨き上げられているのだ、巫女見習いたちがその美しさに圧倒されてしまうのも無理はない。
「それに――――この巫女服、何気にPHOENIX_ROUGE製なんだよね」
「えええっ!? マジで……あっ!? 本当だ……ヤバい」
PHOENIX_ROUGEは鳳凰院グループが所有するハイブランド、若い女性には手が届かない憧れのブランドである。青画とホムラがこだわりを詰め込んでデザインしたもので、今冬から採用された最新の巫女服となっている。もちろん貸与であって貰えるわけではないけれど、やはりトップブランドの衣装となれば気分も上がるというものだ。
「それに――――この神社って設備の充実度が半端じゃないよね」
「わかる。建物も新しいし、暖房も最新型だし、足湯やサウナ、温泉まであるからね……トイレとか更衣室も綺麗で清潔だし、仮眠室や宿泊設備も高級ホテル並みだったよね!!」
通常神社は設備が古いことが多い。年始の地獄のようなハードな仕事でもあるし、基本的に寒い屋外での業務も多い。天河家と鳳凰院家からの支援もあって、高龗神社の設備は全国の神社関係者が羨むようなバージョンアップを果たしている。そして――――
「あの巫みことが高龗神社の公式キャラクターになったんだよね?」
「そうそう! フェニックス・ライブとの提携記念のコラボなんだって!」
日本一人気のある巫女系Vチューバーである巫みことの公式就任は、間違いなく追い風となっている。神社各所に設置された巨大モニターには、高龗神社の最新巫女服を身に纏った巫みことの映像が映し出されている。初詣期間には特別ライブも予定されていて、ここでしか買えない限定グッズも販売されるとあって今からファンの期待も高まっているのだ。もちろん中の人である真白の負担は大きいけれど、その分青画の甘やかしが増えるので本人は気合十分である。
「……っていうか、そのフェニックス・ライブの社長がいるんだよね……ここに」
「うん……さっき挨拶されたけど……綺麗すぎてヤバかった……」
「一緒に居た妹さんもタイプは違うけどめちゃめちゃ素敵だったよね」
「それ言うなら宮司さまヤバいよね」
「それ!! 私のお姉ちゃんよりも見た目若いとか意味不明だし」
「神がかってるオーラが見えたよね……」
とまあ、こんな感じで巫女見習いたちは初日から大興奮の連続なのだが――――
「大変だよっ!? 今日のお昼とおやつ、青画さまの手作りなんだって!!!」
「な、なんですってっ!?」
「ああ……もう死んでもいい……けど、食べるまでは死ねない!!」
やはり一番の関心事は、講習会で提供される食事とおやつである。宮司の春夏と娘の日和が青画の婚約者であることから、もしかしたら青画の料理が食べられるかもしれないという噂があったけれど、それが真実だったことが判明し、彼女たちのテンションは一気に限界突破するのだった。
はあ……やっと休憩時間ね。講習中気になって仕方ないからもう聞いちゃおう。
「ねえ日和ちゃん」
「ん? 何かわからないことあった花音ちゃん?」
「青画さまって来るのかな?」
うっ!? 周囲の視線が一斉に集まるのを感じる……怖い怖い!!
「兄さまなら神社の厨房で皆のお昼ごはん作ってるよ。でも講習の邪魔になるからここには来ないんじゃないかな?」
「えええっ!? 邪魔なんてとんでもないよ!! やる気が出るし!!」
周囲の子たちも首がもげるほど全力で頷いている。
「そうかな? じゃあそう伝えてみるね。でも、すぐにおやつを作らなきゃだから来れるかどうかはわからないけど」
そうだよね……よく考えたら、数百人分の食事とおやつを作るって……人間技じゃないような……?
「そ、そうだよね、忙しいだろうし、変なこと言ってごめんね」
「大丈夫、兄さまも講習会興味あるって言ってたし。みんなが迷惑じゃないなら多分様子見に来ると思うよ」
全員の目の色が変わる。ここで皆が騒いでしまえば、やはり迷惑がかかると言って青画は来なくなってしまうだろう。それだけは絶対に避けなければならない。ここは立派な巫女になるためのヤル気と集中力を見てもらうチャンスだ。青画が一生懸命頑張る人間をとても評価するというのはよく知られている。
今年の巫女講習会、始まったばかりだが――――すでに成功が約束されたようなものであった。
大晦日、この日は夕方から一年の罪や穢れを祓い清める大祓の神事が執り行われる。夜23時頃からは、新年の最初の神事である歳旦祭の準備を終え、境内の全ての篝火や灯籠に火を灯し、開門の瞬間を待つ。この時点で神職たちの疲労はすでにピークに達しているが――――
年始とともに不眠不休の本番デスマーチが始まる。
除夜の鐘が響き、0時になった瞬間に初詣がスタート。ここから三が日が終わるまで、神社関係者に睡眠という概念は消滅する。地響きのような人波が境内に押し寄せ、神職たちは交代で太鼓を叩き、祈祷を1日に何十回もぶっ続けで行う。暖房器具があるとはいえ、授与所は極寒の屋外。立ちっぱなしで冷え切った指先でお釣りを数え、お守りを手渡し続ける、まさに体力勝負の戦場なのだ。
一方で、市長である黒乃は別の意味で二十四時間体制の激務をこなしていた。
年末年始にかけて大雪が降る天河市では、災害が発生しやすく、市長は即時対応出来るように本部に待機しなければならない。何か起こればすぐに情報収集し、解決するために陣頭指揮を執ることになるのだが、年末年始は頼りの秘書で右腕の綾が神社の応援で不在となる。幸いなのは天河家当主という立場を父黄河に戻したことで負担が大きく減ったということだが、それでも激務であることには変わりはない。
「市長、雪崩が発生しました!!」
「倒木が国道を塞いでいます!!」
「横転したトラックが道を塞いで渋滞が発生!!」
次から次へと問題が起こるが、なぜか黒乃の表情は明るく余裕すら感じられる。
「行くぞ青画!!」
「はい姉さん」
期間限定で青画が黒乃の秘書となっている。二十四時間一緒にいられて、疲れたらマッサージ、お腹が空いたら極上の料理を食べさせてくれるのだ。しかも二人の異能で事故や災害もあっという間に片付けることも出来る。
「ふう……大事にならなくて良かったな」
「姉さんお疲れ様、戻ったら夕食にしようか」
「うむ、今夜は何を食べさせてくれるんだ?」
「ふふ、今夜は大晦日だから、特製鴨南蛮風煮込みうどんだよ姉さん」
天河家では、年越しは蕎麦ではなくうどんを食すのが伝統である。
「おお!! そういえば今日は大晦日だったな……すっかり日付の感覚が無くなっていたようだ」
もちろん、神社や天河家で頑張っている皆にも青画の分身が熱々のうどんを届けているので抜かりはない。
年末年始、皆忙しいけれど、一番大変なのは間違いなく青画だろう。
現場で皆に付き添いサポートしつつ、屋敷では残りの分身全員で、不眠不休で数千人分のおせち料理を作っているからだ。
新年、天河本家には全国――――いや、全世界から分家筋や関係者が押し寄せる。例年も地獄だったが、今回からは鳳凰院家の関係者もやってくることになるので、来賓の規模は数倍に膨らむことになる。大半の来賓は年内から屋敷に滞在するので、その宿泊客のおもてなしもしなければならない。
もちろん本来青画の仕事ではないのだが、期待されてしまっている以上、彼の料理人としての魂が応えずにはいられない。本来なら一人でどうにかなるものではないのだが、分身という禁断の力を手に入れたことで、無理をすれば出来るようになってしまった。手を抜くことを知らない彼の性格ゆえにどこまでも頑張ってしまうのだ。
「……青画さま、少しお休みになった方が……」
「大丈夫だ望月、それよりメイン出来たからお客さまへ運んでもらえるか」
「……承知いたしました」
ここはホテルの厨房なのだろうかと錯覚しそうになりながら、それでも望月は唯一の主の負担を少しでも減らすために超人的な働きで尽くす。望月だけではない、メイド長の神楽耶を始めメイドたちも全力で頑張っているし、夏之宮から応援に駆け付けた白妙たちもいる。まさに総動員体制で、この時期、天河家の使用人にはのんびり休む暇など存在しないのだ。
「青画さま……貴方がお強いことは誰よりもこの望月が存じております。ですが……分身体までフルに稼働させてここまで酷使してしまっては融合した時に命に関わります。どうかお休みください」
分身体は便利ではあるが、あくまで前借りと同じなのだ。結局分身体が経験した疲労は、最終的に一人だけに集約されることになる。常人ならば二人に分身しただけで数日は動けなくなるほどの負荷となる。二桁以上の分身体を操れるのは青画の強靭な肉体と精神力があってのことだが、それはあくまで分身体が通常範囲で動いていた場合の話だ。今のように各分身体が極限まで肉体を酷使するようなことがあればいかに青画といえども無事ではすまない。
「ありがとう望月、とりあえずおせち料理の準備は終わったから……少し休ませてもらおうかな」
糸が切れた操り人形のように倒れ込む青画を望月が受け止める。
「もう……無茶しすぎです」
「はは……ごめん。望月がいると思うと安心して限界まで頑張れるんだ。悪いけど部屋まで運んでもらえるか?」
「……承知いたしました。私は青画さまの剣であり盾であるのですから」
青画の体調を気遣いながらも、絶対的な信頼を寄せられていることに望月は震えるほどの喜びを噛み締める。
「青画さま、お部屋に到着しました。すぐに紅葉さまを呼んでまいりますね」
回復の異能を持つ青画の叔母紅葉も屋敷に滞在している。望月が青画をベッドに寝かせて出て行こうとしたのだが――――
「待って望月、少しだけ添い寝してくれないかな」
「ふえっ!? しょ、承知いたしました」
ベッドの上、青画の隣に滑り込む望月。あくまで平静を装おうとするが、鍛え上げられた肉体も、鋼鉄の精神力も、最愛の主の前では何の役にも立たない。顔は熱く耳まで真っ赤になり、鼓動は破裂しそうなほど激しい。
「そ、そういえば……鳳凰院家からの留学生は引きこもりの四男、幽冥の焔、黒焔さまに決まったそうですね。激戦だったようですが、引きこもりだった彼が行きたいと言い出したことで決着がついたらしいです」
悟られまいと必死で話題を変えようと試みる望月だったが――――
「うーん……望月とっても柔らかくていい匂いがする……」
「んひいっ!? せ、青画さま……そんな……駄目です……」
後ろからぎゅっと抱きしめられて首筋にキスを落とされてしまえば、無敵の死神メイドもただの子猫になってしまうのだった。
「白雪、お疲れ様――――って、なんだか思ったより元気そうだな?」
「青画さん!! はい、雪もたくさん振ってますし、極寒の中で酷使されるなんて最高ですからね!!」
白雪にとっては地獄であればあるほどご褒美になる。皆が疲労困憊の中、笑顔がはじける姿はまさに聖女そのもの。青画は苦笑いするしかない。
「うどん出来たぞ、一緒に食べよう。熱々で身体も温まる」
「はあはあ……熱湯で私を火傷させるのですね……ありがとうございます!!」
……もう何も言うまい、青画はだらしなく涎を垂らす白雪を連れて控室に戻る。
「お兄さま!! この鴨肉とっても美味しいです!!」
「だろ? 天河市の大自然で育った天然鴨だからな。これから大変な真白には一番美味しいところ入れておいたぞ」
「お、お兄さま……愛してます」
「俺も世界一お前を愛してるぞ」
真白はこれから巫みこととして地獄のライブ配信マラソンが待っている。青画としても全力でサポートするつもりだ。
「あら、私も真白ちゃんと同じくらい大変なんですけれど?」
「いえお姉さま、どちらかと言えば私の方が大変かと」
朱璃と絵里香は、巫みことのサポートはもちろん、フェニックス・ライブのカウントダウンイベントや年末年始の各種イベントをこなさなければならない。
「わかってるさ、おいで二人とも。ギリギリまで癒すから」
「青画!!」
「青画さま!!」
「お兄さま、私も!!」
「もちろんだ、おいで真白」
「あの……天河先生、私も混ぜてもらっても?」
「はは、あまりいい場所空いてないですけどね」
「お気になさらず、私はどこでも大丈夫ですので」
ホムラ先生まで加わって、ちょっとしたおしくらまんじゅう状態である。
「はあはあ……私をのけ者にして……ご褒美ありがとうございます!!」
放置プレイをスパイスに熱々のうどんを頬張る白雪であった。
「はあああ……さすがに疲れましたね……」
崩れ落ちるようにベッドに身を投げ出す春夏。一日中休む間もなく働いたのだから当然だ。
「あはは、でも本番はこれからですよ春夏さん」
「光明さん……それは言ってはいけないやつですよ~!!」
「まあ……それでも今回は光明さんがいるので大分マシですよ。交代ローテーション組めますし、食事休憩もいけるのでは?」
綾がフォローするが――――実は例年よりも参拝客が激増しそうなので果たしてマシなのかどうかはふたを開けてみないとわからないのが罠である。
「皆さん、お疲れ様です!!」
「「「青画くん!!」」」
ぐったりしていたはずの三人だったが、青画の顔を見た瞬間、復活する。
「食事まだでしたよね? 熱々の鴨南蛮風煮込みうどん美味しいですよ」
朝からまともな食事をとっていなかった三人のお腹が同時に鳴る。
「疲れちゃって動けないの……食べさせてくれるかしら?」
春夏が先手を奪うように甘えると――――
「じゃ、じゃあ……膝の上で……食べさせて?」
負けじと綾も全力で甘える。
「くっ……し、仕方ありませんね、私は尖ったものが苦手なので……箸ではなく、く、口移しで食べさせて欲しいなあ……」
耳まで真っ赤にしながら大胆におねだりする光明に、二人はその手があったかと悔しがるのだった。
「除夜の鐘が鳴り始めたな……」
もうすぐ年が明けるけれど――――皆それぞれの持ち場で忙しい。
バラバラだけれど不思議と寂しくはない。慌ただしいお正月が終われば、またいつもの日常が戻ってくるのだから。
今年は本当に色んなことがあった。大学を卒業して、色んな人と出会って、大切な家族も増えたし、両親も目覚めた。多くの神様と縁を結ぶことも出来た。
来年はどんな年になるだろう。
晴れの日も、曇りがちな日も、雨の日も、お天気のように日々変わってゆく彼女たちと一緒に積み重ねていきたい。
喜びも、悲しみも、苦しみも分かち合って、幸せな人生を共に歩んでゆく。
「みんな、どうぞ良いお年を!!」
青画は万感の想いを乗せて空へ叫ぶと――――皆のために温かいココアと甘酒を準備し始めるのだった。
これにて完結となります。最後まで読んでくださりありがとうございました。
構造上、いくらでも続きを書けるので終わらせたくない気持ちもあるのですが、連載開始前から大晦日で完結と決めていたので、ここで一旦区切りとさせていただきました。
また機会があれば、青画たちに会いに戻って来たいと思っています。
それではまた次回作でお会い出来たら嬉しいです。
2026年8月3日 ひだまりのねこ




