第六十二話 聖夜の贈り物
クリスマスイブ、フェニックス・ライブ主催のクリスマスイベントは予想をはるかに超える大盛況で、集まった子どもたちには、サンタに扮した青画や婚約者たちはもちろん、天河家、高龗家、鳳凰院家などの人々も協力してプレゼントが配られた。
事前に試食会を行った特製アイスクリームも大好評で、取り扱っている多くの店舗には長い列が出来るほど。
天河市初となる本格的なクリスマスマーケットも市民に受け入れられ、ホットワインやビールも記録的な売り上げに。新たな風物詩として定着することになりそうだ。
「まだクリスマス当日が残ってますけれど、大成功でしたわね」
「本業の方も記録的な収益になりそうです。天河市の皆さまにも受け入れてもらえましたし、良いことづくめでしたね」
朱璃と絵里香の笑顔がはじける。毎日早朝から現場に入り、夜帰宅するとそのまま倒れ込むようなハードさではあったが、青画のマッサージに支えられてここまで走り抜いた。大変ではあったけれど、それを忘れさせるほどのやり甲斐を感じていることがよくわかる。
「……良いことづくめ? 灰月クラリスを働かせすぎでは?」
イベント期間中、灰月クラリスとして大活躍だった望月が疲れた顔で二人を睨みつける。Vチューバーとして活躍するだけでも大変なのに、彼女の場合は青画の専属護衛メイドと天河家の諜報員としての仕事も兼任しているのだ。いくら完璧超人とはいえさすがに疲労の色が見える。
「たしかに頼り過ぎた部分はあったかもしれませんが……それを口実に青画から甘やかしてもらっているのですから得るものは多かったのではありませんこと?」
「まあ……それは否定できない」
疲れて帰ってきた望月をお姫様抱っこで浴室へ運び、優しく身体を洗った後は丹念にマッサージ。そして入浴後には手作りの極上ディナーとデザートが待っている。はりきり過ぎたのはほぼ望月の自業自得と言える。
「ずっとクリスマスだったらと考えてしまいますわね……」
「そうですね……せめてクリスマスが終わるまでは楽しみましょう」
そして甘やかしてもらっていたのは朱璃と絵里香も同じである。
クリスマスが終われば、年末年始の地獄が始まる。高龗神社の手伝いやフォロー、天河家の行事や神事、市長である黒乃のサポートで青画に甘やかしてもらうことが出来なくなるのだ。
どうかクリスマスが終わりませんように。そうサンタさんに願う三人であったが、そんなことになればサンタさんは過労死必至なので、たぶん……いや間違いなく願いは却下されるだろう。
「お願い、協力して欲しいのよ」
青画たちの母、紫乃は自室に黒乃、青画、真白の三人を呼んでいた。
「うむ、何をすれば良いんだ?」
「母さんのためなら何でもやるよ」
「……」
考えるまでもなく即答する黒乃、青画とは違って、真白はいまだに母親との距離感がわからなくて青画の後ろに隠れている。
それでも――――
「はい……私に出来ることでしたら……」
時間が停まっていたため、紫乃の肉体年齢は黒乃とあまり変わらない。そうでなくとも天河家の人間は若さを長期間保つので、真白からすると母と言うよりは姉にしか見えないのだが、それでも甘えたい気持ちがないわけではない。ただ、どうしたら良いのかわからないだけでネガティブな感情があるわけではないのだ。
「わあ、ありがとう黒乃、青画。真白もありがとね」
紫乃は真白を優しく抱きしめる。一瞬、ビクッとする真白だったが、驚いただけで嫌なわけではない。少し時間はかかるかもしれないが、これからはその時間はたくさんある。
「なるほど、クリスマスプレゼントを配りたいと」
新しく娘となる青画の婚約者たちにサプライズでクリスマスプレゼントを渡したいというのが、紫乃の頼みである。
「そうなのよ、あの子たちが寝る前になんとか配り終えなきゃならないから」
「寝ている間に配れば良いのでは?」
「まあ……本当はそれが一番なんだけど、寝ている間に勝手に部屋に入って許されるほどまだ仲良くないでしょう?」
そんな心配はいらないとは思うが、本人的には気になるらしい。
「青画には皆を出来るだけ引き付けておいて欲しいの」
「わかった」
「黒乃は万が一に備えて時間を停める異能をお願い。特に望月に気付かれないようにするのは不可能だからあの子に関しては最初から最後まで異能を使うわよ」
「任せてくれ」
「真白は千里眼で部屋と周囲に誰もいないことを確認して欲しいの」
「わかりました!」
ここまでする必要があるのかわからないが、紫乃はやると決めたらとことん本気でやり遂げる。青画の性格は間違いなく母親譲りだろう。
「父さんと母さんにクリスマスプレゼントを買おうと思うんだけど、誰か一緒に付き合ってくれないかな? 意見も聞きたいし」
青画の誘いに黒乃と真白以外の婚約者全員が手を挙げる。クリスマスイブにお出かけ、これは紛うことなきクリスマスデートなのだから。
「ふふ、私にお任せくださいませ。最高のプレゼントを提案させていただきますわ」
「青画さま、私は全店舗の品揃えを把握しています。きっとお役に立てると思いますよ」
買い物をするショッピングモールはフェニックス・ライブの関連施設。朱璃と絵里香の庭同然である
「そうかもしれないけれど、私と紫乃さんは青画くんよりも付き合い長いからね」
「あら? それを言うなら私より黄河と紫乃のことを知っている人はいないわよ?」
「ふふ、私の母は紫乃さんの姉ですし、黄河さんには幼い頃から可愛がってもらっていました。東京で磨き上げたセンスはきっと役に立つと思いますよ」
紫乃のことを知る綾と青画の両親とは友人関係だった春夏、新加入の光明も負けじとアピールする。
「えっと……私はお役に立てそうもないので、天河先生へプレゼントを買おうと思います」
「え!? ホムラ先生俺にプレゼントですか!?」
「ええ、お世話になってますので気持ちです」
婚約者たちがその手があったかと一斉にざわつく。ホムラは変人ではあるが、実はこの中で最も常識人だったりする。
「はあ……私は混雑してるところなんて行きたくないけど……まあ……プレゼント買ってくれるって言うなら行ってあげてもいいわよ」
「ああ、付き合ってくれるならもちろんそうするつもりだよ朧」
全員がめちゃめちゃ気になっていたことを朧が聞いてくれたことで、全員のテンションが一気にヒートアップする。
「青画さまからのプレゼント……」
望月は密かにぎゅっと力が入る。アイスの当たり棒、綺麗な小石、セミの抜け殻、七色に輝くタマムシ。毎年誕生日作ってくれたケーキ。初めて青画の護衛となってから、彼に貰ったすべてが望月にとっては宝物。今でも大切に保管して大事に鑑賞している。さすがにケーキは無理だったけれど。青画は生活必需品以外あまり買い物するタイプではないので、物を買ってもらうのは初めてかもしれない。
「黒乃さまと真白さまは行かれないのですか?」
「ああ、母さんたちにバレないように二人には付いてもらっている」
「なるほど、サプライズというものですね」
「その通り。ところで望月、何か欲しいものあるか?」
「そうですね、青画さまとの子が欲しいです」
「そ、そうか、出来ればショッピングモールで売っているものだと助かるんだが」
「青画、グッジョブよ」
青画たちが出掛けたのを見届けると、紫乃が行動を開始する。
「真白、念のためチェックしてくれ」
「わかりました――――千里眼」
黒乃の指示で真白が屋敷内を千里眼でチェックする。二人とも青画デザインのクリスマス衣装に身を包み、気合十分である。
「全員の不在を確認、オールクリアです」
あの様子ではすぐに帰ってくることはないだろうが、不測の事態が起こらないとも限らない。三人は急いでプレゼントを各部屋へ配る。
プレゼントの中身は――――紫乃が名前の刺繡を施したハンカチ。天河家の紋章が入ったそれは、代々当主の母から嫁いできた娘へと贈られる品。天河家の家族として認められたという証である。
「母上、これで全部配り終えましたね」
「ええ、二人のおかげで無事配ることが出来たわ。後は二人だけね」
「え? まだ誰か残っていましたか?」
「黒乃、真白、貴女たちは最初から私の娘だけれど……これからは天河家のお嫁さんになるのだから。これを二人にも渡しておくわね」
黒乃には夜の帳のような漆黒の、真白には新雪のような純白のハンカチを手渡す紫乃。
「母上……ありがとうございます」
「お母さま……大切にします」
まさか自分たちがもらえるとは思っていなかった二人にとって、涙が出るほど嬉しいサプライズとなった。
(さて、後はあの二人ね)
紫乃は気合を入れ直すのであった。
「神楽耶、ここにいたのね」
「っ!? 紫乃さま何か御用でしたか?」
メイド長の神楽耶は何か問題でも起きたのだろうかと身構える。
「ええ、今日はクリスマスイブでしょ? だからプレゼントを用意したのよ」
「わ、私にプレゼントですか!?」
今度こそ本気で身構える神楽耶。
「そんなに警戒しないで。ほら、開けてみて!!」
「は、はい……え? こ、これは――――」
小さな箱を開けて固まる神楽耶。
そこに入っていたのは指輪――――だが、ただの指輪ではない。当主の妻だけがはめることを許されるものだ。
「待たせてしまって本当にごめんなさい。実はね、この指輪十五年前に用意したものなのよ」
「えっ!? どういうことですか……?」
「私に気遣ってなかなか踏ん切りが付かなかった黄河をようやく説得して、最後に家族で出かけた後に貴女と白妙に渡すつもりだったんだけど……あの事故でね」
紫乃は最初から神楽耶と白妙を受け入れるつもりだったのだ。
「で、ですが……私も白妙も年齢が……」
神楽耶も白妙も天河家の血を多少なりとも引いているため年齢を考えれば信じられないほど若さを保っているが、時間が停止していた二人とは比べられない。
「あら? 私も黄河もそんなことを気にすると思っているの? それに大丈夫、青画に二人をこれからも最高の状態にするように頼んであるからね」
言われてみれば、青画と春夏の方がはるかに年齢差があるけれど、誰も気にしていないし、青画の加護があれば若さを保つことは難しくない。
「あ……ありがとう……ございます」
「何言っているの……御礼を言いたいのは私の方よ。本当にありがとう」
この十五年、天河家が揺らぐことがなかったのは、間違いなく神楽耶、白妙という精神的支柱による献身的な働きによるものだ。天照大神によって十五年間の記憶を得た黄河と紫乃がどれほど二人に感謝しているのか、言葉ではとても伝えきれない。そして――――十五年も待たせてしまったという事実はどんなことをしても消すことが出来ない。
「これからもよろしくね」
あの日、まだ幼さすら残していた神楽耶もすっかり大人になって――――もはや感情のままに声を上げて泣くことは出来ないけれど、あの頃と変わらない紫乃に抱きしめられて肩を震わせるその姿は――――まるで少女に戻ったように見えた。
その夜――――
「おお……!! これ……俺が欲しがっていたスケッチブックと色鉛筆セット!!」
「懐かしいな……私が夢中になっていた魔法少女の変身セット!!」
「わあ……!! おっきなシマエナガのぬいぐるみ!!」
青画、黒乃、真白、それぞれの部屋で歓声が上がる。紫乃が三人を引き付けている間に黄河が枕元にサプライズでクリスマスプレゼントを置いておいたのだ。
真白のぬいぐるみはともかく、今の二人には必ずしも必要ないものかもしれないが、十五年という年月を経て、ようやく届けられた両親の愛が込められたプレゼントだ、嬉しくないわけがない。
「ところで望月はなんで俺の部屋にいるんだ?」
「全身にリボンを巻いて、私がプレゼント!! などとほざく連中から青画さまを守るためです」
「あ……だから皆大量にリボン買ってたのか」
苦笑いする青画だったが、そう言う望月もいつもよりリボンが多い気がするけれど。
一方で天河家の使用人たちも聖なる夜に歓喜していた。青画のマッサージ利用券と加護エステ券のセットが全員に配布されたからである。本来であれば地下マーケットで高額取引される品であるが、誰も手放すことはないので取引そのものが成立しないのはいつものことである。
「はは、これは凄いな」
「あらあら、素敵なクリスマスプレゼントですね」
黄河と紫乃が部屋に戻ると、プレゼントの山に圧倒される。子どもたち、使用人たち、そして――――新たに娘となる婚約者たちからの贈り物。
特に青画の描いた家族全員集合の肖像画は、皆が幸せそうに笑っていて、黄河と紫乃も思わず笑顔になってしまう。
23時45分――――曇りから晴れに変わる。
「あーあ、クリスマスイブ終わっちゃう」
「日和、クリスマスプレゼントだ」
「兄さまああ!!」
2時30分――――雪が降り始める。
「くっ……誰も起きていないこのタイミングで雪に変わるとは……これがご褒美――――いえ、クリスマスプレゼントですか、はあ、はあ……」
「白雪、クリスマスプレゼントだ」
「えええっ!? 青画さんこの時間まで起きていたんですか!?」
5時15分――――雪が雨に変わる。
「クリスマスの朝に雨だなんて……誰も喜びませんよね……」
「俺は雨音に会えるから嬉しいよ」
「せ、先輩っ!?」
「雨音にクリスマスプレゼントだ」
綾の精密天気予測のおかげで、とりあえず主要人格にはプレゼントを渡すことが出来てホッとする青画。
『私にはクリスマスプレゼントないのか?』
突然雨音が神がかりになる。
「えええっ!? 天照大神さま!? いや、それは色々とマズいんじゃ?」
『我最高神ぞ? 何の問題もありはしない。それよりも早くシュトーレンを持ってまいれ。そんな味がするのかずっと気になっていたのだ』
どうやらシュトーレンを食べたかっただけらしい。
(シュトーレン……足りるかな?)
経験上、天照大神だけで終わるとは思えない。この後訪れるであろう神ラッシュを想像して不安になる青画であった。




